ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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序章と果てしない回想

誕生パーティー

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 殿下絡みのことで一番ありがたくも一番困惑したのは、殿下の誕生パーティーに招待されたことだろうか。さすがに迷惑とまでは思わなかったと言っておこう。俺としては殿下に声をかけられることは問題なかったが、まあ場違い感がすごかったなあ。

 当時殿下はそろそろお相手を探す年齢で、未来のお妃候補がたくさん招待されていた。そんなところに俺のような男が殿下から直接招待されていれば、良くも悪くも目立つ。ただでさえ目立つ髪と目の色だ。

 招かれている貴族やその娘たちにしてみれば、自分たちが声をかける意味もない準男爵の息子だ。そもそも何をしに来たのかとほとんど誰もが思っただろう。

 その俺は国王陛下と王妃様に挨拶をすると、それからはひたすら食べ、それから殿下の話し相手をしていただけだった。




◆ ◆ ◆



「エルマー、来週なんだが、少し城へ来てくれないか?」
「王城、ですか?」
「ああ。実は私の誕生パーティーが行われるので、友人としてお前を招待したいと思ってな」

 殿下に頼み事をされることはあまりない。だが軍学校の三年目のある日、殿下の誕生パーティーに誘われた。

「私でいいのですか?」
「もちろんだ。ぜひ父にも会ってもらいたい」
「それは大変な栄誉ですが……」

 田舎貴族の息子として、国王陛下にお会いする機会などないに等しい。しかし、俺なんかが殿下の友人として出席したら、まあもっと上の貴族からおかしな目を向けられそうなんだが。

「国王ではなく、私の父と思って会えば緊張もしないだろう」
「……分かりました。では参加させていただきます」

 そういう意味で言った訳じゃないんだが……。知り合いがいるとも思えないし、せいぜい美味いものを食べて帰るとするか。



◆ ◆ ◆



「国王陛下と王妃殿下にご挨拶申し上げる機会を得て、大変光栄に思います」
「そう固くなるな。お主のことはレオンから話は聞いている。仲良くしてくれているそうだな」
「今後もできる限りレオンと仲良くしてあげてください」
「私のような田舎者にはもったいないお言葉です」
「レオンはお主をたいそう信用しておるようだ。味方になってやってくれ」
「はい、私が生きている限りは必ず殿下をお守りいたします」

 初めて会ったカミル陛下からは優しそうな方だという印象を受けたが、少し疲れたような顔をしていた。人数も多ければ挨拶を受けるだけでも疲れるだろう。挨拶は俺が一番最後だ。

 陛下への挨拶は身分の高い方からになる。いくら殿下の学友でも、うちの実家は準男爵だ。そして俺自身は貴族ではないから挨拶は一言だけ。

 この国では貴族の嫡男は父親の爵位の一つ下と同等の扱いを受ける。つまり伯爵家の嫡男は子爵扱いになる。もちろん実際に爵位があるわけではないが。それ以外の子供は父親の爵位の二つ下と見なされ、実家を出たら平民と同じになる。

 うちの実家は準男爵だから貴族としては一番下で、それより下の爵位はない。だから準男爵より下は全て騎士と同じ扱いになる。貴族ではないがそれに準じた扱いだ。準貴族と呼ばれる。

 挨拶が終われば、それ以降は豪華な食事を胃袋に収めるだけだ。正式なパーティーでは身分が下の者から上の者へ話しかけるのは非常に失礼なことだと考えられている。だから社交の場へは積極的に顔を出し、他の貴族の顔を覚え、顔を覚えてもらうことが必要になる。

 この会場で一番下である俺には話し相手がいるわけはなく、もちろん話したい相手がいるわけでもなく、黙々と皿に食べ物を乗せては空にしていく。そうしていると一通り挨拶が終わったのか、殿下がこちらに向かってきた。

「エルマー、放ったらかしにして悪かったな」
「いえ、本日の主役は殿下です。このような端で私と話をしなくてもよろしいのでは?」
「話をしたい相手もいれば、したくない相手もいてな。あのあたりは叔父の関係者とその娘たちだ」
「なるほど」

