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第一部:ロクデナシと勇者
裏事情と交渉
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怒鳴りつけて正座させ、それでようやく少しスッキリした。こんな面倒な女は初めてだ。どういう教育を受けたんだ? こんなのが店に来たら、支配人に頼まれても速攻で辞めてたな。
とりあえず目の前の女神は駄女神として扱うことに決めた。なまじ見た目がいいだけにメチャクチャ残念だ。
「さっきも言ったけど、まず事情を説明しろ。お前は説明の仕方が悪すぎる」
「……はい、すみません」
ちゃんと謝れるじゃねえか。何が「ごめんね♡」だ。そんなの聞いたらキリストでも釈迦でもキレるぞ。
「俺はラノベとかそういうのしか知らないけど、転移とか召喚とかって、普通は殺さなくてもできるんじゃないのか?」
「はい、普通はできます」
「それなら、なんで俺を殺した?」
「……少しでも試験に合格する可能性を高めるためです」
……うっかりミスで殺されるとかは読んだことがあったな。でも試験のために殺されたってあったか? 俺が知らないだけか? 今の神の世界はこれがデフォか?
「そもそも人を殺さなきゃ通らない試験なのか?」
「……いえ」
「そこをもう少し詳しく。順番に説明しろ」
「はい。実は……私が下級神になってから一万年が経ちます。今回が一〇回めの試験になります」
「単純計算で一〇〇〇年ごとにあるのか」
「いえ、それが……上手くいけば一回で終わるんです……」
「はあ?」
「九回落ちました。私が選んだ人はなぜか上手く勇者として結果が出せず、追試追試で……」
つまりは九回受けてもまだ合格できていないと。
「なんだ落ちこぼれか。俺と一緒だな」
「ち・が・い・ま・す! モラトリアムを謳歌しているだけですー」
口を尖らせて立ち上がり、子供みたいに全身で否定してくる。
「言ってることがメチャクチャじゃねえか。誰が立っていいって言った!」
ミレーヌはまた正座をした。
「それで結果が出せずにどうなったんだ?」
「……経済破綻したり攻め滅ぼされたりしました。そして試験は不合格になりました」
……特大の地雷案件じゃねえか。それで今回が俺か。
「さっき後がないって言ったよな? それはどういうことだ?」
「一〇回失敗すると適性がないと判断されて下級神ではなくなります」
そりゃまあ、いくつも世界を潰しておいて無罪放免はない。これは間違いなく上が正しい。でも上も責任を取る必要があると俺なんかは思うけどな。部下の失敗の責任は上司が取るべきだろう。
「それで下級神でなくなったら最下級神とか天使とかにでもなるのか? それとも人か?」
「いえ、虫です」
「……虫神?」
「いえ、単なる昆虫です。神としての才能がない者に知性は必要ないだろうと。無能と見なされて、二度と虫以外には生まれ変わることができなくなります」
「女神がか?」
「はい……」
あー、こういう死んだような目は何度も見たなあ。早めに誰かに相談すればまだ助かったのにな、ってやつだ。下手にプライドが邪魔してそれができず、相談した時にはどうしようもない状態になっていた。雪だるま式の借金とか、普通に考えれば別から新しく借りたら増える一方になるのが分かるのに、冷静さをなくすとそうなるんだ。
俺も相談に乗られたことはあったけど断った。そこまでお人好しじゃない。そもそも実家があるなら恥を忍んで帰るって方法があるだろう。それが嫌だからって借金を繰り返したわけだ。まず頭を下げてこいって言いたい。恥ずかしいとか言っていられる立場かどうかまず考えろ。
しかしまあ、可哀想って言や可哀想だ。虫はなあ。殺されておいて情に絆されかけるって、俺も死んで人が良くなったのかもしれないけど、なあ……。
「引き受けていただけませんか?」
目の前に地雷原があると分かっていて、何の準備もせずに突っ込む覚悟があるかどうかということだ。今の俺にはない。そもそも俺が勇者として結果を出せるのかどうかという問題もある。そもそも結果って何だ?
