悪役令嬢はアクマでテンシだけどタイヨウにもなれる

みやっこ

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子羊モフコ

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「よし」

 ドアを施錠し、振り返ったフスタフはなぜか笑顔だった。

「何があったか教えて? 体は? 大丈夫なの?」

 怒りを抑えるための笑顔だったらしい。声が少し怖い。

「寝てたらヘイツが入って来て、それで驚いてベッドから落ちたの」

 適当に誤魔化そうとしたが。

「ほぉ……」

 無理だった。
 
 低音ボイスとは裏腹に、優しい手つきで私の腰に手を当てるフスタフ。

「うわっ」

 痛いのがバレると思い飛びのこうとしたら、よろけてしまった。断じてわざとじゃない。大丈夫といいながら大丈夫じゃないところを見せるあざとい人みたいになってしまったが、断じて違う。

 フスタフの怖い笑顔がまたたくまにハの字眉の心配顔になった。

「一人にしてごめんな。怖かったな」

 よしよしと頭を撫でられると、いい年こいて何やってんだろうという恥ずかしさで顔が熱くなる。ポンポンは安心するからアレだけど、よしよしは……どっちも一緒か。

「後で医務室行こう。な?」

 その甘々な声は、子猫、もしくは子犬、または赤子に向けるぐらいのものであって、二十五歳を二度も経験している女に向けていいものではない。

「フスタフ。大丈夫だから」

 やんわり手を払いのけて見上げると。

「ん?」

 またこの顔だ。
 なぜそんなことをするの? とでも言いたそうな。

「ああ。そういえば照れるって言ってたわね。え? これも駄目なの?」

「あの……まあその……照れてるかどうかを再確認されるのってちょっとした拷問っていうか。ここでは世間の目とかもあるしその……」

「……ま。気を付けるわ。今更無理だと思うけど」

 開き直られた。
 
 けっして嫌なわけではない。
 優しさは大変ありがたいし、嬉しくもある。

 正直言うと、死んだことになってからの六年間は、それに助けられた。はじめの数年なんて、ほぼ廃人状態で記憶は曖昧だけれど、かなり甘えた気がする。



『…………』



 はい。嘘です。本当は全然曖昧じゃないです。だからその延長線上に今があるのだと、わかってはいるんです。
 がしかし、己を大分取り戻した今となっては、あの状態のときのことなどなかったことにしたい。人目もあるし。常識人として、大人としてちゃんと……ちゃんとしなきゃいけない。
 牧場でダルダルになっていた気分をシャンとして、緊張感もって挑まなければならない。

 


『大人としてちゃんとってどんな?』




 聞かないで。お願いプリーズ。それがわかっていればあんな生涯はおくらない。




 ハムスターが退屈そうに耳をほじっている。いつもより手が長く感じるが気のせいだろうか。体のバランス悪くてキモっ。

『じゃあ。そろそろ今後の方針決める?』

 ハムスターの手が更に伸びて背中を掻いている。



 いい加減その照れるからどうのこうのというやり取り飽きたからやめてくれない? とでも言いたげだが、やられる方は、やられるたびにいろいろ考えてしまうのだから仕方ない。
 以前は安心感の方が勝っていたが、ここへ来てから急にそんな感じになってしまったのだから仕方ない。フスタフの態度が微妙にいつもと違うせいな気もするけれど、とにかく仕方ない。




『決めないとフスタフと話進めにくいかもよぅ』



 
 ああ。うん。そだね。うん。決めるの遅くてごめん。




『遅くても決めれるからすごいよ』



 
 ……どうも。




『いえいえ』



 
 いえいえ……。




『いえいえいえ』


 

 い……えっとね。方針ってほどじゃないけど。
 私、やっぱり牧場に戻ろうと思う。ユニたちのことも気になるし。

 


『ヘイツとウラガと妖魔はどうするの?』




 二人にはちゃんとした人を炎妃にしてもらう。妖魔の凶暴化については、もうちょっと情報を集める。これが一番スッキリしてて良いと思う。




『あの歌とあのヤミ具合見たのに?』




 ヤミ……は、私が死んでるからダメなんだと思う。生きてたらそうでもないって気付くよ。だから私は、ここで二人に嫁を斡旋する。仲介役になる。すげぇうざい小姑になる。




『また裏方?』




 うん。




『それでいいの? 主役になれるかもしれないのに』




 無理無理。
 だって私は……。




「で。今後のこと話したいんだけど。妄想タイムは終わったかしら?」

「あ。うん」

 危ないから考え事は信用出来る誰かが居るときにしろと注意されているものの、頭の中でいろいろやってる小動物を無視するのってものすごく難しいのだ。

「じゃ。説明するから聞いてね。疲れたらすぐ言うのよ」

「はい」

「よし。いいこいいこ」

 さっそく撫でようとしたので頭をずらしたら、追尾された。
 
 これは根競べだ。どちらかが諦めるしか…………こんなことに根を使ってどうする。そもそも根競べの根ってなんだ。根性、根気?



