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第十二部:勇者とダンジョンと魔物(一)
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「あいたたた……」
何が起きたのかが一瞬分からなかった。今俺はダンジョンの天井を向いて仰向けに寝転がってるはずだ。床を踏み抜いて落ちたから。
まさか床が抜けるとは思わなかった。【罠検知】とかあるはずなんだけどな。罠じゃないのか? 老朽化か? 施工不良か?
頑丈だから怪我はないみたいだけど、痛いものは痛い。さすがに痛覚は遮断されない……てことは大怪我したらメチャクチャ痛いんじゃないか? 想像したらゾワッとした。
「「「マスター、大丈夫ですか?」」」
俺が呆けていると天井の穴越しにスキュラたちから声がかかった。
「ああ、怪我はない。これから——」
「そっちに行きますね。とうっ!」
スキュラAが飛び降りると、BCDも続いて降りてきた。これくらいの高さなら【転移】で戻れたんだけどな。みんな降りてどうするんだ? まあいいか。
このダンジョンは地下五〇階まであると言われている。さっきは五〇階だから、ここが五一階か? 数え間違えたはずはないから新発見か? とりあえず落ちた部屋は石造りか。さっきまでと大差はない。大きな部屋で——
《お主ら、新顔じゃな》
声がしたからそっちを見たら、部屋の奥からドラゴンが現れた。ドラゴンだ。ファンタジーの定番だ。でけえ。
「新顔って意味が分からないけど、このダンジョンに初めて来たのは間違いない。で、あんたがここの主なのか?」
《主と言っていいのかどうかは分からぬが、長くいるのう》
ドラゴンがニヤリと笑った。顔だけで俺の背丈よりも高い。これだけ大きいと表情の変化が分かるもんだな。ヘビやトカゲのサイズなら無理だろう。
「俺を食べないでくれると助かる」
《かっかっかっ。我は話ができる相手は食べぬよ》
俺がスキュラたちを手にかけなかったのと同じ理由か。
《実は少し頼みを聞いてほしい》
◆◆◆
ドラゴンの顔の前に集まって話をすることになった。俺に頼みがあるそうだ。
「俺はシュウジだ。この世界に勇者として召喚された新人だ。今年の一月からこっちだ」
「スキュラAです。ここの一〇階にいました」
「スキュラBです。ここの二〇階にいました」
「スキュラCです。ここの三〇階にいました」
「スキュラDです。ここの四〇階にいました」
《我はトゥーリアという。見ての通りドラゴンじゃ》
「言葉の響き的には女性か?」
何となくだけど、高貴な女性の話し方に聞こえる。武家の女性って感じだろうか。勝手なイメージだけど、剣よりも弓矢や薙刀が似合いそうだ。
《そうじゃな。女性というか雌というか、そのあたりはお主に任せる》
「まあ女性と扱わせてもらうよ」
《そうかそうか。ではお主の前では女ということにしよう》
トゥーリアは大きな顔でニヤリと笑った。
《それでのう、ここで会ったのも何かの縁じゃろう。実はお主に一つ頼みがあるのじゃ》
「頼みねえ。もちろん俺にできることならいいぞ。ここですることなのか?」
ドラゴンに頼まれるってなかなかないだろうな。興味はある。できるかどうかはともかく。
《実はのう、我は外に出たいのじゃ》
「外にって……入ったんなら出られるんじゃないのか? スキュラたちと同じように召喚されたのか?」
《いや、我はかなり前からこのダンジョンを寝床にしておったのじゃが、うっかりと居眠りをしてしもうたらその間に体が成長してしたみたいでのう。今では出るに出られなくなってしもうた》
トゥーリアを見ると、頭の高さだけで俺の身長よりもある。胴体は太い部分は四、五メートルくらいか。長さがどれくらいかは今は分からない。
「魔法で姿を変えるのとかは無理なのか?」
ドラゴンなら姿を変えるくらいできるんじゃないのか? ファンタジーの定番だろう。
《うむ。以前はスキルでできたはずじゃが、起きたらやり方を忘れとった。それでここから出るのに力を貸してほしいのじゃ》
