ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
47 / 345
第一章:領主一年目

人は城

しおりを挟む
 家を建て始めてから一〇日ほどが過ぎ、町並みらしきものができてきた。その頃には一回目の麦の刈り入れを行った。早すぎるくらい早いが、黄金色の穂が重そうに頭を下げそうになっていた。手が空いている者はみんなで刈って、今は干している段階だ。さすがに乾燥までは早くならないので、これはしばらくそのままだ。雨が降らないことを祈ろう。

 まだ全ての家を建て終わったわけではないが、それでもかなりペースは早い。それはクラースとパウラ、そしてカレンも手伝ってくれているからだ。親子で何かをするのか楽しいらしい。クラースとパウラは家を建て終わるまで手伝ってくれるそうだ。ありがたいことだ。

 三人とも人の姿のままでもかなり力が強い。竜の姿で資材をまとめて運んだ後は、人の姿になって大きな石を担いだり支えたり、普通なら三人か五人は必要なところが一人でできる。特にクラースは大きな石を魔法か何かでいくつも浮かべて運んでいる。あれは便利そうだな。俺は体が大きいから力はあるが、それでも人間として、という注釈は付く。

「もう少しだな。三人に感謝だ」
「久しぶりに人に交じって体を動かしたが、いいものだな」
「こっちはありがたい限りだ。ところで一つ聞いておきたいんだが、自分が竜だと人に言ったことはあるのか?」
「いや、覚えている限りはないな。言ったら怖がられるか、頭がおかしいと思われるか、そのあたりだろう」

 それはたしかにそうだが……ん? 何か違和感が……。

「そう言えば、カレンに『お前は竜なんだな?』と聞いたら『そう』と返ってきたぞ」
「普通はいきなりそのような質問をされることはないだろう。それに聞かれたとしても『何のことだ?』と返すだけだが、娘はそのあたりの大切なことを覚える前に外に出てしまったのでな。あまり基準にしない方がいい。前にも言ったが、頭は悪くないがどこか抜けているからな」
「ええ、あの子は少しズレていますからね」
「やっぱりそう——」
「ちょっと、なんで人をネタにして話し込んでるのよ!」
「可愛い娘を話のネタにして何が悪い」
「可愛い娘を話のネタにしないわけがないでしょ」
「そうそう、愛する妻を話のネタにしないわけがないだろう」
「……仲がいいわね」

 これでも一応貴族の端くれとして、それなりに歴史に関する記録も読んだつもりだ。少なくともこの国では竜が人の姿になれるとは聞いたことがなかった。だがクラースとパウラによれば、国によっては竜が人の姿になったり竜の姿に戻ったりしながら一緒に暮らしているところもあるらしい。竜は守護者の象徴になることもあれば、暴力の象徴になることもある。自然と同じだな。上手く付き合っていく必要がある。頼りすぎてもいけないのだろう。頼っておいて今さらだが。



◆ ◆ ◆



 麦を育てつつ、家を建てる。麦が育つのも早いが、家が建つのも早い。さらに数日が経ち、二週間も経たずに領民たちの家は完成し、今は教会や集会所、麦の貯蔵庫などを建て始めている。ここまで来ればもう少しだ。領主邸は一番最後だ。

 領主邸を最後の最後するように言ったのは、俺とカレンは土で作った小屋でそのまま寝泊まりしているし、いざとなれば王都の屋敷に戻ることも、あるいはカレンの実家に泊まらせてもらうことも可能だからだ。それよりも領民全員に住むべき場所を与えることが重要だと思った。

 東方には『人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり』という言葉があるそうだ。領主にとって自分の身を守るための城、その城を守る石垣や堀、領民はそういったものに匹敵する。情けによって領民の心を掴んで敵を減らす。権力によって押さえつけるのではなく、和をもって統治し、それによって敵を減らす。要するに人心を掴むこそが最も重要だという考えだ。

 領民がいなければ領地がどれだけ広くても意味がない。景気を良くし、領内の施設を充実させ、領民により良い生活を与えることこそが領主がなすべきことで、それが結局は領主としての自分を助けることにもなる。だから自分がどこで寝るかはそれほど重要ではない。

 俺がそう言うとみんなは納得して、それなら自分たちの家を早く建てようという結論になった。家が建つのが早いのにはそんな理由もある。麦の作業に関わっていない者は基本的に家を建てる現場に参加してくれることになった。



 領主邸を建てるにあたって、以前とは違う点がある。ハンスとアガーテはこれまでのように領主邸の中で暮らすのではなく、領主邸の敷地内に離れを建てて暮らすことになった。仕事をする場所はもちろん屋敷の中に用意するが、背かつする場所が別になる。

 二人には以前と同じように、家令と家政婦長として働いてもらうことになるが、しばらくは家令としての仕事はない。だからしばらくの間は夫婦二人でもいいのではないかと提案してみた。エクセンとの間にトンネルが完成すればエクセン側から人が来るだろう。そうすれば商業活動が活発になるから領地経営には人が必要だが、それまでは家令としての仕事はほとんどない。俺が屋敷にいたときはハンスは常に側にいたし、俺がいないときには代わりに領地を取り仕切ってくれていた。しばらくは二人でのんびりしたらいい。

