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異世界のお兄ちゃん
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深夜零時頃に晩御飯を食べることが多々ある。
あまり良くない生活習慣だなとは思うけれど、この時間しか食べられないのだから仕方ない。
今日も今日とて、コンビニで弁当を買って、小さなテーブルに広げ、一人もそもそ食事を始めたところだった。
「あ。またこんな時間に食べてる」
開きっぱなしにした三面鏡から透き通った男性の声。よれよれのティーシャツにジャージ姿のだらしない恰好で見あげると、異世界結婚したい男ランキングナンバーワン(見習い神子調べ)が鏡の中から私を見降ろしていた。
銀色のまっすぐ長い髪を一つ括りにした、紫色の瞳を持つ男。女性より美しい顔(神子見習い曰く)の彼もまた、メリエルと同じく異世界人である。
「こんばんは」
「うん。こんにちはサクラ」
彼との出会いは三年ほど前。
深夜零時、たまたま三面鏡を開けたらにこにこと笑顔の彼が映っていた。私は、ああこれも異世界への扉か、とすぐに察して、彼にきちんと説明した。
彼は、聞いてるようで聞いてない感じでうんうん頷き、じゃあたまに会おうねと約束まで取り付けてきて、こっちもイケメンにそんなことを言われて悪い気もしないので、ときどき三面鏡を開いていた。
いつからか忘れたが、今はもう、開きっぱなしになっている。
「あ。ヴィニアスさんも食べてるじゃん。何それおいしそう」
ヴィニアスさんは、春巻きのような黄金色のパリパリした何かを食べている。テーブルの上には、スープとパンまで置いてある。
羨ましいことこの上ないが、手を突っ込んだりしたら最後、異世界へ転移してしまうかもしれない。
「おいしいよ。こっちは今お昼どきだから……わっ」
突然彼の姿が消え、もう一人別の異世界人が鏡に映り込んだ。
「サクラちゃんまたコンビィニベントウ食べて! おばちゃんこの間レシピ教えてあげたじゃないか! 五分で出来るロブリートの包み焼き!」
鏡に映るなり説教を始めたお団子頭にエプロンの中年女性。
彼女は、客商売をやっているくせになぜかいつも気難しい顔をしている、ヴィニアスさん御用達の食堂のおばちゃんだ。
「それじゃ栄養かたよるだろうにっ!」
おばちゃんにぎゅいぎゅい押されながら、困った顔で食事を続けているヴィニアスさんが、チラチラ鏡の端に映り込むのが少し笑える。
「おばちゃん。そもそもロブリートってのがこっちにはないの。ってか何ですか? ロブリートって。この間ヴィニアスさんに八百屋に連れて行って貰って聞いたらロブリート屋に行けって怒られたよ」
ヴィニアスさんは城仕えの大魔法使いだ。ただの魔法使いじゃない。大魔法使い。
大がどのくらいすごいのかヴィニアスさんに聞いたら、魔法を使うのが他の人より少し得意って感じだよと言われ、イマイチわからなかったので、相撲で言う番付の上の方的なものと捉えている。
「はぁ? 八百屋?」
ヴィニアスさんは、そのちょっと人より得意な魔法で、私の世界と繋がる鏡を小さくして持ち歩き、こうして街の人と会話させてくれる。
以前、ヴィニアスさんに恋人の有無を……なぜか真剣な顔で問われたとき、出かける暇も出会いもないと話したら、こういうことになった。
「うん。八百屋」
ヴィニアスさんの自由時間を割くのは申し訳ないなと思いつつも、家に居ながらにして、異世界を冒険してる気分を味わえるのは、本当に楽しい。
「ロブリートはロブリート屋って当たり前のことさね。ヴィニアス。あんたなんで八百屋に連れて行ったのさ」
「えっと……ロブリートって何?」
「っまた出たよヴィニアスの世間知らずが。ああもうっあたしゃ心配だよ。何にもしらない二人が街をうろうろしてるんだと思ったらさ」
おばちゃんはため息をついて項垂れ、そのタイミングで客によばれてしまったせいで、ちょっと怖めの返事と共に鏡の中からいなくなった。