「勇者って何をするんだ?」
そもそも体を壊して店を辞めて女のヒモだったのに、いきなり魔王と戦えとか言われてもそりゃ無理な話だ。もし魔王が美女ならワンチャンあるかもしれないけどな。それなら頑張って口説き落とす。そしたら俺が魔王になるのか?
「それは向こうの世界次第です。魔王を倒してほしいとか、隣国に侵攻されている国を救ってほしいとか、魔獣を駆逐してほしいとか、色々な頼み事があります」
「行ってみなければ分からないってことか」
「はい。ここは繋ぐための場所ですから」
ミレーヌによると、召喚魔法が発動すると〔神域〕というこの場所に知らせが来る。そうすると神がそれに相応しい者を探して、それをその世界に派遣する。一種の派遣業らしい。そう聞くとスケールが小さくなるのが不思議だ。
「試験内容は分かりやすく【勇者】の召喚を補助するという内容に限られています。この場所は今は【勇者】の召喚しか受け付けないようになっています。神として一〇〇〇年間修行して、それから一度勇者召喚に関わります。それが成功すればその時点で合格です。失敗すればまた一〇〇〇年間の修行が待っています」
召喚する側はそんな裏事情は知らないだろうけど、これって責任重大じゃないか? 後がなくなって勇者召喚をしたら、それがたまたま昇進試験も兼ねていて、しかもこれまで九回続けて結果を出せていない勇者を送りつけた女神がその担当。
「ちなみに、ここまで聞いて俺が受けなかったらどうなる?」
「もう試験に入っています。シュウジさんに断られれば、私は試験を放棄したことになります。虫決定です」
……。
逃げてえ。メチャクチャ逃げてえ。これっていきなりそこのテーブルを使ってテーブルクロス引きを成功させろって言われるようなもんじゃないのか? あれは摩擦が起きないようにクロスの素材が重要だから、ある程度は準備も必要だ。端に棒を入れて均等に引けるようにしたりとかな。
でもこんな駄女神でも見捨てたら夢見が悪くなるのが分かるからなあ。見た目は絶品、中身はポンコツ。見た目は絶品。大事なことだから二回言った。これが虫になるなんてもったいない。それなら虫にせずに俺にくれって言いたい。
まあとりあえず何の報酬もなければ俺だって引き受けない。
「引き受けるとして、何か俺にメリットがあるのか? 虫になるかどうかは俺にかかってるんだろ? 生き返るのはお前が勝手に俺を殺したから当然のことで、それ以外のことだ」
「はい。私と召喚者からの依頼という形ですから、何か一つ希望を叶えることができます」
一つか。できればもう少し……いや、こういう時に下手に欲を見せると失敗するはず。でも多少は攻めてもいいか? 見た目は絶品だからな。何度でも言うぞ。見た目は絶品だ。俺のものにしたい。
◆◆◆
少し考えて、俺はミレーヌと交渉することにした。まずはこれ次第だ。
「願いを三つ叶えてくれるなら考える」
俺が断れば虫決定。ゲスと言われようが足元を見て大きく出てやる。さあ、ミレーヌがどう答えるか。
「三つですか。場合によっては可能です」
おっ。
「例えば?」
「およそ一〇〇〇年の間に溜めた力を使って願いを叶えます。ですから通常で一つしか叶えられないようなレベルのものを三つというのは無理です」
どのくらいなら問題がないのかの基準が欲しいな。
「そこまで大きくない願いなら三つでもいけると」
「はい」
「それはどのレベルだ?」
「魔王を一振りで倒せる聖剣とか、魔王の攻撃を受けても傷一つ負わないような防具とか、国一つを灰にできるような魔法とか、死んでも少し前に戻れる魔道具とか」
「そこまではいらない。例えばだ、ステータスを冒険者としてのトップレベルにするのとかはどうだ?」
勇者として活動するとして、ステータス高め、それ以外にあと二つということになる。
「それは努力で到達できるものですから通常レベルになります。他の願いを足すことは可能です」
「よし、それなら三つの願い事で引き受ける」
「よろしくお願いします」
ミレーヌはそう言って頭を下げる。できるじゃねえか。最初からそれをやれよ。それならあそこまで怒ることもなかったんだ。
とりあえず目の前の女神は駄女神として扱うことに決めた。なまじ見た目がいいだけにメチャクチャ残念だ。
「さっきも言ったけど、まず事情を説明しろ。お前は説明の仕方が悪すぎる」
「……はい、すみません」
ちゃんと謝れるじゃねえか。何が「ごめんね♡」だ。そんなの聞いたらキリストでも釈迦でもキレるぞ。
「俺はラノベとかそういうのしか知らないけど、転移とか召喚とかって、普通は殺さなくてもできるんじゃないのか?」
「はい、普通はできます」
「それなら、なんで俺を殺した?」
「……少しでも試験に合格する可能性を高めるためです」
……うっかりミスで殺されるとかは読んだことがあったな。でも試験のために殺されたってあったか? 俺が知らないだけか? 今の神の世界はこれがデフォか?
