ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第二章:領主二年目第一部

区画整理(一):仕事の依頼

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「旦那様、王太子殿下から手紙が届いています。昨日の昼過ぎでした。特に急ぎの用ではないとのことです」
「ああ、ありがとう」

 商会へ荷物を置きにくると、殿下から手紙が届いていた。殿下の話となると、行啓の話か?

「とりあえずこれだけ渡しておく。今日はこちらにいるから何かあったら夜にでも連絡してくれ」
「分かりました」



◆ ◆ ◆



 王城も来る度に雰囲気が良くなっている気がする。さすがにそろそろ大公派もいなくなっただろう。彼らが今どこで何をしているのかは分からないが、恨むならあの世にいる大公を恨んでくれ。

 殿下が入ってくる。言い方は悪いが、オスカー殿も付き添っている。以前は周囲に目を配っていたが、今日は普通に一歩下がっているだけだ。

「久しぶりだな、最近はどうだ?」
「私は元気にしています。ついでで話していいのかどうか分かりませんが、一つ報告が」
「何だ?」
「アルマが妊娠しました」

 なかなか言う機会がなかったから、この際に言っておこう。

「おお、そうかそうか。いつ頃になりそうだ?」
「生まれるのは八月から九月でしょうか。まだ三か月ほどらしいですので目立つほどではありません」
「これは父に伝えてもいいか?」
「はい、もちろんですが、うっかり漏らさないようにお伝え下さい」
「ああ、しっかり言っておこう」

 陛下には酔ってうっかりアルマが隠し子だと殿下にバラした前科がある。ないと思いたいが、もう一度やるかもしれない。

「それで今日は一つ相談があって来てもらった」
「今は比較的時間がありますので、大抵のことならできますが」
「お前の屋敷から少しのところにある貧民街スラムだが、私はあの一帯をもう少し整えたいと思うが、それについてはどう思う?」

 まあ半分焼けたまま放置されたままの掘っ立て小屋もかなりあるからな。住む者も減ったから、整理するのは分かるが……

「それは彼らを追い出すということでしょうか?」
「いや、そんなことは絶対にしない。焼け跡がそのまま残っている場所もあるだろう。少しずつ片付けて、低所得者向けの住居などを用意しようと思う。今なら働く場所があるから家賃を納めることもできるだろう。それにできる限り安くする」
「それなら、そうですね……」

 貧民街スラムは他にも何か所もあるが、あの場所にいた者たちは仕事を見つけたり移住したりして住人がかなり減った。昼間は減っても夜になれば寝るために戻って来る者もいるが、それでも使わない部分が増えた。安全面の不安もあるだろう。

「どうしても一部には先に引っ越してもらわなければならないでしょうが、その際には孤児院のあった場所を仮の家にでもしましょうか。とりあえずどこに何を作るかを決め、先に住居を作った方が不満は少ないでしょう」
「追い出されれば帰れないと思う者もいるだろうからな」
「はい。住む場所があるというだけで安心できるものです。もしよろしければ、この件に関しては私が彼らに伝えましょう。顔馴染みもいますので」
「おそらく頼むことになると思う。役人が乗り込めば揉め事になる可能性もあるからな」

 貧民街スラムは王都には何か所もあるわけだが、できる限り触れないというのが国の方針だ。どの場所も勝手に人が集まって住み着いたということになっているので、理屈としては追い出しても問題はない。元々は広場や道に掘っ立て小屋が建ち並んでいるからだ。

 だが貧民街スラムの住人で成り立っている仕事もある。下水の掃除やごみの処理など、誰もやりたがらない仕事だ。

 だがそんな仕事でも彼らにとっては日々の糧を得るための重要な収入であり、それなりの金額が支払われている。その仕事と教会の炊き出しがなくなれば飢え死にする者が続出するだろう。

 うちの隣の教会は貧しかったので炊き出しはほとんど行えず、だからあの貧民街スラムには住人がそれほど多くはなかった。そのうちの一部はドラゴネットに移住し、一部は仕事を得て出ていった。それで寝泊まりは貧民街スラムで行う者が多いので、完全になくすわけにはいかない。

 そもそも王都の中心でもなく、それほど重要な場所でもないので、害がない限りはそのままにしておくということだったが、昨年貴族による放火が起きた。国が何もしない、つまり金も手も出さないので、崩れそうなまま残っている建物もある。

 放火があった後に一応は役人が調べに来たそうだが、貧民街スラムの住人は国や役人を良く思っていない者が多い。

 それに調べに来たとは言え、詐欺から放火という一連の犯罪について調べるためであって、貧民街スラムの住人たちを気遣ってのことではなかった。見るものだけ見たらさっさと立ち去ったようだ。

 殿下は以前、身の危険を感じて隠れ場所を探していた時に、あの貧民街スラムの方まで足を伸ばしていた。王族が出かける場所ではないので隠れ場所としてはいいかもしれないが、それもあって多少はあの場所を気にかけてくれたようだ。

「住居は長屋のようにしますか?」
「一人に一軒ずつというわけにはいかないだろう。それで、お前ならいい案が出るかもしれないと思ったのだが」
「うちの場合は土地だけはありましたからそれぞれ家を持つことができましたが、あの場所なら長屋か、それとも共同生活か」
「共同生活?」
「ええ、軍学校の寮のようなものです。寝泊まりくらいでいいという者がいるとすれば、それこそ寝るだけの部屋を用意し、それ以外の台所や風呂場などはその建物全員で共同で使用する形です。管理も自分たちでさせればいいでしょう。いつ誰がごみを捨てるとか、誰が掃除をするとか。食事までは無理でしょうが」
「なるほど、あのような形式か」

 俺も殿下も寮には入っていなかったが、寮で暮らす同期もいたので中に入ったこともある。個室がたくさんある建物で、個室以外はすべて共同。班分けがされていて、順番に仕事が回ってくる形になっていた。

「さすがに食事は無理か」
「彼らが規則正しく朝起きて夜寝る生活をしていれば、同じ時間に作ればいいでしょうが、仕事はバラバラですから」
「それなら近くに安く食事を出す店を用意するのは大丈夫か?」
「そうですね。教会の炊き出しの代わりと思えば大丈夫でしょうが、安くするとなると赤字覚悟になりますね」
「そこをどうするかだな」

 俺は都市設計の専門家ではないので、ブルーノに聞くのがいいだろう。もしくはフランツやシュタイナーならいい案が出るかもしれない。

「この件は持ち帰って確認してきます。ブルーノがそのあたりは強いので、近いうちにまた伺います」
「手間をかけさせてすまないが、私にはどうしようもない。金ならある程度は出せるので、そこは任せてくれ」
「その際にはお願いします」
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