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第五章:領主二年目第四部
元貴族(二)
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あの修道院を出て……どれくらい? 一月は経った? こうやって町から町へと商人の馬車の端に乗せてもらったり、馬車がなかったら歩いたりして移動したけど、そもそも最初の目的って何だったっけ? 修道院を出ること? このままどこかで適当に暮らすのもできなくはなさそうだけど、一つだけしたいことがあった。それは親のこと。
父が叛逆の廉で処刑になったのは聞いたけど、具体的に何があったのかは聞いてない。そこだけは知りたいかな。
母たちは別の修道院のはずだから、連絡の取りようもない。生きていたら会えるかもしれないし、そもそも生きているうちに会えない可能性が高かった。何かを企まないように、どの家族もバラバラにされたみたいだから。とりあえず父のことだけ考えよう。
◆ ◆ ◆
さらに一月半ほど、自分が男の子と女の子のどっちなのかたまに本気で分からなくなる。ズボンの中に手を突っ込んで「あ、女だった」って何度か本気で確認したよ。それで、ここから北に向かえば王都、というところで南から大集団が来た。
てっきりゴール王国が攻めてきたのかと思ったら、先頭にはアルマン王国の国旗とゴール王国の国旗が並んでいた。何かあったの?
「我々はノルト男爵領に向かう移民団だ。これより王都を経由して北に向かう。もし行き場がないなら一緒に行くか?」
そう僕に聞いてくれたのはゴール王国との国境近くに大領地を持つマルクブルク辺境伯の娘のコジマさん。でも身バレしない? 一応これでも元伯爵家の息子……じゃなくて娘。正式な社交に出る前とはいえ、一部の貴族とは行き来はあったわけで。あ、でも派閥が違うから縁はなかったはず。多分大丈夫。
「いいんですか? とりあえず王都に行こうと思ってます」
「声をかけたのはこちらだ。その身なりを見ればかなり苦労したのは分かる。大公派がいなくなった今、この国は真っ当な国に生まれ変わりつつある。お前のように苦労する少年が減れば父たちも頑張った甲斐があったというものだ」
はい。元伯爵家令嬢なんて全く思われてないね。シクシク。おそらく物乞いの少年か何かとでも思われたのかな? たまに自分が何者か分からなくなる。男でいるのって楽だからね。
コジマさんから色々と聞いたけど、ノルト男爵という人が大公派の貴族たちの企みを破ったと。戦争で王太子殿下をお守りしてゴール王国軍を撃退したと。そして大領地を貰い、王女殿下を妻に迎え、現在は国王陛下の信任厚い政務官をされている。さらに先日ゴール王国と和睦をした立役者だと。
……。
…………。
父の敵だった。コジマさんから話を聞くと、最初に助けてもらった村はペングン男爵の息子の領地になる予定で、その息子というのはノルト男爵の部下として活躍して領地を貰ったのだとか。そして途中にあったレーベンラントという大きな町の領主はノルト男爵の友人だとか。たしかツェーデン子爵だった?
まあ今さら親の敵を討つということには興味はないよ。よく話を聞けば父が悪かったんだと思う。でも息子……いや娘としては何もしないわけにはいかないわけで。復讐なんかは考えないけど、せめて顔くらいは見たいかな。どんな相手に負けたのか。
結局その移民団に同行させてもらい、そのノルト男爵の顔を一度見にいくことにした。これだけの移民を受け入れてくれるのなら僕一人くらいその領地で何とか暮らしていけるだろう。倒すとかそういうことは考えない。生きることが先決。この二か月で嫌というほど思い知ったから。親の敵を見たいだけ。そしてできれば母たちと会いたいかな。
◆ ◆ ◆
ノルト男爵領に着く少し手前、コジマさんに僕が女の子だってバレました。
「女の子だったのか」
「危険を回避しようと思って」
偽名を使ってたからね。
「一人旅ならそれが賢明だろうな。それよりも読み書きできるのか?」
「はい。一通りは教えてもらいましたので」
「それなら向こうに行っても仕事にありつけるだろう。私からも男爵に頼んでみよう」
「よろしくお願いします」
ええっと、それなら女の子に戻った方がいい? 僕って以前はどんな話し方してたっけ? 「ミリヤムですわ」は違う。「ミリヤムよ」も違う。あれ? さっきはとりあえず丁寧な話し方にしたけど、あんなのでいいのかな?
