元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第九部:教えることと教わること

助言・提言・諫言

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「それでは新設する社会政策大臣をお願いしたい」
「精一杯努めさせていただきましょう」
 大臣って簡単に頼むものでも受けるものでもないと思うけど、国王に頼まれたら仕方ないよなあ。できることはやるって言ってるし。でもこんな話を受けたのには伏線があった。

 先日、一部の貴族たちから頼まれて教師をした。教師といっても日本のような学校があるわけじゃないからセミナーみたいなものだ。要するに人を集めて立食でちょっとしたパーティーをしながら話を聞くというざっくばらんなものだった。テーマは「主人ともてなし」だった。
 俺が個人的に親しくしてるのはモラスク公爵のピエールさん、ピトル伯爵のケントさん、アズナヴール伯爵、そして宰相のルブラン侯爵だろうか。そこにアドニス王を入れたらマズいだろうな。貴族じゃないし。
 社交については中途半端な時期に王都を離れたから、何か頼まれればできる限り応えたいというのか本音だ。俺は適当に生きてきたけど、義理だけは欠かさなかった。それだけは自信を持って言える。だから教師役を引き受けたわけだ。
 それに俺はこの世界に来てまだ三か月ほどで、リュシエンヌにも色々と教わったけど、それでも知識は足りない。だから話をする機会は貴重だ。
 でも俺ばっかりアドバイスをもらっては申し訳ない。世の中はギブアンドテイク。持ちつ持たれつ。だから頼まれたらできることはしたい。そう思っていた。そんな時にアドニス王から話し合いの機会を作ってほしいと言われた。

 ◆◆◆

 目の前にはアドニス王がいる。最近は以前に比べて気軽に話しかけてくれるようになった。言葉も少しくだけてきたな。先日もなぜか四枚持ちの講座を受けてたからな。集まっていた使用人たちがどうしたらいいのかという表情をしていた。
「シュウジ殿、各方面での活躍は耳に入っている。まさに勇者として相応しい方だという噂で持ちきりだ」
「結果としてそうなっただけで、活躍をするつもりはなかったんだが」
 それは本心だ。活躍したくないわけじゃない。そして何かをすれば活躍できる。何をしても褒められるからな。でも活躍するのを前提で行動はしない。
「それで、俺に何か相談事でも?」
 内容の良し悪しは別として、何もなければ俺と会わないだろう。厄介ごとか、それとも単なる相談か。
「貴殿に相談というか……いや、相談か。まだ三か月も経っていない段階で難しいのは承知しているが、貴殿から見てこの国に何か改善点がないかとギャエルと話をしていたのだ。以前にこの国をどうこうしようというつもりはないと言ったが、意見を出してもらって良くできるのであれば良くしたい」
「なるほど」
 ギャエルとは宰相のルブラン侯爵の名前だ。ギャエル・バシュレ・ルブラン侯爵。真面目が服を着て歩いてるって印象だ。
 俺は貴族のいない国から来たけど封建制に思うところはないと最初に言った。おそらくそれのことだな。実際に封建制に思うところはないかと言えば実は多少はある。せめてもう少し平民に優しくてもいいんじゃないかと思うことはよくある。
「あえて言わせてもらえば、貴族と平民の間に溝があるのは仕方ないとして、その溝が幅も深さもありすぎる気はする」
「やはりそうか」
 アドニス王は顎を摘んで考え始めた。
「俺は数か月しかいないから余計に気になるのかもしれないが。それと関係あるかどうかは別として、スラムが広がっているな」
「‼ スラムのことまで知られていたとは……」
 まあ普通ならあまり気にしないだろうな。王都で暮らす者たちならできれば触れたくない部分だろう。でも放っておいたらいずれは爆発するぞ。
「自分が暮らすことになった国を知るなら実際に歩いてみるのが一番だ。俺は変装して身分を隠して庶民街もスラムも歩いた。ここのところ人が増えていると、スラムのすぐ外側で暮らす者たちが口にしていた。揉め事も増えたと」
 俺の言葉にアドニス王は頷いた。事実なんだろう。
「この国には長い歴史がある。そう簡単に制度は変わらない。余が命じても貴族ですらそう簡単には頷かない」
「前例を踏襲するのが当たり前になるとな」
「まさにそう。それを打ち破れるのは異世界から召喚された者しかいない。だがピトル伯爵はそのような性格ではなかった」
「あの人はいい人だからな」
「ああ、善人だ。悪い噂は一度たりとも聞いたことがない」
 バブル世代の、非常に人好きのする顔が浮かんだ。少しエロいけど人柄は悪くない。むしろ悪いことはできない性格だろう。流れに乗るのが普通だった時期の人だからな。長男が成人したらすぐに隠居しそうだ。
「だからシュウジ殿にお願いしたい。新しく作るになってもらえないだろうか?」
「大臣?」

