元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第八部:なすべきこと

実家と手紙

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 私はこの国でも一番北にある領地、クノー子爵領の中でも一番端にある漁村で育ちました。海と森くらいしかない村です。人口は三〇〇人くらいで、大人のほとんどは漁師です。
 お父さんはロマン、お母さんはシビーユ。二人とも背が高いのに私は背が低くて力もあまりありません。だから漁師になるのではなく勉強をして王都に出る方がいいと両親に言われました。
 でも両親を始め、村の人たちはほとんど字が書けません。それで勉強なんてどこでするのかといえば、村長さんの家でした。私も含めて数人がいつも村長さんの家で読み書き計算を教わっていました。
 そんな私が王都で、しかも王宮で仕事を貰えたのは、村長さんが勤め先を探してくれたということもありますが、勇者様の召喚の儀式が近かったからです。
 この国では五年に一度、勇者召喚の儀式が行われます。滅多に成功しないそうですが、私が生まれる前には賢者様、今のピトル伯爵様が来られました。その時には大騒ぎだったと話に聞いています。
 いらっしゃるのが勇者様とは限りませんが、もし召喚が成功すれば、その方には必ずお屋敷が与えられるそうです。そうなるとそこで働く使用人が必要になります。新しく雇った使用人をいきなりそのお屋敷で働かせるわけにはいきません。経験者を用意することになります。
 ではどこからその経験者を選ぶかといえば王宮からです。すでに王宮で働いている多くの使用人の中から、問題なさそうな人を選んでお屋敷に派遣するそうです。そのために追加の募集があるそうです。そこに私をねじ込めるのではないかということでした。
 私の実家の両親は漁師です。周りもみんなそうです。だからそれほど裕福ではありません。でも両親は私が王都に出るならそれなりの格好をさせないといけないと言って、立派な服を用意してくれました。頑張らないと。

 ◆◆◆

 私は王宮で働き始めた中ではほぼ最年少です。どうして私が選ばれたのかは分かりません。ですが単にコネだけではないと思いたいです。
 もしかしたら胸ですか? 年齢のわりには胸が膨らんでいます。男性使用人の視線が気になることはありますが、それでも私よりも胸が大きな女性はたくさんいます。よく分かりません。
 王宮で働き始めてから一年ほどが経ちました。この間に三回両親からの手紙が届きました。両親は字が書けませんので、村長さんが代筆してくれています。こちらは元気でやっている、そちらはどうか? 毎回そのような手紙です。最後に村長さんも一言沿えてくれます。みんな頑張っているから問題ないと。

 召喚の儀式が行われて勇者様が召喚されたそうです。王宮の中が大騒ぎです。しばらく迎賓館に滞在されるそうで、お顔を見ることはできません。ですが近日中に謁見の儀式があるそうで、もしかしたらチラッとでも見ることができるかもしれません。
 勇者様ですか。どんな方なんでしょう。魔物を軽々と倒せるような方でしょうか。それとも大魔法の使い手でしょうか。
 勇者様を一目でも見てみたいと思いましたが、残念ながらそんな時間はありません。宰相のルブラン侯爵様に呼ばれたからです。そこで私は勇者様のお屋敷で働くことができると知りました。それならアピールです。勇者様の夜伽要因にどうぞ!
 はい。そのお仕事を頂きました。誰か一人はそうしようと考えていたそうです。公爵様はできるなら私にしようと思っていたそうです。理由を聞けば簡単でした。私なら何かがあっても問題ないからということでした。
 他の六人は顔も名前も分かりますが、王都や近くの町の出身の方たちです。実家は平民でも上の方です。それに対して私の実家は僻地の漁村。もし私が死のうがどうなろうが、影響ないということでした。

 勇者様、いえ、ラヴァル公爵様のお屋敷で片付けをしています。ここは長い間使用されていませんでした。もちろん数年に一度は掃除はされているようですが、その程度です。庭の草は伸び放題。勝手に木が生えることもあります。庭は兵士の方々が木を切り倒したり草を刈ったりしています。私たちは屋敷の中の掃除です。
 このお屋敷は王宮ほどではありませんが、普通のお屋敷の一〇倍くらいあるそうです。それは執事ブティエのダヴィドさんが言っていました。そこをハウスメイド七人で掃除です。ほとんど無理です。侍女のオレリーさん、家政婦長のシュザンヌさん、それに本来は掃除なんてしないような料理長のオーブリーさんたちも総出で屋敷の中の掃除をしています。
 掃除だけでももう少し人がいればいいのですが、王宮の方も大変なんだそうです。勝手な言い分のようですが、勇者様がいらっしゃるとは考えていなかったそうです。だからこの屋敷の手入れをしていなかったと。それは怠慢ではないでしょうか。
 とりあえず屋敷全体の掃除をしつつ、旦那様たちの部屋に家具を入れ、さらに私たちの暮らす別館の方も片付けなければなりません。そちらも掃除をして家具を入れなければなりません。大変です。
 そうしているうちに、明日にでも旦那様がいらっしゃることになりました。この一週間ほどで何とか立派なお屋敷に見えるようになりました。建物の中は、ですが。外の花壇はまだ花が植えられていなくて、切り倒した木も敷地の端の方に寄せられているだけです。一度この段階で片付けは終わりだそうです。

 お屋敷に旦那様がいらっしゃいました。勇者様のわりには線の細い方です。でも溢れるような力を感じます。胸元を見せてアピールしてみましたが無反応でした。王宮で男性使用人たちの視線を集めていたのに、旦那様は無反応。もしかしてアピールが足りないのでしょうか?
 旦那様に抱かれて、もし愛人の末席にでも加えていただければ、もしかしたらお小遣いでも頂けるかもしれません。実家の両親に少しでも恩返ししたい。それなのに旦那様は無反応です。
 アネットさんのように作業台に上って下着を見せてみました。ベレニスさんのように四つん這いになってお尻を見せてみました。セリーヌさんやドミニクさんのように廊下でこけて下着が丸見えにしてみました。エリーヌさんのように旦那様の前からティーカップを下げる時に旦那様の顔の前に首筋を持っていきました。フラヴィさんのようにベッドのシーツを交換する時に下着を見せました。ジェスチャーを使ってストレートにどうですかと聞いてみました。やれることは全てやりました。でも旦那様は無反応です。
 ありとあらゆる手段を講じ、どうやって旦那様に振り向いてもらおうかと思っていたところ、実家から久しぶりに手紙が届きました。王宮からこちらに引っ越しましたので、王宮からの荷物に入っていたようです。
 手紙が届くには時間がかかります。真っ直ぐ来るのであれば一〇日もあれば十分着くそうですが、手紙だけが運ばれるわけではありません。町と町の間で荷物を運ぶついでに運んでもらうだけです。だから一か月から一か月半ほどかけて王都に到着します。これが書かれたのは二月でしょうか。もう三月ですがまだまだ向こうは寒いでしょう。そんなことが書かれているのかもしれません。
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