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第九部:教えることと教わること
勇者と先生
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「クノー子爵、今日は時間を作ってもらって申し訳ない」
「ラヴァル公爵こそお忙しいでしょう」
「たしかに何から何まで一から用意しなければならないのは骨が折れる。だが俺個人がしなければならないことは少ないからまだ楽な方だろう。使用人たちには感謝だな」
ジゼルの実家があるベックに商会の支店を作る件で挨拶に来た。本来はそこまでする必要はない。イネスの実家があるナントカッソンに支店を作った時は、領主のモンタン子爵には特に何も言っていない。ナントカッソンは町としては地方にあるけど規模はそこまで小さくないからだ。単にどこかの貴族と関係がある商会が一つ支店を置いただけだ。
だがベックは小さすぎた。あそこには商会どころか店すらなかった。中ではほぼ物々交換だったし、行商の馬車がたまに来て広場で販売するくらいだった。そこに俺が店を構えるとなれば村の経済を牛耳ってしまう可能性がある。だから連絡をして一度話をすることになった。
「私としては手を差し伸べていただいたことに有り難くも申し訳ないような気がします」
「俺としてはたまたま出かけたら向こうがそうなっていただけで、最初から慈善活動のつもりはなかった。むしろ余計なことをしなかったかと気にしたくらいだ」
そのあたりの経緯は日報紙でも伝えられた。俺からクノー子爵への手紙にも書いておいた。ジゼルの両親が寝込んだから見舞いに行ったら村全体が危なかっただけだ。最初から知ってたとしたら子爵にまず伝えただろう。俺の領地じゃないからだ。
「パトリス殿、あのベックの村だが、俺には他の町や村とは少し様子が違った気がした。あの村には何かあるのか?」
まず違うなと思ったのが村の周りにある柵だった。魔物が来ないのかもしれないけど、普通ならもう少ししっかりとした壁を作る。魔物でなくても盗賊なんかが襲ってくることもかるかもしれない。それなのに木でできた簡素な柵だけだった。
次に他の町から一つだけ離れていた。一番近いのがカーラスという町で、他とは三倍ほども距離があった。カーラスからベックへは一つ丘を越えていた。まるでカーラスから西側は何もないかのように。
最後にもう一つ。住民は二五〇人から三〇〇人ほどいるそうだけど、そのわりには店もなければ職人もいなかった。みんな猟師で一部が畑をしていた。いくら何でも一軒くらい商店があってもよくないか?
「そうですね、領地の一部であることには間違いないのですが、二〇〇ほど前にできた頃からほとんど独立した格好なのです」
「独立?」
独立なら領主を立てて国に申請する。爵位がなくても領主にはなれる。そうは言っても税を納めるのは大変だ。だから麦は作らずにジャガイモばかり作ることになる。ライ麦も作れないから、いざという時に大変だけどな。それに住民たちをまとめ、集落を外敵から守るのも大変な仕事だろう。だから普通はしないはずだ。
「簡単な記録なら残っているのですが。ベックは領都アランスの北北西にあるカーラスを出て、さらに西へ流れていった者たちが作った村だそうです」
記録によると、アランスからベックに移り住んだ者たちが、当時の町長と何か揉めて出ていったそうだ。それからは領主である子爵に援助を求めない代わりに領主がある程度の自立を認めていると。
すでに時代は変わって痼はないそうだけど、今でも当時のままの扱いだそうだ。だから必要以上に関わらず、基本は放ったらかしだった。普段は手を貸さない代わりに納める税は半分程度に抑え、どうしても困った時には援助してその翌年は税を増やす。それは当然だろうな。ちょっと都合が良すぎる気もするけど。
「そのような半独立はよくあったのか?」
リュシエンヌからも聞いたことがない。全く初めての話だった。
「珍しいでしょう。普通なら新しい村を作るだけでしょう」
だろうな。今でも珍しいなら当時も同じだろう。普通なら何か起きた時に面倒を見てもらう代わりとして税を払うわけだから。
『一番端でいいので村をつくらせてもらえませんか?』
