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第四部:貴族になること
化身
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「ミレーヌ様、少しお願いがございます」
朝食後、ダヴィドがミレーヌに頭を下げた。
「何ですか?」
エミリアと違ってミレーヌは堂々としている。堂々というか気にしてないんだろうな。
「はい。ミレーヌ様のお立場を考えれば、無理を申せないことは重々承知しておりますが、公爵家の執事としましては、そう口にせざるを得ないとお受け取りください」
一言で表すと、社交を始める頃には来客がありそうな時間は屋敷の方にいてくれないだろうかと。
貴族の女性が出かけたり、あるいは屋敷で客をもてなしたりするのは昼過ぎから夕方が中心だ。この国ではその行事はやはりアフタヌーン・ティーやお茶会と呼ばれるらしい。
世間では貴族の社交シーズン真っ盛りだけど、この屋敷はまだ披露パーティーを行っていないので、正式なお茶会や晩餐会はしばらくはない。社交のシーズンは三月末で終わるけど、披露パーティーが二月末にあるので、その間はお茶会や晩餐会が行われる予定だ。
この国は大陸の北側にあって、夏はそれほど暑くはなく冬が寒く、北部は雪も降るそうだ。だから寒さが厳しいその時期は王都に集まり、寒さが和らげば領地に帰ってのんびり過ごすらしい。北部の貴族の方が遅くまで王都に残り、南部の貴族は早めに帰ることが多いらしい。でも今年は俺が現れたから、いつもよりも長く滞在する貴族がいるかもしれないとダヴィドは考えているらしい。
晩餐会には男女共に出席するけど、招待する責任者は主人の妻、つまりうちならミレーヌになるそうだ。晩餐会は社交の場なので、誰と誰を隣同士の席にするかなどを考える必要がある。正室がいないと困るわけだ。もちろんミレーヌに誰と誰が仲がいいか分かるはずがないので、そのあたりはダヴィドが差配するだろう。
エミリアにいてもらえば十分だと思ったけど、お茶会ならそれでいいとしても、晩餐会はまた勝手が違うそうだ。案内状の作成なども含めてできる限りダヴィドがするので、晩餐会がある当日はできればいてもらえないかと。もちろんそれは理解できる。理解できるけど、ミレーヌからはずっと地上にいるのは難しいと聞いている。
ダヴィドたちにはミレーヌは俺を守るための守護天使だと説明した。実は天使はこの世界にはそれなりにいるそうだ。
この世界には色々な種族がいる。神ではなく人と呼ばれる中には人間(ヒューマンと呼ぶ場所もある)もいればエルフもいる。ドワーフや妖精(フェアリー)、吸血鬼(ヴァンパイア)なんかもいるそうだ。そして天使(エンジェル)も神ではないという広い意味では人になる。狭い意味では人じゃないそうだ。
これら様々な種族がごった煮のように存在しているので、天使を夫や妻に持つこともあるそうだ。非常に珍しいけどゼロじゃないと。でも貴族でというのはかなり珍しいらしい。出会う機会が少ないからだ。魔力が人間よりも多いので、冒険者になることが多いらしい。
「仕方がないことだけどな」
「ですがミレーヌ様にはできればお屋敷にいてほしいというのも分かりますね」
「そうですねえ。ではこれではどうでしょうか」
ミレーヌが胸の前で手を打ち合わせると、ミレーヌのすぐ前にもう一人のミレーヌが現れた。
「なっ——」
ダヴィドが今まで見たことのないような驚き方をした。横にいるエミリアは思ったほど驚いてないようだ。俺もそれほどは驚かなかった。これは慣れだな。
「ビックリはしたけど、まあミレーヌだからな。エミリアもあまり驚いてないよな」
「はい、ミレーヌ様ですから、こういうのもアリだと思いました」
よしよし、エミリアも順調にミレーヌに慣れ始めたみたいだな。むしろ貴族の妻としての立場の方が慣れてないという珍しいパターンだろう。
「ミレーヌ、それは分身か?」
二人になったミレーヌのどちらに聞いたらいいか分からないけど、とりあえずそう聞いてみた。
「いえ、これは化身です。前に言ったことがあると思いますけど、神である私の力を練り上げて一部の力を移した存在です」
「私は作られた身ですが、感覚や意識はそのまま共有していますから、実際のところは私が二人いると思ってください。神としての能力はかなり落ちますけど」
同じ顔が同じ声で話すからややこしい。
「そうか、誤魔化すために言ってたのを実際にやったわけか」
「そうなりますね。仕事で上にいることが多くなりますから、化身を使う方がややこしくなくていいかと」
見た目はそっくりだな。双子でもこうはいかないだろう。
「本人と化身の見分け方はあるのか? 意識を共有してるなら問題はないかもしれないけど」
「今は全く同じですね。見分ける必要があるなら、これでどうですか?」
そう言うとミレーヌ本人(らしい方)が化身(らしい方)の髪を触った。何かが変わったようには見えない。
「どこが違うんだ?」
「右のもみあげを見てください」
「もみあげ?」
化身(らしい方)がもみあげを指で差した。ああ、ピンクの髪の中の一房が銀髪になったのか。よく見ないと分からないな。
====================
【名前:ミレーヌ】
【職業:守護天使】
====================
【天使名:ミレーヌ】
【位階:上級天使(美の神ミレーヌの化身)】
※注記
【愛の男神シュウジの妻】
====================
人のステータスは前と同じく【名前】と【職業】しか見えない。神としてのステータスはきちんと天使になって化身という表記も入った。神界のステータスと呼んだ方がいいか?
