元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第四部:貴族になること

引っ越し

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「シュウジさん、エミリアさん、お帰りなさい」
「ミレーヌ、ただいま」
「ミレーヌ様、ただいま戻りました」
 修道院を出て迎賓館に戻るとミレーヌはすでに神域から戻っていた。
「馬車の準備ができていると連絡がありました」
「それなら待たせるのも悪いし、さっさと移動するか。エミリアは大丈夫か?」
「はい。必要なものは全部持ってきましたので」
 召喚されてからあれやこれやで一週間ほど。上げ膳据え膳の生活も悪くないけど、少し窮屈だった。お世話になった迎賓館に別れを告げると、俺たちは馬車で新居へ向かうことになった。
「公爵閣下、こちらからどうぞ」
「よろしく頼む」
 車寄せっていうか馬車回しか? そこに派手じゃないけど豪華そうな大きな馬車が止まっていた。貴族の乗る箱馬車ってやつだろう。
「いい馬車だな」
「これはどう見ても貴族様の馬車ですよね。馬が四頭もいます」
「馬はみんな元気そうですね」
 俺たちが乗り込むと扉が閉められ、すぐに馬車が動き出した。
 王宮の敷地から道へ出る。町中だから歩くくらいの速度しか出さないようだけど、それでも少し揺れるな。揺れるというか振動が伝わってくる。
 馬車に揺られて三〇分ほどするとデカい屋敷があちこちに見えてきた。壁を見るだけでどれだけ敷地が広いかがよく分かる。そのまま進んで北に曲がると、正面に一回り大きな屋敷が見えた。あれか?
 門の前には四人の門衛が立っているのが見えた。そのまま馬車が近づくと、門衛が一人屋敷の方へ向かって走っていった。連絡にでも行ったんだろう。そして門が開いて馬車が中に入る。正面に屋敷が見えた。これが屋敷? バッキンガム宮殿か?
「これは想像以上だな」
「そうですね。これがシュウジ様のお屋敷なるのですよね?」
「そうだな。これは家じゃなくて大邸宅だな」
「狭いよりもいいじゃないですか」
「まあな」
 驚く俺とエミリアに対して、ミレーヌはという感じだった。国としても俺に渡す屋敷が小さくてはマズいことくらいは俺にでも分かる。でもこれは持て余すぞ。そんな俺たちの感想をよそに、馬車はそのまま玄関の馬車回しに付けられた。
 馬車の扉が開けられて外に出る。出ると玄関が開けられていた。
「これが俺たちの新居か」
「綺麗ですね」
「立派すぎて恐れ多い気がします」
「広すぎて手入れが大変そうだな」
「ゴーレムを使えばいいですよ」
「ミレーヌ様、ゴーレムが屋敷にいたらお客様が逃げ出しますよ」
 ウッドゴーレムなら神域で見たけど、あまり友好的に接したい見た目じゃないのは間違いない。あれは敵だろう。枝と根っ子が手と足になった巨大な丸太だ。可愛くできるからいいかもしれないけど。
 玄関ホールでは使用人たちが両側に並んでいた。男性使用人は一人だけ年長で、他は一〇代から三〇代だろうか。女性たちは下は一〇代、上は……三〇くらいだな。美男美女揃いだ。顔で選んだわけじゃないよな? その中で一番年長者っぽい、やや髪が白くなった男が一人、俺たちの前に進み出た。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様方。執事ブティエのダヴィド・プレヴァンと申します」
 胸に手を当てて挨拶をする。家名があるということは貴族の生まれか。
「これからよろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
 エミリアは奥様と呼ばれたことに少々驚いていた。話には聞いていたように、貴族で平民の妻を持つ者はほとんどいない。ルブラン侯爵に聞いたところ、上級貴族には一人だけで、それが例の賢者のピトル伯爵らしい。先達がいるならやりやすいな。
「エミリア様、頭を下げるのはおやめください。メイドたちが困りますので」
 執事はブティエなのに、女中はセルヴァントじゃなくてメイドなのか。フランス語と英語を混ぜるなよ。
 ああ、俺はフランス語なんて話せないけど、いいところのマダムには話せる人もいて、俺にだって単語くらいなら分かるものもある。フランス貴族ごっことかしたなあ。
「は、はい。ですがまだ妻ではないのですが……」
 エミリアはどうしていいのか分からずに困っている。