『そこでいいなら勝手にしたらいい。税は減らしてやるから必要以上に援助を求めるな』
『それで問題ありません』
こういうやり取りがあった記録が残っていたそうだ。だから納める税は少なくて、同じ広さの耕作地の半分程度に抑えられている。優しいのか優しくないのか分からない方針だな。だからベックはカーラスからさらに丘を越えた向こうにあったんだな。土地も痩せてたからな。あの場所なら好きにしたらいいという感じだったんだろう。
◆◆◆
「ああ、そうでした。実はシュウジ殿に一つお願いしたいことがありまして」
会話が途切れたところでクノー子爵が別の話を振ってきた。
「もちろん俺にできることなら喜んで引き受けさせてもらおう」
支店を置かせてもらう対価だと思えばいい。それに子爵との話の中でも役に立つ情報は多い。やっぱり知識が少ないとどうしようもないからな。こうやってコツコツと話をして覚えるしかない。
貴族という立場にはまだまだ慣れないけど、貴族として生きていくには貴族になりきるしかない。そのためのは他の貴族と縁を持つのも大切だ。
「私個人ではなく何人かでお願いしたいのです」
「何人か? まあそれは問題ない。それで内容は?」
もちろんできることなら引き受ける。さっきそう口にしたからな。
「実はシュウジ殿に先生をお願いしたいのです」
「俺が先生?」
思ってもみない答えだった。まさかの先生。一番縁遠いだろう。縁のあった先生もいたけど、卒業してからは会わなかったな。
「はい。シュウジ殿がパーティーの時に見せた様々なもてなしが我々の間で流行り始めたのはご存知ですか?」
「もてなしって、あの皿の持ち方とかそういうことか?」
「他には陛下を前にした時の膝のつき方とか握手の求め方とか、公爵の披露した振る舞いがあれからの社交で流行しました」
「流行って……」
俺は子爵が口にした言葉を聞いて反応に困ってしまった。インフルエンサーか⁉ いや、話には聞いていたけどこうやって自分がなるとは思わなかった。しかも大して重要でもないことでな。
「ラヴァル公爵こそお忙しいでしょう」
「たしかに何から何まで一から用意しなければならないのは骨が折れる。だが俺個人がしなければならないことは少ないからまだ楽な方だろう。使用人たちには感謝だな」
ジゼルの実家があるベックに商会の支店を作る件で挨拶に来た。本来はそこまでする必要はない。イネスの実家があるナントカッソンに支店を作った時は、領主のモンタン子爵には特に何も言っていない。ナントカッソンは町としては地方にあるけど規模はそこまで小さくないからだ。単にどこかの貴族と関係がある商会が一つ支店を置いただけだ。
だがベックは小さすぎた。あそこには商会どころか店すらなかった。中ではほぼ物々交換だったし、行商の馬車がたまに来て広場で販売するくらいだった。そこに俺が店を構えるとなれば村の経済を牛耳ってしまう可能性がある。だから連絡をして一度話をすることになった。
「私としては手を差し伸べていただいたことに有り難くも申し訳ないような気がします」
「俺としてはたまたま出かけたら向こうがそうなっていただけで、最初から慈善活動のつもりはなかった。むしろ余計なことをしなかったかと気にしたくらいだ」
そのあたりの経緯は日報紙でも伝えられた。俺からクノー子爵への手紙にも書いておいた。ジゼルの両親が寝込んだから見舞いに行ったら村全体が危なかっただけだ。最初から知ってたとしたら子爵にまず伝えただろう。俺の領地じゃないからだ。
「パトリス殿、あのベックの村だが、俺には他の町や村とは少し様子が違った気がした。あの村には何かあるのか?」
まず違うなと思ったのが村の周りにある柵だった。魔物が来ないのかもしれないけど、普通ならもう少ししっかりとした壁を作る。魔物でなくても盗賊なんかが襲ってくることもかるかもしれない。それなのに木でできた簡素な柵だけだった。
次に他の町から一つだけ離れていた。一番近いのがカーラスという町で、他とは三倍ほども距離があった。カーラスからベックへは一つ丘を越えていた。まるでカーラスから西側は何もないかのように。
最後にもう一つ。住民は二五〇人から三〇〇人ほどいるそうだけど、そのわりには店もなければ職人もいなかった。みんな猟師で一部が畑をしていた。いくら何でも一軒くらい商店があってもよくないか?