「旦那様、ミレーヌ様は天使様だと伺っておりましたが、女神様だったのですか?」
そう言えばルブラン侯爵にも、「女神が力を作って作り出した守護天使で、かつ女神本人でもある」みたいな微妙な言い方をしたそうだ。もしかしたら天使とだけ伝わっていたのかもしれない。
「ダヴィド、ルブラン侯爵からはどう聞いてたんだ?」
「女神様がシュウジ様をお守りするために使わした天使様だと」
「それでか」
ルブラン侯爵も全部は言わなかったのかもしれない。
神がいれば天使もいて、魔法だってスキルだって存在する世界だけど、神は降りないんだろう。
「覚えておいてくれ。今までいたのが美の女神ミレーヌ本人だ。そしてもう一人現れたのが守護天使ってことに——」
「女神様のご事情も理解せず、一方的にこちらの考えを口にいたしましたこと、何卒ご容赦ください」
俺の言葉が終わらないうちに、ダヴィドが三歩下がって両膝を床についた。
「ダヴィド、いいんですよ。私がシュウジさんの側にいたいと思ってやっていることです。ずっとこちらにいるわけにもいきませんから、その折衷案ですね」
「ありがたきお言葉。シュウジ様とミレーヌ様にこの命を捧げることをお約束いたします」
さらにそこからググッと頭を下げた。いや、命をかけられても困る。
「ダヴィド。命はかけなくてもいい。それよりもミレーヌのことを何となく誤魔化しつつ上手くやってほしい。バレても死にはしないから大丈夫だ」
「そうですよ。神が地上に降りるのは今に始まったことではありませんから」
朝食後、ダヴィドがミレーヌに頭を下げた。
「何ですか?」
エミリアと違ってミレーヌは堂々としている。堂々というか気にしてないんだろうな。
「はい。ミレーヌ様のお立場を考えれば、無理を申せないことは重々承知しておりますが、公爵家の執事としましては、そう口にせざるを得ないとお受け取りください」
一言で表すと、社交を始める頃には来客がありそうな時間は屋敷の方にいてくれないだろうかと。
貴族の女性が出かけたり、あるいは屋敷で客をもてなしたりするのは昼過ぎから夕方が中心だ。この国ではその行事はやはりアフタヌーン・ティーやお茶会と呼ばれるらしい。
世間では貴族の社交シーズン真っ盛りだけど、この屋敷はまだ披露パーティーを行っていないので、正式なお茶会や晩餐会はしばらくはない。社交のシーズンは三月末で終わるけど、披露パーティーが二月末にあるので、その間はお茶会や晩餐会が行われる予定だ。
この国は大陸の北側にあって、夏はそれほど暑くはなく冬が寒く、北部は雪も降るそうだ。だから寒さが厳しいその時期は王都に集まり、寒さが和らげば領地に帰ってのんびり過ごすらしい。北部の貴族の方が遅くまで王都に残り、南部の貴族は早めに帰ることが多いらしい。でも今年は俺が現れたから、いつもよりも長く滞在する貴族がいるかもしれないとダヴィドは考えているらしい。
晩餐会には男女共に出席するけど、招待する責任者は主人の妻、つまりうちならミレーヌになるそうだ。晩餐会は社交の場なので、誰と誰を隣同士の席にするかなどを考える必要がある。正室がいないと困るわけだ。もちろんミレーヌに誰と誰が仲がいいか分かるはずがないので、そのあたりはダヴィドが差配するだろう。
エミリアにいてもらえば十分だと思ったけど、お茶会ならそれでいいとしても、晩餐会はまた勝手が違うそうだ。案内状の作成なども含めてできる限りダヴィドがするので、晩餐会がある当日はできればいてもらえないかと。もちろんそれは理解できる。理解できるけど、ミレーヌからはずっと地上にいるのは難しいと聞いている。
ダヴィドたちにはミレーヌは俺を守るための守護天使だと説明した。実は天使はこの世界にはそれなりにいるそうだ。
この世界には色々な種族がいる。神ではなく人と呼ばれる中には人間(ヒューマンと呼ぶ場所もある)もいればエルフもいる。ドワーフや妖精(フェアリー)、吸血鬼(ヴァンパイア)なんかもいるそうだ。そして天使(エンジェル)も神ではないという広い意味では人になる。狭い意味では人じゃないそうだ。
これら様々な種族がごった煮のように存在しているので、天使を夫や妻に持つこともあるそうだ。非常に珍しいけどゼロじゃないと。でも貴族でというのはかなり珍しいらしい。出会う機会が少ないからだ。魔力が人間よりも多いので、冒険者になることが多いらしい。