「スキルもなくなるのか……。まあ力を貸すのはいいけど俺は何をすればいい? 俺は普通の人間だぞ?」
微妙に普通とは違うけど、種族としては人間だ。
《このダンジョンの通路は我でも十分に通れるはずじゃ。じゃがどうしても通れぬところがある。そこを削ってくれると助かる。そこの出入り口とかその先の角とか》
たしかにボス部屋のように扉がある場所もあったし、たまに出っ張りがあって狭くなった部分もあった。急な曲がり角なら引っかかって曲がれないかもしれない。でもダンジョンって削れるのか? まあできると言うならできるんだろうけど。
「削れるのなら削るけど、ブレスで溶かしちゃダメなのか? それくらいできそうだけど」
《熱いじゃろ。それに我とて酸素は必要じゃ》
「ああ、酸欠になったら大変だな」
《そういうことじゃ》
トゥーリアによると、何もしなくても空気は少しずつ動く。それで酸欠にはならないらしい。でもここから出ようとしてブレスでこの部屋の出入り口を溶かしたことがあったそうだけど、熱い上に息苦しくなってやめたそうだ。そしてしばらくしたら溶けた部分も勝手に直った。ダンジョンの神秘だな。
「まあやれるだけやってみよう」
《すまぬ。ああ、ここにあるものは手間賃として全部持っていってくれ》
「分かった。とりあえず預かろう。ここを出たら使えばいいだろう」
ドラゴンは光るものが好きらしい。ここにも宝石だの何だのと転がっている。
「ところで、ここはこの部屋だけなのか? 水も食料もなさそうだけど、よく生きてたな」
寝てる間に成長するって意味が分からないけど、長いこと寝てたのなら腹が減るよな。
《我のことを心配してくれるのか? まあ食事など取らんでも我は死にはせぬ。ここは魔素が濃いからのう。食事は嗜好品という感じじゃ》
「そうか」
《そもそも我々が食事で体を維持しようと思えば、毎日大型の生き物が何匹も必要よのう》
トゥーリアがスキュラたちの下半身を見ると、犬たちの耳が垂れた。尻尾があれば後ろ足の間に挟んだだろう。上半身も少し顔色が悪い。
「あんまり脅かしてやるなよ」
《すまぬ。冗談じゃ。お主らは食べぬよ》
そうか、魔素があったな。あれはある意味じゃ栄養素だ。魔法使いにとっては。
「よし、それじゃ確認しながら進むか」
《頼む。大半は問題ないはずなんじゃが、無理して挟まって動けなくなるのも嫌じゃから、これまで無理はせんかったのじゃ》
「それはそうだろうな。無理はしない方がいい」
自分しかいないのに挟まって動けなくなったら不安だろう。ドラゴンだって同じはずだ。
◆◆◆
まずはこの部屋の出入り口。扉はないけど扉があるかのように壁に穴がある。
《そこは一度ブレスで溶かしたのじゃが、壁はいつの間にか直ってしもうた。扉はなくなってしもうた》
「まあやってみるか。まさか【石工】スキルが役に立つとはなあ」
俺は以前に扉がはまっていた周囲を崩してみた。
「お主、勇者じゃなかったのか?」
「勇者だぞ。器用貧乏のな」
役に立ちそうなスキルを広く浅く貰ったから、大抵のことは時間をかければできるだろう。
「「「マスター、頑張ってください!」」」
「おう」
俺は扉があったはずの場所に手を触れて魔力を流した。すると何の石かよく分からなかった壁がザラザラと崩れ始めた。これが【石工】か。思った通りに加工できるそうだけど、レベルが〇だから崩すくらいにしか使えないな。今回はそれでも役に立つけど。
トゥーリアは頭の先から尻尾の先までで……三〇メートルくらいか? 半分近くが尻尾で、さらに背中には翼がある。体の太さは一番太いところで五メートルはない。翼を畳めば体よりも一回り大きくなる程度だから通れるだろう。おそらく七メートルくらいあれば十分通り抜けられるはずだ。
「これくらいでどうだ?」
《うむ……よっ……おお、大丈夫じゃ》
さすがに全面を崩す必要はない。時間もかかるしな。
何が起きたのかが一瞬分からなかった。今俺はダンジョンの天井を向いて仰向けに寝転がってるはずだ。床を踏み抜いて落ちたから。
まさか床が抜けるとは思わなかった。【罠検知】とかあるはずなんだけどな。罠じゃないのか? 老朽化か? 施工不良か?
