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第一部:ロクデナシと勇者
女神の謝罪と涙
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俺はひとしきり怒鳴ってスッキリしたところだった。
目の前には真っ赤に腫らした目をして、芝生の上で正座をする女神。こいつはミレーヌと名乗った。
一時期女を食い物にする仕事をしていたから、持ち上げてチヤホヤするのには慣れている。よっぽどでなきゃワガママも聞いた。
でもこいつはダメだ。物の言い方も頼み方も謝り方も知らない。知らなさすぎる。これまで何を教わってきたのか。反省するならキッチリ反省しろ。人を殺しておいて「ごめんね♡」って、俺でもさすがにキレるわ。
◆◆◆
「ん? ここはどこだ?」
目を開けたら白かった。白い天井? 病院か? とりあえず上を向いて寝かされているように思える。
「シュウジさん、目が覚めましたか?」
声が聞こえたから目を動かすと、頭の側から女が覗き込んでいた。知らない顔のはずだ。
「悪い、寝てたのか?」
もしかしたら酔って引っかけたという可能性もゼロじゃない。
「いえ、シュウジさんは生き返ったところです」
「生き返ったってことは……ここは話に聞く〔神の世界〕とかいう場所か?」
「はい、その通りです。神界の一部で〔神域〕とよばれる、神がそれぞれ管理する場所です」
「そうか、死んだのか……」
やっぱりなって感じだ。まあロクでもない人生だった。女に夢を与える仕事といえば聞こえがいいけど、簡単に言えば夜の商売だ。俺に合ってたどうかも分からない。他に仕事がなかったからやってただけだ。
高校を出てそのまま働き始め、二〇代前半で体を壊して辞めた。それからしばらくはどうしようもない女に集って暮らしていた。
「でも地上で生き返ることはできますので、そこは安心してくだい」
「ん? 生き返れるのか?」
「地球ではありませんけど」
「……じゃあ異世界転生とかいうやつなのか? ラノベとかでよくある」
「はい、そうです。体を作り直しましたので、転移ということになります。順に説明させていただきますね」
「ああ、頼む」
いずれ独立することを考えて、最初の頃は勉強もしていた。でもしばらくすると忙しくてそんな余裕もなくなった。こんなことなら若いうちにもっと真面目に勉強しておけばよかったと今なら思う。それも家が家だから無理だったか。
いいかガキども。学歴は絶対じゃないけど、どこかに見えない壁があるぞ。手に職をつけるか、それが嫌なら上に行け。それと家庭環境が悪くても投げ出すなよ。投げ出したら終わりだ。
◆◆◆
俺たちは場所を変え、小さな家の側にある小洒落た芝生の庭でお茶を始めた。
「まず、私はミレーヌと言います。下級神をしています」
「ミレーヌさんね。俺はシュウジだ。よろしくな」
第一印象は重要だ。常連になってもらえるかどうかは、新規の時の接客にかかっている。
ミレーヌは大学生くらいで、ピンク色の髪とエメラルドのような目をしている。背は……さっきの感じなら一六五センチはなかったと思う。美少女と美人の間くらいだろう。まあそんじょそこらでは見かけないレベルだ。
「シュウジさん、これが今のあなたの姿です」
そう言ってミレーヌは俺に鏡を渡してくれた。んー、イケメン度が少し上がったか? 確かに俺の顔ではあるけど、何となく日本人っぽさが少し減った気がする。日系人にありそうな少し濃いめの顔って言えばいいのか、彫りが深くなったな。でも俺の顔だと分かる。
髪は金髪で、これは地毛だな。以前は髪は染めていたけど、痛んで枝毛がひどかった。目はサファイアの色をしている。これならさすがに日本人だとは言えないな。
「元の顔をベースにしてくれたのか?」
「はい。あまり変わると違和感があるでしょうし、大きくは変えていません。元々それなりに美形だったと思います」
「まあ顔で食ってたからな。一番の仕事道具だった」
一番が顔、二番が口の巧さ。三番あたりに背の高さと手足の長さだろうか。ベッドでのテクニックもなかなかのはずだ。
見た目を確認すると鏡を返し、目の前に出された紅茶をいただく。ああ、いい茶葉だ。
「年齢は一つ二つ若返っています。これは意図したわけではなくて、体を作り直した影響です」
「老けてなきゃ問題ないさ」
一つか二つ若返ったのなら、二〇歳過ぎくらいか。
「それで今回のことを説明する前に、現在の状況を説明します。よろしいですか?」
「ああ、頼むよ」
どういう経緯で生まれわることになったとか、どんな世界に生まれ変わるとかだろう。
「ちょうど私は昇進試験を受け始めたところです」
「女神でも試験があるのか。大変だな。話ならいくらでも聞くからな」
俺はできる限り優しい声を出した。話を聞くのには慣れている。半分以上はそれが仕事だった。どんな話でも聞くという姿勢を見せるのが重要だ。でも無理に聞き出しちゃいけない。〔話したい〕という気分にさせるのが大切だ。そのための話術だ。
「はい、大変なんですよ。その試験なんですけど、自分が送り出した勇者が一定の結果を出せるかどうかというものなんですよね」
「なるほどね。神様ならではの試験だな。自分でできないのはもどかしいだろうな」
「それもありますし、ちょうど手頃な素材が手に入らなくて」
「素材?」
「はい。勇者として生まれ変わって向こうへ行ってもらう人です。勇者を作る素材ということになります」
言い方が気になるのは横に置いといて、まあ性格とか資質とか、色々とあるだろう。
「なかなか見つからなくて困っていたところ、いい感じのシュウジさんを見つけまして」
「いい感じって?」
「死にかけの人です」
そりゃ死んだからここに来たわけだからな。どうやって死んだかまでは覚えてないけど、店にいた時から体が痛いとか怠いとか吐き気がするとか、先は長くないなとは感じていた。
あ、クスリとかはやってないぞ。酒とタバコだけだ。俺はクリーンさで売ってたからな。
「どうせ素材なので、一度まっさらにした方が召喚先へ元気な状態で行けますから。それでピンポイントで神罰を落とすことができました」
「は? 神罰?」
「はい、神罰です。バリバリっと。それでシュウジさんはポックリ」
「ポックリ……」
「体はほとんど壊れていましたので、余命は一、二か月でしたし、生まれ変わるからいいですよね? ごめんね♡」
ごめんね♡?