◆ ◆ ◆
ノルト男爵領の領都はドラゴネットという名前らしい。ドラゴネットって本で読んだことのある名前だね。人と一緒にいたいと思った子竜が主人公の物語。懐かしいなあ。
でも、あそこにいるのは竜? しかも三匹も。竜が何かしてる。家とか建ててない? 仕事? ここはノルト男爵領だと聞いたけど。
「男爵の正妻は竜だそうだ。私もそれを聞いて男爵殿に嫁ぐ気になった。竜を妻にするような男であれば、さぞ立派な方だろう」
なるほど。男爵の正妻は竜。……竜? ははあ。竜は人になれるんだ。それでねー。理解できないけどそうなんだろうね。
僕は移民たちと一緒に城の近くにある牧場らしいところに一時的に住むことになった。なったと思ったらコジマさんが声をかけてくれた。
「ミリヤム、こっちに役場があると聞いた。そこなら読み書き計算ができる人材を使ってくれるそうだ。名前を言えば大丈夫だと聞いた」
「ありがとうございました」
コジマさんが僕のために仕事を見つけてくれた。移民は多いけど、読み書き計算ができるのは貴族の娘たちを入れてごく一部だけ。即戦力として使ってくれるらしい。
コジマさんはコジマさんで色々と仕事があるそうだ。僕一人に構っている余裕はないはず。でもわざわざああやって声をかけてくれた。いい人だね。
「すみません。ここで読み書き計算ができる人を募集していると聞いたのですが」
「はい、そうですよ」
そう言われたからやって来た役場には線の細そうな文官のような人がいた。
「初めまして、ミリヤムです。コジマさんから教えてもらって来ました」
「なるほど、君が読み書き計算ができると。若いけど男手があると助かるね」
やっぱり男の子と思われてるね。
「ライナー、この子は女の子じゃないのか?」
僕の後から入ってきた赤い髪をした大柄な人がそんなことを言った。赤い髪……。この人がもしかしてノルト男爵?
「え? てっきり男の子かと」
「もう少し髪を整えれば女の子っぽく見えるだろう。ザックリと切りすぎだな」
男爵が僕の頭を撫でながらそう言った。
…………カッコいい。こういう人になりたい。でも付いてないから無理か。それならこんな人の妻に……。いや、いっぱいいるらしいから無理だろう。……あれ?
「ミリヤムは読み書きはできるんだな?」
「ははは、はい。私は読み書き計算はできます」
思わず声が裏返った。
「実は頼みたい仕事がある」
「なな何でしょうか?」
「移民たちの相談役だ」
「相談役?」
男爵によると、現在新しい町をいくつも作っているらしい。それでその町に移民たちを住まわせることになるけど、ゴール王国の人間だけではいざという時に困るだろうから、しばらくは何人かずつ相談役を置くことにするらしい。いずれはきちんと男爵の代わりになる代官を置くことになるらしいけど、とりあえずまとめ役が欲しいと。
「いいのですか?」
「ああ。何か相談があればこのライナーに伝えてくれればいい。領内は連絡用の馬車を走らせるからそこまで移動も大変ではないはずだ。それに毎日でなくてもいい。二、三日ごとでも十分だ」
「それなら大丈夫です」
僕が引き受けることになった仕事は、仕事と呼ぶには簡単だった。移民の人たちと一緒に暮らし、何かあれば話を聞き、それをまとめて役場に報告する。報告は手紙を渡してもいいし、直接馬車で移動してもいい。
僕がいるのはナターリエンブルクという町。川と城壁に囲まれ、町の中には運河という人が掘った川が流れている。その運河を使って物や人を運ぶこともできる。この国では先進的なものなんだそうだ。
◆ ◆ ◆
大丈夫といった手前、仕事は真面目にしようと思う。でもあれから自分のことがよく分からない。
女の子なのに男の子を演じていた。いつの間にか男の子の方が楽だと分かってしまった。たまに自分が男なのか女なのか分からなくなる。さらにノルト男爵を見た瞬間、この人のような男らしい人になりたいと思った。それが無理ならせめてこの人の妻にしてほしいと願った。
自分が分からない。とりあえず……うん、僕は女だ。付いてない。まず自分が女だとして……誰か相談できる人は……いない?