頑丈だから怪我はないみたいだけど、痛いものは痛い。さすがに痛覚は遮断されない……てことは大怪我したらメチャクチャ痛いんじゃないか? 想像したらゾワッとした。
「「「マスター、大丈夫ですか?」」」
俺が呆けていると天井の穴越しにスキュラたちから声がかかった。
「ああ、怪我はない。これから——」
「そっちに行きますね。とうっ!」
スキュラAが飛び降りると、BCDも続いて降りてきた。これくらいの高さなら【転移】で戻れたんだけどな。みんな降りてどうするんだ? まあいいか。
このダンジョンは地下五〇階まであると言われている。さっきは五〇階だから、ここが五一階か? 数え間違えたはずはないから新発見か? とりあえず落ちた部屋は石造りか。さっきまでと大差はない。大きな部屋で——
《お主ら、新顔じゃな》
声がしたからそっちを見たら、部屋の奥からドラゴンが現れた。ドラゴンだ。ファンタジーの定番だ。でけえ。
「新顔って意味が分からないけど、このダンジョンに初めて来たのは間違いない。で、あんたがここの主なのか?」
《主と言っていいのかどうかは分からぬが、長くいるのう》
ドラゴンがニヤリと笑った。顔だけで俺の背丈よりも高い。これだけ大きいと表情の変化が分かるもんだな。ヘビやトカゲのサイズなら無理だろう。
「俺を食べないでくれると助かる」
《かっかっかっ。我は話ができる相手は食べぬよ》
俺がスキュラたちを手にかけなかったのと同じ理由か。
《実は少し頼みを聞いてほしい》
◆◆◆
ドラゴンの顔の前に集まって話をすることになった。俺に頼みがあるそうだ。
「俺はシュウジだ。この世界に勇者として召喚された新人だ。今年の一月からこっちだ」
「スキュラAです。ここの一〇階にいました」
「スキュラBです。ここの二〇階にいました」
「スキュラCです。ここの三〇階にいました」
「スキュラDです。ここの四〇階にいました」
《我はトゥーリアという。見ての通りドラゴンじゃ》
「言葉の響き的には女性か?」
何となくだけど、高貴な女性の話し方に聞こえる。武家の女性って感じだろうか。勝手なイメージだけど、剣よりも弓矢や薙刀が似合いそうだ。
《そうじゃな。女性というか雌というか、そのあたりはお主に任せる》
「まあ女性と扱わせてもらうよ」
《そうかそうか。ではお主の前では女ということにしよう》
トゥーリアは大きな顔でニヤリと笑った。
《それでのう、ここで会ったのも何かの縁じゃろう。実はお主に一つ頼みがあるのじゃ》
「頼みねえ。もちろん俺にできることならいいぞ。ここですることなのか?」
ドラゴンに頼まれるってなかなかないだろうな。興味はある。できるかどうかはともかく。
《実はのう、我は外に出たいのじゃ》
「外にって……入ったんなら出られるんじゃないのか? スキュラたちと同じように召喚されたのか?」
《いや、我はかなり前からこのダンジョンを寝床にしておったのじゃが、うっかりと居眠りをしてしもうたらその間に体が成長してしたみたいでのう。今では出るに出られなくなってしもうた》
トゥーリアを見ると、頭の高さだけで俺の身長よりもある。胴体は太い部分は四、五メートルくらいか。長さがどれくらいかは今は分からない。
「魔法で姿を変えるのとかは無理なのか?」
ドラゴンなら姿を変えるくらいできるんじゃないのか? ファンタジーの定番だろう。
《うむ。以前はスキルでできたはずじゃが、起きたらやり方を忘れとった。それでここから出るのに力を貸してほしいのじゃ》
「スキルもなくなるのか……。まあ力を貸すのはいいけど俺は何をすればいい? 俺は普通の人間だぞ?」
微妙に普通とは違うけど、種族としては人間だ。
《このダンジョンの通路は我でも十分に通れるはずじゃ。じゃがどうしても通れぬところがある。そこを削ってくれると助かる。そこの出入り口とかその先の角とか》
