ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
119 / 345
第一章:領主一年目

開通記念式典と商談

しおりを挟む
 ドラゴネットとエクセンとを結ぶトンネルの開通記念式典が行われることになった。その後はデニス殿の屋敷で商談を行うことになっている。

 今回使用する馬車を見て、俺としてはできれば乗るのを遠慮したかったが、もはや後戻りはできなかった。完成してから説明されたからだ。

 大工や家具職人、木工職人たちが用意してくれたのは、普通よりも背の高い、屋根なしの馬車だった。八頭立ての大型の馬車で、乗れる人数も一〇人を超える。これだけ大きければ重すぎるのではないかと思ったが、そこはアレクとホラーツを中心にして開発した、麦わらを使った例の板が使われている。

 何かおめでたいことがあればそのときに使えばいいということで、日常的に使う馬車ではない。屋根がないから雨の日に走らせるのは無理な上に、さすがにこれで移動するのはかなり恥ずかしい。

「領主様がおめでたい行事に使う馬車ということですので、最初はできる限り豪勢にしようとしましたが、あまりにも重くなりすぎることが分かりました。ですので、そこまで強度が必要ない部分には、改良を続けていたあの板を使うことになりました」
「外から見ただけでは普通の木と何ら変わることはありません。にかわで固めていますので強度も問題ありません。そのおかげでずいぶん車体が軽くなりました。もちろん車台は普通の木や金属を使っています」

 二枚の薄い木の板を用意し、溶かした膠と刻んだ麦わら混ぜ合わせたものを挟んで上から圧力をかけて一枚の板のようにしたそうだ。圧力をかけるためには石の板を乗せたそうだ。意図して壊そうと思わない限りは普通の木の板と強度はほとんど変わらないそうだ。断面が見えるので、その部分は別の板を貼っているそうだ。

 式典としては、ドラゴネットからエクセンまで馬車を走らせ、デニス殿の屋敷の前で止まったら馬車から降りて花束を受け取る。そのような形になっている。手順についてはヨアヒムがデニス殿の執事のエックハルトと話し合いをして決めたそうだ。要するにお隣同士仲良くしますよということを領民に見せるためだ。

 馬車はホルガーが御者を務める。乗り込むのは俺、そしてカレン、エルザ、アルマの三人の妻たち。アンゲリカは遠慮すると言っていた。それ以外には、トンネルに関わってくれたダニエル、そして今は休職中のハンスとアガーテ、そしてエクセンとの繋ぎ役ということでザーラ。馬車の前後左右には狩人と護衛が馬に乗って付き従う。なんとも大事おおごとすぎて恥ずかしいが、これも一度きりだと思って我慢するとしよう。



◆ ◆ ◆



 馬車がトンネルを抜ける。エクセン側の出入り口は町の中心部から北東部にある。かつて小さな村があったそうだが、そこは今は使われていない。緩やかに右に曲がりながら町の中心部まで馬車が進むにつれて人が増えてくる。馬車を見に来たのだろう。拝んでいる人がいるのが少々気になるが、そこまでありがたいものでもないぞ。

 デニス殿の屋敷の前に止まる。デニス殿の顔が少々硬いな。

「デニス殿、今後は隣人として、お付き合いをよろしくお願いします」
「エルマー殿、こちらこそ喜んで」

 花束を受け取ると周りからは拍手が起きた。

「ところで、我々はエルマー殿に忠誠を誓って跪けばいいですか?」
「……なぜ?」
「どこぞの皇帝かと思いましたよ」
「馬車は大工たちが悪ノリで作った物です。私は完成するまで見せてもらえませんでしたので」
「もしよろしければ、後でいいのですので、シビラとリーヌスを乗せてあげてくれませんか? うずうずしているようですので」
「ええもちろんです。好きに乗ってもらってかまいません」

 それから馬車をデニス殿の屋敷に置き、中であらためて話し合いをすることになった。



「これでようやく取り引きもしやすくなりますね」
「うちとしてはそれほど売る物がないのが問題です。これから増やさなければなりません」
「販売目録はありますか?」
「このような形になっています」

 商談も兼ねるということだったので、さすがに手ぶらでは来ない。うちの領地で採れるものは一通り書いてある。

「やはり魔獣の素材が多いのですね」
「それしかないとも言えます。あとは麦でしょうか」
「その麦ですが、異様に多くありませんか?」
「それは少し特殊な方法で栽培していますので」

 隠すことでもないのでデニス殿には竜の鱗を粉末にして土に混ぜる方法を伝えた。

「なるほど、竜の鱗ですか。たしかに、いくらでもあるのなら畑に撒いても問題ないでしょうね」
「さすがにいくらでもあるわけではありませんよ。聞いたところでは、あまり使いすぎると畑によくないそうです。それに収穫も早く行わなければなりません。のんびりしていると落ちた種から勝手にまた生えるそうなので、一息に刈り入れなければなりません」
「育つだけ育って止まってくれれば楽ですが、さすがにそこまでは無理ですか」
「たしかにそうなってくれれば楽ですが、そこまで贅沢は言えないでしょう。うちの場合は農民が多いので、総出で一気にやっています」

 麦に関しては蒔くのと刈り入れるのさえ気を付ければ、虫や病気は気にしなくていい。それに関しては助かっている。刈り入れから麦蒔きの間が慌ただしいだけだ。正直なところ、そこまで急いで何度も育てなくてもいいとは思うが。