「そうですね、領地の一部であることには間違いないのですが、二〇〇ほど前にできた頃からほとんど独立した格好なのです」
「独立?」
独立なら領主を立てて国に申請する。爵位がなくても領主にはなれる。そうは言っても税を納めるのは大変だ。だから麦は作らずにジャガイモばかり作ることになる。ライ麦も作れないから、いざという時に大変だけどな。それに住民たちをまとめ、集落を外敵から守るのも大変な仕事だろう。だから普通はしないはずだ。
「簡単な記録なら残っているのですが。ベックは領都アランスの北北西にあるカーラスを出て、さらに西へ流れていった者たちが作った村だそうです」
記録によると、アランスからベックに移り住んだ者たちが、当時の町長と何か揉めて出ていったそうだ。それからは領主である子爵に援助を求めない代わりに領主がある程度の自立を認めていると。
すでに時代は変わって痼はないそうだけど、今でも当時のままの扱いだそうだ。だから必要以上に関わらず、基本は放ったらかしだった。普段は手を貸さない代わりに納める税は半分程度に抑え、どうしても困った時には援助してその翌年は税を増やす。それは当然だろうな。ちょっと都合が良すぎる気もするけど。
「そのような半独立はよくあったのか?」
リュシエンヌからも聞いたことがない。全く初めての話だった。
「珍しいでしょう。普通なら新しい村を作るだけでしょう」
だろうな。今でも珍しいなら当時も同じだろう。普通なら何か起きた時に面倒を見てもらう代わりとして税を払うわけだから。
『一番端でいいので村をつくらせてもらえませんか?』
『そこでいいなら勝手にしたらいい。税は減らしてやるから必要以上に援助を求めるな』
『それで問題ありません』
こういうやり取りがあった記録が残っていたそうだ。だから納める税は少なくて、同じ広さの耕作地の半分程度に抑えられている。優しいのか優しくないのか分からない方針だな。だからベックはカーラスからさらに丘を越えた向こうにあったんだな。土地も痩せてたからな。あの場所なら好きにしたらいいという感じだったんだろう。
◆◆◆
「ああ、そうでした。実はシュウジ殿に一つお願いしたいことがありまして」
会話が途切れたところでクノー子爵が別の話を振ってきた。
「もちろん俺にできることなら喜んで引き受けさせてもらおう」
支店を置かせてもらう対価だと思えばいい。それに子爵との話の中でも役に立つ情報は多い。やっぱり知識が少ないとどうしようもないからな。こうやってコツコツと話をして覚えるしかない。
貴族という立場にはまだまだ慣れないけど、貴族として生きていくには貴族になりきるしかない。そのためのは他の貴族と縁を持つのも大切だ。
「私個人ではなく何人かでお願いしたいのです」
「何人か? まあそれは問題ない。それで内容は?」
もちろんできることなら引き受ける。さっきそう口にしたからな。
「実はシュウジ殿に先生をお願いしたいのです」
「俺が先生?」
思ってもみない答えだった。まさかの先生。一番縁遠いだろう。縁のあった先生もいたけど、卒業してからは会わなかったな。
「はい。シュウジ殿がパーティーの時に見せた様々なもてなしが我々の間で流行り始めたのはご存知ですか?」
「もてなしって、あの皿の持ち方とかそういうことか?」
「他には陛下を前にした時の膝のつき方とか握手の求め方とか、公爵の披露した振る舞いがあれからの社交で流行しました」
「流行って……」
俺は子爵が口にした言葉を聞いて反応に困ってしまった。インフルエンサーか⁉ いや、話には聞いていたけどこうやって自分がなるとは思わなかった。しかも大して重要でもないことでな。
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