元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第四部:貴族になること

かくあれかし

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 目の前ではメイドたちが揃って真面目に仕事をしています。いつもこうならいいのですが。あ、このお屋敷で家政婦長として七人のメイドの管理を任されているシュザンヌです。
 私は元冒険者の両親の間に生まれました。実家の生活はけっして苦しくはなかったのですが、やはり冒険者というのは冒険しているからこそ収入があるわけでして、引退してしまえば収入は途絶えるわけです。それに私は跡継ぎではありませんので、一〇歳そこそこで奉公に出されました。
 それから巡り巡って王宮でお仕事を頂けるほどになったのが数年前。王宮ではメイド長として働いていました。そして宰相のルブラン侯爵からこのお屋敷で家政婦長をしてみないかと言われたのはつい先日です。
 家政婦長とメイド長の違いは何かと言いますと、家政婦長は貴族様のお屋敷では、一部を除く全ての女性使用人の一番上になります。一方でメイド長はあくまで掃除を中心に働くハウスメイド、つまりというメイドの一番上にすぎません。下働きの一番上にすぎないわけです。それよりも家政婦長の方が立場は上なのが分かるでしょう。
 それにお給料がいいとも言われました。その言葉に釣られたのも間違いだったのです。集められた使用人たちを見た瞬間、私はここにいていいのかと疑問に思ってしまいました。ここにいるのは私よりも一〇は若いメイドたちなのです。

 ああ、若い子が羨ましい。

 いえ、私もまださん……こほん、とうが立ったとまでは言いませんが、婚期を逃しかけているのは間違いありません。そもそも使用人として働く時点で結婚を諦める人がほとんどです。
 主人の立場からすれば、使用人、特に下働きのメイドに子供ができて仕事ができなければ雇っている意味がないわけです。ですので女性使用人の多くは結婚が許されていません。そして女性使用人は主人とは肉体関係を持たないような契約をすることがほとんどになります。それは私も侍女のオレリーさんもそうですし、メイドたちもそうです。
 メイドのアネット、ベレニス、セリーヌ、ドミニク、エリーヌ、フラヴィ、ジゼルの七人は私と同じく王宮で働いていました。そこでラヴァル公爵家で働いてはどうかと、半ば強制的に一時金を渡されて職場を変えることになり、そして今に至ります。
 九人の女性使用人のうち、ジゼルのみが旦那様と肉体関係を持ってもいい契約になっています。それはルブラン侯爵から直接聞きました。「使用人が集まりきる前にシュウジ様が女性使用人全員に手を出せば大変なことになります。あの方は女性を惹きつけるでしょう。ですので一人に絞る方がいいと考えました。ジゼルは家柄が一番低いので、彼女だけそのような契約にしました」と言われました。でもこういう疑問もあるのです。

 どうして一番若いジゼルが?

 彼女は九人の中で一番若いのですよ? まだチャンスはあるでしょう。私にだって若い頃はありました。二〇代で結婚は諦めました。でもね? 一番下のジゼルだけってのは、さすがの私でもこめかみが💢ってなりますよ。
 おそらくオレリーさんもそうでしょう。あの方は男爵家のご令嬢だと聞いています。ですがこれまでご縁がなく、修道院に入るよりはと思ってやむを得ず働きに出たとか。
 ただし一つだけ希望があります。それは旦那様が認めれば契約を変えられるということです。現在私を含む八人は、もしこちらから旦那様に迫って肉体関係を持てばすぐに多額の借金を背負わされることになっています。ですので私たちから無理に迫ることはできません。
 ですが旦那様の方から契約を変更したいと言われた場合、私たちにそれを断る理由はありません。誰もが喜んで応じるでしょう。そのためには旦那様にそう思わせるのが一番の近道です。だからでしょう、若い子たちは恐ろしいですね。

 あの子たちは無理のない範囲で積極的にアピールしているのです。

 ジゼルは前から堂々と胸元を晒しています。あの若い肌! あれなら水を弾きますよね。しかもあの若さで私よりも胸が大きい。
 そのようなアピールができない他の子たちは、メイド服の腰のとこに細い紐を巻いて裾を巻き込ませ、旦那様の視界に入れば喜んで下着を見せています。なんと羨ましい。素足を見せられるなんて。
 そこのアネットは今日もそんな高い場所の掃除ですか? わざわざ作業台を使って? このお屋敷に来た頃は竿の先に雑巾を巻き付けて掃除していましたよね? そんなことを始めたの数日前からですよね?
 それもこれも、旦那様が女性使用人全員に髪と肌の美容液を渡したためです。私とオレリーさんの分は奥様方と同じものだと聞きました。メイドたちの分はそれよりも下のものだとは聞いていますが、それでも相当な値段がするはずです。
 オレリーさんはこのような美容液を使ったことがあると言っていましたが、彼女によれば、本当に効き目があるものなら中銀貨五枚はするということです。メイドたちの分でも二、三枚はするだろうと。彼女たちの給料以上ですか。
 旦那様が渡すようにと仰ったので渡しましたが、あんなものを渡せば「自分のために美しさを磨いてほしい」と口説いているようなものです。そりゃ彼女たちも色気を出すでしょう。メスの匂いをプンプンとさせています。夜な夜な下着を作っていたようですね。
 そうやって旦那様が契約変更の話を持ち出すように頑張っているのでしょうが、ミレーヌ様とエミリア様が相手では分が悪いでしょう。分が悪いどころかスタート地点にすら立てていないようですね。ですが旦那様はメイド服や修道服のような仕事として着る服がお好きだとミレーヌ様から伺っています。メイド服と修道服ですか……。
 私は家政婦長ですが、私自身はメイドではありませんのでメイド服は着ていません。いまは事情でメイドたちと一緒に働いていますが、本来は掃除をするような立場ではありません。旦那様から「すまないがしばらく頼む」と言われていますので掃除だろうが何だろうが喜んでいたしますが。
 もし私がメイド服を着れば……そこまで無理があるとは思いませんが、旦那様は喜んでくれるでしょうか? ですが一〇以上下の若い子たちに混ざれば……浮くでしょうね。これでもさん……いえ、一八歳と四五〇〇日少々ですので、あれだけ足を見せれば少々恥ずかしくなります。それでも旦那様が見たいと仰るならいくらでもお見せする覚悟はあります。ええ、ありますとも、望まれれば。下着だろうが何だろうが。
 願わくば、もう少しメイドが増えて仕事に余裕が出た頃に、旦那様の寝室で契約変更のお話を頂き、そのまま二人は一つに……なんてことがありますように。
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