204 / 345
第二章:領主二年目第一部
行啓(五)
しおりを挟む
このお城には立派なお風呂があるようです。王都のお城では使用人に背中を洗わせていましたが、今後は自分でということになるのでしょうか。もちろん体を洗ったり服を着替えたりすることは一人でもできますが、人を使うことが王族の務めだと教わってきましたので、なかなか頭の切り替えができなさそうです。そう思いながら湯船を見ていると、端の方に何かがいるようですね。
「何か動いていますが、あれは危なくはないのですか?」
「あれは森の掃除屋だそうです」
「あれがそうなのですか? 話には聞いたことがありますが」
「はい、生きている存在には興味がない無害な存在だそうです。お風呂の掃除のために入れてあると先ほど聞きました」
「害がないならそれでいいですわ……って、頷きましたの⁉」
「頷いていますね。我々の話していることが理解できているのでしょう」
やはり頷いているようです。試しに話せるかと聞いてみたら頭を振るように動きました。森の掃除屋は動物の糞や死骸を食べる知能の低い生物だとお城の本で読んだことがあるのですが……。色々と驚くことがありましたが、まさかお風呂でまで驚くことになるとは思いませんでした。
こうやってお風呂にゆっくりと入っていると、これまで王都で色々と考えていたことが馬鹿らしく思えるほどです。
幼い頃は叔父に注意するようにと言われ、それなりに窮屈な思いをしていました。それがようやく自由の身になったところで降って湧いたような縁談でした。
今でこそ王族なら結婚しておかしくない年齢になっているわけですが、実はもっと幼い頃にも縁談があったそうです。それも一度ではなく何度も。お相手はゴール王国の王族やこの国の大公派の貴族だったそうです。お父様とお母様が断ってくれていたそうですが、簡単に言えば、大公派からは駒の一つと見なされていたようです。
去年の夏前にそのような話を聞いて、それでエルマー様には大変感謝をしました。まさかその方に嫁ぐことになるとはその時は思いませんでしたが。ですがエルマー様が王都の地下に作られていたお城へ侵入するための通路を発見して、これまでの分も含めて恩賞を渡すとなった時に私の名前が挙がったそうです。
お父様から話を聞いた時にはああそうかと思っただけでした。次にお兄様からエルマー様には正妻がいるという話を聞きました。さすがに王女が嫁ぐのであれば正妻になるだろうと思いましたが、エルマー様は正妻を変えることはなさそうだとお兄様に言われました。
その件もあって少しむくれていたわけですが、このドラゴネットという町に来てみれば、私の悩みなど道に落ちている石ころにもならないような、全くくだらないものだと気付かされました。
まずこの町そのものです。マーロー男爵領のエクセンからトンネルを通ると聞いていましたが、中は魔道具が取り付けられていて全く暗くありませんでした。そしてそのトンネルを抜けた瞬間、視界が急に広がってノルト男爵領が目に飛び込んでまいりました。
どこまでも続く領地。「死の大地」などと話で聞いていたのは何だったのでしょうか。他人の噂は当てにならないということがよく分かりました。遠くには山々が見え、その手前には森もあれば川もありました。その領地のかなり手前にドラゴネットという町が見えました。遠目に見ても立派な城壁に囲まれて、そして城壁の外にはお堀があることも分かります。そして何より、その真ん中近くには何本も尖塔を持った、紛れもないお城がありました。
私は年齢が年齢ですので、それほど遠くまで出かけたことはありません。ですがお兄様に聞いたところ、これほどのお城は王城以外には見たことがないようでした。国境近くにはもっと砦のような敵を威圧するお城があるそうです。このように真っ白なお城というのは見たことがないと。
橋を渡って城門を通ると、そこからお城までは案内人が同行してくれることになりました。まず町の中で気になったのはまっすぐに伸びた道です。これは家を建てる前にエルマー様がご自身で作った道だそうです。一から作るなら道はまっすぐな方が馬車も走りやすいだろうと。土地自体が少し傾斜していますが、できる限り凹凸はなくしてあるそうです。たしかにこの道は走りやすいですね。王都の道は曲がりくねっていますから。
そして道に平行するように、あるいは直角に交わるように、町の中を何本も真っ直ぐな川が流れていました。これは運河と呼ぶそうで、物や人を運ぶために掘られた人工の川だそうです。たしかに道に沿ってまっすぐに流れています。この運河を掘ったのはエルマー様の正妻のカレンという方だそうです。エルマー様がトンネルを掘っている間にそのカレンさんが運河を掘ったのだとか。
それを聞いた時、ふと疑問が浮かびました。一緒に作業をすればもっと早く終わらなかったのかと。それを聞いてみれば、トンネルも運河も一か月も経たずに完成したのだとか。それくらいで終わるなら別々で作業をしてもそれほど影響はなさそうですね。
あらためて考えてみれば、エルマー様がこの場所を受け取ったのが初夏だったはずで、それからまだ一年も経っていないわけです。それなのに立派な城壁があり、その中にはまっすぐ整った道と運河があり、向こうには立派な牧場と、黄金色に実った小麦の畑が…………黄金色⁉ さすがに私でも、まだこの時期なら麦は実っていないはずです。なのになぜ黄金色に?
