ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第二章:領主二年目第一部

新しい街区とその後

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 王都の屋敷から近い元貧民街スラム。ここは先日から工事に入り、今ではかなり見通しが良くなった。当たり前だが道が真っ直ぐになったからだ。

 現在は前からここに住んでいた住人向けの住居や、主に彼ら向けの飲食店ができている。飲食店はまだ二つしかないが、いずれはもっと増やしたいとブルーノは言っていた。

 結局のところ、人が行き交うようになれば貧民街スラムはできない。そのためには外から人が来るようにする。いかにして人を動かすかが今後の課題だ。

 だがその一方で、ここが貧民街スラムでなくなれば別の場所に移動する者もいるだろう。皺寄せが別の貧民街スラムに行く可能性もなくはない。

 殿下はそのことも考え、他の貧民街スラムも少しずつ手を入れたいと言っていた。もちろん俺はそこには関わらない予定だが、この周辺を整えたという実績があれば、話を聞きにくる者はいるかもしれない。その時には手を貸そうとは思っている。

 ここにある二軒の飲食店だが、ドラゴネット風になっている。要するにアンゲリカの酒場で出されているように、領民のだれかの地元で食べられている料理が日替わりで出る。色々な地域のものが出るので、安い上に懐かしいと好評だ。

 どうしても値段を下げようとすると、ズッペスープは塩と屑野菜、よくても屑肉が入るくらいになり、どこで食べても味が変わらない。場合によっては塩さえケチるので味がないこともある。それなら多少組み合わせがおかしくなっても色々な料理が出る方がいいだろう。

 改めて考えると、高級店を中心にたくさんの種類の料理がある店はあるが、毎日違う料理が出るという店は少ない。

 パンはリリーとイーリスのパン屋で出た失敗作を使っている。

 このパン屋の石窯は、昔ながらの薪を使う石窯だ。俺が用意したのでおかしな焼き具合にはならないようだが、それでも魔道具に比べればムラになりやすい。逆に練習にはちょうどいいということだった。



◆ ◆ ◆



「パンはうちの失敗作を出しますよ」
「あまりおかしな物は出すなよ」
「失敗と言っても、ちょっと焼きすぎたくらいで、店に出せなくはないんですけどね」
「最近はみんな目と舌が肥えちゃいまして、意外と厳しいんですよ」

 二人が笑いながら言う。これらは二人が焼いたものではない。二人のところにパン屋をやりたいという見習いが何人か入っていて、その見習いたちが焼いたものだ。

「最初は火の様子を見ながら焼くのが上達のコツですよ。どの色になったらどれくらい焼けるか。料理でも同じですけどね。失敗しながら上達するもんです」
「ある程度慣れて独立すれば、自分の店は魔道具にすればいいんですよ。この店はこの石窯で続けますけどね」

 失敗したものを見せてもらったが、せいぜい少し焼きすぎたくらいだ。二人の指導が上手なのだろう。店で売っていてもおかしくはない。今日は少し色が濃いなという程度だ。

「意図的に失敗させるのは困るが、それらを中心に、ある程度の量を用意してほしい。いずれは王都の方でパン屋をするのもありだと思うが、二人はどうだ?」

 いつまでもここからパンを運ぶことはできない。運ぶのは俺だからだ。王都でパンを焼ければそれでいい。飲食店の近くにパン屋を用意しようと思う。

「アタシらですか? そんな人の多いところはゴメンですね。ここがいいですよ」
「私もそうです。そういうのは弟子たちに任せます」
「それならいいが、向こうのパン屋は低賃金の労働者たちを相手にした商売だ。儲けはほとんどない。一応そのような店だと覚えておいてくれ」
「数を焼かなければどうしようもないですからね。焼いて焼いて焼いて、それで上達するもんです。若い子たちに場数を踏ませるのにはいいでしょう」

 パンは目処が立った。

「パンの量を増やしてくれと言って矛盾しているかもしれないが、無理はしないようにな」
「そのあたりは大丈夫ですよ。アタシらは丈夫ですから」
「特にここんところは元気があり余ってましてね、クンツとはまた子供を作ろうかと話してるところで」
「アタシんとこも同じですよ。ティモもやる気になってましてね」

 二人とももう子供たちは独立して子供もいるが、これならまだまだ作れそうだ。



◆ ◆ ◆



「では、無理して削ぎ落とすよりも、ある程度は骨に残してお渡しします」
「ああ、それで頼む。骨も使えるだろう」

 ヴルストソーセージなどを作る際に、これまでは骨からきれいに肉を削ぎ落としていたが、それを骨に残した状態で王都に運ぶことにした。

「もったいないと思ってきれいに削ぎ落とそうとすれば時間がどうしてもかかりますので、その方が助かります」
「積極的に無駄を出す必要はないが、具や出汁として使える分は付いたままでもいいと思ってくれ」
「分かりました。では作業が速く進む分、ヴルストソーセージハムシンケンを作る量を増やします」
「無理はしなくてもいいぞ」
「いえ、無理はしていないはずです」

 ハーマンから聞いたところでは、ドラゴネットに来てから体調がいいのだとか。それがこの土地のせいなのか、それとも仕事などの不安がなくなったせいなのか、そのあたりは分からないが、やる気が出ていると。

 そうは言ってもあまり無理をさせても困る。適度に休みを取るようにと伝えて加工場を離れた。



◆ ◆ ◆



 今日はもう城でゆっくりするか。無理して仕事を探す必要もないな。

 ……あ、アルマのドレスをそろそろ何とかしないとな。渡さないなら渡さないで問題になるし、渡したら渡したで出どころが問題になる。

「アルマ、少しいいか?」
「はいっ。何かありましたかっ?」

 ちょこちょこと寄ってくる。

「実はある方からドレスを預かった。これまで迷惑をかけたからせめてドレスくらいは、ということだそうだ」
「ある方からドレスですか。ひょっとして……」
「ああ、陛下だ。どうもレオナルト殿下やビアンカ王女の結婚に紛れるようにして集めさせたらしい。今はその腹があるから無理だろうが、いずれ着たらいい」
「ありがとうございます。それで、どんなドレスですかっ?」

 異空間から四つのチェストを出す。

「多いですねっ!」
「陛下もそれくらい後悔しているんだろう」
「ではありがたく受け取ります」

 遠慮すべきではないと思ったんだろう。素直に受け取ってくれた。「いえいえ、こんなにいりませんよっ」と言われても俺が困る。

「こっちは装飾品ですね。ものすごく高価じゃないですかっ?」
「殿下たちの結婚式にかこつけて集めたそうだから、それ相応の物ばかりだろう。会う機会があれば見せれば喜ばれるだろう」
「そうですねっ」
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