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コレハ乙女ゲームデスか

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 フスタフが御者の使妖精と何やら話をしている。

 牧場から馬車に乗って、どれくらい経っただろうか。
 考え事をしすぎてあまり時間の感覚がない。

 ものすごく快適だし。

 馬車の中は綿入りのクッションが敷き詰めてあってフカフカで、悪路に入るとフスタフがさりげなく支えてくれる。
 一度休憩したときは、抱き上げて馬車から降ろされ、甘酸っぱい赤色のジュースをたっぷりと、紫色のジャムと黄緑色のチーズ風味クリームが乗ったスコーンを貰った。スコーンはサクサクで、甘すぎるジャムをチーズ風味クリームがいい感じに抑えて美味しかった。美味しすぎて三個も食べた。

 途中、私の口の端についたジャムを、フスタフが当たり前のごとく指ですくい上げて食べたので、ジュースを噴出してしまったが。
 フスタフは少しも嫌な顔せず、咽たのかと心配して背中を撫でてくれた。

 甘い。口の中も空気も。まるで少女漫画か乙女ゲー………………乙女ゲームだったわ。

 漂う空気に耐えきれず馬車に戻った私は、食後にフカフカの床で横になるという贅沢をきめこむことにした。
 すると、フスタフがフサフサした毛布をかけてくれた。

 ゆっくり動き出す馬車。規則的な車輪の音。

 快適。あったかい。お腹いっぱい。優しい。

 あれ。これ私……大丈夫なの?
 これから大変なことになったりしないよね。こんな幸せな状態で運ばれて、後からとんでもない目にあったりしないよね。

「おやすみなさいリリ。いい夢を」

 肩をぽんぽんされた。

 ぽんぽん……されるのは、そういえば三度目ぐらいな気がする。いやもっとあるか。寝込んでるときとか。
 そうだよ。フスタフが優しいのは前からだ。考えすぎだ。もう目を閉じよう。寝よう。
 寝て起きて、二人に会ってそれで。

 誤解を解いて元の生活に戻ってそれから……それから。

 いろいろ悩んでいるはずが、いつの間にかスヨスヨ眠っていた。
 何か夢を見たような見てないような。幸せな睡眠を味わいーー。

「ん……」

 馬車が止まる揺れで目が覚めた。

「ん?」

 頭をふわふわ撫でられている。
 目開けると、真上にフスタフの顔があって、目線を下げると、割と固めの太ももが頭の下に……。

「あの……フスタフ」

「ん?」

「ちょっとやりすぎくない?」

「ん。何が?」

「赤ちゃんじゃないんだし」

「ん?」

「いやっ……ん? じゃなくて」

 太ももから頭を持ち上げて睨んだら、本気で何のことかわからないらしく、キョトンとされてしまった。
 聡い彼がこんな顔をするなんてどういうことだ。人が寝てたら膝枕をするのが常識の世界なの? 牧場でつかれてうたた寝してても、職員はみんな素通りだったよ。朝までそこで寝こけて風邪をひいたことが何度あるか知れないよ。そのたびフスタフに怒られたよ。

 心配してくれた……よ。

「膝枕は……その。寝にくいと思ってやってくれてるんだろうけど、なんというか……ほら、年齢考えてよ。恥ずかしいよ」

「ああ。私は別に恥ずかしくないわよ」

 ことさらおねえっぽく言われた。

「私が恥ずかしいんだって」

「誰も見てないじゃない」

「そういう問題じゃなく……その……。なんだかんだ言ってもフスタフって男の人だし……普通にカッコイイし。照れるの」

 口論しても勝てそうにないので、素直に言うしかなかった。

 フスタフが女装男子ではなく、女性の心を持っているのだとしたら、今の発言ってどうなんだろう……っていうのは、おもいっきり眉間に皺を寄せられてから気付いた。

「いやっあの……ちがっえっと。それってでも私の問題だよね。うん。お……女同士なら問題ないんだもんね」

 さぐりさぐり。
 この六年間、フスタフは頻繁に様子を見に来てくれていたが、女同士って感じで気を抜けば、途端に口調を変えてきたり。異性だと意識して距離を取ろうとしたら、そうじゃないって感じでひっついてきたり。未だにどちらかよくわからない。