「お困りですか~?」
「相談に乗りますよ~?」
いきなり同じ顔をした二人から声をかけられた。
父が叛逆の廉で処刑になったのは聞いたけど、具体的に何があったのかは聞いてない。そこだけは知りたいかな。
母たちは別の修道院のはずだから、連絡の取りようもない。生きていたら会えるかもしれないし、そもそも生きているうちに会えない可能性が高かった。何かを企まないように、どの家族もバラバラにされたみたいだから。とりあえず父のことだけ考えよう。
◆ ◆ ◆
さらに一月半ほど、自分が男の子と女の子のどっちなのかたまに本気で分からなくなる。ズボンの中に手を突っ込んで「あ、女だった」って何度か本気で確認したよ。それで、ここから北に向かえば王都、というところで南から大集団が来た。
てっきりゴール王国が攻めてきたのかと思ったら、先頭にはアルマン王国の国旗とゴール王国の国旗が並んでいた。何かあったの?
「我々はノルト男爵領に向かう移民団だ。これより王都を経由して北に向かう。もし行き場がないなら一緒に行くか?」
そう僕に聞いてくれたのはゴール王国との国境近くに大領地を持つマルクブルク辺境伯の娘のコジマさん。でも身バレしない? 一応これでも元伯爵家の息子……じゃなくて娘。正式な社交に出る前とはいえ、一部の貴族とは行き来はあったわけで。あ、でも派閥が違うから縁はなかったはず。多分大丈夫。
「いいんですか? とりあえず王都に行こうと思ってます」
「声をかけたのはこちらだ。その身なりを見ればかなり苦労したのは分かる。大公派がいなくなった今、この国は真っ当な国に生まれ変わりつつある。お前のように苦労する少年が減れば父たちも頑張った甲斐があったというものだ」
はい。元伯爵家令嬢なんて全く思われてないね。シクシク。おそらく物乞いの少年か何かとでも思われたのかな? たまに自分が何者か分からなくなる。男でいるのって楽だからね。
コジマさんから色々と聞いたけど、ノルト男爵という人が大公派の貴族たちの企みを破ったと。戦争で王太子殿下をお守りしてゴール王国軍を撃退したと。そして大領地を貰い、王女殿下を妻に迎え、現在は国王陛下の信任厚い政務官をされている。さらに先日ゴール王国と和睦をした立役者だと。
……。
…………。
父の敵だった。コジマさんから話を聞くと、最初に助けてもらった村はペングン男爵の息子の領地になる予定で、その息子というのはノルト男爵の部下として活躍して領地を貰ったのだとか。そして途中にあったレーベンラントという大きな町の領主はノルト男爵の友人だとか。たしかツェーデン子爵だった?
まあ今さら親の敵を討つということには興味はないよ。よく話を聞けば父が悪かったんだと思う。でも息子……いや娘としては何もしないわけにはいかないわけで。復讐なんかは考えないけど、せめて顔くらいは見たいかな。どんな相手に負けたのか。
結局その移民団に同行させてもらい、そのノルト男爵の顔を一度見にいくことにした。これだけの移民を受け入れてくれるのなら僕一人くらいその領地で何とか暮らしていけるだろう。倒すとかそういうことは考えない。生きることが先決。この二か月で嫌というほど思い知ったから。親の敵を見たいだけ。そしてできれば母たちと会いたいかな。
◆ ◆ ◆
ノルト男爵領に着く少し手前、コジマさんに僕が女の子だってバレました。
「女の子だったのか」
「危険を回避しようと思って」
偽名を使ってたからね。
「一人旅ならそれが賢明だろうな。それよりも読み書きできるのか?」
「はい。一通りは教えてもらいましたので」
「それなら向こうに行っても仕事にありつけるだろう。私からも男爵に頼んでみよう」
「よろしくお願いします」
ええっと、それなら女の子に戻った方がいい? 僕って以前はどんな話し方してたっけ? 「ミリヤムですわ」は違う。「ミリヤムよ」も違う。あれ? さっきはとりあえず丁寧な話し方にしたけど、あんなのでいいのかな?
