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第十二部:勇者とダンジョンと魔物(一)
赤貧エルフ
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俺は兵士や冒険者が集まっている野営地へ顔を出していた。彼らを慰労するためだ。酒の樽をいくつか出し、もうしばらく頑張ってくれと声をかけた。
ダンジョンは魔物が増えるとどんどん魔素が濃くなる。そうするとさらに魔物が生まれやすくなる。暴走を起こさないためには定期的にダンジョンの底まで潜って内部の魔素を引っかき回すことだ。今回俺が一番底まで潜って引っかき回したからしばらくは暴走は起きないだろう。
ワインなら澱は舌触りが悪くなるからそっと扱うのが当然だけど、ダンジョンは引っかき回しても大丈夫。それなら扇風機で風を送り込む……ってのは無理だよなあ。
とりあえず何年かは暴走は問題ないだろう。でも今ダンジョンにいる魔物は出てくるそうだし、暴走に引っ張られるように周辺の魔物が活発に活動するようになっているそうで、兵士や冒険者たちは今日も町の外で活動していた。そうすれば怪我人は出るし死者も出る。
冒険者って仕事は宝くじじゃない。支払うのは金じゃなくて自分の命だ。当たれば大きい。外れればその瞬間に人生が終わる。簡単に始められるように見えて、成功するのはほんの一握り。でも彼らはそれを承知で成功を狙っているわけだ。一人でも多くの冒険者が生きて天寿を全うできることを願うのみだ。
◆◆◆
「ん?」
広場まで戻ってきてちょっと休憩でもしようかと思ったら、木陰のベンチの側で誰が蹲ってるのが目に入った。
「おい、大丈夫か?」
体調が悪いのなら俺が魔法をかけてもいいし治癒師に見せてもいい……って知った顔だった。
「おい、エステル」
苦しそうに腹を押さえてたのはエルフのエステルだった。
「あ……シュウジ様……私は……」
「無理に喋るな。意識はあるな?」
「は、はい。でも——」
ぐぐう~~うっ……きゅるるる~~うっ……ぐぐぐう~~うう~~うっ……きゅるっ♪
エステルが手で押さえた腹から豪快な腹の虫が聞こえた。最後の「きゅるっ♪」だけ妙に可愛らしい。
「うーっ、これはその……」
彼女は俺を上目遣いに見上げると、ボンッと音を出しそうな勢いで顔を真っ赤にした。腹が鳴るのは恥ずかしいのか。
「腹が減るのは元気な証拠だ。そこの屋台でよければ奢るぞ。何か食べるか?」
「いいのですか?」
「ああ、遠慮なんてするな。ほら、行くぞ」
エステルを引っ張るように屋台街の方へ向かった。
「落ち着いたか?」
「はい、ありがとうございます♪」
黒パンにスープに肉串。とりあえずこのあたりの屋台にあるものを食べさせた。俺のストレージには色々あるけど、温かいものはそこまで多くない上にダンジョン内でほぼなくなった。空腹時には温かいものの方が体に優しいだろう。
「久しぶりにお腹いっぱい食べましたです♪」
「久しぶり? 支払いがあっただろ?」
治癒師たちには金が支払われたはずだ。俺にも支払うってことだったけど、俺の分はそのまま寄付に回した。ゴブリンが手に入ったからな。
「ありましたです。でも貯めておかないとまた困ることになります」
「貯めるのは分かるけど、空腹を我慢してまで貯める必要はないだろ?」
まるで痛みを堪えるかのような蹲り具合だった。
「ギリギリまで我慢して、耐えきれなくなったら食べます」
「体に悪いだろう」
こいつまさかの赤貧エルフか?
「【食い溜め】のおかげで耐えられます」
「【食い溜め】かあ。聞くからに体に悪そうだ」
よく話を聞くと、エステルには【食い溜め】というスキルがあった。ある程度まとめて食べておくと、空腹時に耐えられるというスキルだ。他には溜めたエネルギーを体力や魔力にも変換できるらしい。俺にはない。
よく食い溜めとか寝溜めって聞くけど、あれはリズムを崩すから良くない。体を壊した俺だから余計にそう感じる。寝溜めについては睡眠不足が続いて緊急避難的に使うのは仕方ないだろうけど、徹夜、寝溜め、徹夜、寝溜めと繰り返すとあっという間に肌がボロボロになった。俺の年齢であれなら、三〇代や四〇代ならどうなるんだろうな?
