元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第六部:公爵邸披露パーティー

レンタルメイド

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 男同士の下ネタ話も一段落した。
「気に入っていただけたようで、ここにあるものは差し上げます。さっきも言いましたけど、私が作っているというのは秘密でお願いします」
「そりゃもちろん」
 ケントさんは目の前に積まれたアダルトグッズをそのまま俺に渡してくれた。日本で見かけたものと比べると素材の点ではかなり落ちるけど、機能としては遜色ないものもある。
「それじゃこれは俺からのお礼だ」
 俺はストレージからボトルを何本か取り出す。
「これは……ドンペリと……ロマネ・コンティ⁉」
「ああ。ドンペリはピンクとブラックだな」
 ワインとシャンパンの有名どころだ。バブル世代なら知ってるだろう。
「ロマネ・コンティはさすがに飲んだことはなかったです。ドンペリは世代ですかねえ。しょっちゅう職場の上司に奢ってもらいました。ピンクが多かったですけど。当時は『ロマコンのピンドン割り』なんて言葉がありましたね」
「それは景気のいい話だなあ」
 バブルの頃に成金の間で流行ったらしい。ロマネ・コンティをピンクドンペリで割るという、頭のおかしな飲み方だ。ピンクって呼ばれるけど、正式にはロゼだ。ブラックも正式な呼び方はエノテーク。俺は味は知ってるけど自分の金で飲んだことはない。特にロマネ・コンティなんてまず自分じゃ買えない。上等なのは札束一つじゃ無理だ。
 俺はケントさんからバブル時代の話を聞き、その頃に店にいたら何倍稼げただろうかと想像しつつ、それならもっと早く体を壊した可能性もあるなと思った。
「あ、酒の話で思い出した。一つ頼み事をしようと思ってたんだ」
「頼み事ですか。私にできることならやりますよ。魔道具関係で?」
「いや、屋敷の披露パーティーの時に使用人を貸してもらえないかと思ってね」
 もっと前に話そうと思ってたけど、飲み始めたから忘れてしまった。
「あー、少ないんですよね」
「今のところ門衛も含めて二四人。メイドは七人。七人で持ち回りでやってもらってる」
「全然足りませんね。よくそれで屋敷が回ってますね。うちでもメイドだけで三〇人近くいますからね」
「ルブラン侯爵が追加を集めてくれてるけど、間に合うかどうかも不明なんだ。無理そうならその日だけなんとか王宮から借りることにしてある。一応アズナヴール伯爵にも手紙で頼んでるけど」
 リュシエンヌの実家からは快諾を貰っている。近いうちに挨拶に行く予定だ。
「おや、伝手がありましたか」
「ケントさんがどうだったか分からないけど、俺はこの世界についての知識がなさすぎてね。それで家庭教師を付けてもらったら、それがアズナヴール伯爵の娘だった」
「ああ、それでですか。お二人が写っている写真を日報紙で見ました」
 うちの屋敷にはある程度は揃っているけど何から何まであるわけじゃない。リュシエンヌの希望で新しい本棚を見にいった時に撮られたらしい。普通に外出するとまず日報紙の記事になる。
「それならうちからメイドを出しましょう。私も参加しますので、ここでは何もありませんからね」
「ホントに助かる」
 ケントさんのところは全部で六〇人くらいらしい。そのうちの半数がメイド。メイドといっても種類は多い。
 シェフの下準備を手伝うキッチンメイド。キッチンに通じている食料品貯蔵室スティルルームでジャムやケーキなどを作ったりお茶やコーヒーなどを管理するスティルルームメイド。洗濯をするランドリーメイド。牛の乳搾りをしたりバターを作ったりするミルクメイド。食事の際にテーブルの準備をするパーラーメイド。キッチンの掃除をしたり調理道具を洗ったりするスカラリーメイド。そしていわゆるというハウスメイド。これらのメイドは全員家政婦長の指示に従う。ハウスメイドの中で一番キャリアのあるのメイドをメイド長にして家政婦長のサポートをさせることが多い。
