ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
72 / 345
第一章:領主一年目

エクムントからの相談(一)

しおりを挟む
「これはこれは、ノルト男爵ではありませんか」
「ああ、エクムント殿。お久しぶりです」

 廊下を行き交う役人や使用人たちを眺めていると、後ろから声をかけられた。財務系の役人であるエクムント殿だ。前に会ったのは、殿下に会って王城を出る前だったか。

「久しぶりに来ましたが、中の雰囲気がずいぶんと良くなりましたね」
「ええ、風通しが良くなりましたね。これも大掃除をしてくれた誰かさんのおかげですね」
「ずいぶんと掃除が好きな人がいたようですね」
「掃除好きの人は、意外と気付かないうちに掃除をしているらしいですよ」
「几帳面な人は違いますね。面倒くさがりな私とは大違いですよ」
「またまたそんなことを言って。ノルト男爵も掃除好きでしょう。特に見えないところをこっそりと掃除するのが」
「……」

 この人は何を考えているのかよく分からないが、とりあえず俺を陰の立役者っぽくしたがっている。口の上手さでは敵わないからこれ以上はやめるか。

「ところでノルト男爵はここで何を?」
「領都の名前と紋章が決まりましたので、その届け出ですね」
「もう向こうへ行かれたのですね。いかがでしたか?」
「ええ、もう移住も終わって、畑も作りました。これから町作りですね。まだ人と家と畑しかないので、色々と用意しなければなりませんが」
「なるほど、もうそこまで進んでいるのですね」
「あの山の向こうに興味がおありですか?」

 そう聞くとエクムント殿は、それまでの何を考えているのかよく分からない笑顔をやめた。

「興味と言うよりも……実は少し相談に乗っていただきたいのですよ」
「私でよければ」

 彼は以前、俺が半軟禁状態だったところに色々と情報を届けてくれた。非常に助かったのは間違いない。借りた恩は返しておかないと気持ちが悪いから、これもいい機会だろう。俺とエクムント殿は近くにあった小部屋に入った。ここは外では話せないようなことを相談するための部屋らしい。

「実は私は昔からある種の直感が働きましてね、そのおかげでこれまで役人として乗りきれた感じです」
「あの頃の王城はなかなか立ち回りも難しかったでしょうね」
「ええ、この直感のおかげです」

 エクムント殿によると、かつて俺がレオナルト殿下の誕生パーティーでこの王城に来ていたときに、たまたま俺を見かけたそうだ。そして俺なら間違いないと思ったらしい。だが俺はあくまで軍学校の学生で、卒業後は実家に帰った。その間は俺に敵対する陣営には近づかないようにしていた。

 それから俺が殿下の親衛隊に入るために登城したときに再び俺を見て、そのときも俺なら大丈夫だと確信したそうだ。そのうちに大公もあの伯爵ヒキガエルもいなくなり、今では王城の中はほぼ落ち着いたそうだ。

 それで一体何の話かと思えば、仕事を失った使用人たちの面倒をうちで見てくれないかということだった。

「今回処分された貴族の屋敷で働いていた者たちです。そこが初めての職場だったという者もかなりいます。その場合はそれなりの年数働いていても紹介状がまったくないわけです」
「書いてもらう前に主人が連れて行かれればどうしようもありませんね。そのあたりの配慮は考えなかったのでしょうか?」
「とりあえず逃げ出したりしないように急いで処理したようです。それで、以前の紹介状が残っている者も、前の勤め先のことを伝えると断られることもあるそうです。彼らはあくまで金を得る手段として働いていただけで、不正の片棒を担いでいたわけではありません。ですがどうしてもそういう目で見られてしまいますので……」

 今回一番の問題となっているのは、初めての職場が今回取り潰された貴族の屋敷だったため、まだ紹介状がない者がそれなりにいるということだ。そして紹介状がある者も、職歴に不自然な空白ができることになる。一番新しい職場の分がないからだ。求職中に前の職場のことを聞かれれば正直に答える必要がある。それが取り潰された貴族の屋敷だと分かれば断られてしまうと。

 雇い主はこれまでの紹介状を確認し、使用人が職場を辞める際には自分のところでの働きぶりなどを書いた新たな紹介状を渡す。そのようにして紹介状が増えることによって信用が増すわけだ。紹介状がなければきちんとしたところに勤めることは難しい。このやりとりは雇う側と雇われる側で暗黙の了解となっている。これまで問題にならなかったのは、勤めている途中でいきなり取り潰しになるということが普通はまずあり得ないからだろう。

 仮に辞める直前に主人が急死したとしても、跡取りが継ぐまで待って書いてもらえばいい。いつからいつまでどのような立場でどのような仕事をし、働きぶりはどうだったのかなどを書いてもらうだけだ。働きぶりは跡取りが家族や他の使用人に聞くだろう。

 ところが今回は多くの貴族が家族ごといきなり捕まって帰って来なかったので、屋敷には使用人しかいなくなったところが多い。そうなれば紹介状を書いてくれる人は誰もいない。紹介状がなくてもできる仕事は、それこそ下水の掃除、トイレの汲み取り、ごみの片づけ、あるいは畑仕事などの肉体労働くらいだろう。

「職種はどうなっていますか?」
「あまり伝手のない若い使用人たちです。門番や一般女中が多いですね。料理人もいました。しっかりと話を聞きましたが、性格なども問題ありません」
「エクムント殿とどのような繋がりがあるのですか?」
「庭師をしていた甥から相談を受けました。彼からその貴族の屋敷で雇われていた者たちの話が入ってきましてね」

 庭師は来客を案内することもあるので、他の貴族に顔を覚えられていることもある。その甥自身はなんとか新しい職場が見つかったそうだ。だが彼は人がいいので、他の使用人たちにも仕事がないだろうとかと伯父のエクムント殿に相談したらしい。

「領地の方の屋敷で雇われている者たちは、おそらく新しい領主にそのまま雇ってもらえるでしょう。領主の屋敷に使用人がいなければ困りますから」

 たしかに。ヴァルターがそれに当てはまるだろう。彼は準男爵としてレフィンという小さな町の領主になったが、元は平民だ。頼れる部下などいないだろう。元からいた使用人たちの力を借りなければ何もできないはずだ。

「そうですね。一人そういう知り合いがいます。新しく領主になれば右も左も分からない状態でしょうね」
「そうです。ですが王都の屋敷の方は、新しい主人が前の屋敷から使用人を連れて引っ越して来るわけですから、これまで働いていた使用人たちは追い出されます。紹介状がなくても伝手があるような実績も実力もある使用人は別ですが、そうでない者たちは困り果てていまして」
「……たしかにうちは人手が足りません。まだ領地としてきちんと動いているわけではありませんが、年が明けたら本格的な領地経営が始まりますからね。貴族の元で働いたことがあるなら即戦力でしょうね」
「それは保証しますよ。元の主人たちはどなたも性格にかなり難ありで、きちんと働かなければ追い出すような人たちでした。みんな真面目に仕事をするのは
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今日から始める最強伝説 - 出遅れ上等、バトル漫画オタクは諦めない -

ふつうのにーちゃん
ファンタジー
25歳の春、転生者クルシュは祖国を出奔する。 彼の前世はしがない書店経営者。バトル漫画を何よりも愛する、どこにでもいる最強厨おじさんだった。 幼い頃の夢はスーパーヒーロー。おじさんは転生した今でも最強になりたかった。 その夢を叶えるために、クルシュは大陸最大の都キョウを訪れる。 キョウではちょうど、大陸最強の戦士を決める竜将大会が開かれていた。 クルシュは剣を教わったこともないシロウトだったが、大会に出場することを決める。 常識的に考えれば、未経験者が勝ち上がれるはずがない。 だがクルシュは信じていた。今からでも最強の座を狙えると。 事実、彼の肉体は千を超える不活性スキルが眠る、最強の男となりうる器だった。 スタートに出遅れた、絶対に夢を諦めないおじさんの常勝伝説が始まる。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

拝啓神様。転生場所間違えたでしょ。転生したら木にめり込んで…てか半身が木になってるんですけど!?あでも意外とスペック高くて何とかなりそうです

熊ごろう
ファンタジー
俺はどうやら事故で死んで、神様の計らいで異世界へと転生したらしい。 そこまではわりと良くある?お話だと思う。 ただ俺が皆と違ったのは……森の中、木にめり込んだ状態で転生していたことだろうか。 しかも必死こいて引っこ抜いて見ればめり込んでいた部分が木の体となっていた。次、神様に出会うことがあったならば髪の毛むしってやろうと思う。 ずっとその場に居るわけにもいかず、森の中をあてもなく彷徨う俺であったが、やがて空腹と渇き、それにたまった疲労で意識を失ってしまい……と、そこでこの木の体が思わぬ力を発揮する。なんと地面から水分や養分を取れる上に生命力すら吸い取る事が出来たのだ。 生命力を吸った体は凄まじい力を発揮した。木を殴れば幹をえぐり取り、走れば凄まじい速度な上に疲れもほとんどない。 これはチートきたのでは!?と浮かれそうになる俺であったが……そこはぐっと押さえ気を引き締める。何せ比較対象が無いからね。 比較対象もそうだけど、とりあえず生活していくためには人里に出なければならないだろう。そう考えた俺はひとまず森を抜け出そうと再び歩を進めるが……。 P.S 最近、右半身にリンゴがなるようになりました。 やったね(´・ω・`) 火、木曜と土日更新でいきたいと思います。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

上流階級はダンジョンマスター!?そんな世界で僕は下克上なんて求めません!!

まったりー
ファンタジー
転生した主人公は、平民でありながらダンジョンを作る力を持って生まれ、その力を持った者の定めとなる貴族入りが確定します。 ですが主人公は、普通の暮らしを目指し目立たない様振る舞いますが、ダンジョンを作る事しか出来ない能力な為、奮闘してしまいます。

処理中です...