💢
「ごめんで済んだら警察なんていらねえんだよ‼‼」
…………。
自分でもビックリするような声が出た。
「ごめんなさいいいいい‼‼ ごめんなさいいいいい‼‼」
「なんで謝ってんだ⁉ ああン⁉ 謝るくらいならそれなら最初から殺すな、ボケッ‼」
「ごべんだざいいいいい‼‼ でぼおおおお、ごでをのがずどおおおお、あどがないんでずうううう‼‼ もうおわりなんでずうううう‼‼ だがらああああ、ないであやばっでええええ、おでがいずるじがああああ、ないんでずうううう‼‼ みずでないでぐだざいいいい‼‼」
「——うおっ」
怒鳴ったら鼻水を垂らしながらしがみ付いてきやがった。きったねえ顔だな。さっきはそんじょそこらで見かけないレベルなんて思ったけど、ちょっと見たくないレベルだ。鼻水を垂らすな。
「おでがいでずうううう‼‼」
「ああもう、何言ってんのか分かんねえよ‼ 鼻水なすり付けんな‼」
「おでがいでずうううう‼‼」
「とりあえず泣き止め‼ まずはそれからだ‼ 離れて正座しろ‼」
俺は腰にしがみ付くミレーヌを引き剥がして大人しくさせると、目の前で正座させた。
目の前には真っ赤に腫らした目をして、芝生の上で正座をする女神。こいつはミレーヌと名乗った。
一時期女を食い物にする仕事をしていたから、持ち上げてチヤホヤするのには慣れている。よっぽどでなきゃワガママも聞いた。
でもこいつはダメだ。物の言い方も頼み方も謝り方も知らない。知らなさすぎる。これまで何を教わってきたのか。反省するならキッチリ反省しろ。人を殺しておいて「ごめんね♡」って、俺でもさすがにキレるわ。
◆◆◆
「ん? ここはどこだ?」
目を開けたら白かった。白い天井? 病院か? とりあえず上を向いて寝かされているように思える。
「シュウジさん、目が覚めましたか?」
声が聞こえたから目を動かすと、頭の側から女が覗き込んでいた。知らない顔のはずだ。
「悪い、寝てたのか?」
もしかしたら酔って引っかけたという可能性もゼロじゃない。
「いえ、シュウジさんは生き返ったところです」
「生き返ったってことは……ここは話に聞く〔神の世界〕とかいう場所か?」
「はい、その通りです。神界の一部で〔神域〕とよばれる、神がそれぞれ管理する場所です」
「そうか、死んだのか……」
やっぱりなって感じだ。まあロクでもない人生だった。女に夢を与える仕事といえば聞こえがいいけど、簡単に言えば夜の商売だ。俺に合ってたどうかも分からない。他に仕事がなかったからやってただけだ。
高校を出てそのまま働き始め、二〇代前半で体を壊して辞めた。それからしばらくはどうしようもない女に集って暮らしていた。
「でも地上で生き返ることはできますので、そこは安心してくだい」
「ん? 生き返れるのか?」
「地球ではありませんけど」
「……じゃあ異世界転生とかいうやつなのか? ラノベとかでよくある」
「はい、そうです。体を作り直しましたので、転移ということになります。順に説明させていただきますね」
「ああ、頼む」
いずれ独立することを考えて、最初の頃は勉強もしていた。でもしばらくすると忙しくてそんな余裕もなくなった。こんなことなら若いうちにもっと真面目に勉強しておけばよかったと今なら思う。それも家が家だから無理だったか。
いいかガキども。学歴は絶対じゃないけど、どこかに見えない壁があるぞ。手に職をつけるか、それが嫌なら上に行け。それと家庭環境が悪くても投げ出すなよ。投げ出したら終わりだ。
◆◆◆
俺たちは場所を変え、小さな家の側にある小洒落た芝生の庭でお茶を始めた。
「まず、私はミレーヌと言います。下級神をしています」
「ミレーヌさんね。俺はシュウジだ。よろしくな」
第一印象は重要だ。常連になってもらえるかどうかは、新規の時の接客にかかっている。
ミレーヌは大学生くらいで、ピンク色の髪とエメラルドのような目をしている。背は……さっきの感じなら一六五センチはなかったと思う。美少女と美人の間くらいだろう。まあそんじょそこらでは見かけないレベルだ。
「シュウジさん、これが今のあなたの姿です」
そう言ってミレーヌは俺に鏡を渡してくれた。んー、イケメン度が少し上がったか? 確かに俺の顔ではあるけど、何となく日本人っぽさが少し減った気がする。日系人にありそうな少し濃いめの顔って言えばいいのか、彫りが深くなったな。でも俺の顔だと分かる。