「そもそも人を殺さなきゃ通らない試験なのか?」
「……いえ」
「そこをもう少し詳しく。順番に説明しろ」
「はい。実は……私が下級神になってから一万年が経ちます。今回が一〇回めの試験になります」
「単純計算で一〇〇〇年ごとにあるのか」
「いえ、それが……上手くいけば一回で終わるんです……」
「はあ?」
「九回落ちました。私が選んだ人はなぜか上手く勇者として結果が出せず、追試追試で……」
つまりは九回受けてもまだ合格できていないと。
「なんだ落ちこぼれか。俺と一緒だな」
「ち・が・い・ま・す! モラトリアムを謳歌しているだけですー」
口を尖らせて立ち上がり、子供みたいに全身で否定してくる。
「言ってることがメチャクチャじゃねえか。誰が立っていいって言った!」
ミレーヌはまた正座をした。
「それで結果が出せずにどうなったんだ?」
「……経済破綻したり攻め滅ぼされたりしました。そして試験は不合格になりました」
……特大の地雷案件じゃねえか。それで今回が俺か。
「さっき後がないって言ったよな? それはどういうことだ?」
「一〇回失敗すると適性がないと判断されて下級神ではなくなります」
そりゃまあ、いくつも世界を潰しておいて無罪放免はない。これは間違いなく上が正しい。でも上も責任を取る必要があると俺なんかは思うけどな。部下の失敗の責任は上司が取るべきだろう。
「それで下級神でなくなったら最下級神とか天使とかにでもなるのか? それとも人か?」
「いえ、虫です」
「……虫神?」
「いえ、単なる昆虫です。神としての才能がない者に知性は必要ないだろうと。無能と見なされて、二度と虫以外には生まれ変わることができなくなります」
「女神がか?」
「はい……」
あー、こういう死んだような目は何度も見たなあ。早めに誰かに相談すればまだ助かったのにな、ってやつだ。下手にプライドが邪魔してそれができず、相談した時にはどうしようもない状態になっていた。雪だるま式の借金とか、普通に考えれば別から新しく借りたら増える一方になるのが分かるのに、冷静さをなくすとそうなるんだ。
俺も相談に乗られたことはあったけど断った。そこまでお人好しじゃない。そもそも実家があるなら恥を忍んで帰るって方法があるだろう。それが嫌だからって借金を繰り返したわけだ。まず頭を下げてこいって言いたい。恥ずかしいとか言っていられる立場かどうかまず考えろ。
しかしまあ、可哀想って言や可哀想だ。虫はなあ。殺されておいて情に絆されかけるって、俺も死んで人が良くなったのかもしれないけど、なあ……。
「引き受けていただけませんか?」
目の前に地雷原があると分かっていて、何の準備もせずに突っ込む覚悟があるかどうかということだ。今の俺にはない。そもそも俺が勇者として結果を出せるのかどうかという問題もある。そもそも結果って何だ?
「勇者って何をするんだ?」
そもそも体を壊して店を辞めて女のヒモだったのに、いきなり魔王と戦えとか言われてもそりゃ無理な話だ。もし魔王が美女ならワンチャンあるかもしれないけどな。それなら頑張って口説き落とす。そしたら俺が魔王になるのか?