◆ ◆ ◆
ノルト男爵領の領都はドラゴネットという名前らしい。ドラゴネットって本で読んだことのある名前だね。人と一緒にいたいと思った子竜が主人公の物語。懐かしいなあ。
でも、あそこにいるのは竜? しかも三匹も。竜が何かしてる。家とか建ててない? 仕事? ここはノルト男爵領だと聞いたけど。
「男爵の正妻は竜だそうだ。私もそれを聞いて男爵殿に嫁ぐ気になった。竜を妻にするような男であれば、さぞ立派な方だろう」
なるほど。男爵の正妻は竜。……竜? ははあ。竜は人になれるんだ。それでねー。理解できないけどそうなんだろうね。
僕は移民たちと一緒に城の近くにある牧場らしいところに一時的に住むことになった。なったと思ったらコジマさんが声をかけてくれた。
「ミリヤム、こっちに役場があると聞いた。そこなら読み書き計算ができる人材を使ってくれるそうだ。名前を言えば大丈夫だと聞いた」
「ありがとうございました」
コジマさんが僕のために仕事を見つけてくれた。移民は多いけど、読み書き計算ができるのは貴族の娘たちを入れてごく一部だけ。即戦力として使ってくれるらしい。
コジマさんはコジマさんで色々と仕事があるそうだ。僕一人に構っている余裕はないはず。でもわざわざああやって声をかけてくれた。いい人だね。
「すみません。ここで読み書き計算ができる人を募集していると聞いたのですが」
「はい、そうですよ」
そう言われたからやって来た役場には線の細そうな文官のような人がいた。
「初めまして、ミリヤムです。コジマさんから教えてもらって来ました」
「なるほど、君が読み書き計算ができると。若いけど男手があると助かるね」
やっぱり男の子と思われてるね。
「ライナー、この子は女の子じゃないのか?」
僕の後から入ってきた赤い髪をした大柄な人がそんなことを言った。赤い髪……。この人がもしかしてノルト男爵?
「え? てっきり男の子かと」
「もう少し髪を整えれば女の子っぽく見えるだろう。ザックリと切りすぎだな」
男爵が僕の頭を撫でながらそう言った。
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「ミリヤムは読み書きはできるんだな?」
「ははは、はい。私は読み書き計算はできます」
思わず声が裏返った。
「実は頼みたい仕事がある」
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「移民たちの相談役だ」
「相談役?」
男爵によると、現在新しい町をいくつも作っているらしい。それでその町に移民たちを住まわせることになるけど、ゴール王国の人間だけではいざという時に困るだろうから、しばらくは何人かずつ相談役を置くことにするらしい。いずれはきちんと男爵の代わりになる代官を置くことになるらしいけど、とりあえずまとめ役が欲しいと。
「いいのですか?」
「ああ。何か相談があればこのライナーに伝えてくれればいい。領内は連絡用の馬車を走らせるからそこまで移動も大変ではないはずだ。それに毎日でなくてもいい。二、三日ごとでも十分だ」
「それなら大丈夫です」
僕が引き受けることになった仕事は、仕事と呼ぶには簡単だった。移民の人たちと一緒に暮らし、何かあれば話を聞き、それをまとめて役場に報告する。報告は手紙を渡してもいいし、直接馬車で移動してもいい。
僕がいるのはナターリエンブルクという町。川と城壁に囲まれ、町の中には運河という人が掘った川が流れている。その運河を使って物や人を運ぶこともできる。この国では先進的なものなんだそうだ。
◆ ◆ ◆
大丈夫といった手前、仕事は真面目にしようと思う。でもあれから自分のことがよく分からない。
女の子なのに男の子を演じていた。いつの間にか男の子の方が楽だと分かってしまった。たまに自分が男なのか女なのか分からなくなる。さらにノルト男爵を見た瞬間、この人のような男らしい人になりたいと思った。それが無理ならせめてこの人の妻にしてほしいと願った。
自分が分からない。とりあえず……うん、僕は女だ。付いてない。まず自分が女だとして……誰か相談できる人は……いない?
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