ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
125 / 345
第一章:領主一年目

帰郷

しおりを挟む
 役人を探すとは言っても俺に伝手は少ない。そもそも貴族に知り合いは少ないから、そちらを頼るのもなかなか難しい。本人が領主なのはヴァルターくらいだが、領主になりたての彼に役人を借りるのは無理な話だ。俺以上に大変だろう。

 他にはロルフやハインツに聞くのもありかもしれないが、彼らは当主ではない。あくまで当主の息子、しかも次男や三男で、跡継ぎでもない。むしろ彼らを誘えば来てくれるかもしれないが、うちでは今のところ軍人は必要ない。もちろん二人とも貴族の息子として読み書き計算は当然できるが、本分は軍人だからな。俺自身も同じだが、書類仕事よりも体を動かす方が好きだろう。

 悩んでいても仕方がない。少し気分転換にでも出かけるか。



◆ ◆ ◆



 久しぶりにハイデを訪れている。久しぶりと言っても三か月程度だ。

 前に住んでいた屋敷はある。ただし住人はいない……はずだが、誰かいるな。荷馬車が停まっている。別に空き家を漁っても何も出てこないと思うが、実家を漁られるのは気持ちの良いものではない。

「誰かいるのか?」

 十分用心はした上で音がする方に声をかけた。しばらくすると三〇代くらい、四〇にはなっていないだろうというくらいの夫婦と一〇歳くらいの子供が二人現れた。男は気が良さそうみ見えるが、詐欺師も人当たりだけは良いことがあるから注意は必要だ。

「この町にはもう誰も住んでいないが、何をしていた?」
「すみません。久しぶりに帰ってきたら町には誰もいなくて。何か書き置きでもないかと思って昔住んでいたところを見ていました」
「顔に見覚えはないが、ここに住んでいた、ということでいいのか?」
「はい。二〇年以上前に出ました。ひょっとしてその髪は、トビアス様の息子様ですか?」

 親子揃って髪に特徴があるから、説明が楽だな。

「そうだ。エルマー・アーレントという。名前を聞いていいか?」
「はい。ニクラスといいます。ハンスとアガーテの息子になります」
「商人を目指すと言って家を出たという息子か?」
「はい、そうです。こっちは妻のアレンカ、息子のロータル、娘のヨラナです」

 紹介された三人が頭を下げる。ハンスとアガーテは子供がいないわけではなく、息子は商人になるために一〇代でハイデを出たと聞いていた。俺が生まれる前の話だ。ハンスたちはハイデに来た時には息子がいたそうで、領主邸のすぐ裏の離れに住んでいた。息子が家を出たので、屋敷の中で暮らすようになったと聞いている。

 ニクラスは妻と子供たちを連れて戻ってきたが、町はもぬけの殻になっていた。かつて住んでいた領主邸の裏にある離れに何か残っていないかと探していたそうだ。あそこはまったく使われていなかったから、むしろニクラスが出ていった当時のままだろう。

 外で立ち話も寒いので、とりあえず昔の屋敷に入り、俺はニクラスに領地が移転した経緯を伝えた。それには父が死んだことも伝えなければならない。

「そうですか、トビアス様が……」
「ああ、それで秋に向こうに移った。みんなはどうする? 来るなら歓迎するが。ハンスとアガーテも喜ぶだろうし、知っている顔もいるだろう」
「父も母もいるのでしたら、そちらに行きたいと思います」
「分かった。それでどう移動するかだが……俺は[転移]の魔法を使ってここまで来たが、全員は連れて行けない。少しここで待っていてくれ。少ししたら妻が迎えに来る。彼女が来るまでここにいてもらってもかまわない。何もないが風くらいは防げるだろう」
「分かりました。では待たせていただきます」

 俺はすぐにドラゴネットまで移動した。おそらく魔力はギリギリだっただろう。ドラゴネットから王都、王都からハイデ、ハイデからドラゴネットはほぼ距離が等しい。俺の魔力はドラゴネットから王都までを二往復はできない。一往復半、つまり使うのは三回が限度だ。