「それは向こうの世界次第です。魔王を倒してほしいとか、隣国に侵攻されている国を救ってほしいとか、魔獣を駆逐してほしいとか、色々な頼み事があります」
「行ってみなければ分からないってことか」
「はい。ここは繋ぐための場所ですから」
ミレーヌによると、召喚魔法が発動すると〔神域〕というこの場所に知らせが来る。そうすると神がそれに相応しい者を探して、それをその世界に派遣する。一種の派遣業らしい。そう聞くとスケールが小さくなるのが不思議だ。
「試験内容は分かりやすく【勇者】の召喚を補助するという内容に限られています。この場所は今は【勇者】の召喚しか受け付けないようになっています。神として一〇〇〇年間修行して、それから一度勇者召喚に関わります。それが成功すればその時点で合格です。失敗すればまた一〇〇〇年間の修行が待っています」
召喚する側はそんな裏事情は知らないだろうけど、これって責任重大じゃないか? 後がなくなって勇者召喚をしたら、それがたまたま昇進試験も兼ねていて、しかもこれまで九回続けて結果を出せていない勇者を送りつけた女神がその担当。
「ちなみに、ここまで聞いて俺が受けなかったらどうなる?」
「もう試験に入っています。シュウジさんに断られれば、私は試験を放棄したことになります。虫決定です」
……。
逃げてえ。メチャクチャ逃げてえ。これっていきなりそこのテーブルを使ってテーブルクロス引きを成功させろって言われるようなもんじゃないのか? あれは摩擦が起きないようにクロスの素材が重要だから、ある程度は準備も必要だ。端に棒を入れて均等に引けるようにしたりとかな。
でもこんな駄女神でも見捨てたら夢見が悪くなるのが分かるからなあ。見た目は絶品、中身はポンコツ。見た目は絶品。大事なことだから二回言った。これが虫になるなんてもったいない。それなら虫にせずに俺にくれって言いたい。
まあとりあえず何の報酬もなければ俺だって引き受けない。
「引き受けるとして、何か俺にメリットがあるのか? 虫になるかどうかは俺にかかってるんだろ? 生き返るのはお前が勝手に俺を殺したから当然のことで、それ以外のことだ」
「はい。私と召喚者からの依頼という形ですから、何か一つ希望を叶えることができます」
一つか。できればもう少し……いや、こういう時に下手に欲を見せると失敗するはず。でも多少は攻めてもいいか? 見た目は絶品だからな。何度でも言うぞ。見た目は絶品だ。俺のものにしたい。
◆◆◆
少し考えて、俺はミレーヌと交渉することにした。まずはこれ次第だ。
「願いを三つ叶えてくれるなら考える」
俺が断れば虫決定。ゲスと言われようが足元を見て大きく出てやる。さあ、ミレーヌがどう答えるか。
「三つですか。場合によっては可能です」
おっ。
「例えば?」
「およそ一〇〇〇年の間に溜めた力を使って願いを叶えます。ですから通常で一つしか叶えられないようなレベルのものを三つというのは無理です」
どのくらいなら問題がないのかの基準が欲しいな。
「そこまで大きくない願いなら三つでもいけると」
「はい」
「それはどのレベルだ?」
「魔王を一振りで倒せる聖剣とか、魔王の攻撃を受けても傷一つ負わないような防具とか、国一つを灰にできるような魔法とか、死んでも少し前に戻れる魔道具とか」
「そこまではいらない。例えばだ、ステータスを冒険者としてのトップレベルにするのとかはどうだ?」
勇者として活動するとして、ステータス高め、それ以外にあと二つということになる。
「それは努力で到達できるものですから通常レベルになります。他の願いを足すことは可能です」
「よし、それなら三つの願い事で引き受ける」
「よろしくお願いします」
ミレーヌはそう言って頭を下げる。できるじゃねえか。最初からそれをやれよ。それならあそこまで怒ることもなかったんだ。
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