タイムスリップできなくなった私と一緒に居たがる王子の話

みやっこ

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私が白目を剥いた訳

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 人前に出ても恥ずかしくない状態にならねばと。

 付け焼刃の筋トレと、いつもよりちょっとだけいい値段の化粧水でお肌の手入れをして、後はひたすら芸に励んだ。

『笑撃の白雪姫と芸の多い魔女』

 ストーリーの筋は普通の白雪姫、といってもグリムさんの方ではないやつ。
 なのだが、ちょいちょい魔女がふざけた行動を取って白雪姫爆笑というシーンが入っており、最期は白雪姫に渡すリンゴと自分が齧ってみせるリンゴを間違えて毒にやられた魔女が、変なダンスでのたうち回って非業の死を遂げるという、姫は健康体のままなので、王子が迎えに来ない謎のラストとなっている。

 その最後を締めくくる死に顔もとい変顔。

 これで誰一人笑わせることが出来なければ、舞台は真の地獄と化す。
  
 とにかく。とにかく練習しなければ。喜劇が悲劇になってしまう。

 私はもう必死だった。
 そのおかげか、佐原先輩と青木さんのことを真剣に悩む間もなく。

 本当にあっという間。

 読書でも食欲でも運動でも芸術でもない秋が来た。恐怖の文化祭が走ってやって来た。

「私……」

 舞台が初日の早い時間帯で良かった。
 待たされれば待たされるほど、覚悟がギリギリと削られていくからである。
 
 なにせもう予想通りの展開すぎて……ね。
 
「パンダになりたい」

「は?」

 舞台袖で私の背中をさすっていた波原さんが疑問の声を上げた。

「だってパンダなら。見世物は見世物でも愛でられるだけ」

 緞帳の隙間から見える客席はひどいものだ。前の方の席は女子ばかり満員で、その中に、喫茶店でティーをぶっかけてきた女子二人の姿がある。それもど真ん中の真ん前。雰囲気からして周りにいる女子らも二人の友達のようだ。

 敵だらけやないかい。
 これじゃ、本当にみんなの頑張りが台無しになる。舞台が駄目になる。

 申し訳なさすぎる。みんなが呼んだかもしれない友人や、親御さん、この劇が見たいと思った人たちにも謝罪したい。

 せめてあの人たちが、空気を読んで大人しく見物してなおかつ小さな拍手でもしてくれれば……。

 いや。

 そんなことするぐらいならわざわざあんな場所陣取るはずない。
 過去へしか行けない私だけれど、今は未来が見える。

 舞台の真ん中、変顔で死んでいる私を、冷ややかに見つめる視線。
 クスクスと笑う声。
 膝から崩れ落ちる脚本家。涙するクラスメイト。
 
「ダイジョブだって。愛でられるって」

「他人事だと思ってちきしょうめ。代わってくれ」

「それは無理だよ。絶対無理」

 いつも優しい佐々木さんがきっぱりとお断りしてきた。
 波原さんは、なぜか本当に大丈夫という自信満々の顔つきである。

 そりゃ一見予想外に人が入ってるように見えるからね。

 でもあの人たちは違うんだよ。

 こうなることが予想出来ていたのになぜ私はみんなに嫌がらせのことを黙っていたのだろうか。
 意地張り過ぎたよ。いや見栄かな。とにかくいろいろ張り過ぎたよ。

 後悔しても時は止まらない戻らない。

 開演の放送が始まり。ブザーが鳴る。オープニングのナレーションが終わり。ヒロインが出て行く。
 後ろの方から微かに暖かい笑い声が聞こえるけれど、前を陣取る女子達のせいで冷ややかな空気に包まれる会場。

 日本人はほんと流されやすいから。
 大勢が笑ってなかったら、笑えないというか合わせちゃうから。
 って海外行ったことないですけど。私もそうですけど。

「理子。集中」

「はい」

 私は、すべてを空っぽにして、台本のみを頭に思い浮かべ……られたかどうかわからないけれど、とにかく出番が来てしまったので舞台に躍り出た。まさしく躍り出た。リンボーしながらの登場だった。

 死にそうです。佐原先輩。私ヤバイです。

 すべりたおして心臓がバクバク鳴りっぱなしです。

 冷たい視線とヒソヒソ話す声で一杯の体育館。
 それなのに、なぜか他の演者たちは笑顔で劇をやり続けている。誰も不満を口にすることなく劇を進めて行く。

 えらい。すごい。素晴らしいよみんな。ごめんねみんな。

 私はとにかく練習通りこなすことだけ考えた。そう長い劇じゃない。出番はまあまああるけれど、私があからさまに笑いを取りに行くのは出だしと最期だけ。
 そこさえ乗り切ればいい。

 なんて言い聞かせ続け。ライフがほぼゼロ……いやマイナスになった頃に……。
 ようやく魔女が死ぬシーンに辿り着いた。

 私は、やたらコミカルな動きで間違えて毒リンゴ食べちゃって、苦しみ悶える謎のダンスを踊った。
 これはかなり頑張った。
 ロボットダンスのような、そうでないような、呪いのダンス。

 おかげで、前の方から数人が噴出すような音が聞こえた。

 よし。ちょびっと勝った。

 私はすべてを出し切り、白目剥いてブリッチしながら死んだ。

 さあ。これで終わり。見世物は終わりですよ。
 さっさと拍手をして帰ってください。もしくはさっさと帰って下さい。

 そうしたら私は、みんなになぜこんなにも冷ややかな空気だったかを説明して、謝罪をするのです。
 もしあれでしたら、二日目にも追加公演させて貰えないか生徒会に直談判しに行きます。まったくもってやりたくはないけれど、せっかく作った劇を台無しにしたのだから。