「稼ぎを増やす方法は考えないのか?」
収入を増やす方法なんて誰でも知りたいと思うだろうけど、エステルはどうもズレてる気がするからな。意外に稼ぐ方法を見逃してる可能性もある。
「色々とやってみましたのです。でもダメだったのです」
「色々とねえ……。普通に魔物の狩りはどうなんだ?」
「私は戦うのが苦手なのです」
「なんでそれで冒険者なんだ?」
冒険者で治癒師だと聞いた。前衛じゃないんだろうけど、もう少し向き不向きを考えた方がいいぞ。
「お金を稼ぐには冒険者になるのが一番です」
「そりゃ狩れば狩るだけ収入になるからな。でも戦うのが苦手なら私塾を開くとかはダメなのか? エルフには多いと聞くぞ?」
「私は説明が下手なんだそうです。弟子を取ってもすぐにやめてしまいましたです」
こうやって話してると何となく分かるけど、エステルは説明下手だ。それは彼女が幼いってのが関係してるんだろう。
「エルフなら若い方なんだろ? 親元にはいられなかったのか?」
「親の顔はあまり覚えていないのです。幼い頃にはぐれたみたいなのです」
あまりにも普通に言われたので、内容を理解するのに一瞬時間がかかった。
「そうだったのか。悪い。余計なことを聞いた」
「いえ、いいのです」
俺が謝ると、エステルは自分から説明してくれた。
彼女はどこかの森の中にある集落で暮らしていた。その時は普通に両親と暮らしていたのは間違いないらしい。でも魔物の襲撃があって、集落で暮らす者たちが散り散りになってしまって、その時に親とはぐれたそうだ。それからは森の中を彷徨いながら生活してたけど、そのままじゃどうしようもなくなって町に向かった。
町で暮らすなら金がかかる。それで魔法を使った仕事などに就こうとしたけど、背は伸びても精神的にはまだ子供。仕事をしようとしても上手くいかない。魔術師や錬金術師として私塾を開こうとしても説明が下手すぎてすぐに弟子がいなくなる。この話し方を聞くと不安になるんだろうなあ。
話し方ってのは本人が思ってる以上に重要で、それだけでどういう人柄かってのもある程度なら分かる。どれだけ丁寧な話し方をしてたとしても、端々に本性が滲み出るもんだ。
結局できそうな仕事は荷物を運ぶような雑用か冒険者くらいしかない。でもそこまで力があるわけじゃないし戦うのも得意じゃない。だからダンジョン近くの町を拠点にして、街角で怪我人を相手に回復魔法をかける辻治癒師のような仕事をしていた。
「力仕事は難しい。治癒魔法はできる。他に何か得意なことはあるのか?」
「植物の扱いは得意なのです。薬も自分で作れます」
「聞いてばかりで悪いけど、錬金術師や薬剤師になったらダメだったのか?」
「材料を集めてそれを精製して作ります。時間も手間もかかります。それに商品にするなら器具も必要なのです。高いと誰も買ってくれないのです」
どこかで聞いた話……ああ、イネスか。どうも薬というのは儲けが出しづらいんだな。
結局は新鮮な素材を集めてマジックバッグに入れないと劣化する。そのマジックバッグが高い。イネスは最初に小さなやつを買ったそうだけど、薬も美容液も劣化しないから、それで正解だったそうだ。
さらに自分で使うなら適当な容器に入れてもいいけど、商品にするならごく一般的なポーション用の容器にいれなければなかなか買ってもらえない。
「それなら薬を作る場所で働くつもりはないか?」
「お店なのですか?」
「俺の商会だ。こういう美容液なんかを作ってるんだけど、それなりに技術が必要だ。素材はある。足りないのは作り手だ」
イネスが作った美容液などを見せると、エステルはそれを調べ始めた。そのあたりはイネスと同じだな。匂いを嗅いだり舐めたりしないと気が済まないんだろうか。
「これなら作れそうです。でもいいのですか?」
「ああ。腹いっぱい食べさせてあげたいからな。ここの仕事が一段落したら向こうへ連れていこう」
「ありがとうです♪」