「仕方がないことだけどな」
「ですがミレーヌ様にはできればお屋敷にいてほしいというのも分かりますね」
「そうですねえ。ではこれではどうでしょうか」
ミレーヌが胸の前で手を打ち合わせると、ミレーヌのすぐ前にもう一人のミレーヌが現れた。
「なっ——」
ダヴィドが今まで見たことのないような驚き方をした。横にいるエミリアは思ったほど驚いてないようだ。俺もそれほどは驚かなかった。これは慣れだな。
「ビックリはしたけど、まあミレーヌだからな。エミリアもあまり驚いてないよな」
「はい、ミレーヌ様ですから、こういうのもアリだと思いました」
よしよし、エミリアも順調にミレーヌに慣れ始めたみたいだな。むしろ貴族の妻としての立場の方が慣れてないという珍しいパターンだろう。
「ミレーヌ、それは分身か?」
二人になったミレーヌのどちらに聞いたらいいか分からないけど、とりあえずそう聞いてみた。
「いえ、これは化身です。前に言ったことがあると思いますけど、神である私の力を練り上げて一部の力を移した存在です」
「私は作られた身ですが、感覚や意識はそのまま共有していますから、実際のところは私が二人いると思ってください。神としての能力はかなり落ちますけど」
同じ顔が同じ声で話すからややこしい。
「そうか、誤魔化すために言ってたのを実際にやったわけか」
「そうなりますね。仕事で上にいることが多くなりますから、化身を使う方がややこしくなくていいかと」
見た目はそっくりだな。双子でもこうはいかないだろう。
「本人と化身の見分け方はあるのか? 意識を共有してるなら問題はないかもしれないけど」
「今は全く同じですね。見分ける必要があるなら、これでどうですか?」
そう言うとミレーヌ本人(らしい方)が化身(らしい方)の髪を触った。何かが変わったようには見えない。
「どこが違うんだ?」
「右のもみあげを見てください」
「もみあげ?」
化身(らしい方)がもみあげを指で差した。ああ、ピンクの髪の中の一房が銀髪になったのか。よく見ないと分からないな。
====================
【名前:ミレーヌ】
【職業:守護天使】
====================
【天使名:ミレーヌ】
【位階:上級天使(美の神ミレーヌの化身)】
※注記
【愛の男神シュウジの妻】
====================
人のステータスは前と同じく【名前】と【職業】しか見えない。神としてのステータスはきちんと天使になって化身という表記も入った。神界のステータスと呼んだ方がいいか?
「旦那様、ミレーヌ様は天使様だと伺っておりましたが、女神様だったのですか?」
そう言えばルブラン侯爵にも、「女神が力を作って作り出した守護天使で、かつ女神本人でもある」みたいな微妙な言い方をしたそうだ。もしかしたら天使とだけ伝わっていたのかもしれない。
「ダヴィド、ルブラン侯爵からはどう聞いてたんだ?」
「女神様がシュウジ様をお守りするために使わした天使様だと」
「それでか」
ルブラン侯爵も全部は言わなかったのかもしれない。
神がいれば天使もいて、魔法だってスキルだって存在する世界だけど、神は降りないんだろう。
「覚えておいてくれ。今までいたのが美の女神ミレーヌ本人だ。そしてもう一人現れたのが守護天使ってことに——」
「女神様のご事情も理解せず、一方的にこちらの考えを口にいたしましたこと、何卒ご容赦ください」
俺の言葉が終わらないうちに、ダヴィドが三歩下がって両膝を床についた。
「ダヴィド、いいんですよ。私がシュウジさんの側にいたいと思ってやっていることです。ずっとこちらにいるわけにもいきませんから、その折衷案ですね」
「ありがたきお言葉。シュウジ様とミレーヌ様にこの命を捧げることをお約束いたします」
さらにそこからググッと頭を下げた。いや、命をかけられても困る。
「ダヴィド。命はかけなくてもいい。それよりもミレーヌのことを何となく誤魔化しつつ上手くやってほしい。バレても死にはしないから大丈夫だ」
「そうですよ。神が地上に降りるのは今に始まったことではありませんから」
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