たしかにボス部屋のように扉がある場所もあったし、たまに出っ張りがあって狭くなった部分もあった。急な曲がり角なら引っかかって曲がれないかもしれない。でもダンジョンって削れるのか? まあできると言うならできるんだろうけど。
「削れるのなら削るけど、ブレスで溶かしちゃダメなのか? それくらいできそうだけど」
《熱いじゃろ。それに我とて酸素は必要じゃ》
「ああ、酸欠になったら大変だな」
《そういうことじゃ》
トゥーリアによると、何もしなくても空気は少しずつ動く。それで酸欠にはならないらしい。でもここから出ようとしてブレスでこの部屋の出入り口を溶かしたことがあったそうだけど、熱い上に息苦しくなってやめたそうだ。そしてしばらくしたら溶けた部分も勝手に直った。ダンジョンの神秘だな。
「まあやれるだけやってみよう」
《すまぬ。ああ、ここにあるものは手間賃として全部持っていってくれ》
「分かった。とりあえず預かろう。ここを出たら使えばいいだろう」
ドラゴンは光るものが好きらしい。ここにも宝石だの何だのと転がっている。
「ところで、ここはこの部屋だけなのか? 水も食料もなさそうだけど、よく生きてたな」
寝てる間に成長するって意味が分からないけど、長いこと寝てたのなら腹が減るよな。
《我のことを心配してくれるのか? まあ食事など取らんでも我は死にはせぬ。ここは魔素が濃いからのう。食事は嗜好品という感じじゃ》
「そうか」
《そもそも我々が食事で体を維持しようと思えば、毎日大型の生き物が何匹も必要よのう》
トゥーリアがスキュラたちの下半身を見ると、犬たちの耳が垂れた。尻尾があれば後ろ足の間に挟んだだろう。上半身も少し顔色が悪い。
「あんまり脅かしてやるなよ」
《すまぬ。冗談じゃ。お主らは食べぬよ》
そうか、魔素があったな。あれはある意味じゃ栄養素だ。魔法使いにとっては。
「よし、それじゃ確認しながら進むか」
《頼む。大半は問題ないはずなんじゃが、無理して挟まって動けなくなるのも嫌じゃから、これまで無理はせんかったのじゃ》
「それはそうだろうな。無理はしない方がいい」
自分しかいないのに挟まって動けなくなったら不安だろう。ドラゴンだって同じはずだ。
◆◆◆
まずはこの部屋の出入り口。扉はないけど扉があるかのように壁に穴がある。
《そこは一度ブレスで溶かしたのじゃが、壁はいつの間にか直ってしもうた。扉はなくなってしもうた》
「まあやってみるか。まさか【石工】スキルが役に立つとはなあ」
俺は以前に扉がはまっていた周囲を崩してみた。
「お主、勇者じゃなかったのか?」
「勇者だぞ。器用貧乏のな」
役に立ちそうなスキルを広く浅く貰ったから、大抵のことは時間をかければできるだろう。
「「「マスター、頑張ってください!」」」
「おう」
俺は扉があったはずの場所に手を触れて魔力を流した。すると何の石かよく分からなかった壁がザラザラと崩れ始めた。これが【石工】か。思った通りに加工できるそうだけど、レベルが〇だから崩すくらいにしか使えないな。今回はそれでも役に立つけど。
トゥーリアは頭の先から尻尾の先までで……三〇メートルくらいか? 半分近くが尻尾で、さらに背中には翼がある。体の太さは一番太いところで五メートルはない。翼を畳めば体よりも一回り大きくなる程度だから通れるだろう。おそらく七メートルくらいあれば十分通り抜けられるはずだ。
「これくらいでどうだ?」
《うむ……よっ……おお、大丈夫じゃ》
さすがに全面を崩す必要はない。時間もかかるしな。
応援ありがとうございます!
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