元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第十二部:勇者とダンジョンと魔物(一)

魔物の暴走

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 気温はそれほど高くなくても夏は夏だな。そう思い始めた頃に王宮から急使が来た。
「ラヴァル公爵閣下におかれましてはご機嫌麗しく」
「挨拶はそれくらいでいい。急用だろう」
「はっ。こちらは貴族としてではなく勇者としてご協力いただきたいという陛下からの依頼になります。ルドワイヤン伯爵領にあるサン=フォアの町で魔物の暴走スタンピードが発生したと。現在対処の準備をしておりますが、閣下にご協力をお願いできるのであれば、兵士たちと一緒に現地に向かっていただきたいとのことです」
 場所はこの国の南西にあるサン=フォアという町の近くにあるダンジョン。この世界ではあまり通信は発達してないけど、重要な要件だけなら鳥の魔獣を使ってやり取りができる。それで即日届くそうだ。
 近年は武力として勇者を召喚することは減ったとはいえ、暴走スタンピードはどうしても発生する。だから俺に協力してくれないかと依頼だった。
 もちろん俺ができることなら手は貸せるけど、ダンジョンと暴走スタンピードについては詳しくない。それで簡単に説明をしてもらうことになった。
 ダンジョンについてはリュシエンヌから話は聞いたことはある。でもリュシエンヌがダンジョンについて持っている知識は非常に偏っている。分かると思うけど、そもそも彼女の情報源の大半はエロ本だ。俺も読ませてもらったけど、冒険者の女が魔物に犯されるという、お決まりの展開が多かった。そもそも冒険者が危険なダンジョンに入るのにビキニアーマーを着るか? 守れよ。さらすなよ。
 そもそも鎧だけを着ることはない。肌着の上に鎧下を着用する。これは衝撃を吸収したり鎧でこすれて肌が傷まないようにするためのものだ。虫が多い場所だと、ハーブをすり潰して煮出した虫除けを鎧下に染み込ませることもある。鎧はファッションで着るものじゃない。
 それで今回出かけるのはダンジョンだ。暴走スタンピードで魔物が溢れる理由は魔素マナが増えすぎてよどむからだそうだ。ダンジョンの奥深くには凶悪な魔物が集まる。魔物は蓄えた魔力を魔石にして蓄えるそうだけど、それでも全部が魔石になるわけじゃなく、ある程度は体から放出される。増えた魔素マナから魔物が生まれ、それが繰り返されることによってどんどん魔素マナが濃くなる。
 魔素マナが濃くなりすぎて魔物が一定数を超えると暴走スタンピードが起きると考えられている。暴走スタンピードを引き起こさないようにするためには、定期的にダンジョンの奥深くまで入り、そこにいる魔物を狩る必要があるそうだ。
 そんなこんなで危険も多いダンジョンだけど、領地にダンジョンがある場合はそこから採れる素材などが大きな収入源になることもある。魔物の皮や毛皮、骨や角や牙、肉、そして魔石。食材として美味いのもあれば不味いのもあるそうだけど、美味いのは高級食材として取り引きされるらしい。不味いものでも庶民にとっては重要な食糧らしい。そうか美味いのもあるのか。
 ちなみに全部ひっくるめた呼び方が魔物で、その中で獣が魔素マナの影響で魔物化したのが魔獣らしい。連絡のために使われるのは鳥の魔獣だ。

「それなら俺も力を貸そう。そこまで送ってもらいたい」
「感謝いたします。では軍の本部までご案内いたします」
「準備をするから少しだけ待っていてくれ」
「はっ」
 使者を応接室で待たせると、俺はミレーヌに確認することにした。

暴走スタンピードの魔物は危険か?」
「数が多いので危険かもしれませんが、一体一体はそれほどでもありません。
「今さらスキルの細かいことを聞くけど、【蘇生(単体)】と【蘇生(全体)】のレベルって確率が上がるとかじゃないんだろ? レベルが上がって何が変わるんだ?」
 勇者の蘇生魔法はほど生き返るそうだ。それならレベルの違いが何なのかが分からない。
「蘇生後の状態です。レベルが低いと文字通り生き返っただけですので、すぐに回復しなければまた死んでしまいます。レベルが高いと怪我が治って体力も魔力も回復した状態で生き返ります」
 そうか。まだレベルが低いから、蘇生後に別の回復魔法をかけた方がいいんだな。
「シュウジさん、普通にしていれば問題はないと思いますけど、気は抜かないでくださいね」
「ああ、家族に悲しい思いをさせるのは趣味じゃない。怪我なく戻るさ」
 みんなに見送られて俺は軍本部に向かった。

 ◆◆◆

「お忙しいところ、申し訳ございません」
「いやいや、そういう時期でもないだろう」
 今は夏。大抵の貴族は領地に帰っている。残っているのは俺のように王宮で役職をもらった貴族のように一部だけだ。そういう状況だから、税制だの何だの、社会政策大臣としてしなければならないことの根回しの時期になる。陛下には大臣として社会政策省がまとめた意見を具申したが、多くの貴族を無視して話は進められない。だから今は手隙だ。俺は移動する前にもう少し細かな話を使者から聞いておくことにした。
 王都の軍本部には転移の魔道具が設置されている。これは国内の各地に兵を送り込むためのもので、敵国の侵入や暴走スタンピードなどの際に使われるものらしい。でも魔力の関係があるので、さすがに日報紙を運ぶのには使えないそうだ。今回は俺が協力してくれるかどうかの返事を待ち、協力を得られるならそのまま一緒に移動することを予定していたそうだ。
 この転移門と呼ばれる魔道具は大きな扉のような形をしていて、魔力をいっぱいにすると他の扉の方へ移動できるそうだ。便利そうだけどかなり魔力を食うそうで、続けて使うことはできない。補充に最低でも数日かかるらしい。
 それに戻ってくるのにも問題になる。仮にABCの三か所からDに援軍を送ると、今度はDからABCのどこを優先して送り返すかということになる。基本的には王都が最優先らしいけど、そうでない場合もあるそうだ。
 俺が魔力を込めれば使えるようになるんじゃないかと思うけど保証はない。そういうのは平穏な時に試すべきだな。そもそもそれができるなら宮廷魔術師たちがすでに試しているか。
「いつもはどんな感じだ?」
「サン=フォアの町は高い城壁に囲まれていますので、中に入っていればほぼ問題はありません」
「空を飛ぶ魔物がいなければってことだな?」
「はい。ダンジョンから出てくる魔物で空を飛ぶものは多くはありません。ですので城壁の上から攻撃をすることはありますが、基本的には援軍が到着するまで城門を閉じて守りに徹することになります」
 魔物には空を飛ぶものもいるので、城壁の上からそれらを狙って落とす以外は城壁の中で待機するそうだ。
「中にいれば安全ではありますが、物流や連絡は途絶えます。また長期で魔物の声が聞こえると住民たちが不安になりますので、各地から応援を送ることになります」
「一度に送れる兵力は?」
「一か所からはおよそ一〇〇。全部で六〇〇から八〇〇ほどです」
「少し少ないな」
 ヘタすれば魔物は全部で一万を超える。強力な魔物はそこまで多くはないそうだけど、数は力だ。人間は連日連夜は戦えないからな。
「とりあえず第一陣を送り込んで耐えてもらい、その間に第二陣以上の準備をするという形です」
「分かった。それなら移動するか。俺の準備はこれでいい」
 俺は鎧を身に着けると兵士たちと一緒に転移門を通った。
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