「それも伺っております。ですがいずれご結婚なさるのであれば、今は婚約者という立場でございましょう。貴族の婚約者は妻と同等。我々使用人にとっては何ら違いはございません」
「エミリア、そういうことだ。いずれ妻になるのならそのつもりでいてくれ」
「はい、分かりました」
 俺だって頭を下げられることに慣れたわけじゃない。でも慣れなければ自分が困ることになると思い込むことにしていた。
 とりあえず居間に入り、ダヴィドが用意してくれた紅茶で一休みする。まあ疲れるようなことは何もしていないけど、馬車は腰が痛くなるな。
「旦那様、現在この屋敷は最低限の使用人しかおりません。できる限り早めに増やすことをお考えいただければと思います」
 ダヴィドによると、この屋敷は、本館だけで東西が一二〇メートルで南北が九〇メートルの三階建て。面積的には……およそ三三〇〇坪。敷地はその軽く二〇倍以上はあるらしい。公爵ってすげえ。
 ルブラン侯爵から聞いてるけど、かつてのラヴァル公爵はこの国随一と言われるような大貴族だった。優秀な将軍や宰相を何人も輩出し、他の公爵家よりも頭一つ抜けていたそうだ。一時期は国王が重用しすぎたせいもあって、宰相と将軍、そして三人の大臣がその当時の公爵の息子だったそうだ。その力の大きさにと陰で呼ばれるような時期もあったと。
 でも出る杭は打たれる。その当時の王太子はラヴァル公爵家の力を危険だと見なしていたそうだ。そして国王が亡くなって王位に就くと、他の貴族たちの力を借りてラヴァル公爵家の力を削ぎ始めた。当然ラヴァル公爵家は徐々に力を失い始め、最後の公爵の時代には過去の栄光にすがる残りカスのようなものだったそうだ。そこでさらにその子供たちが継承で揉めて争いが起こると、国王が公爵家の断絶を言い渡した。ラヴァル公爵の爵位は王家預かりとなり、領地は分割された。そして王都にあったこの屋敷だけが残された。
 そんな曰く付きの爵位を俺に渡したのは、俺がラヴァル公爵を名乗ることで、過去のを消してほしいというのがあるそうだ。すでに何世代も前の話らしいけど、エルフのような長命種もいるので、意外にその名前が記憶されているそうだ。
 でもそんなことを聞いたら真面目にやるしかないよな。まあ最初から悪いことをするつもりもないけどな。
 それで俺の召喚が成功すると、大急ぎで屋敷の内外の掃除を行われた。現在この屋敷にある家具や調度品や食器の一部は王宮の宝物庫から運び込まれたもので、それ以外は王都内で貴族御用達の商品を扱っている店から最高級品を国がまとめて購入したものだそうだ。
「そこまで立派な家具でなくてもよくないか?」
「旦那様のことは宰相閣下から伺っています。あまり華美なものが好みではない方だと。ですが仮に公爵家の当主が男爵程度の生活をされますと、子爵以上の爵位を持つ貴族たちが生活しづらくなります」
「そういうものか……」
 俺は贅沢三昧の生活がしたいわけじゃない。どちらかといえば生活は地味でもいい。ミレーヌとエミリアという花があれば。
「はい。貴族には貴族らしさが求められます。それは平民から見ても同じでございます。旦那様が親しみやすさを出されたいというお気持ちは私にも理解できますが、他の貴族たちのことも考え、それなりに贅沢な生活をしていただきたいと思います」
「分かった。なかなか難しいが、できる限り努力する」
 ルブラン侯爵から説明されているけど、俺には領地はないけど絶対にしなければならないような仕事はない。いきなり領地を治めろとか大臣になれとか言われても無理な話だからそれでいい。その代わりに貴族年金として年に中金貨一〇枚が支払われる。日本円に換算するレートは分からないけど、最小の四分の一小銅貨を一円と仮定すると、年に四億円。これで全てを賄わなければならない。
 年商四億と聞けば大したものだけど、屋敷の維持管理や人件費、交際費を考えれば実はそこまで余裕がないらしい。アドニス王から聞いたけど、貴族はとにかく金がかかるそうだ。だからこそ貴族は商会を持って稼ごうとするらしい。そういうことも考えなければならないだろう。
 勇者という立場を利用すればパトロンはいくらでも集まるかもしれないけど、貴族たちにはあまり勇者と呼んでほしくないと言った手前、その手は使いづらい。俺にだってプライドはある。
 とりあえず何から始めたらいいのかが分からない。貴族って大変だ。いや、マジで。
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