お客さんが驚いてなきゃいいけど。
ヴィニアスさんは、具だくさんの赤いスープを口に運びつつおばちゃんを見送り、ゴクリと飲み込んで視線を鏡に戻した。
「ふふっ」
私と目が合うなり嬉しそうに微笑むヴィニアスさん。
「サクラ、今度ロブリート屋に連れて行ってあげるからね……一週間後……いや一月……」
「忙しいんならいいよヴィニアスさん」
「ううん。僕サクラの喜ぶ顔が見たいんだ。早く見たい。だから本当はこっちに来てほしいけど……」
「それは無理。いろいろやらなきゃいけないことあるし」
「だよね」
ヴィニアスさんはシュンと表情を暗くした。
私とそう変わらない年頃のこの美青年は、ときどき子供っぽい顔をする。かと思いきや。
「残念だけどしかたないね。大丈夫。こっちに来なくても僕は君を愛してるよ。君がどこに居ようと関係ない。君と居る時間だけが僕の幸せなんだ。だからせめて僕のことおにいちゃんって呼んでほしいな」
ちょっと意味不明なところがある。
彼の言う愛しているは、恋ではなく、家族のように、ということらしい。
こんなにイケメンなのに、私もときめきを感じないから不思議だ。
「はいはい。今度ね。あと本当に時間があるときでいいから」
「うん。ありがとうサクラ。わかったよ。そろそろ扉がしまっちゃうみたいだから、早く寝るんだよ」
「わかった」
「おやすみ。僕の可愛いサクラ」
「はーいおやすみなさい」
一人暮らしなのにおやすみと言って貰える幸福。
適当な返事で流さなければ、満面の笑みを返してしまうし、なんならお望み通りお兄ちゃんなどとふざけた呼び方をしてしまいそうになる。
しかーし。私は流されない。私はちゃんとする。ちゃんと異世界へは行かずに、現実を生きる。
いったいなぜどうして私が転移させられそうになっているのか、実は私にもものすごい力があるのでは……なんて頭の中お花畑なことを考えてしまうこともあるけれど。
今日も今日とて、絶対異世界へは行かず。
借金まみれで独り身の私に、果たして明日はあるのだろうか、と現実的なようで適当なことを考えながら、疲れてるから寝てしまい、地球の片隅で朝を迎えるのである。
あまり良くない生活習慣だなとは思うけれど、この時間しか食べられないのだから仕方ない。
今日も今日とて、コンビニで弁当を買って、小さなテーブルに広げ、一人もそもそ食事を始めたところだった。
「あ。またこんな時間に食べてる」
開きっぱなしにした三面鏡から透き通った男性の声。よれよれのティーシャツにジャージ姿のだらしない恰好で見あげると、異世界結婚したい男ランキングナンバーワン(見習い神子調べ)が鏡の中から私を見降ろしていた。
銀色のまっすぐ長い髪を一つ括りにした、紫色の瞳を持つ男。女性より美しい顔(神子見習い曰く)の彼もまた、メリエルと同じく異世界人である。
「こんばんは」
「うん。こんにちはサクラ」
彼との出会いは三年ほど前。
深夜零時、たまたま三面鏡を開けたらにこにこと笑顔の彼が映っていた。私は、ああこれも異世界への扉か、とすぐに察して、彼にきちんと説明した。
彼は、聞いてるようで聞いてない感じでうんうん頷き、じゃあたまに会おうねと約束まで取り付けてきて、こっちもイケメンにそんなことを言われて悪い気もしないので、ときどき三面鏡を開いていた。
いつからか忘れたが、今はもう、開きっぱなしになっている。
「あ。ヴィニアスさんも食べてるじゃん。何それおいしそう」
ヴィニアスさんは、春巻きのような黄金色のパリパリした何かを食べている。テーブルの上には、スープとパンまで置いてある。
羨ましいことこの上ないが、手を突っ込んだりしたら最後、異世界へ転移してしまうかもしれない。
「おいしいよ。こっちは今お昼どきだから……わっ」
突然彼の姿が消え、もう一人別の異世界人が鏡に映り込んだ。
「サクラちゃんまたコンビィニベントウ食べて! おばちゃんこの間レシピ教えてあげたじゃないか! 五分で出来るロブリートの包み焼き!」
鏡に映るなり説教を始めたお団子頭にエプロンの中年女性。