 …………。

 頭痛い首痛い。目痛い。早くしてほしい。

 のに。

 なかなか幕がおりてこない。

 拍手も来ない。
 かわりに

「何コレ」「何見せられてるの私ら」「ってかあの子キモ……」「なんでアイツが」

 次々聞こえてくる針のような言葉たち。
 白目から黒目をちょこっと出して様子を伺ったら、マジで冷ややかな目と目が合った。

 なぜ幕おりない。
 体育館がざわついている。

 もうこの体勢も心も限界。

 舞台上映中はスマホ厳禁と放送したにもかかわらず、前の席の子がスマホを取り出して構えている。

 やめてーー。

 ぷるぷる耐えていた頭から力が抜けた。
 ズルっと滑って、背中を床に打ち付ける……

「っ……!?」

 ……ことにはならなかった。
 
 なぜかって、何かに背中を支えられて、ブリッジを維持しているからで……。

 背中に温もりを感じる。
 
「きゃーーーー!!」

 女子の悲鳴。アイドルでも来たのかというほどの黄色い悲鳴が体育館に響き渡った。
 私は、白目を完全に黒目にもどして、数回瞬きし。

「……え」

 真上に居る王子様と目が合った。
 王子……だけれども、白雪姫の白い王子服を着たクラスメイトではない。
 
 漆黒の袴、漆黒の着物。腰に刀を下げたまさしくそれは武士……それなのにキラキラ具合が王子。
 彼こそが、凛とした佇まいとキラキラオーラを併せ持つ……

 武士王子……。

「佐原……せんぱ……っ」

 勢いよく抱き起されて距離が近くなる。

 なぜこんなところに、こんな眩しいお姿の佐原先輩がおわすのか。その武士っぽいポニーテールは着け毛なのかカツラなのか。ただの袴と着物ではなく、どことなくファンタジックな装飾の佐原先輩でないと似合わない和風コスプレ衣装は特注なのか。

 何コレ夢? 私まさかあのまま気絶した?

「り……魔女よ」

 佐原先輩が棒読みチックに発した一言で悲鳴が止む。一言一句聞き逃すまいと耳をすませる女子たちの気配。

 これは……まだ劇が続いているということなのだろうか。

「はひ……」

 一応返事はしたけれど、これじゃあ前列にも聞こえないだろう。
 女優魂……なんて大層なものはないけれど、もう一度返事し直した方がいいだろうかと、息を吸い込む。

「私の願いを一つ叶えてくれるならば、お前を毒の苦しみから救ってやる」

「へえぃ?」

 アホみたいな声が、今度は割とでかめに出た。
 パシっとスポットライトが当たって、あまりの眩しさに目を細める。

『みなさま、今日の劇は茶番にございます。魔女のためにと、この武士が計画したサプライズの前座だったのです。大変勝手なことで申し訳ございませんが、この初々しい青春にどうかご協力ください』

 なぞのアナウンス。
 私はかぶっていた黒いフードを佐原先輩に取られ、目を逸らさないようにか顎を固定された。

「理子」

「っはい」

 佐原先輩越しに、波原さん佐々木さん友野さん滝本さんらが、ウインクなり親指立てるなりしているのが見えた。
 とても楽しそうだが、佐原先輩はその逆……なんだか恐ろしい形相をしていて。

 楽しい状況なのか、切羽詰まってるのか、何が何だかわからない。

「俺と結婚してください」

 今度は棒読みではなかった。
 佐原先輩は、何かを吐き出すように、苦し気な声で……。

 ん? 今なんて? え……え今……何……。

「えええええええええっ!?」「何それっ!?」
「計画と違うっ!!」「佐原それはいきすぎだ!!」

 友人四人の大騒ぎが右耳から入ろうとして跳ね返って飛んで行く。

「なっ!! どういうこっ嘘っ……嘘っ!!!」

 前列にいた女子達の騒ぐ声なんて耳に届くや否やで速攻消えた。

 頭が真っ白。頭が消えた。頭。ない。
 屍状態。あ。屍だった。いや屍じゃない。じゃあなんだ? 私は一体なんなんだ。

「理子」

 小さな声に。

「あっはい!」

 返事をした。
 そうです私が理子です。と言わんばかりに。

 すると、次の爆発、悲鳴が起きた。
 と同時に、私の体は空中へ。佐原先輩の腕の中……お姫様抱っこされた。

「よし言質は取った」

 どっこいしょのテンションでそう呟きながら立ち上がった佐原先輩は

「今後俺の嫁に手を出す奴は男女関係なく制裁を下す」

 恐ろしい文言を、明日の天気でもお知らせするようにあっさりと言い放った。
 
 騒めきと悲鳴が、一気に冷えて静まり返る。
 
「そこまで言えとは言ってないっ!」「佐原怖いっ怖いって!」「いいじゃないか? あれぐらいで」「佐原さんがよくても理子ちゃんが駄目なんじゃ……」

 舞台袖で四人がばたついているのを、ぼんやりと彼の腕の中で見学していたら。
 また体が浮いた。

 次にガクンと衝撃がきた。

 客席が近い。
 どうやら私を抱えて舞台から飛び降りたらしい。

「…………」

 私は、静かに目を閉じた。
 気絶。
 したことにしよう。

 自然と両手を合わせて祈る。

 夢のような夢をありがとう。目を覚ましても覚えていますように。
 
 心の中で唱えたら穏やかな気持ちになってきた。
 微かな微睡みと程よい上下の揺れ。

 騒めきなど聞こえない。気のせいだ。これは夢なのだから……夢……夢……ゆ……????
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