髪は金髪で、これは地毛だな。以前は髪は染めていたけど、痛んで枝毛がひどかった。目はサファイアの色をしている。これならさすがに日本人だとは言えないな。
「元の顔をベースにしてくれたのか?」
「はい。あまり変わると違和感があるでしょうし、大きくは変えていません。元々それなりに美形だったと思います」
「まあ顔で食ってたからな。一番の仕事道具だった」
一番が顔、二番が口の巧さ。三番あたりに背の高さと手足の長さだろうか。ベッドでのテクニックもなかなかのはずだ。
見た目を確認すると鏡を返し、目の前に出された紅茶をいただく。ああ、いい茶葉だ。
「年齢は一つ二つ若返っています。これは意図したわけではなくて、体を作り直した影響です」
「老けてなきゃ問題ないさ」
一つか二つ若返ったのなら、二〇歳過ぎくらいか。
「それで今回のことを説明する前に、現在の状況を説明します。よろしいですか?」
「ああ、頼むよ」
どういう経緯で生まれわることになったとか、どんな世界に生まれ変わるとかだろう。
「ちょうど私は昇進試験を受け始めたところです」
「女神でも試験があるのか。大変だな。話ならいくらでも聞くからな」
俺はできる限り優しい声を出した。話を聞くのには慣れている。半分以上はそれが仕事だった。どんな話でも聞くという姿勢を見せるのが重要だ。でも無理に聞き出しちゃいけない。〔話したい〕という気分にさせるのが大切だ。そのための話術だ。
「はい、大変なんですよ。その試験なんですけど、自分が送り出した勇者が一定の結果を出せるかどうかというものなんですよね」
「なるほどね。神様ならではの試験だな。自分でできないのはもどかしいだろうな」
「それもありますし、ちょうど手頃な素材が手に入らなくて」
「素材?」
「はい。勇者として生まれ変わって向こうへ行ってもらう人です。勇者を作る素材ということになります」
言い方が気になるのは横に置いといて、まあ性格とか資質とか、色々とあるだろう。
「なかなか見つからなくて困っていたところ、いい感じのシュウジさんを見つけまして」
「いい感じって?」
「死にかけの人です」
そりゃ死んだからここに来たわけだからな。どうやって死んだかまでは覚えてないけど、店にいた時から体が痛いとか怠いとか吐き気がするとか、先は長くないなとは感じていた。
あ、クスリとかはやってないぞ。酒とタバコだけだ。俺はクリーンさで売ってたからな。
「どうせ素材なので、一度まっさらにした方が召喚先へ元気な状態で行けますから。それでピンポイントで神罰を落とすことができました」
「は? 神罰?」
「はい、神罰です。バリバリっと。それでシュウジさんはポックリ」
「ポックリ……」
「体はほとんど壊れていましたので、余命は一、二か月でしたし、生まれ変わるからいいですよね? ごめんね♡」
ごめんね♡?
💢
「ごめんで済んだら警察なんていらねえんだよ‼‼」
…………。
自分でもビックリするような声が出た。
「ごめんなさいいいいい‼‼ ごめんなさいいいいい‼‼」
「なんで謝ってんだ⁉ ああン⁉ 謝るくらいならそれなら最初から殺すな、ボケッ‼」
「ごべんだざいいいいい‼‼ でぼおおおお、ごでをのがずどおおおお、あどがないんでずうううう‼‼ もうおわりなんでずうううう‼‼ だがらああああ、ないであやばっでええええ、おでがいずるじがああああ、ないんでずうううう‼‼ みずでないでぐだざいいいい‼‼」
「——うおっ」
怒鳴ったら鼻水を垂らしながらしがみ付いてきやがった。きったねえ顔だな。さっきはそんじょそこらで見かけないレベルなんて思ったけど、ちょっと見たくないレベルだ。鼻水を垂らすな。
「おでがいでずうううう‼‼」
「ああもう、何言ってんのか分かんねえよ‼ 鼻水なすり付けんな‼」
「おでがいでずうううう‼‼」
「とりあえず泣き止め‼ まずはそれからだ‼ 離れて正座しろ‼」
俺は腰にしがみ付くミレーヌを引き剥がして大人しくさせると、目の前で正座させた。
応援ありがとうございます!
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