「そうね。女同士なんだから気にしなくていいわよ」

「えっ?」

「えって何?」

「い……いや……今まで明言したことなかったから……」

「リリがそうじゃない方がいいならそれでもいいけど」

 ふっと距離を詰められた。
 コレだよコレ。こっちの反応を見て楽しんでる風もあるけれど、何か迷っている風にも見える。お互いがちょっと気まずいこの感じ。

 苦手だ。

 香水の香りに交じる微かな汗の臭いも、細い瞳にじっと見つめられるのも。

 強い肉食獣の臭いに怯える小動物の気分とでもいうのか、下手なことを言えば噛みつかれるのでは……とあり得ない想像をしてしまう自分がなんか嫌だ。

「うん。そうだね。わかった。ごめん。で、なんで馬車止まったの? また休憩?」

 久々に全力で誤魔化したら、フスタフは、フっと小さくため息なのか失笑なのか、息を吐いて視線を逸らし、離れていった。
 
「休憩と言えば休憩なんだけど」

 馬車内の隅に置いてあった箱を開け、中から何か取り出すフスタフ。
 
 私はほっと一息つきつつ、フスタフの手元を見た。
 モフモフした桃色の毛の塊に……短い耳二つが生えてる。まるでハムスターとモフモフマリモが合体したような形状の

「帽子? じゃないか。ミーキアがかぶってたたみたいなマスクだ。可愛いけど派手だね」

「これ派手? ミーキアに頼んで作って貰ったんだけど」

「ミーキアにふぁっ!」

 いきなりマスクを被せられ、目の前が薄暗くなった。
 
「どう? 前見える?」

 私は、ハムスターマスクに開いた穴に己の目の位置を合わせた。被り物なんてしたことないが、肌触りも通気性も良くて意外と快適だ。
 
「大丈夫。見えるよ」

「よし。じゃあ行くわよ。それ絶対取っちゃダメだからね」

「え。なんで?」

「死んだことになってるとはいえリリファリアって存在は、まあ……有名なのよ。牧場は情報規制があるから大丈夫だけど」

「有名っ? ……ってそうかあんなことしたし」 

 悪名とどろくってやつだろうか。
 やったことの大きさを考えたら当たり前のことだが、まったくもってピンとこない。
 
 有名か。有名……。

 なんとなく馬車から出るのを躊躇していたら、また抱き上げられた。

「フスタフっ自分で降りられるからっ」

「はいはい」

「はいはいじゃなくて」

 私は、フスタフの腕の中から辺りを見渡し、目を瞬いた。
 
 あれ? ここ……セリエンディじゃない。
 知らない街だ。小さな家がポツポツと建つ田舎町が、夕焼けで真っ赤に染まっている。
 穏やかな風景

「ん?」

 の中に不自然な人だかりが出来ている。
 あきらかに周辺住民だけじゃない数の人だかりだ。

 イベントかお祭りだろうか。
 
「フスタフ様。こちらです。ちょうどヘイツ様が舞われるところですので」

 どこからか現れた使妖精が、人だかりを示した。
 フスタフははようやく私を地面におろし。

「こっちだってさ」

 少し不満げな顔でそう言った。
 
「何? ここどこ?」

「人間の街よ」

「いやそうじゃなくて」

 肩を押され、フスタフと共に人だかりの方へ歩き出す。
 向こうに何かあるんだろうけれど。

「情報が入ったからちょっと寄り道したの」

「情報?」

 人だかりの後ろに付いたら、またも抱き上げられ、前を見るよう促された。
 私は、首を傾げながら前を見ーー

「わっ」

 思わず声を上げ、手近にあったフスタフの襟元を掴んだ。

「大丈夫。ここまで来させやしないから」

「いやでもっ」

 人だかりの先。
 ほんの十メートルくらい離れた場所に、人じゃない何か。
 ゲームでしか見たことない。

 妖魔獣らしきものがうごめいているのが見えた。
 
 大きさは象ぐらいだろうか。