彼女は、客商売をやっているくせになぜかいつも気難しい顔をしている、ヴィニアスさん御用達の食堂のおばちゃんだ。
「それじゃ栄養かたよるだろうにっ!」
おばちゃんにぎゅいぎゅい押されながら、困った顔で食事を続けているヴィニアスさんが、チラチラ鏡の端に映り込むのが少し笑える。
「おばちゃん。そもそもロブリートってのがこっちにはないの。ってか何ですか? ロブリートって。この間ヴィニアスさんに八百屋に連れて行って貰って聞いたらロブリート屋に行けって怒られたよ」
ヴィニアスさんは城仕えの大魔法使いだ。ただの魔法使いじゃない。大魔法使い。
大がどのくらいすごいのかヴィニアスさんに聞いたら、魔法を使うのが他の人より少し得意って感じだよと言われ、イマイチわからなかったので、相撲で言う番付の上の方的なものと捉えている。
「はぁ? 八百屋?」
ヴィニアスさんは、そのちょっと人より得意な魔法で、私の世界と繋がる鏡を小さくして持ち歩き、こうして街の人と会話させてくれる。
以前、ヴィニアスさんに恋人の有無を……なぜか真剣な顔で問われたとき、出かける暇も出会いもないと話したら、こういうことになった。
「うん。八百屋」
ヴィニアスさんの自由時間を割くのは申し訳ないなと思いつつも、家に居ながらにして、異世界を冒険してる気分を味わえるのは、本当に楽しい。
「ロブリートはロブリート屋って当たり前のことさね。ヴィニアス。あんたなんで八百屋に連れて行ったのさ」
「えっと……ロブリートって何?」
「っまた出たよヴィニアスの世間知らずが。ああもうっあたしゃ心配だよ。何にもしらない二人が街をうろうろしてるんだと思ったらさ」
おばちゃんはため息をついて項垂れ、そのタイミングで客によばれてしまったせいで、ちょっと怖めの返事と共に鏡の中からいなくなった。
お客さんが驚いてなきゃいいけど。
ヴィニアスさんは、具だくさんの赤いスープを口に運びつつおばちゃんを見送り、ゴクリと飲み込んで視線を鏡に戻した。
「ふふっ」
私と目が合うなり嬉しそうに微笑むヴィニアスさん。
「サクラ、今度ロブリート屋に連れて行ってあげるからね……一週間後……いや一月……」
「忙しいんならいいよヴィニアスさん」
「ううん。僕サクラの喜ぶ顔が見たいんだ。早く見たい。だから本当はこっちに来てほしいけど……」
「それは無理。いろいろやらなきゃいけないことあるし」
「だよね」
ヴィニアスさんはシュンと表情を暗くした。
私とそう変わらない年頃のこの美青年は、ときどき子供っぽい顔をする。かと思いきや。
「残念だけどしかたないね。大丈夫。こっちに来なくても僕は君を愛してるよ。君がどこに居ようと関係ない。君と居る時間だけが僕の幸せなんだ。だからせめて僕のことおにいちゃんって呼んでほしいな」
ちょっと意味不明なところがある。
彼の言う愛しているは、恋ではなく、家族のように、ということらしい。
こんなにイケメンなのに、私もときめきを感じないから不思議だ。
「はいはい。今度ね。あと本当に時間があるときでいいから」
「うん。ありがとうサクラ。わかったよ。そろそろ扉がしまっちゃうみたいだから、早く寝るんだよ」
「わかった」
「おやすみ。僕の可愛いサクラ」
「はーいおやすみなさい」
一人暮らしなのにおやすみと言って貰える幸福。
適当な返事で流さなければ、満面の笑みを返してしまうし、なんならお望み通りお兄ちゃんなどとふざけた呼び方をしてしまいそうになる。
しかーし。私は流されない。私はちゃんとする。ちゃんと異世界へは行かずに、現実を生きる。
いったいなぜどうして私が転移させられそうになっているのか、実は私にもものすごい力があるのでは……なんて頭の中お花畑なことを考えてしまうこともあるけれど。
今日も今日とて、絶対異世界へは行かず。
借金まみれで独り身の私に、果たして明日はあるのだろうか、と現実的なようで適当なことを考えながら、疲れてるから寝てしまい、地球の片隅で朝を迎えるのである。
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