『大根!』



 私は根性だと思います!



『婚期!』



 嫌味か! …………はい。

 私は、肩の力を抜いて、フスタフの話を聞くことにした。
 まずは聞いて、それから考えて、それから。

 それから……?

 きちんと聞くこと数分。
 私は、まだ首を傾げたままだ。

「つまりはね。野獣の群れに手負いの子羊を入れたらどうなるかってことなのよ」

「あ~……うん?」

「わからない?」

「どうなるかはわかるけど。それと私がこのマスク被ったまましばらく二人に正体を明かさないって話の繋がりがわからない」

 私がここでやるべきことは、一応理解した。



『ひとつ。この青い屋根の家の懐かしい部屋で、霊爵令嬢のフリをして過ごす。
ふたつ。ヘイツとウラガ含む誰にも正体がバレナイようにする。
みっつ。しかし、二人とはコミュニケーションをとるようにする。
よっつ。二人のうちどちらかを選ぶ。
いつつ。辛いことがあればすぐ言う。
むっつ。ここで過ごすのがどうしても嫌ならそれも言う。
ななつ。変身は絶対にしない。
やっつ。絶対絶対しない。
ここのつ。欲しいものがあればすぐ言う。
とう。遠慮はするな』




 まとめどうもハムスター。なんか途中からおかしいけど、本当にフスタフの説明はそんなだった。

「はい。妄想タイムやめる」

「あ。ごめん。で子羊が何?」

 フスタフは、ため息をついて、髪をかきあげた。それがあまりにも綺麗な仕草だったせいか、私は今更自分の前髪が気になって、撫でつけた。

「リリ。あの二人のことどう思った?」

「ああ。うん。誰コレって思ったよ」

「正直ね」

「ごめん」

「ま。いいんだけど。リリが居なくなってから、だんだんおかしくなって、今やあんな感じなのよあの二人」

「だんだんの間に何か大変なことがあったとかじゃなくて?」

「ん~まあ。そうね。あったかな」

「何があったの?」

「う~~ん。まああれよ。人間擁護派と妖精擁護派で結構ごたごたしてね」

「ああ……」

 思い当たる節あり。

「あの件は、リリのおかげ……で……言及されなかったんだけど。妖精擁護派が、妖魔王復活寸前まで見逃していた者がこのまま王で居てもいいのかとか、いろいろ難癖つけて来たわけよ。ったくあの見掛け倒し激弱妖魔王退治したの誰だと思ってんのかしらねぇほんと」

「激弱……」

 これも思い当たる節あり。
 けれど、お互い追及はしない。

 気まずい空気が生まれかけたのを、フスタフが咳払いして無理矢理消した。

「しかも妖精擁護派のやつら、今まで忌み嫌ってたはずのヘイツとウラガを味方に引き入れようとまでしたもんで。二人ともちょっと暴れてね」

「ちょっと?」

「ええちょっと。で。そこから、一か月くらいセリエンディに一般人立ち入り禁止令出して、一族同士でやり合ってたってわけ」

「ちょ!? それって……それってあれ……戦争? 怪我人とか……死人……」

 物騒すぎて、単語を発しただけでゾっとした。

「死者は出てないの。怪我人はたくさん出たけど。みんなタフだからね」

「よかった……よくないけど。でも全然知らなかった。フスタフ、そのときも私のところ来てたよね」

「私は役に立たないから。いつでも暇人よ」

 フスタフの瞳をじっと見たら、逸らされた。嘘をつくのが上手い彼だが、近頃はこうして見つめると居心地悪そうにするのでわかる……ときもたまにある。

「ま。今もまだ二分化しちゃってるんだけど。一応人間擁護派が勝ったって形にはなってるから。安心して」

「他の兄弟とかは? 大丈夫だったの?」

「ええ。
 エイラスの姉のラメはその後すぐ嫁に行ったし。ウラガの弟イリサとイルサは、まだ子供だったし。長男のファウは、全面的にエイラスの味方って感じね。他もみんな無事……だけど、ロイはちょっと今後問題ありかも」