「そうですね……もし麦が不作などの場合にまとめて購入させていただければ。他には普段は肉や薬の元になる薬草などを用意していただければ助かります」
「やはりこちらには魔獣は来ませんか?」
「ほとんど見ないですね。見たら大ごとですから」
「こちらの場合、前にいたハイデでも見かけましたから、そこからして違いますね」

 魔獣の肉と薬草を追加と。それならこちらは、やはり木材か。

「今後に備えて木材をお願いします。うちはそこまで山が近くありませんので」

 山に入ればいくらでも木はあるが、持って帰るのが大変だ。カレンが竜の姿になれるなら引っこ抜いて持って帰ってもらうこともできるが、今はそれは無理だ。そうなると俺しか大量に運べない。

 今は狩人たちが山に行ったついでに木を切り倒し、それを後で俺が回収するという流れになっている。木なら切り倒しておいても問題ないが、魔獣の場合は放っておくと腐るから、その日のうちに回収しなければならない。

「魔獣が出るのでは仕方ありませんね。トンネルの方は大丈夫ですか?」
「あちらは魔獣除けを付けましたので、入り口近くには来ないはずです」

 魔獣も生き物なので、自分より強い存在には積極的には近付かないそうだ。だからカサンドラが竜の鱗と爪と牙を使って、人には気にならなくても魔獣だけが嫌がる匂いを出す薬を作り、それを入り口の周辺に取り付けてある。そもそもトンネル内の伝達路自体が鱗そのものだ。まず近寄ることはないと考えてもいいらしい。森の掃除屋たちにはその匂いは気にならないそうだ。そもそも彼らは竜の鱗の掃除もしていたから、今さら怖くもないのだろう。

「それなら安心ですね。では今後は双方で買い付けということで」
「ええ、こちらもすぐに準備を整えます」

 売りたいのは山々だが、そのための手順までは完成していない。薬草はきちんと処理すれば乾燥させても問題ないそうだが、肉はそのままでは傷むので俺が預かったままにしておくしかない。冷えた場所なら数日は問題ないが、エクセンほどは寒くないのでそれも微妙だ。魔獣の肉は野獣の肉よりも傷みにくいそうだが、それでも限度がある。商売用に保存庫を買うべきか。あれなら中に入れた肉が傷まないそうだからな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今日から始める最強伝説 - 出遅れ上等、バトル漫画オタクは諦めない -

ふつうのにーちゃん
ファンタジー
25歳の春、転生者クルシュは祖国を出奔する。 彼の前世はしがない書店経営者。バトル漫画を何よりも愛する、どこにでもいる最強厨おじさんだった。 幼い頃の夢はスーパーヒーロー。おじさんは転生した今でも最強になりたかった。 その夢を叶えるために、クルシュは大陸最大の都キョウを訪れる。 キョウではちょうど、大陸最強の戦士を決める竜将大会が開かれていた。 クルシュは剣を教わったこともないシロウトだったが、大会に出場することを決める。 常識的に考えれば、未経験者が勝ち上がれるはずがない。 だがクルシュは信じていた。今からでも最強の座を狙えると。 事実、彼の肉体は千を超える不活性スキルが眠る、最強の男となりうる器だった。 スタートに出遅れた、絶対に夢を諦めないおじさんの常勝伝説が始まる。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

上流階級はダンジョンマスター!?そんな世界で僕は下克上なんて求めません!!

まったりー
ファンタジー
転生した主人公は、平民でありながらダンジョンを作る力を持って生まれ、その力を持った者の定めとなる貴族入りが確定します。 ですが主人公は、普通の暮らしを目指し目立たない様振る舞いますが、ダンジョンを作る事しか出来ない能力な為、奮闘してしまいます。

追放もの悪役勇者に転生したんだけど、パーティの荷物持ちが雑魚すぎるから追放したい。ざまぁフラグは勘違いした主人公補正で無自覚回避します

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ざまぁフラグなんて知りません!勘違いした勇者の無双冒険譚  ごく一般的なサラリーマンである主人公は、ある日、異世界に転生してしまう。  しかし、転生したのは「パーティー追放もの」の小説の世界。  なんと、追放して【ざまぁされる予定】の、【悪役勇者】に転生してしまったのだった!  このままだと、ざまぁされてしまうが――とはならず。  なんと主人公は、最近のWeb小説をあまり読んでおらず……。  自分のことを、「勇者なんだから、当然主人公だろ?」と、勝手に主人公だと勘違いしてしまったのだった!  本来の主人公である【荷物持ち】を追放してしまう勇者。  しかし、自分のことを主人公だと信じて疑わない彼は、無自覚に、主人公ムーブで【ざまぁフラグを回避】していくのであった。  本来の主人公が出会うはずだったヒロインと、先に出会ってしまい……。  本来は主人公が覚醒するはずだった【真の勇者の力】にも目覚めてしまい……。  思い込みの力で、主人公補正を自分のものにしていく勇者!  ざまぁフラグなんて知りません!  これは、自分のことを主人公だと信じて疑わない、勘違いした勇者の無双冒険譚。 ・本来の主人公は荷物持ち ・主人公は追放する側の勇者に転生 ・ざまぁフラグを無自覚回避して無双するお話です ・パーティー追放ものの逆側の話 ※カクヨム、ハーメルンにて掲載

処理中です...