案内の方によると、この土地では二週間に一度麦の収穫を行うそうです。昨年はこちらに引っ越してから七回収穫したのだとか。七回? そして今年もすでに一〇回目だそうです。一〇回? お兄様にどういうことかと聞きましたが、お兄様にも分からないそうです。
その後、実は姉がもう一人いたとか、カレンさんが竜の娘だったとか、訳の分からないことばかりを聞かされました。お母様からは「世の中は広いのです。自分の基準で判断してはいけません」と常々言われていましたが、これは私の基準がおかしいのでしょうか?
「何か動いていますが、あれは危なくはないのですか?」
「あれは森の掃除屋だそうです」
「あれがそうなのですか? 話には聞いたことがありますが」
「はい、生きている存在には興味がない無害な存在だそうです。お風呂の掃除のために入れてあると先ほど聞きました」
「害がないならそれでいいですわ……って、頷きましたの⁉」
「頷いていますね。我々の話していることが理解できているのでしょう」
やはり頷いているようです。試しに話せるかと聞いてみたら頭を振るように動きました。森の掃除屋は動物の糞や死骸を食べる知能の低い生物だとお城の本で読んだことがあるのですが……。色々と驚くことがありましたが、まさかお風呂でまで驚くことになるとは思いませんでした。
こうやってお風呂にゆっくりと入っていると、これまで王都で色々と考えていたことが馬鹿らしく思えるほどです。
幼い頃は叔父に注意するようにと言われ、それなりに窮屈な思いをしていました。それがようやく自由の身になったところで降って湧いたような縁談でした。
今でこそ王族なら結婚しておかしくない年齢になっているわけですが、実はもっと幼い頃にも縁談があったそうです。それも一度ではなく何度も。お相手はゴール王国の王族やこの国の大公派の貴族だったそうです。お父様とお母様が断ってくれていたそうですが、簡単に言えば、大公派からは駒の一つと見なされていたようです。
去年の夏前にそのような話を聞いて、それでエルマー様には大変感謝をしました。まさかその方に嫁ぐことになるとはその時は思いませんでしたが。ですがエルマー様が王都の地下に作られていたお城へ侵入するための通路を発見して、これまでの分も含めて恩賞を渡すとなった時に私の名前が挙がったそうです。
お父様から話を聞いた時にはああそうかと思っただけでした。次にお兄様からエルマー様には正妻がいるという話を聞きました。さすがに王女が嫁ぐのであれば正妻になるだろうと思いましたが、エルマー様は正妻を変えることはなさそうだとお兄様に言われました。
その件もあって少しむくれていたわけですが、このドラゴネットという町に来てみれば、私の悩みなど道に落ちている石ころにもならないような、全くくだらないものだと気付かされました。
まずこの町そのものです。マーロー男爵領のエクセンからトンネルを通ると聞いていましたが、中は魔道具が取り付けられていて全く暗くありませんでした。そしてそのトンネルを抜けた瞬間、視界が急に広がってノルト男爵領が目に飛び込んでまいりました。
どこまでも続く領地。「死の大地」などと話で聞いていたのは何だったのでしょうか。他人の噂は当てにならないということがよく分かりました。遠くには山々が見え、その手前には森もあれば川もありました。その領地のかなり手前にドラゴネットという町が見えました。遠目に見ても立派な城壁に囲まれて、そして城壁の外にはお堀があることも分かります。そして何より、その真ん中近くには何本も尖塔を持った、紛れもないお城がありました。
私は年齢が年齢ですので、それほど遠くまで出かけたことはありません。ですがお兄様に聞いたところ、これほどのお城は王城以外には見たことがないようでした。国境近くにはもっと砦のような敵を威圧するお城があるそうです。このように真っ白なお城というのは見たことがないと。