思いっきり抱きつかれた。首筋に当たる息がくすぐったい。傍目には可愛いエルフが抱きついてるように見えるんだけど、中身は子供だからな。
ダンジョンは魔物が増えるとどんどん魔素が濃くなる。そうするとさらに魔物が生まれやすくなる。暴走を起こさないためには定期的にダンジョンの底まで潜って内部の魔素を引っかき回すことだ。今回俺が一番底まで潜って引っかき回したからしばらくは暴走は起きないだろう。
ワインなら澱は舌触りが悪くなるからそっと扱うのが当然だけど、ダンジョンは引っかき回しても大丈夫。それなら扇風機で風を送り込む……ってのは無理だよなあ。
とりあえず何年かは暴走は問題ないだろう。でも今ダンジョンにいる魔物は出てくるそうだし、暴走に引っ張られるように周辺の魔物が活発に活動するようになっているそうで、兵士や冒険者たちは今日も町の外で活動していた。そうすれば怪我人は出るし死者も出る。
冒険者って仕事は宝くじじゃない。支払うのは金じゃなくて自分の命だ。当たれば大きい。外れればその瞬間に人生が終わる。簡単に始められるように見えて、成功するのはほんの一握り。でも彼らはそれを承知で成功を狙っているわけだ。一人でも多くの冒険者が生きて天寿を全うできることを願うのみだ。
◆◆◆
「ん?」
広場まで戻ってきてちょっと休憩でもしようかと思ったら、木陰のベンチの側で誰が蹲ってるのが目に入った。
「おい、大丈夫か?」
体調が悪いのなら俺が魔法をかけてもいいし治癒師に見せてもいい……って知った顔だった。
「おい、エステル」
苦しそうに腹を押さえてたのはエルフのエステルだった。
「あ……シュウジ様……私は……」
「無理に喋るな。意識はあるな?」
「は、はい。でも——」
ぐぐう~~うっ……きゅるるる~~うっ……ぐぐぐう~~うう~~うっ……きゅるっ♪
エステルが手で押さえた腹から豪快な腹の虫が聞こえた。最後の「きゅるっ♪」だけ妙に可愛らしい。
「うーっ、これはその……」
彼女は俺を上目遣いに見上げると、ボンッと音を出しそうな勢いで顔を真っ赤にした。腹が鳴るのは恥ずかしいのか。
「腹が減るのは元気な証拠だ。そこの屋台でよければ奢るぞ。何か食べるか?」
「いいのですか?」
「ああ、遠慮なんてするな。ほら、行くぞ」
エステルを引っ張るように屋台街の方へ向かった。
「落ち着いたか?」
「はい、ありがとうございます♪」
黒パンにスープに肉串。とりあえずこのあたりの屋台にあるものを食べさせた。俺のストレージには色々あるけど、温かいものはそこまで多くない上にダンジョン内でほぼなくなった。空腹時には温かいものの方が体に優しいだろう。
「久しぶりにお腹いっぱい食べましたです♪」
「久しぶり? 支払いがあっただろ?」
治癒師たちには金が支払われたはずだ。俺にも支払うってことだったけど、俺の分はそのまま寄付に回した。ゴブリンが手に入ったからな。
「ありましたです。でも貯めておかないとまた困ることになります」
「貯めるのは分かるけど、空腹を我慢してまで貯める必要はないだろ?」
まるで痛みを堪えるかのような蹲り具合だった。
「ギリギリまで我慢して、耐えきれなくなったら食べます」
「体に悪いだろう」
こいつまさかの赤貧エルフか?
「【食い溜め】のおかげで耐えられます」
「【食い溜め】かあ。聞くからに体に悪そうだ」
よく話を聞くと、エステルには【食い溜め】というスキルがあった。ある程度まとめて食べておくと、空腹時に耐えられるというスキルだ。他には溜めたエネルギーを体力や魔力にも変換できるらしい。俺にはない。
よく食い溜めとか寝溜めって聞くけど、あれはリズムを崩すから良くない。体を壊した俺だから余計にそう感じる。寝溜めについては睡眠不足が続いて緊急避難的に使うのは仕方ないだろうけど、徹夜、寝溜め、徹夜、寝溜めと繰り返すとあっという間に肌がボロボロになった。俺の年齢であれなら、三〇代や四〇代ならどうなるんだろうな?
「稼ぎを増やす方法は考えないのか?」
収入を増やす方法なんて誰でも知りたいと思うだろうけど、エステルはどうもズレてる気がするからな。意外に稼ぐ方法を見逃してる可能性もある。
「色々とやってみましたのです。でもダメだったのです」
「色々とねえ……。普通に魔物の狩りはどうなんだ?」
「私は戦うのが苦手なのです」
「なんでそれで冒険者なんだ?」
冒険者で治癒師だと聞いた。前衛じゃないんだろうけど、もう少し向き不向きを考えた方がいいぞ。
「お金を稼ぐには冒険者になるのが一番です」
「そりゃ狩れば狩るだけ収入になるからな。でも戦うのが苦手なら私塾を開くとかはダメなのか? エルフには多いと聞くぞ?」
「私は説明が下手なんだそうです。弟子を取ってもすぐにやめてしまいましたです」
こうやって話してると何となく分かるけど、エステルは説明下手だ。それは彼女が幼いってのが関係してるんだろう。
「エルフなら若い方なんだろ? 親元にはいられなかったのか?」
「親の顔はあまり覚えていないのです。幼い頃にはぐれたみたいなのです」
あまりにも普通に言われたので、内容を理解するのに一瞬時間がかかった。
「そうだったのか。悪い。余計なことを聞いた」
「いえ、いいのです」
俺が謝ると、エステルは自分から説明してくれた。
彼女はどこかの森の中にある集落で暮らしていた。その時は普通に両親と暮らしていたのは間違いないらしい。でも魔物の襲撃があって、集落で暮らす者たちが散り散りになってしまって、その時に親とはぐれたそうだ。それからは森の中を彷徨いながら生活してたけど、そのままじゃどうしようもなくなって町に向かった。
町で暮らすなら金がかかる。それで魔法を使った仕事などに就こうとしたけど、背は伸びても精神的にはまだ子供。仕事をしようとしても上手くいかない。魔術師や錬金術師として私塾を開こうとしても説明が下手すぎてすぐに弟子がいなくなる。この話し方を聞くと不安になるんだろうなあ。
話し方ってのは本人が思ってる以上に重要で、それだけでどういう人柄かってのもある程度なら分かる。どれだけ丁寧な話し方をしてたとしても、端々に本性が滲み出るもんだ。
結局できそうな仕事は荷物を運ぶような雑用か冒険者くらいしかない。でもそこまで力があるわけじゃないし戦うのも得意じゃない。だからダンジョン近くの町を拠点にして、街角で怪我人を相手に回復魔法をかける辻治癒師のような仕事をしていた。
「力仕事は難しい。治癒魔法はできる。他に何か得意なことはあるのか?」
「植物の扱いは得意なのです。薬も自分で作れます」
「聞いてばかりで悪いけど、錬金術師や薬剤師になったらダメだったのか?」
「材料を集めてそれを精製して作ります。時間も手間もかかります。それに商品にするなら器具も必要なのです。高いと誰も買ってくれないのです」
どこかで聞いた話……ああ、イネスか。どうも薬というのは儲けが出しづらいんだな。
結局は新鮮な素材を集めてマジックバッグに入れないと劣化する。そのマジックバッグが高い。イネスは最初に小さなやつを買ったそうだけど、薬も美容液も劣化しないから、それで正解だったそうだ。
さらに自分で使うなら適当な容器に入れてもいいけど、商品にするならごく一般的なポーション用の容器にいれなければなかなか買ってもらえない。
「それなら薬を作る場所で働くつもりはないか?」
「お店なのですか?」
「俺の商会だ。こういう美容液なんかを作ってるんだけど、それなりに技術が必要だ。素材はある。足りないのは作り手だ」
イネスが作った美容液などを見せると、エステルはそれを調べ始めた。そのあたりはイネスと同じだな。匂いを嗅いだり舐めたりしないと気が済まないんだろうか。
「これなら作れそうです。でもいいのですか?」
「ああ。腹いっぱい食べさせてあげたいからな。ここの仕事が一段落したら向こうへ連れていこう」
「ありがとうです♪」
思いっきり抱きつかれた。首筋に当たる息がくすぐったい。傍目には可愛いエルフが抱きついてるように見えるんだけど、中身は子供だからな。
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