 魔法を使えば使うほど魔力の総量が増えるというのは正しいようだ。正直なところ、トンネルを掘っていたころは増えた実感はなかったが、カレンに一度[魔力譲渡]で魔力をもらって総量が増えて[転移]を覚えてからは、見る見る増えているのが分かる。

 最初のころは王都まで一往復しかできなかったのが、今は一往復半になった。その場合はその日のうちには帰れなくなるので、頑張って四回使えるようになりたいところだ。

 今日はドラゴネットから王都、王都からハイデ、そしてハイデからドラゴネットと移動したから、ほぼ空だ。



◆ ◆ ◆



 さて、戻ってきたのはいいが、カレンがどこにいるか。こんな時に[念話]という魔法が使えれば離れていても連絡ができるそうだが、まだ使えない。森の掃除屋とのやりとりも[念話]の一種だそうだから、頑張ればそのうち使えるようになるかもしれないということだ。精進あるのみだ。

「カレンは戻っているか?」
「いえ、まだお帰りではありません」
「そうか」

 城にはいないそうなのでどこにいるかだが、探すのは骨が折れるな。こういう時は……

「カレンを見たか?」

 近くにいた森の掃除屋に棒を渡しつつ聞いてみる。彼らは話せないが字は書けるようになったが……これは……まさか体で文字を作っているのか?

『ハンスの家』

 体を持ち上げたかと思うと、あちこちに穴ができ、どうなるのかと思ったら「ハンスの家」という言葉になった。

「ひょっとして、棒がなくても伝えられるようにか?」
『そう』

 人は成長するものだ。『数日あれば人は変わる』と言われる。森の掃除屋がここまで成長するとは思わなかったが。

「助かった」
『どういたしまして』

 彼らは人の言葉が理解できる。しかも近くの個体と離れていても意思疎通ができる。場合によってはどこで誰が何をしているかが誰にでも知られてしまう。さすがにそれは問題なので、個人的すぎることには答えないようにと言っている。彼らは頭が良いので俺のことを領主だと理解しているから、俺が聞けば教えてくれるが、それでも何でもかんでも聞こうとは思わない。今回は急用だからだ。

「カレン、いるか?」
「いるわよ」
「エンマー様、中へどうぞ」

 ハンスの家の玄関から声をかけるとカレンとハンスの声が聞こえた。中に入ると居間のところでカレンとハンスの二人が荷物をまとめていた。ハイデ時代の書類などだろうか。

「申し訳ありません。少し荷物を運ぼうと思っていたところ、カレン様が手伝ってくださるということで」
「無茶はしていないから大丈夫よ」
「いや、それはいいんだが……」

 二人一緒にいるなら一つ説明の手間が省ける。

「ハンスに伝えようと思っていたが、息子が戻っていたぞ」
「ニクラスがですか?」
「ああ、少し気分転換にハイデに寄ったら荷馬車が停まっていて、聞いたらハンスの息子だと言っていた。そのまま連れて来られればよかったが、家族も一緒にいたから、俺一人では無理でな」

 とりあえず簡単に説明する。細かなことはニクラスが直接話せばいい。

「それでカレン、ハイデの屋敷に四人いるんだが、二人ずつ連れて来てくれないか?」
「いいわよ。あなたは行かなくていいの?」
「俺が行けば無駄に回数が増えるだろう。ニクラスたちには妻が来ると伝えてあるから大丈夫だ」
「分かった。じゃあ行ってくるわね」

 そう言うとカレンの姿が消えた。

「エルマー様、お手数をおかけしまして申し訳ございません」
「謝るようなことでもないだろう。時間や金がかかることでもない。今日はもう仕事はいいから、ゆっくり息子と話をする用意をしたらいい。これからアガーテを連れてくる」
「ありがとうございます」



