元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第二部:勇者と呼ばれて

勇者がなすべきこと(真面目なことと不真面目なこと)

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「なるほど。事情は分かった。だがエミリアがこれほど緊張しているのは……それだけが原因ではないんだろ?」
「はい。さすがにお分かりでしたか……」
「まあな。そこも説明してくれると助かる」
 エミリアが勇者を呼び出すのを申し訳ないと考えるのは理解できるけど、申し訳ないというだけでこれだけビクビクするのもおかしい。エミリアの様子を見ながら、そこまでしなくてはいけないがあるんじゃないかと勘ぐってしまった。
 こんなことを言う俺にだって、物心が付いてから二〇年ほどだ。それでも同い年に比べれば、かなり荒波に揉まれたと思う。他人の表情を読むのには敏感だ。
「……実は……前の勇者様よりもずっと前のことだそうですが、魔術師の方がお越しになったそうです」
「魔術師か。それでも魔法や魔道具を作るには十分な知識が得られると思うが」
「はい、それで間違いございません。ですが我々の側からするとそうであっても、その方からするといきなり連れてこられたようなものですので……」
「ああ、怒ったのか」
「はい。かなりお怒りだったと伝わっております」
 とりあえずの都合は横に置いといて、がどう考えているかを考えれば拉致に近い。そりゃ怒るやつがいても不思議じゃない。その魔術師がどんなヤツかは分からないけど、人生の全てを魔術の研究に費やすような魔術バカだったとしたら、研究の邪魔をされたと思って怒り狂うだろう。
 そう考えると、召喚されたヤツが激怒した時、その怒りを鎮めてもらおうとすれば……。
「ひょっとして生け贄にされたと思って怯えていたのか?」
「いえいえいえ、そんなことはございません‼」
 エミリアは慌てて頭を振った。
「幼い頃はよく分からないまま教育を受けましたが、召喚の儀式につきましては強要されたわけではございません」
「そうか」
「はい。もし勇者様がお越しになるなら、一番最初にお声がけ頂けるのが召喚を担当する私でございます。大変名誉なことと思って引き受けました」
「それならいいか」
 こんな真面目な子を生け贄にするような国なら少し接し方を考えるけど、本人が喜んでるならいい。
 ここまでの話をまとめると、五年に一回しか召喚できなくて、しかもほとんどが失敗。それでもたまに起きる成功を信じて何百年も続けていると。
 召喚の儀式でやって来たのは、俺の前が一五年前の【賢者】、そして一〇〇年以上前に【勇者】、そのさらに前にも何人か来たそうだけど、【魔術師】が暴れた。さらにずっと前には召喚魔法じゃなくて神に祈りを捧げることで【勇者】が来ていた。
 そこまでして召喚した異世界人だからぜひとも協力してほしいというのは理解できる。だからできる限り下手したてに出るようになったというのも理解できる。
 俺の場合はそもそも死にかけだったから、むしろ召喚に巻き込まれてラッキーだと思ったけどな。ミレーヌとの最初のやりとりは別として。
 あのまま死んでたら死んでたで普通に生まれ変わって、別の誰かとして新しい人生が始まったんだろうけど。それでも人間に生まれ変わったかどうかは分からないか。
 ここまで話を聞いて、俺が勇者としてこの国ですべきことは国を発展させることだと分かった。それがミレーヌの昇進試験のテーマだろう。それならどうする? いわゆる生産チートか? まあ生産職じゃないけど、そのためのスキルなんかも与えられてるはずだ。いずれ落ち着いたら確認しよう。全部【その他】のカテゴリーに突っ込んだからな。
 そうなると昇進試験は何を基準にして合否の判定が出るんだ? 店のように売り上げで競うわけじゃない。魔王を倒せとかなら倒せば終わりなのに、国の発展か。
 俺はミレーヌが受けた過去の試験については知らないけど、今回みたいに勇者向きの内容じゃない試験ばっかり引き当てたんじゃないのか? 運も実力のうちだとよく言われるけどな。俺としてはミレーヌを合格させるために頑張るしかない。
「国が滅びるような一大事でないのなら俺も安心だ。国の発展に俺が役立つならいくらでも協力しよう」
 剣を持って敵を斬りまくるというのはなさそうだ。ゴーレムを相手に訓練はしたけど、俺はスプラッタは好きじゃない。人間を斬るのは避けられるなら避けたいところだ。人型の魔物とかも微妙だな。
「そう言っていただけると陛下もお喜びになるかと」
 エミリアはようやくホッとした表情を見せている。少し垂れた眉毛が年のわりに色っぽい。最初から成功率が低いのが分かってるのなら失敗しても責任は問われないだろう。それでもかなりのプレッシャーがあるのは理解できる。若いのに大変だ。
「では私はこのあたりでおいとまさせていただき——え? シュウジ様?」
 話が落ち着いたあたりでエミリアが立ちかけたので、俺はその腕を掴んだ。これがもし日本ならお巡りさんが飛んでくるだろう。「ちょっと君ぃ、何をしようとしたのかなぁ?」ってな。
 掴んだからには何か言わないとな。俺が口にするなら口説き文句に決まってるけど。俺は一人で寝るのはあまりしたくないんだよ。
 座り直したエミリアに向かって口を開く。おそらく口説き落とせるだろう。
「エミリア、召喚された理由を聞くまでは、さすがの俺でも少々気を張っていた。俺にこの国の危機を救うという大役が務まるのか、とな。それは杞憂だと分かったが、どうもまだ体に力が入ったままだ。この緊張をほぐすために、俺に力を貸してくれないか?」
 手に手を重ね、息がかかる距離まで顔を近づける。
 先ほどから透けるほど薄い修道服を着たエミリアが俺の横に座っているわけだ。見えてはいけない部分もうっすらと見えている。さっき立ち上がろうとした瞬間には、胸から腰にかけてが俺の顔の前に来たわけだ。そろそろ俺の我慢も限界に近い。勇者は崇高な職業だとしても、中身は所詮俺だ。
「わ、私ですか? 何をすればよろしいで——ッ!」
 質問には答えずに顔を近づけて唇を奪った。エミリアは一瞬目を見開いたけど、すぐに目を閉じて俺を受け入れた。
 肩を抱き、そのままエミリアの唇の感触を楽しむ。エミリアはすぐに慣れたのか、俺の胸に手を置いたまま、なすがままになっている。
 しばらくして唇を離すと、エミリアは目を潤ませてながらゆっくりと口を開いた。
「ほ、本当に私でよろしいのですか?」
 ここまですれば俺が求めているものが何なのか、さすがに分かったようだ。真っ赤な顔で俺の顔を見るエミリアに返事をせず、俺は彼女を抱き上げて奥の部屋に向かう。試験とは別で時間だ。
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