ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第二章:領主二年目第一部

妊婦と運動

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「もう少し体を動かしたいのですが、何かいい案はありませんか?」

 エルザにそのようなことを聞かれた。妊婦に運動か。

 妊婦だから大人しくするというのは間違いで、ある程度は体を動かさなくてはいけないらしい。そこはカサンドラから教えられた。

 腹が大きいとそれだけで運動になるそうだが、どうしても体重が増えるため、足腰に負担がかかるのだとか。それに足元が見えにくいので、無理をして急いだりすると転倒する可能性もある。特に階段は注意が必要だ。

「水の中なら体が軽くなるが、冷たいからな」
「冷やすのは良くないそうですね」

 農地の近くにある遊泳場の水は冬でもそこまで冷たくないが、あくまで程度だ。俺は泳ぐ気にはなれないが、年末年始の雪が降る中でも遊泳場で泳いでいる者がいた。外よりも水の中の方が暖かいそうだ。外よりはマシという程度だが。

 夏が近いとは言っても、この町の近くの水はまだ冷たい。妊婦が水に入るのは問題があるだろう。だが冷たくない水ならいいのか。

「それならぬるい遊泳場を作るか?」
ぬるいのですか?」
「水と風呂の間くらいならちょうどいいだろう。あまり熱いとのぼせるだろうからな」
「気持ち良さそうですね」

 正直なところ使うのを忘れていたが、中庭にお湯の出る噴水があった。あれが使えるか? いや、無理か。

「中庭の噴水が使えそうだが……さすがに中庭は問題か。それなら、町中に遊泳場をもう一つ作るか」

 妻たちだけに使わせるのももったいない気がするので、町中に妊婦優先で使える遊泳場を作ろう。ぬるま湯の中なら何かあっても大丈夫だろう。

 ドラゴネットも妊婦が増えている。以前よりも食料事情が良くなったからとも、ハイデよりも寒くないからだとも言われている。

 食料はいくらでも用意できる上に、盆地なので寒いことは寒いがあまり風が強くないし雪も少ない。カレンに言わせると、サラサラの粉雪に近いので視界が悪くて飛びにくいが服に染み込まないのがいいらしい。

 元々の遊泳場はため池から水を分岐させているので農地の近くにある。今度の遊泳場は銭湯の近くに作るか。それなら湯だけ分岐させれば問題ないだろう。

 銭湯は元々外に窯があり、そこで薪を使って沸かしていたが、気温が低くて沸かすのに失敗することが多く、それならとダニエルが魔道具を使うようにその部分が改造されている。

 俺が魔道具をいじるのは問題になりそうだから、ダニエルに頼んで分岐させてもらうか。

「それなら私がその部分は作ろう。娘のためだ」

 俺とエルザが新しい遊泳場のことを考えていると、クラースが協力を申し出てくれた。

「それは助かる。ダニエルたちも何か忙しそうだからな」

 ダニエルとヨーゼフとブリギッタの三人はこの町で積極的に魔道具を作っている。俺はたまに注文することがあるか、それ以外は自分たちで何かを作って設置したりしている。

 街灯を増やしたり、運河で荷の積み下ろしをするための装置を付けたり、家が多い地区には共同の水汲み場を増やしたり。そう言えば、いつの間にか湯も出るようになっていた。

 これらの魔道具に使うのは魔石でもいいが、魔石の場合は空になると使えなくなる。だからその代わりに竜の鱗が作られる。クラースとパウラの分だけでもまだまだあるから、枯渇することはないだろう。

 そもそも大量に使うものではない。魔石と同じ使い方だから、大きくても空豆くらいの大きしかない。中には拳くらいの大きさがある魔石を持つ魔獣もいるらしいが、恐ろしくて相手にしたくはない。魔石の大きさは強さに比例することが多いそうだ。



◆ ◆ ◆



「エルマー、沸かす部分はこんなものでいいだろう。これが水を出す部分だ」
「ではここをこう繋げて、これで水を出して温度を調節するか」
「細かな調節をすることもできるが、そこまでしてもあまり意味がないだろう。管を長くすれば湯温は下がる。それでやってみてくれ」
「助かった」

 クラースが妊婦用の遊泳場で使う魔道具を用意してくれた。水を出す魔道具と湯を沸かす窯の魔道具だ。窯を通すことで水を湯にするだけ。遊泳場に注ぐ前に空気に触れさせることで湯温を調節する。

「それなら、このあたりに設置するか。それで管をこう伸ばして……」

 実際に沸騰したばかりの湯を注いでも、量が量だからすぐに冷める。だが徐々に湯が増えていくと温度は下がりにくくなる。だが風呂じゃないから熱くする意味はない。ぬるくて十分。のぼせても困る。

 建物の見た目にこだわる必要はないが、あまり素っ気なくても面白くない。後日でいいのでシュタイナーたちに手を入れてもらおうか。

 内部はとりあえず滑らないようにだけは気をつけないといけない。それに手すりは必要だ。

「俺には分からないが、とにかく足元が見えづらいそうだからなあ」
「どこにでもいる太った貴族と同じだと思えばいい。彼らは腹が出て足元が見えないだろう」
「カレンが怒るぞ。自分の娘と太った貴族を一緒にするのは問題があるだろう」

 俺もそう思ったことはあるが、さすがに口にするのはな。

「滑らない床にするには……やはり木を敷くか。石のままよりはいいだろう」
「そうだな。そちらは私が腐らないようにする加工しておこう」
「それなら頼む。俺はその間に手すりなどを取り付けておく」



◆ ◆ ◆



「私は問題ないわ」
「このぬるさがちょうどいいですね」
「暑い時期でもこの温度ですかっ?」
「一年中これくらいだろうなあ」

 カレンとエルザとアルマに試しに入ってもらっている。

 妊婦でも問題ないような水着を着て、それからゆっくりと湯の中を歩いたり体を浮かべたりしている。この水着は遠くの国のもので、混浴の共同浴場に入るための湯浴衣ゆあみぎだそうだ。水着ではないそうだが、体を締め付けないのでそのまま使わせてもらうことにした。

「ではわたくしはみなさんの様子を見ていますわ」
「今後は女性のみとする予定だから、人を置く必要があるだろうな」

 ここは身分に関係なく使ってもらうつもりだ。妻たちだろうが農婦だろうが。体調の急変に備えて、誰か人を置くべきだろう。そのあたりの人選をどうするかだな。

 俺が決める必要もないか。後で三人に選んでもらうか。
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