「問題って?」

 青い屋根の家で過ごしている間、一度も会っていなかった攻略キャラである双子のイリサとイルサは、確か攻略開始時七歳だったはずだから、今は、十六歳。
 ファウは、先代王の炎妃の子供で、妖精一族としての力は弱いが、優しく穏やかな男性で、人間的には彼が長男だが、ここでは第一王妃の子であるフスタフが長男扱いされている設定だった。
 ラメという人はあまり知らない。ロイは……確かロイダンテという名前で、時々出てきてた気がする。




『きーーっ!』



 
 あ。ごめん。たぶんハムスターから何回か聞いたからさ。覚えてた。

「ロイはイファンと仲が良くてね。ちょっと極端なところとか思い込み激しいとこがあるから」

「うん?」

「未だにリリファリアのことすごく恨んでるのよ」

「……う」

「ロイだけじゃない。リリのことを恨んでいる連中はこの城にたくさんいる。だから正体を明かさないほうがいい。ヘイツやウラガにだけなら明かしてもいいかもしれないけれど、今の二人が隠し通せるとは思えない」
 
「また暴れる?」

「だけならいいんだけどね」

 フスタフが盛大にため息をついた。
 
「あいつらは飢えた野獣。リリが手負いの子羊ってこと」

「……んん?」

 冒頭に戻る……だ。姉弟たちの話から急に話が逸れた気はするけれど。

「今のあの子たちに求めるものをポンと与えてしまったら、自分の爪に気付かず飛びついて、お互い傷つくだけじゃないかなって、そう思うの」

 お互い傷つく。

 謎だった表現が、すとんと心に落ちて、さっき見た二人の姿に繋がった気がした。

 ここに来るまでは、数年一緒に暮らしたからという自信がわずかながらでもあった。
 しかし、大人になった二人と会い、目を合わせた瞬間。

 そんなものは塵と消えた。

 既に傷つけてるという意味では、私のほうが野獣なのかもしれない。となると手負いの子羊の反撃を受けても仕方ないが、それだと延々ループしてしまう。

 ボロボロになって何もなし得ず終わる可能性も……。

「じゃあ……どうすれば?」

 いかにも自信ありませんって声が出た。

 どうすればなんて……。

 訂正。しなくてはいけない。自分で考えなくてはいけない。
 わかっているのに、何も出てこない。甘えが板についてしまったのだろうか。

「リリ」

 フスタフが、眉尻を下げて優しく笑った。
 
「そこまで心配することないわ。私も居るし」

「……うん。ありがとう。大丈夫」

「そんなにいろいろやって貰わなくてもいいしね」

「うん。ありが……ん?」

「ひとまず、そのマスクをかぶったまま器の大きさナンバーワンとしてここに君臨してくれてれば。青い屋根の家が勝手にヘイツやウラガとの面会を組んでくるから。二人と会って、話をして、あとはダラダラしてくれたらいいから」

「え。でもそれじゃ何にも解決しないんじゃ」

「大丈夫だって」

「全然大丈夫な気がしないんだけど」

「大丈夫大丈夫」

 フスタフは、わしゃわしゃと私を撫でまくって。

「よし。じゃ服と靴とカバンと小物と、あとはおやつ類を持ってきてあげるから」

「え?」

「ん? 他に何かいる? あ。各ブランドのカタログ持ってきましょうか?」

「いえ結構です」

「そう? まあ今度でいいか。じゃあまた後で」

「いやいやちょっと」

 なんだろう。この……説明されたような煙に巻かれたような感じは。




『六年前、煙に巻き続けたから仕返しされてるのかな』



 
 的確なハムスターの意見は、聞かなかったことにした。

 その後。
 部屋に大量の使妖精が押し寄せて、色とりどりの甘いお菓子と羽のついたティーセットと丸い瓶に入った果汁百パーセントジュースと。多種多様なブランドの服や靴やその他もろもろが運び込まれた。

 どれもこれも可愛くて心がくすぐられる品ばかり……ではあったが。

 足の踏み場もないほど広げられた衣類を使妖精が片付ける間。
 喜びよりも、これだけのものを貰うようなことをしなければならないのでは、という不安で、ネガティブになった。
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