元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第一部:ロクデナシと勇者

召喚される準備

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「よし、これで一通り準備が済んだか?」
 よく使いそうな魔法やスキルはレベルが一か二になった。少し使いやすくなったと思ったらレベルが上がっていた。やっぱり〇なら身に付き始めたところで、一でようやく初心者レベルになるので間違いないようだ。
 まだレベルが低いから多少の不安はあるけど、そこはステータスの高さで補えそうだ。ゴーレムを持ち上げて投げ飛ばせたからな。
「あっ……そうですね……」
 ミレーヌの表情が一瞬曇った。これは寂しがってるな。何だかんだでスキンシップが多めだったからなあ。ピンク系のスキンシップばっかりだったけどな。
 俺もできればここでイチャイチャしていたところだけど、試験があるからな。どこかのタイミングでここを出なきゃいけないだろう。
「ミレーヌ、お前の方が急がなくてもいいなら俺だってここでゆっくりしたい。できる限り二人で一緒にいたいからな。ここでお前と一緒にずっと一緒に暮らしたいけど、お互いにそういうわけにもいかないだろう」
「シュウジさん……」
 ミレーヌは俺の方にトトトと寄ってきて、俺の胸に顔を埋める。これはもう犬だな。俺の知り合いのホステスは猫を飼っていることが多かったけど、俺は犬派だ。ワンコは元気か?
 唇を重ねる。そのまま抱き合い、しばらくしてどちらともなく唇を離した。そのタイミングで俺はミレーヌを抱き上げた。お姫様抱っこだ。ミレーヌは俺の首に腕を回した。英語ではブライダルキャリー。結婚式の後に新郎が新婦を抱き上げるポーズだ。
「ミレーヌ、あの建物でゆっくりさせてもらえないか?」
 俺の視線の先には小さな家がある。ミレーヌが普段生活している場所だろうと思ってそう話を切り出した。
「え? あそこは……その……」
 ミレーヌが少しためらう。離れたくはないけど離したくはない。そんな表情だ。もう一押しか?
「俺はここでお前に出会って惚れてしまった。お前の体で、ここを俺の思い出の場所にしてくれないか?」
「…………はい」
 その答えを聞いた俺はミレーヌを抱き上げる。お姫様抱っこをしながら小さな家に入った。中は空間が拡張されているのか、かなり広い。こざっぱりとしたマンションのような感じか。
「どこに行ったらいい?」
「……あの衝立の向こう側へお願いします」
 真っ赤な顔のミレーヌは小さな声でそう答えた。衝立の向こう側を見ると、そこにはきれいに整えられたベッドがあった。
「……本当にするんですよね?」
「俺に初めてを捧げるのは嫌か?」
「いえ、そんなことはないです。でも恥ずかしくて……」
「それなら目を閉じろ。できる限り優しくする」
「はい、優しくしてください♡」

 ◆◆◆

 ミレーヌを抱く時に、「二人の思い出を残してもいいか?」って聞いて【カメラ】で動画撮影した。これはドローンのように離れた場所からハンズフリーで撮影できる優れものだ。しかも複数のカメラを設置できる上に、ピントを合わせる必要もなかった。それなら全方向から撮るよな? 容量制限がないからな。
 動画は手ブレもなく音声もクリア。これを見てナニをするわけでもないけど、ミレーヌが撮らせてくれたことに意味がある。
 ベッドに寝転がった俺の横ではミレーヌが寝息を立てている。俺はそれを見ながらゴロゴロとしていた。
 正直に言おう。ミレーヌの胸はだった。もちろん胸以外も素晴らしかった。とかとか、そんなレベルじゃない。これまで会った最高の女だ。こいつと知り合えたのなら死んだ甲斐があった。あの時は怒鳴って悪かった。愚かな俺を許してくれ。そう心の中でミレーヌに謝った。
 ……。
 …………。
 どうもここに来てからテンションがおかしくなってる気がするけど、まあいいか。どうせ一度は死んだ身だ。何かしら変化があるんだろう。若返ったそうだからな。
「……んっ」
 そんなことを考えているとミレーヌが目を覚ました。
「おはよう、ミレーヌ」
「あ、おはようございます——あっ!」
 ミレーヌは自分の格好を思い出したのか、シーツを引っ張って胸元を隠した。
「俺の前で隠さなくてもいいだろ? 昨日お互いに全てをさらけ出した仲じゃないか」
「でも、さすがに素では恥ずかしいですよぅ」
「素じゃなくなればいいんだな。さあいくぞ。俺たちの愛の第二幕だ」
「ああん♡ シュウジさあん♡」

 ◆◆◆

 ……。
 …………。
 やっぱりテンションがおかしい。妙に口が軽くなった気もする。元から口は軽いし口説き文句も色々とあったけど、俺が使ったことのないようなセリフが次から次へと口から出た。まあミレーヌが喜んだからいいけど。
 そして不思議なことに腹が減ったり喉が渇いたりもしない。トイレにも行きたくならない。さらに時間の感覚もない。そのせいか何度も同じことを繰り返し、俺たちの愛は第八幕まで進んでしまった。感覚的には一週間くらいただれた生活を送った感じに近い。
「さすがにそろそろ行こうと思う」
 キリがないので適当なところでそう切り出した。
「そうですね。それでは準備をします。その前に着替えましょうか」
 吹っ切れたのか、あの時の寂しそうな表情はなかった。二人で最後のシャワーを浴びてサッパリした。

 俺が着替えを済ませて庭に出ると、庭の一角に細かな模様が描かれている丸いものがあった。うっすらと光っている。
「シュウジさん、この召喚陣の中に入ってください」
「これが召喚陣か。真ん中でいいのか?」
「はい」
 足を踏み出すと、足にも召喚陣の模様が描かれた。インクで描いてあるわけじゃなさそうだった。不思議な感じだけど、体を光が突き抜けてるなあ。
「ではこれから召喚魔法に干渉します」
「かなり待たせたと思うけど、向こうは大丈夫か?」
 俺が目を覚ましてからどれだけ経った? 行ったらすでに滅んでたらシャレにならない。
「この空間は地上世界とは次元が違いますから、向こうの召喚魔法が発動した瞬間に合うようになっています。向こうはポーズがかかった状態です。実際に止まっているわけではありませんけど」
「便利なのか何なのか」
 俺がここでどれだけミレーヌを抱いていても、向こうで召喚魔法が発動したその直後に転移ができるそうだ。それならもっと楽しんでもよかったかもしれないけど、あまり長居すると未練がなあ。
「たまには声を聞かせてくださいね」
「地上世界に干渉とかしてもいいのか?」
「問題ありませんよ。これで一度力を使い果たしますから、もう地上ではそこまで大きな力は出せませんけど」
「そうか。それならたまに連絡する。ミレーヌ、愛してるよ」
 そう言って最後にもう一度キスをする。
「私もです♪ おそらくステータスの関係で色々な女性に好かれると思いますけど、向こうでは私のことは気にせずに好きに楽しんでくださいね。行ってらっしゃい♪」
「ホント、いい女だよ、お前は」
 そう口にした瞬間、俺の視界が真っ白になった。
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