 家そのものは本人たちの希望を聞いて、平屋でやや小ぶりになっている。青と白の石を使い、こざっぱりとした別荘風の建物になった。その家の周囲には花壇と畑を用意した。

「このような綺麗な家を……」
「エルマー様、ありがとうございます」
「父を支えてくれた礼だと思ってくれ。しばらくゆっくりしたらいい。二人とも年明けからはバリバリと働いてもらうぞ」
「そういうことでしたらありがたく頂戴いたします。それまで年明けまで二人で英気を養うことにいたしますが、我々に泣きつかれましても何もいたしませんので悪しからず」
「ははっ、そうならないようにせいぜい気をつけよう」

 税については俺よりもハンスの方がずっと詳しいが、しばらくは俺一人でやろうと思う。麦の収穫をして思ったが、みんなが年内にまだ何回くらい蒔くかは彼らに任せるとして、最終的にどれくらいの収穫量があったかさえ分かればいい。そもそも今年、そして来年から三年間は課税されないから計算も必要ないと言えばない。だがさすがにそれではマズいから、新米領主としてきちんと記録はする。

 小麦は蒔いてから一〇日で収穫できた。それから土を起こす必要があるので、さすがに次の日にまた蒔くのは無理だが、数日で蒔けるようになる。だから次に蒔くまでおよそ二週間。仮に年内に七回か八回収穫したとしたら、それだけで七、八年分になる。

 まさか年末年始に麦の収穫作業をさせるつもりはないが、理屈の上では二週に一度なので年に二四回、最大二四年分の小麦が収穫できる。小麦ばかり作るわけにもいかないし、そのうち大麦だって作るだろう。それにジャガイモだって作っている。トウモロコシや蕎麦を育ててもいい。農地だって広げようと思えばいくらでも広げられる。たまたまいいところに川があったからそれを利用したが、川の向こうに農地を作って橋を架けて繋げてもいい。そうは言っても、今の人口であまり農地ばかり広げすぎても管理ができないだろうから、当分はこのままだろうが。

 現在この領地は麦を育てているだけだから俺一人でもなんとかなりそうだ、というのがハンスとアガーテに休暇を与えた理由だ。今はそう思っているが、実際どんなことが起きるかは全く分からない。明日になったら二人に休暇を与えたことを後悔している可能性もある。『その日が終わる前に評価をするな』という言葉がある。俺の判断が吉と出るか凶と出るか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今日から始める最強伝説 - 出遅れ上等、バトル漫画オタクは諦めない -

ふつうのにーちゃん
ファンタジー
25歳の春、転生者クルシュは祖国を出奔する。 彼の前世はしがない書店経営者。バトル漫画を何よりも愛する、どこにでもいる最強厨おじさんだった。 幼い頃の夢はスーパーヒーロー。おじさんは転生した今でも最強になりたかった。 その夢を叶えるために、クルシュは大陸最大の都キョウを訪れる。 キョウではちょうど、大陸最強の戦士を決める竜将大会が開かれていた。 クルシュは剣を教わったこともないシロウトだったが、大会に出場することを決める。 常識的に考えれば、未経験者が勝ち上がれるはずがない。 だがクルシュは信じていた。今からでも最強の座を狙えると。 事実、彼の肉体は千を超える不活性スキルが眠る、最強の男となりうる器だった。 スタートに出遅れた、絶対に夢を諦めないおじさんの常勝伝説が始まる。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

孤高のぼっち王女に見いだされた平民のオレだが……クーデレで理不尽すぎ!?

佐々木直也
ファンタジー
【素直になれないクール系美少女はいかが?】 主人公を意識しているくせにクールを決め込むも、照れすぎて赤面したり、嫉妬でツンツンしたり……そんなクーデレ美少女な王女様を愛でながら、ボケとツッコミを楽しむ軽快ラブコメです! しかも彼女は、最強で天才で、だからこそ、王女様だというのに貴族からも疎まれている孤高のぼっち。 なので国王(父親)も彼女の扱いに困り果て、「ちょっと外の世界を見てきなさい」と言い出す始末。 すると王女様は「もはや王族追放ですね。お世話になりました」という感じでクール全開です。 そうして…… そんな王女様と、単なる平民に過ぎない主人公は出会ってしまい…… 知り合ってすぐ酒場に繰り出したかと思えば、ジョッキ半分で王女様は酔い潰れ、宿屋で主人公が彼女を介抱していたら「見ず知らずの男に手籠めにされた!」と勝手に勘違い。 なんとかその誤解を正してみれば、王女様の巧みな話術で、どういうわけか主人公が謝罪するハメに。親切心で介抱していたはずなのに。 それでも王女様は、なぜか主人公と行動を共にし続けた結果……高級旅館で一晩明かすことに!? などなど、ぼっち王女のクーデレに主人公は翻弄されまくり。 果たして主人公は、クーデレぼっち王女をデレデレにすることが出来るのか!? ぜひご一読くださいませ。

道具屋のおっさんが勇者パーティーにリンチされた結果、一日を繰り返すようになった件。

名無し
ファンタジー
道具屋の店主モルネトは、ある日訪れてきた勇者パーティーから一方的に因縁をつけられた挙句、理不尽なリンチを受ける。さらに道具屋を燃やされ、何もかも失ったモルネトだったが、神様から同じ一日を無限に繰り返すカードを授かったことで開き直り、善人から悪人へと変貌を遂げる。最早怖い者知らずとなったモルネトは、どうしようもない人生を最高にハッピーなものに変えていく。綺麗事一切なしの底辺道具屋成り上がり物語。

処理中です...