 ◆◆◆

 俺は封建制をどうこうしたいとか考えてるわけじゃない。それはこの国の屋台骨だから折っちゃダメだ。制度を維持しつつもう少し何とかできないかと思って言ってみた。そしたら仕事が増えた。
 俺が大臣ってなあ。でも国王から頼まれたら嫌とは言えないよな? 俺が言い出したことだし。
「引き受けるにあたって一つだけ頼みたいことがある」
「可能なことなら全て受け入れよう」
 いや、そんな大層なことじゃない。
「人集めはどうしたらいい?」
「最初から大人数は無理でも、人員はこちらで集める。希望があれば言ってもらいたい。組織としては宮内省や財務省も同じで、大臣と副大臣がいて、その下に仕事に応じて複数の局がある。局ごとに複数の部があり、それぞれに局長と部長、その下で多くの者が働く」
 会社組織と同じか。局とか部とか聞くと公務員っぽいな。
「それを聞いて安心した」
 まずは人探しが大変だ。
「国を動かしたいのなら若手を中心にして、貴族だけではなく平民も入れてもらいたい。さらに半数というのは無理だろうが、女性も入れてほしい。できれば身分や性別、種族、そのあたりをバランス良く集めてくれると仕事がしやすい」
「なるほど。その場合は内部で衝突がないだろうか?」
 アドニス王の意見はもっともだ。貴族と平民が同じ場所で働くなら貴族の意見が通りやすくなる。でも平民の生活を向上させる話をする場所だから、そういう者しか集まらないだろうとは思う。でも俺の下で働きたいだけという者も出てくるかもしれないな。
「最初に俺の名前を出すとそれに釣られてやって来る者がいるかもしれないな。隠して募集はできるのか?」
「まだギャエルと話し合っただけだ。漏れてはいないはずだから、その仕事向きの人材が集まるだろう。言い方は悪いのだが……そういう者には変わり者も多い。貴族の家に生まれて平民の生活向上のために働くわけだから」
「まあ自分の部下の面倒くらいは見れるはずだ。任せてくれ」
 そういうことで新しく社会政策大臣という官職が作られ、それに伴って副大臣やら局長やら部長やら、さらにその下の役職もできることになった。平民出身でそれなりの役職に就ける者もいるだろう。
 俺は王宮の一区画に執務室を与えられることになった。さらにその近くには副大臣の執務室や部署ごとの部屋、会議室も用意される。その近辺は元々空き部屋だったそうだ。とりあえず建ててから使い道を考えるそうだからな。顔合わせは後日になる。やる気があって真面目な者たちが集まってくれることを期待しよう。俺も真面目になったもんだ。

 社会政策省ができて人員が集められた後になって俺が大臣になるという話が発表された。その時にはそれなりの騒ぎになったそうだけど、俺はその場にいなかったから後で話を聞いただけだった。
 真っ先に手を挙げた者は周囲からは先見の明があったと見なされ、今の部署にいてもこれ以上は昇進できないから場所を変えようと思った者は幸運だったと羨ましがられたそうだ。我先にと申し込んだ者の中には近衛騎士隊長ナタン・ロッシュ殿の弟もいた。
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