元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
193 / 273
第十四部:それぞれの思惑

エステル(一)

しおりを挟む
「胸を大きくしてくださいです」
「……」
 俺の横にいたジゼルがキョトンとしている。こういうジゼルの表情もなかなかいいな。
 ジゼルは妻の中では一番若くて背が低い。でも胸は大きい。そのギャップが素晴らしい。顔は童顔じゃないのでロリ巨乳じゃない。前は不自然に胸元が開いたメイド服を着て胸元をケープで隠すような服装をしていたけど、今はオレリーやアネットと同じように秘書っぽいスーツを着ている。まあじぜるはあそれでも制服を着た中学生にしか見えないけどな。
 それよりエステルだ。いきなりこの部屋に現れた。いつ来てもいいと言っているから、来ても。俺が王都に連れてきたからな。まあ保護者みたいなものだ。そしてエステルの胸はたしかに真っ平だ。平原だ。いや、肌が白いから雪原と言ったらいいかもしれない。ジゼルを富士山だとすればエステルは函館山だ。

 ◆◆◆

「イネスさんに聞いたらひっくり返ったのです」
 ジゼルがお茶を淹れてくれた。俺はエステルの好きなマシュマロも山盛り用意した。用意しないと「シュウジ様の白いのをお腹いっぱいください」と言いかねない。
 マシュマロも商会で販売されている。不思議な食感のお菓子だとしてそこそこ売れている。真似ようと思えば真似られるけど、なかなか材料が想像できないだろう。砂糖をかなり使うから高くなるのがな。
 俺は水と砂糖とゼラチンと卵白だけで作っている。砂糖じゃなくて水飴で作ったり、砂糖と水飴を合わせることもあるらしい。水飴は麦芽を使えばやくすできるけど、俺は一番手っ取り早く作れる砂糖を使う。くっつかないように片栗粉をまぶしてるけど、コーンスターチを使ってもいい。
 片栗粉もコーンスターチもどちらもデンプンだ。片栗粉はジャガイモ、コーンスターチはトウモロコシ。まぶして使う時には違いはほとんどない。ただ料理に使う時には違いがある。片栗粉が温度が下がるとが弱まるのに対して、コーンスターチはが持続する。温かいものには片栗粉、冷やして食べるものにはコーンスターチがいい。だからあんかけには片栗粉を使い、カスタードにはコーンスターチを使う。
 マシュマロで腹を膨らませたエステルから詳しい話を聞くことになった。事の起こりはエステルが「どうしたら胸が大きくなるのですか? やっぱり吸うのですか? 揉みしだくのですか?」とイネスに聞いたことらしい。いきなり子供に「赤ちゃんってどうやって作るの? パパとママが夜にやってる運動?」と聞かれた親の心境だろう。
 ちょうど椅子に座って作業中だったイネスはビックリして机に膝をぶつけ、膝を押さえようとしたら机で顔を打ち、椅子ごと後ろにひっくり返って床を転がったそうだ。
 最初エステルは商会にやって来る女性客に聞こうと思ったらしい。美容に気を使っている女性や補整下着を買いにやって来る女性が多いからだ。でも俺が「分からないことはイネスに聞け。それでも無理なら俺に聞け」と言ったからイネスに聞いた。よしよし、ちゃんと俺の言いつけを守ってるな。
 でもイネスとしてはエステルとサイズ的に大差ない自分に言われても困るということで、次に俺のところに来た。そういう経緯をエステルから聞いている。
 横で話を聞いているジゼルは年齢のわりに立派な胸をしている。ただしロリ巨乳じゃない。顔はロリじゃなくてむしろ大人びている。ただ背が低い。それもあって妙に違和感のある雰囲気をしていたけど、最近は秘書の格好をするようになって、前よりも違和感はなくなった。制服姿の中学生みたいだけどな。
「胸を大きくしたいのか……。まあ揉めば大きくなるのは間違いない」
「そうなのですか?」
「適当に揉めばいいわけじゃないけどな」
 揉めば必ず大きくなる。でもリンパの流れなんかも関係あるそうで、ただ胸だけ揉めばいいというわけじゃなく、首や脇、鎖骨の周辺も含めてしっかり揉むのがポイントだ。要するに上半身のマッサージだ。それは日本で教わった。とりあえず愛情を込めて揉んでいれば大きくなるのは間違いない。
「裸になるのでシュウジ様の手で直に揉んでほしいのです」
「直にって……意味は分かってるのか?」
「もちろん肌を見せることとかその先のこととか、意味は分かってるのです。子供も産めるのです。これまでそういうことに興味がなかっただけでしたのです。裸は誰にも見せたことはないのです。初めてはシュウジ様がいいのです」
「お前が言ったのは胸を揉む以上のことだぞ?」
「もちろん分かってるのです。犯して孕ませてほしいのです」
「……もう少し言葉を覚えような?」
 犯して孕ませてってなあ……。抱いてほしいとかなら分かるけど。街角で男連中が喋ってるのを聞いたりするんだろうなあ。ニュアンスで覚えるんだろうな。あいつら腰の動きとかジェスチャー付きで喋るからな。この子は親から生きていく上での知識は教われなかったみたいだけど、長く町で暮らせばそういう知識も付くか。まあ俺よりも年上だからな。
 冒険者として働けばそういう話もよく耳にする。場合によっては言い寄られることもある。でも断ったらしい。地頭はいいんだろうな。でもあの時に甘いお菓子をくれた俺に気を許してしまった。日本なら「子供に声をかけてお菓子を渡している大人がいる」とか事案になりそうだけど。
「単に懐かれてるだけだと思ってたんだけどな」
「懐く相手くらいは選ぶのです。シュウジ様だからです。お腹が空いてた時に本当に気にしてくれたからです。仕事も紹介してくれたのです。愛してるのです」
 真剣な顔だった。これは大人としてはぐらかすのはダメだな。
 日本にいた頃、ちょっと背伸びをした少女に大人にしてほしいと言われたことがあった。名前も忘れたけど、色々な意味で追い詰められてたな。メンヘラってわけじゃないけど、切羽詰まっている感じだった。一応一八歳だったから抱いた。もし抱かなかったら街角で売ってた可能性もある。
 俺としては子供が親にじゃれついてるように思ってたけど、エステルなりのアピールだったらしい。表現力が追いついてないんだろう。エルフにはエルフの言葉があるそうだ。でも人間の言葉、いわゆる共通語も学ぶ。人間の言葉のというよりも、人間は共通語しか話さないからそうなってしまっただけだ。
 共通語というのはこの大陸で使われている人間の言葉で、地球でいうこところの英語のようなものだ。英語が話せるならどこの国でもある程度の規模の町でなら困らないように、この大陸では片言でも人間の言葉が話せればとりあえず生きていける。でも共通語を身に付ける前に町に来たから、たどたどしいまま育ってしまったようだ。そして丁寧に話すなら「~です」「~ます」という言い方をするのを自然と身に付けた。たまに使い方がおかしいけどな。
しおりを挟む

処理中です...