元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第四部:貴族になること

下賜

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 女性用はこれでいい。男性用はどうするか。男が貰うなら……俺は仕事柄、時計やネックレスや指輪なんかを貰うことが多かった。でもこの世界ではそこまでアクセサリーを着けないようだ。そもそも腕時計はない。懐中時計はあるけどメチャクチャ高価らしい。屋敷に振り子時計はあるし、外でも時計台はあるので時間は分かる。
 ダヴィドならアクセサリーを渡すのもアリかもしれないけど、門衛がネックレスを貰っても困るかもしれない。少し高めの酒にでもするか。みんな飲みそうだからな。ダヴィドだけは役職手当てのような感じで……ペンはアリだな。ちょっといいやつな。

「いらっしゃいませ」
 俺は来る途中に見かけた、男性向けの装飾品や雑貨を扱っている高級店に入った。ここなら色々と聞けるだろう。
 俺がかつてマダムから聞いたところでは、貴族の使用人は主人から服などのお古を貰ったそうだ。でも俺はお古は持ってない。それに俺の感覚として、先輩がお古をくれるならいくらでも貰ったけど、新入りに自分のお古を渡すというのには抵抗があった。汚いわけじゃないんだけど、俺のでいいのかって思ったな。古着を買うのなら分からないでもないけど。
 ここは多少誤魔化して聞くに限る。
「男性向けの贈り物を探している」
「どのような方にお贈りかによってもかなり変わりますが」
「一人は貴族の使用人としてそれなりの立場になるらしい人で、他の二人は下働きだそうだ」
「使用人でそれなりの立場ですと、主人の手紙の代筆などを行うこともあるでしょう。このあたりのペンやペーパーナイフは精巧な透かし彫りが施されていますので、贈り物にちょうどよろしいかと。他には向こうにありますネクタイピンやカフスボタンなどもお薦めです」
 店員のオススメを見せてもらう。
「このあたりがそうでございます」
 そうだな、ダヴィドには一番いいもの、オーブリーとジスラン、レイモン、エドには一つ落ちるもの、ユーグ、マルク、ブリス、トビはもう一つ下。門衛たちもユーグたちと同じにするか。
 この店だけで全員分を買うと明らかにおかしいので、ダヴィドの分と下働き二人分を買うことにした。

 それから他の店も回って一通り買うことに成功した。愛想の良い店も悪い店もあった。それは仕方がない。常に笑顔で接客なんて文化はここにはない。笑顔だって無料じゃない。どこにでもある牛丼屋に、何万円もする高級店のような接客を求めるようなもんだ。どこぞが昔やってたなんてあれは店員側の持ち出しだ。笑顔を作るのも大変なんだぞ。
 海外じゃまあ店員に愛想はないわな。特にヨーロッパ。表面的には人種差別を否定しながら根っ子の部分にはしっかり残ってるからな。でも日本でも外国人が来ると場の空気が変わることはよくある。どこにでもあるもんだ。
 何が言いたいかというと、大抵の店ではということだ。

 ◆◆◆

 屋敷の前で変装を解除して門を通る。玄関から入るとそこにダヴィドがいた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。特に問題はなかった」
 買うものは買ったし、見るものは見た。地図も商業地区や繁華街はそれなりに歩いた。
 特に使う必要もない執務室に入る。この時間から寝室に行くこともないだろう。【ストレージ】から今日購入したものを取り出す。
「ダヴィド、これは俺からだ」
「……まだ何もしておりませんが、よろしいのですか?」
「しばらくは少人数でやってもらわなければならないから、その手当てようなものだ。それと期待料だな。これから頼むぞ」
「それではありがたく頂戴いたします」
 さすがに以前はどこかの貴族の屋敷で働いていたらしく、貰い慣れている。これが渡したものがこの場に相応しいかどうかは分からないけど、嫌な顔はしてないようだから大丈夫だろう。
「他の者の分も俺から渡した方がいいか?」
「男性使用人は私から渡しますが、中にいる四人には旦那様がお渡しになった方が喜ぶと思います」
「そうか。それなら渡してこよう。ではこれが他の者たちの分だ」
「ではお預かりします」
 料理長のオーブリーと料理人のジスラン、厨房係のレイモンと従僕のエド。この四人は普段から屋敷の中にいることが多いので、このまま探して渡すことにする。外にいる者たちの分はダヴィドが渡してくれることになった。

 女性の方は侍女のオレリーと家政婦長のシュザンヌには個別に渡し、メイドたちの分はシュザンヌから渡してもらおうと思った。
「まだこのようなものを頂くほどのことはしておりませんが」
 侍女のオレリーは少し困ってるみたいだな。実際まだ働き始めて間もないからな。俺だって店に入ってすぐに支配人から「シュウジ、よく頑張ってるようだね」っていきなり時計を貰ったら困るだろう。でも慣れない俺たちのサポートをしてもらうし、忙しいのはこれからだ。だから押し付けるように渡す。
「これからが本番だ。みんなの働きには期待しているからな。追加の人員が来るまでは大変だけど頑張ってくれ」
「では、ありがたく頂戴いたします」
「メイドたちには私の方から必ず渡しておきますので」
「ああ、頼む」

 さて、俺の手元には媚薬、ミレーヌとエミリアの美容液、そして大量のクーポンが残った。クーポンなあ……。オレリーに渡そうかと思ったけど、美容液はかなり高い。彼女たちがクーポンを持って買いにいくかという話だ。
 オレリーは男爵家の出身だったか、それでも俺のところで働いているくらいだ。詮索するのは好きじゃないから聞いたこともないけど、俺よりも年上なので、色々と事情があるんだろう。
 クーポンは誰か知り合いができて、その奥さんにでも渡したらいいだろうか。もっといいのを使ってるかもしれないけど。
 執務室を出て廊下に出ると、向こうの方にジゼルがいるのが見えた。ちょうどいい。あの金を返すか。
「ああ、ジゼル。あの薬の代金を返しておこう」
「…………」
「どうした?」
 俺は中銀貨を二枚取り出してジゼルに渡そうとした。でもジゼルは手を出さない。
 彼女は俺の手を見るとケープを外し、俺に向かって年のわりになかなか立派な胸を突き出した。
「旦那様、私はお売りしたわけではございませんので、代金を受け取る手は持ち合わせておりません。ですが旦那様がどうしてもと仰るなら、ここに差し込んでいただけますか?」
「差し込んでいいのか?」
「はい、よろしくお願いします」
 よくまあその年齢でそんな発想ができるもんだな。
「よし、入れるぞ」
「はい、旦那様、奥まで一気に来てくだ——⁉」
 銀貨を【冷却】で軽く冷やして差し込んだ。どんな顔になったかは想像できるだろう。
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