橋を渡って城門を通ると、そこからお城までは案内人が同行してくれることになりました。まず町の中で気になったのはまっすぐに伸びた道です。これは家を建てる前にエルマー様がご自身で作った道だそうです。一から作るなら道はまっすぐな方が馬車も走りやすいだろうと。土地自体が少し傾斜していますが、できる限り凹凸はなくしてあるそうです。たしかにこの道は走りやすいですね。王都の道は曲がりくねっていますから。
そして道に平行するように、あるいは直角に交わるように、町の中を何本も真っ直ぐな川が流れていました。これは運河と呼ぶそうで、物や人を運ぶために掘られた人工の川だそうです。たしかに道に沿ってまっすぐに流れています。この運河を掘ったのはエルマー様の正妻のカレンという方だそうです。エルマー様がトンネルを掘っている間にそのカレンさんが運河を掘ったのだとか。
それを聞いた時、ふと疑問が浮かびました。一緒に作業をすればもっと早く終わらなかったのかと。それを聞いてみれば、トンネルも運河も一か月も経たずに完成したのだとか。それくらいで終わるなら別々で作業をしてもそれほど影響はなさそうですね。
あらためて考えてみれば、エルマー様がこの場所を受け取ったのが初夏だったはずで、それからまだ一年も経っていないわけです。それなのに立派な城壁があり、その中にはまっすぐ整った道と運河があり、向こうには立派な牧場と、黄金色に実った小麦の畑が…………黄金色⁉ さすがに私でも、まだこの時期なら麦は実っていないはずです。なのになぜ黄金色に?
案内の方によると、この土地では二週間に一度麦の収穫を行うそうです。昨年はこちらに引っ越してから七回収穫したのだとか。七回? そして今年もすでに一〇回目だそうです。一〇回? お兄様にどういうことかと聞きましたが、お兄様にも分からないそうです。
その後、実は姉がもう一人いたとか、カレンさんが竜の娘だったとか、訳の分からないことばかりを聞かされました。お母様からは「世の中は広いのです。自分の基準で判断してはいけません」と常々言われていましたが、これは私の基準がおかしいのでしょうか?
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
今日から始める最強伝説 - 出遅れ上等、バトル漫画オタクは諦めない -
ふつうのにーちゃん
ファンタジー
25歳の春、転生者クルシュは祖国を出奔する。
彼の前世はしがない書店経営者。バトル漫画を何よりも愛する、どこにでもいる最強厨おじさんだった。
幼い頃の夢はスーパーヒーロー。おじさんは転生した今でも最強になりたかった。
その夢を叶えるために、クルシュは大陸最大の都キョウを訪れる。
キョウではちょうど、大陸最強の戦士を決める竜将大会が開かれていた。
クルシュは剣を教わったこともないシロウトだったが、大会に出場することを決める。
常識的に考えれば、未経験者が勝ち上がれるはずがない。
だがクルシュは信じていた。今からでも最強の座を狙えると。
事実、彼の肉体は千を超える不活性スキルが眠る、最強の男となりうる器だった。
スタートに出遅れた、絶対に夢を諦めないおじさんの常勝伝説が始まる。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
上流階級はダンジョンマスター!?そんな世界で僕は下克上なんて求めません!!
まったりー
ファンタジー
転生した主人公は、平民でありながらダンジョンを作る力を持って生まれ、その力を持った者の定めとなる貴族入りが確定します。
ですが主人公は、普通の暮らしを目指し目立たない様振る舞いますが、ダンジョンを作る事しか出来ない能力な為、奮闘してしまいます。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる