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第一章:領主一年目
実家にて
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「お、エルマー様!」
「みんな、元気だったか?」
夏真っ盛りのハイデに入ると町のみんなが寄ってきた。小さな町だから誰でも近所同士だ。
「ええ、もちろんです。エルマー様は男爵様になられたようで、おめでとうございます」
「まあそれで厄介ごとも増えたが。ところで移住の話は聞いたか?」
「はい、聞いてます。別の場所に行きたいやつらはすでに引っ越しました。二つの村も同じです。今ここに残ってるのは北に向かってもいいと言ったやつらです。三分の二くらいは残ったでしょうか」
「そうか、それだけ残ってくれたか」
「出てったやつらは畑をそのまま残してく代わりに、麦を受け取ってました」
「そのあたりはハンスの差配か?」
「はい。出てったのは行き場のあるやつらばかりです。向こうで迷惑をかけないように持たせると言ってました。残ってるのはみんなエルマー様と一緒に行くと言ってます」
ハンスはうちの家令だ。家令なんて必要ないくらいの小さな屋敷だが、彼は父の代から仕えている。アガーテという名前の妻がいて、夫婦揃って住み込みで働いている。他にフィルという小姓が一人。家令と家政婦長と小姓という組み合わせはこの国のどこにもないだろう。軍で例えれば、司令官と参謀と斥候しかいない状態だ。
この町にいるのは父と一緒にここに来た、他に行き場のなかった者が多いが、もちろんそれだけではない。親や子が別のところにいるなら、そこに身を寄せるのも一つの考えだろう。無理して賭に出る必要もない。
「ところでそちらの女性は?」
「ああ、妻になったカレンだ」
「妻のカレンです」
「お、ご結婚なさったんで?」
「ああ、縁があってな」
「お祝いも必要ですなあ」
「それなら近いうちに報告も兼ねて、簡単な報告やお披露目でもするか」
「そんじゃ村の方にも連絡しておきます」
集まっていた領民たちは再び農作業などに戻っていった。
「気さくな人たちね」
カレンが笑いながらそんな感想を口にした。小さい町だからなあ。立場としては領主と領民だが、せいぜい村長と村人程度の関係だ。ハイデのすぐ向こうにも小さな村が二つあって、そっちも似たような感じだ。
「平民って貴族に対してもっとへりくだった感じになるのかと思ってたわ」
「こんな小さな領地だからそれはない。俺は小さな頃からみんなに混ざって作業を手伝っていたからかもしれないけどな」
「誰に対しても態度が変わらないのね」
「向こうが好意的に接してくるならな」
町の入り口からしばらく進むと小さな領主邸が見えてくる。これも少し大きめの家にしか見えない。中規模都市の商家の方がおそらく立派だろう。
久しぶりに見た実家は何も変わっていなかった。半年も経っていないから当たり前だが、ホッとするのは間違いない。
「お帰りなさいませ」
屋敷で出迎えてくれたのはハンス。立派な髭を蓄えた初老の家令だ。一歩後ろには妻のアガーテもいる。
「帰りが遅くなった」
「いえ、王太子殿下の使いの方から事情は伺っております」
「ハンスたちはどうする?」
「私と妻もご一緒いたします。フィルは実家の方に戻りました」
「お帰りなさいませ、エルマー様。そちらの女性は奥様でございますね?」
アガーテはカレンの方を見ると、驚きというよりも確認のためにそう聞いてきた。指輪をしているからな。
「そうだ。カレンという」
「初めまして。エルマーの妻になったカレンです」
「私はこの家の家令のハンスと申します」
「私は家政婦長のアガーテと申します」
「カレン、この家の規模なら家令や家政婦長は必要ないが、これは父の意地と言うべきか、ハンスは最初から家令として雇われている。アガーテには食事や細々としたことを任せている。アガーテも同じ理由で家政婦長だ」
「ふうん」
「カレン様、そういうわけです。今後はよろしくお願いいたします」
ハンスはカレンが納得して「ふうん」と言ったと思ったのかもしれないが、おそらくカレンは家令や家政婦長と聞いてもまだピンと来ないから単に「ふうん」と言っただけだろう。一応使用人の説明はしたが、なかなか理解するのは難しいらしい。
「それでエルマー様、新しい領地でも引き続き家令と家政婦長として雇っていただければと思いますが、いかがでしょうか」
「もちろんそれは任せたい。俺では細かい管理はできないからな。それで、近いうちに領民への説明とカレンのお披露目をしようと思う」
「では町の集会所に人を集めましょう」
「頼む」
ハイデの領主邸も王都の屋敷と同じで大した広さはない。田舎領主としては、そんなところに金をかけたくなかったというのはあるだろう。そうは言っても、ある程度は貴族としての体裁も必要で、近くの家よりは大きい。
領主邸の近くには皆が集まれる集会所がある。これは領地が作られて一番初期に建てられたものだそうだ。みんなの住む家ができるまで、ここにみんなで寝泊まりして家を建て続けたそうだ。それ以降は話し合いをしたり、慰労のためにみんなで宴会を行う場所になっている。それも今年で見納めか。
「みんな、元気だったか?」
夏真っ盛りのハイデに入ると町のみんなが寄ってきた。小さな町だから誰でも近所同士だ。
「ええ、もちろんです。エルマー様は男爵様になられたようで、おめでとうございます」
「まあそれで厄介ごとも増えたが。ところで移住の話は聞いたか?」
「はい、聞いてます。別の場所に行きたいやつらはすでに引っ越しました。二つの村も同じです。今ここに残ってるのは北に向かってもいいと言ったやつらです。三分の二くらいは残ったでしょうか」
「そうか、それだけ残ってくれたか」
「出てったやつらは畑をそのまま残してく代わりに、麦を受け取ってました」
「そのあたりはハンスの差配か?」
「はい。出てったのは行き場のあるやつらばかりです。向こうで迷惑をかけないように持たせると言ってました。残ってるのはみんなエルマー様と一緒に行くと言ってます」
ハンスはうちの家令だ。家令なんて必要ないくらいの小さな屋敷だが、彼は父の代から仕えている。アガーテという名前の妻がいて、夫婦揃って住み込みで働いている。他にフィルという小姓が一人。家令と家政婦長と小姓という組み合わせはこの国のどこにもないだろう。軍で例えれば、司令官と参謀と斥候しかいない状態だ。
この町にいるのは父と一緒にここに来た、他に行き場のなかった者が多いが、もちろんそれだけではない。親や子が別のところにいるなら、そこに身を寄せるのも一つの考えだろう。無理して賭に出る必要もない。
「ところでそちらの女性は?」
「ああ、妻になったカレンだ」
「妻のカレンです」
「お、ご結婚なさったんで?」
「ああ、縁があってな」
「お祝いも必要ですなあ」
「それなら近いうちに報告も兼ねて、簡単な報告やお披露目でもするか」
「そんじゃ村の方にも連絡しておきます」
集まっていた領民たちは再び農作業などに戻っていった。
「気さくな人たちね」
カレンが笑いながらそんな感想を口にした。小さい町だからなあ。立場としては領主と領民だが、せいぜい村長と村人程度の関係だ。ハイデのすぐ向こうにも小さな村が二つあって、そっちも似たような感じだ。
「平民って貴族に対してもっとへりくだった感じになるのかと思ってたわ」
「こんな小さな領地だからそれはない。俺は小さな頃からみんなに混ざって作業を手伝っていたからかもしれないけどな」
「誰に対しても態度が変わらないのね」
「向こうが好意的に接してくるならな」
町の入り口からしばらく進むと小さな領主邸が見えてくる。これも少し大きめの家にしか見えない。中規模都市の商家の方がおそらく立派だろう。
久しぶりに見た実家は何も変わっていなかった。半年も経っていないから当たり前だが、ホッとするのは間違いない。
「お帰りなさいませ」
屋敷で出迎えてくれたのはハンス。立派な髭を蓄えた初老の家令だ。一歩後ろには妻のアガーテもいる。
「帰りが遅くなった」
「いえ、王太子殿下の使いの方から事情は伺っております」
「ハンスたちはどうする?」
「私と妻もご一緒いたします。フィルは実家の方に戻りました」
「お帰りなさいませ、エルマー様。そちらの女性は奥様でございますね?」
アガーテはカレンの方を見ると、驚きというよりも確認のためにそう聞いてきた。指輪をしているからな。
「そうだ。カレンという」
「初めまして。エルマーの妻になったカレンです」
「私はこの家の家令のハンスと申します」
「私は家政婦長のアガーテと申します」
「カレン、この家の規模なら家令や家政婦長は必要ないが、これは父の意地と言うべきか、ハンスは最初から家令として雇われている。アガーテには食事や細々としたことを任せている。アガーテも同じ理由で家政婦長だ」
「ふうん」
「カレン様、そういうわけです。今後はよろしくお願いいたします」
ハンスはカレンが納得して「ふうん」と言ったと思ったのかもしれないが、おそらくカレンは家令や家政婦長と聞いてもまだピンと来ないから単に「ふうん」と言っただけだろう。一応使用人の説明はしたが、なかなか理解するのは難しいらしい。
「それでエルマー様、新しい領地でも引き続き家令と家政婦長として雇っていただければと思いますが、いかがでしょうか」
「もちろんそれは任せたい。俺では細かい管理はできないからな。それで、近いうちに領民への説明とカレンのお披露目をしようと思う」
「では町の集会所に人を集めましょう」
「頼む」
ハイデの領主邸も王都の屋敷と同じで大した広さはない。田舎領主としては、そんなところに金をかけたくなかったというのはあるだろう。そうは言っても、ある程度は貴族としての体裁も必要で、近くの家よりは大きい。
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