 うちの場合は侍女と家政婦長という女性使用人のトップ二人以外は下っ端ばかりという、店ならオーナーと新人しかいないような状態だ。だから仕事を分ける余裕もない。追加が間に合えばいいけど、それでなければ一時的に王宮から借りるしかない。でも王宮の方も俺の召喚で色々な行事が一時的に止まってしまい、あまり無理も言えない。勇者が来なかった来なかったで残念だし、来たら来でその後の予定が変わって大変なんだそうだ。嬉しい悲鳴でまだよかったけど。
「ところでケントさんがこの屋敷を貰った時は大丈夫だったのか?」
「私の時はそこまで盛大にはしなかったんですよ」
「でも久しぶりの召喚成功だったんじゃないのか?」
「ええ、一〇〇年ぶりとか言われましたね。でも私の場合は伯爵として国に仕えることになりましたので、シュウジさんほど大変ではなかったですよ。あの謁見とか」
「あれは俺もビックリした。直前に教えられたからな」
 俺が跪くのかと思ったら逆だった。しかも細かなことを俺に伝え忘れてたらしい。それは案内してくれたあの役人のせいじゃなく、別の役人があらかじめ俺に伝えるべきだったそうだ。それも急な式典でバタバタしてしまい、行き違いが重なってああなったそうだと後になって聞いた。
「私も最初は公爵と言われたんですが、さすがに恐れ多いと思って平民でいいと言ったら伯爵になりました。私としては男爵でも十分すぎると思ったんですが、あまり低いと他の貴族がやりにくいと言われましてね」
「それでも久しぶりの成功だったんだから、パーティーも盛大だったんじゃないのか?」
「私は二回に分けましたね。この世界の習慣に慣れていないので、ちょっとやり方が違うかもしれませんと言って」
「分ける?」
「はい。まずは伯爵以上の少人数でやってみて感覚を掴んで、次に子爵と男爵だけでやりました。二回やるのは面倒でしたけど」
「そんなやり方があったか……」
 慣れていないのを理由にして分けたらよかったのか。でも招待状はすでに出したから今さら変更するのは無理だ。
「でもシュウジさんなら無難に終わらせそうですよね?」
「無難ねえ……」
 あまりにも無難でも面白くないよな、と考えてしまうあたりがダメなんだろう。パーティーでホスト役をするとなると、楽しんでもらうのが一番だからなあ。
「何か考えてそうですね」
「どうやったら盛り上げられるかなって」
「普通は挨拶するくらいですけどね」
 ケントさんが苦笑する。それは分かるよ。主催者がいきなり前で芸を始めたら誰でもビックリするだろう。色々やると自分の首を絞めるのは分かってるんだけど、そこはこうエンターテイナーとしての血がね。
「ちょっとした出し物でもしようと思う。一発芸みたいなものかな」
「それなら楽しみにしておきますね」

 それからしばらくしておいとましたけど、その際にコレットさんから「ノリノリで使っているわけじゃないですからね」と眉を寄せた顔で言われた。非常にそそられる顔だ。でも手は出さないぞ。
 以前は人妻に手を出したこともあったけど、それは完全に夫婦仲が冷え切ってしまって夫が何か月も家に帰ってこないようなマダムが相手だった。そういう時はもったいないから遠慮なく頂いた。
 夫婦仲があまり上手くいかなくて困ってるって相談を受けるようなこともあって、そういう時は真摯に対応して手は出さなかった。目の前の女を喜ばせるのが俺の仕事だ。金や体だけじゃない別の充実感もある。
 そもそもコレットさんの表情を見れば、彼女が本気で困ってるわけじゃないことは分かる。これは照れて言ってるだけだと。ケントさんも夜の生活が充実してるようだ。
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