 叔父とはプレボルン大公か。味方を作ることが上手らしい。最初にちらっと顔を見せたらどこかに消えたが、まあ俺が関係することもないだろう。

「ところで、こんな場でしか聞くこともできないんだが……エルマー、お前は女性の方はどうなんだ?」
「決まった相手がいるかどうかとか、経験があるかどうかとか、そいうことですか?」
「ああ、そうだ」
「婚約者はいません。関係を持った相手は一人います。殿下はさすがに軽々しく女性の相手をすることはできないのでしょうね」
「まあな。そろそろ真剣に相手を選ばないといけない時期になりつつある。『婚約者を作らないとは、王太子として国の将来を真剣に考えているようには思えませんな』と言われる有様でな」
「それは大公ですか?」
「ああ、娘の誰かを私に押しつけるつもりだろう」

 王族であれば成人すると同時に婚約者を作ることが多い。そして一〇代半ばで子供ができることも珍しくもない。五人六人と子供を作れば、一番上と下の子供で親子ほど年が離れることは珍しくもない。若い側室を迎えれば、誰が側室で娘で誰が見た目では分からなくなるそうだ。

 そんなことを考えていると、広間の入り口から少女が一人、こちらの方を見ているのに気が付いた。まあ十中八九殿下を見ているんだろう。銀色の髪を伸ばした小柄な少女で、どこかの貴族の娘だろうか。それならここに入ってくるはずか。そう思っていると少女は顔を引っ込め、どうやらそのままどこかへ行ってしまったようだ。

「どうかしたか?」
「いえ、誰かがこちらを見ているような気がしましたが、いなくなりましたね」
「招待状のある者しか中に入ることはできないが、覗くことはできるからな。城で働いている者やその家族かもしれないな」
「使用人の家族もいるのですか?」
「ああ、夫婦で働いている者も珍しくはない。その子供たちもまとめて教育を受けさせている。いずれは城や他の場所で働く者も出てくるだろう」
「幼い頃から教育の機会を与えて人材を育てるということですね」
「そこまで大げさなことかどうかは分からないが、新しく雇う場合は身元をしっかりと確認する必要がある。だが両親ともに使用人なら、調べる手間は省けるだろう」
「なるほど、それもありましたか」

 仕事が欲しい場合は斡旋所に相談し、希望の仕事があれば紹介してもらう。その際に必要なのが紹介状だ。

 紹介状と言っても適当に書いてもらえるわけではない。もちろん俺も話で聞いたことしかないが、例えば今度ある家に仕えたいと考えたなら、どこでどれだけの期間どのような内容の仕事をしてきたか、それをまとめた書類を雇い主に書いてもらう。そしてそれを仕える先に見せるわけだ。それを繰り返すことによって自分の職歴が分厚くなっていく。

 だが雇い主といい関係でなければ紹介状を書いてもらうことはできないのは世知辛いところだ。もちろん紹介する側も問題のあるやつを紹介したくはないだろうから、それは仕方のないところかもしれない。

 それで王城の使用人の話だ。使用人になることを希望する者は紹介状があるものに限られ、さらにいくつもの試験に合格してから採用されるそうだ。

 当然だが仕事はたくさんあるので、男女の関係なく体は丈夫であることが望ましい。場合によっては読み書き計算ができる者が書類仕事に駆り出される場合もある。

 普通そのような仕事は役人がするものだが、役人が忙しすぎて手が足りない場合もある。そのような場合に手伝うことができ、そして仕事ぶりが優秀な場合、下級役人に推薦されることもあるそうだ。

 使用人に子供ができれば、当然自分の子供をいずれは城で働かせたいと思うだろう。雇う側としても、身元がはっきりしている使用人の子供なら使いやすい。そのように双方の考えが一致し、王城の中に使用人の子供たちを育てる場所もできているのだとか。

「やはり国にとっては人材が一番重要だな」
「そうでしょうね。人がいなければ領地はただの土地です」
「ただまあ、その人を集めるというのが一番難しいところだがな」

 しばらくすると殿下は「さすがにこれ以上は彼女たちを放っておくこともできないからなあ」と言って、重い足取りで女性たちの方へと向かった。表向きは殿下の誕生パーティーになっているが、実際のところは未来のお妃選びの場所だ。正確には選ばされる場所だろうか。大公の派閥にいる貴族の娘たちの中から。

 実は先ほどから俺の方へナイフのような視線が向けられていた。女性たちからのという視線だったんだろう。彼女たちも自分から勝手に殿下に話しかけるわけにはいかないので、殿下に自分たちのところへ来てもらうしかなかったわけだ。

 殿下にとってはさぞ気が重い時間だろうが、さすがに俺が口を挟むことはできない。売り言葉に買い言葉で望まない結婚を受け入れるとは思えないが、次に会ったら……愚痴聞きだろうな。
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