◆ ◆ ◆



「いい顔になったな」
「はい、父さん。ようやく一通り学んで、自信が持てるようになりました」
「まあ、綺麗な奥さんを貰って。子供たちも可愛いじゃないですか」

 二人は家令と家政婦長ではなく、父親と母親の顔になっている。

「カレン、手間をかけさせたな」
「いいのよ、あれくらい」

 残念ながら俺の魔力には限界がある。そして[転移]は一度に二人しか運べない。クラースなら三人運べるそうだが、三〇〇〇年以上生きている竜ですらそれくらいだ。人なら二人までと考えておいた方がいいだろう。

「エルマー様、息子たちにこの町で店を持たせたいと思います。もちろんそのための費用は私が払いますので、店を建てる許可をいただけませんか?」
「そうだな……」

 ハンスの息子なら断る理由はない。身元の保証はしっかりしている。だからいくらでも融通を効利かせることはできる。だが俺には俺で考えていることがある。それを聞いてからだな。

「うむ、店を作るのは問題ないんだが、実はニクラスに頼みたい仕事があって、そちらを先に確認したい」
「私に仕事ですか?」

 ニクラスが疑問に思うのも当然だ。今日会ったばかりだからな。だがこの仕事には適任とも言える。

「この町で商人ギルドの代表をしないか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今日から始める最強伝説 - 出遅れ上等、バトル漫画オタクは諦めない -

ふつうのにーちゃん
ファンタジー
25歳の春、転生者クルシュは祖国を出奔する。 彼の前世はしがない書店経営者。バトル漫画を何よりも愛する、どこにでもいる最強厨おじさんだった。 幼い頃の夢はスーパーヒーロー。おじさんは転生した今でも最強になりたかった。 その夢を叶えるために、クルシュは大陸最大の都キョウを訪れる。 キョウではちょうど、大陸最強の戦士を決める竜将大会が開かれていた。 クルシュは剣を教わったこともないシロウトだったが、大会に出場することを決める。 常識的に考えれば、未経験者が勝ち上がれるはずがない。 だがクルシュは信じていた。今からでも最強の座を狙えると。 事実、彼の肉体は千を超える不活性スキルが眠る、最強の男となりうる器だった。 スタートに出遅れた、絶対に夢を諦めないおじさんの常勝伝説が始まる。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

上流階級はダンジョンマスター!?そんな世界で僕は下克上なんて求めません!!

まったりー
ファンタジー
転生した主人公は、平民でありながらダンジョンを作る力を持って生まれ、その力を持った者の定めとなる貴族入りが確定します。 ですが主人公は、普通の暮らしを目指し目立たない様振る舞いますが、ダンジョンを作る事しか出来ない能力な為、奮闘してしまいます。

追放もの悪役勇者に転生したんだけど、パーティの荷物持ちが雑魚すぎるから追放したい。ざまぁフラグは勘違いした主人公補正で無自覚回避します

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ざまぁフラグなんて知りません!勘違いした勇者の無双冒険譚  ごく一般的なサラリーマンである主人公は、ある日、異世界に転生してしまう。  しかし、転生したのは「パーティー追放もの」の小説の世界。  なんと、追放して【ざまぁされる予定】の、【悪役勇者】に転生してしまったのだった!  このままだと、ざまぁされてしまうが――とはならず。  なんと主人公は、最近のWeb小説をあまり読んでおらず……。  自分のことを、「勇者なんだから、当然主人公だろ?」と、勝手に主人公だと勘違いしてしまったのだった!  本来の主人公である【荷物持ち】を追放してしまう勇者。  しかし、自分のことを主人公だと信じて疑わない彼は、無自覚に、主人公ムーブで【ざまぁフラグを回避】していくのであった。  本来の主人公が出会うはずだったヒロインと、先に出会ってしまい……。  本来は主人公が覚醒するはずだった【真の勇者の力】にも目覚めてしまい……。  思い込みの力で、主人公補正を自分のものにしていく勇者!  ざまぁフラグなんて知りません!  これは、自分のことを主人公だと信じて疑わない、勘違いした勇者の無双冒険譚。 ・本来の主人公は荷物持ち ・主人公は追放する側の勇者に転生 ・ざまぁフラグを無自覚回避して無双するお話です ・パーティー追放ものの逆側の話 ※カクヨム、ハーメルンにて掲載

処理中です...