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第七部:商会と今後のこと
顔合わせと取り扱い商品
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昼食は顔合わせを兼ねることになった。俺とミレーヌ、エミリア、リュシエンヌ、そしてアンナさん、イネスという、これまでで一番賑やかな食事になった。イネスは俺が買い物をするまでは食べるものにも困ってたそうだから、今日は目一杯食べたらいい。
フレージュ王国では食事中に話をするのは普通だ。でも口に入れたまま喋るのはマナー違反なのでそこまで賑やかにはならない、と思ったら思った以上に賑やかだった。もう少しフォークとナイフを動かした方がいいぞ。使用人たちは俺らの食事が終わらないと食事ができないんだからな。
◆◆◆
食事が終わるとジョスさんはアンナさんに全てを任せて帰っていった。うっかり失言なんてしようものなら、ここにいる女性たちから総攻撃を食らうからな。俺も美容に関しては余計なことは言わない。褒めるのみだ。
仕事については居間で話すことになった。食後のデザートも用意している。エリーヌとフラヴィとジゼルが居間の用意をしている。お菓子狙いだな。
「それじゃ運営はアンナさんに任せるから、扱う商品も一般的なものは任せたい。ただ最初だけは口を出すし、たまに何々を追加してほしいと言うくらいはあるかもしれないけど無茶は言わない」
「はい。まずは普通に始めれば問題ないかと。そこにイネスさんの美容液などを足せば問題ないでしょう」
最初は少し珍しい商品もあるけど比較的ありふれた商会として立ち上げつつ、徐々に方向性を示せばいい。その方向性は美容やファッションだ。でも庶民が貴族のような服装をするわけじゃない。少しだけ今よりも華やかになればいい。今が地味すぎる。地味というか全体的にボンヤリしてるんだ。
「そうだな。それでイネスの実家があるのは、西の方のナントカッソンだったよな?」
「はい。何もない田舎町ですが」
「問題ない。そこに支店を作る。そこで美容液で使う素材を集めさせ、王都まで運ばせる。美容液はイネスが作ってもいいし、他の者に任せてもいい」
「分かりました。しばらくは私が作ります。作れる人がいたらある程度任せるようにします」
貴族は貴族で肌の手入れはしている。その材料はかなり高価だ。同じ材料でなくていいから、庶民でも使えるレベルのものを販売したい。
「女性向けの商品としては美容とファッション、そして甘味だ」
「中心は女性の美しさではないのですか?」
アンナさんは甘味と聞いて疑問を口にした。お菓子なら普通にある。でも少々物足りないとは思う。贅沢品に近いからな。
「俺としては、女性には甘いものというイメージがあってね。だからこれだ」
そう言いながら俺がストレージから出したのは日本でよく見た洋菓子、バウムクーヘン。アイシングで覆われてるから、見た感じは太さ二〇センチほどの白っぽい丸太だ。でも甘い香りがする。
「これは……丸太ですか? 甘い香りがしますが」
「いや、バウムクーヘンという焼き菓子で、こうやって切ると……」
「「「おおっ」」」
断面が出るとそうなるよな。バウムクーヘンってドイツを代表する焼き菓子だと思われてるけど、実はドイツじゃあまり食べないって話は聞いた。一部の地域らしい。日本だと何になるんだろうな?
「これは俺のいた国ではかなりメジャーで、こうやって輪切りにすると贈答用にもなる」
「木の年輪に見えますね」
「ああ。バウムクーヘンというのは木のケーキという意味だ」
俺は輪切りにしたものをさらに削ぎ切りにして皿に盛り付ける。
「とりあえず口にしてみてくれ。今日は三人も食べてもいいぞ」
俺がそう言うと三人も自分たちの紅茶を用意した。
「公爵様、これはどうやって焼くのですか?」
アンナさんは技術的なことに興味があるようだ。
「まずは回転させた棒に生地を塗って火に近づけて焼く。だから常に回しながら焼くことになる。焼けたらまた生地を塗ってもう一度焼く。これをこれくらいの太さになるまで何度も繰り返す」
「手間がかかるのですね」
「ああ、一時間くらいかかるな。でも回す部分と焼く部分は魔道具でできる。実際に作ってみたのがこれだ」
バウムクーヘンを焼く魔道具を出した。以前にテレビで見たのを参考にして魔道具を組み合わせただけだから、構造的には似てると思うけど中身は別物だ。
もしバーナーを使うならもっと大きくなるけど、そこは魔道具だからかなり小型化できた。
「シュウジ様、ピトル伯爵はご存じなかったのですか? 同じ国の方ならご存じだと思ったのですが」
まあエミリアからするとそこは不思議だろう。俺とケントさんは同じ世界の同じ国の出身だ。彼なら魔道具を作ってそうだからだ。
「ピトル伯爵が食べたことがないってのはあり得ないなあ。日本なら子供から大人まで誰でも知ってるお菓子だからな。でも作り方やそのための道具まで知ってるかどうかは俺にも分からないな」
彼は賢者だ。魔法と魔道具の知識は多いはず。でもバウムクーヘンを焼く機械まではさすがに知らないかもしれない。魔道具は得意でも、特にアダルトグッズに力を入れてるからな……って、賢者は賢者でも〝賢者タイム〟の方じゃないだろうな?
まあバウムクーヘンを知ってるなら作り方は想像できるかもしれないけど、わざわざ作ろうとは思わなかったのかもしれない。オーブンに入れたら終わりじゃないから。
「食材はこの国で手に入る。少し高くなるけど、貴族向けに丸々一本とかにすれば売れるだろう。アンナさん、どうだ?」
「そうですね。見た目のインパクトはかなりありますね。これくらいの厚さに切ったものは少し高級なお菓子として裕福な庶民向けで小銀貨二、三枚程度、丸々一本は超高級菓子として貴族向け、少なくとも大銀貨二、三枚にはなるでしょう」
「……ん? 丸々の方が割高なのか?」
丸々一本なら一メートル少々、輪切りにしたものは五センチ程度。一本から二〇個くらい取れる。それなら一本は輪切りの一五倍くらいでもいいだろう。
「公爵様、貴族は体面を気にするものです。このように誰もが見たことのないものには必ず飛び付きます。取れる時に取るべきです」
「俺も貴族なんだけどな」
「あえて言わせていただきますと、商人は生き馬の目を抜く世界です。うかうかしていると全てを持っていかれます」
「……そうだな、商人は儲けてナンボだな」
ここは日本じゃない。身分制度がある国だ。
「他にもいくつか候補がある。一気に出すよりも小出しにしよう」
「では信頼のできるパティシエを用意する必要がありますね」
「そこはジョアキムたちに誰かいないか聞いているから、見つかり次第やってもらうことになる」
バウムクーヘン以外の焼き菓子はパティシエのジョアキム、料理長のオーブリー、料理人のジスラン、ブーランジェのエタン、ブーランジェ助手のエーヴ、さらにスティルルームメイドのデジレとキトリーたちを中心に作ってもらっている。パーティーが終わったから今は少し余裕があるからな。
そうは言っても客は来るし俺も出かかるし、まあ人集めというのはなかなか難しい。いい加減な口入れ屋に頼むわけにもいかないからだ。
屋敷の方が一段落したら次は商会の人集めか。お菓子を売ろうと言い始めたのは俺だから、丸投げというのは問題がある。ホントにどこかにパティシエが転がってないものか……。
フレージュ王国では食事中に話をするのは普通だ。でも口に入れたまま喋るのはマナー違反なのでそこまで賑やかにはならない、と思ったら思った以上に賑やかだった。もう少しフォークとナイフを動かした方がいいぞ。使用人たちは俺らの食事が終わらないと食事ができないんだからな。
◆◆◆
食事が終わるとジョスさんはアンナさんに全てを任せて帰っていった。うっかり失言なんてしようものなら、ここにいる女性たちから総攻撃を食らうからな。俺も美容に関しては余計なことは言わない。褒めるのみだ。
仕事については居間で話すことになった。食後のデザートも用意している。エリーヌとフラヴィとジゼルが居間の用意をしている。お菓子狙いだな。
「それじゃ運営はアンナさんに任せるから、扱う商品も一般的なものは任せたい。ただ最初だけは口を出すし、たまに何々を追加してほしいと言うくらいはあるかもしれないけど無茶は言わない」
「はい。まずは普通に始めれば問題ないかと。そこにイネスさんの美容液などを足せば問題ないでしょう」
最初は少し珍しい商品もあるけど比較的ありふれた商会として立ち上げつつ、徐々に方向性を示せばいい。その方向性は美容やファッションだ。でも庶民が貴族のような服装をするわけじゃない。少しだけ今よりも華やかになればいい。今が地味すぎる。地味というか全体的にボンヤリしてるんだ。
「そうだな。それでイネスの実家があるのは、西の方のナントカッソンだったよな?」
「はい。何もない田舎町ですが」
「問題ない。そこに支店を作る。そこで美容液で使う素材を集めさせ、王都まで運ばせる。美容液はイネスが作ってもいいし、他の者に任せてもいい」
「分かりました。しばらくは私が作ります。作れる人がいたらある程度任せるようにします」
貴族は貴族で肌の手入れはしている。その材料はかなり高価だ。同じ材料でなくていいから、庶民でも使えるレベルのものを販売したい。
「女性向けの商品としては美容とファッション、そして甘味だ」
「中心は女性の美しさではないのですか?」
アンナさんは甘味と聞いて疑問を口にした。お菓子なら普通にある。でも少々物足りないとは思う。贅沢品に近いからな。
「俺としては、女性には甘いものというイメージがあってね。だからこれだ」
そう言いながら俺がストレージから出したのは日本でよく見た洋菓子、バウムクーヘン。アイシングで覆われてるから、見た感じは太さ二〇センチほどの白っぽい丸太だ。でも甘い香りがする。
「これは……丸太ですか? 甘い香りがしますが」
「いや、バウムクーヘンという焼き菓子で、こうやって切ると……」
「「「おおっ」」」
断面が出るとそうなるよな。バウムクーヘンってドイツを代表する焼き菓子だと思われてるけど、実はドイツじゃあまり食べないって話は聞いた。一部の地域らしい。日本だと何になるんだろうな?
「これは俺のいた国ではかなりメジャーで、こうやって輪切りにすると贈答用にもなる」
「木の年輪に見えますね」
「ああ。バウムクーヘンというのは木のケーキという意味だ」
俺は輪切りにしたものをさらに削ぎ切りにして皿に盛り付ける。
「とりあえず口にしてみてくれ。今日は三人も食べてもいいぞ」
俺がそう言うと三人も自分たちの紅茶を用意した。
「公爵様、これはどうやって焼くのですか?」
アンナさんは技術的なことに興味があるようだ。
「まずは回転させた棒に生地を塗って火に近づけて焼く。だから常に回しながら焼くことになる。焼けたらまた生地を塗ってもう一度焼く。これをこれくらいの太さになるまで何度も繰り返す」
「手間がかかるのですね」
「ああ、一時間くらいかかるな。でも回す部分と焼く部分は魔道具でできる。実際に作ってみたのがこれだ」
バウムクーヘンを焼く魔道具を出した。以前にテレビで見たのを参考にして魔道具を組み合わせただけだから、構造的には似てると思うけど中身は別物だ。
もしバーナーを使うならもっと大きくなるけど、そこは魔道具だからかなり小型化できた。
「シュウジ様、ピトル伯爵はご存じなかったのですか? 同じ国の方ならご存じだと思ったのですが」
まあエミリアからするとそこは不思議だろう。俺とケントさんは同じ世界の同じ国の出身だ。彼なら魔道具を作ってそうだからだ。
「ピトル伯爵が食べたことがないってのはあり得ないなあ。日本なら子供から大人まで誰でも知ってるお菓子だからな。でも作り方やそのための道具まで知ってるかどうかは俺にも分からないな」
彼は賢者だ。魔法と魔道具の知識は多いはず。でもバウムクーヘンを焼く機械まではさすがに知らないかもしれない。魔道具は得意でも、特にアダルトグッズに力を入れてるからな……って、賢者は賢者でも〝賢者タイム〟の方じゃないだろうな?
まあバウムクーヘンを知ってるなら作り方は想像できるかもしれないけど、わざわざ作ろうとは思わなかったのかもしれない。オーブンに入れたら終わりじゃないから。
「食材はこの国で手に入る。少し高くなるけど、貴族向けに丸々一本とかにすれば売れるだろう。アンナさん、どうだ?」
「そうですね。見た目のインパクトはかなりありますね。これくらいの厚さに切ったものは少し高級なお菓子として裕福な庶民向けで小銀貨二、三枚程度、丸々一本は超高級菓子として貴族向け、少なくとも大銀貨二、三枚にはなるでしょう」
「……ん? 丸々の方が割高なのか?」
丸々一本なら一メートル少々、輪切りにしたものは五センチ程度。一本から二〇個くらい取れる。それなら一本は輪切りの一五倍くらいでもいいだろう。
「公爵様、貴族は体面を気にするものです。このように誰もが見たことのないものには必ず飛び付きます。取れる時に取るべきです」
「俺も貴族なんだけどな」
「あえて言わせていただきますと、商人は生き馬の目を抜く世界です。うかうかしていると全てを持っていかれます」
「……そうだな、商人は儲けてナンボだな」
ここは日本じゃない。身分制度がある国だ。
「他にもいくつか候補がある。一気に出すよりも小出しにしよう」
「では信頼のできるパティシエを用意する必要がありますね」
「そこはジョアキムたちに誰かいないか聞いているから、見つかり次第やってもらうことになる」
バウムクーヘン以外の焼き菓子はパティシエのジョアキム、料理長のオーブリー、料理人のジスラン、ブーランジェのエタン、ブーランジェ助手のエーヴ、さらにスティルルームメイドのデジレとキトリーたちを中心に作ってもらっている。パーティーが終わったから今は少し余裕があるからな。
そうは言っても客は来るし俺も出かかるし、まあ人集めというのはなかなか難しい。いい加減な口入れ屋に頼むわけにもいかないからだ。
屋敷の方が一段落したら次は商会の人集めか。お菓子を売ろうと言い始めたのは俺だから、丸投げというのは問題がある。ホントにどこかにパティシエが転がってないものか……。
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