 黒と紫のまだら模様の球体がギュっと集まった人工物っぽいものが、うねうねとした触手を鞭のようにしならせ、誰かを襲っている。

「助けなきゃっ」

「大丈夫よ。よく見て」
 
 落ち着いた声でそう言われたので、私はびくびくしながらも頷き、また前を見た。

 妖魔獣と対峙しているのは……青年だ。
 軽やかな動きで触手を避けたかと思えば、重々しく足を踏み出し、飛んで回転して着地して。両手を伸ばし、背を逸らす。
 襲われているというよりは、まるで踊っているみたいだ。

 夕日の赤にいっそう艶めく褐色の肌。幾本もの黒い帯で作られたみたいなコートが羽のように舞い上がる。
 真っ白な長髪の隙間から覗くアイスブルーは懐かしい色……。
 
「ヘイツ……」

 思わずぽろっと名前を呼んでから気付いた。
 大人になってるけど。

 あの青年はヘイツだと。

 手元は優雅に、足元は激しく。表情は氷のように冷たい。
 ときに流れを切り裂き、ときに撫でて語るような舞いに煽られた空気が、パチパチと音をたてて燻り、やがて青い炎となって、夕日の色と混じりあった。

「月明かり舞う銀糸を追う それだけが僕の生きがい」

 ザラっと低音響くヘイツの歌声に、空気がざわついた。
 異質な音。
 人間の耳にはすぎた音だと本能が感じているのか、全身鳥肌が立った。
 
「上昇する世界 一人取り残された僕を 君が迎えに来た
 自由な翼で飛び去ることも出来たのに 君は僕に手を伸ばした

 僕は動けなかった 動かなかった 何も出来なかった 

 この手が汚れてることに気付いてしまったから

 ああ あの日をやり直せるなら あの時間を取り戻せるなら

 君のすべてをこの腕に 君の翼をこの手で……」

 黒煙が蛇のようにうねりながら、妖魔獣に絡みつく。
 ヘイツはくるりと回転して、ピタっと動きを止めた。

「月明かり舞う銀糸が染まる この手と同じ色に」

 静かなのに、壮大にも感じる不思議なメロディ。ゾッと背筋を撫でるようなラスト一節に、私は……ありとあらゆる意味で出そうになった涙をのみ込んだ。

 妖魔獣は青紫の炎に焼かれてあっというまに消滅していった。
 夢だったんじゃないかと思うほどあっけなく、跡形もなく消え去った。

 辺りに残るのは黒煙と、余韻に圧倒される人だかり。

「…………」

 ヘイツの姿もいつの間にか消えていた。

「わかってくれたかしら? リリ」

 ストンっと地面に降ろされた私は、ガクブルな足でフスタフを見上げた。

 音楽。歌。踊り。
 芸術すごい。
 ときに言葉を越える。胸にガンとくる。直接ドカンと。否定したいけれど、共に過ごした時間のせいか、ものすごくこう……無視できないものを感じた。

「と……飛び降りた銀髪の女の子のことってことは…………」

「だから違うって。上昇する世界。迎えに来る。崖から落ちたのを助けたときのことでしょ。まんまリリのこと歌ってるわよ。それも相当こじらせてる」

「いやいや。だってさ……だってだよ?」

「だってなによ」

 美化されすぎて実感がわかないというか。
 とても我が身に振りかかってることとは思えなくて、体が拒絶しているというか。

 我が身じゃないけども。

「フスタフ様」

 突然現れた使妖精が、フスタフに何やら耳打ちした。
 フスタフは、はいはいと頷き、私を見下ろした。

「じゃ。ついでにウラガのも見に行きましょうか」

「え」

「妖魔獣。もう一匹の方が行方知れずだったんだけど、今、街の南側で発見したって。そこにウラガが向かってるそうよ」

 もう一匹……もう一人……。
 あれがもう一人……。

「いや、もうお腹いっぱいなんで結構です」

「いくわよっ」

 またもフスタフにひょいと持ち上げられてしまったが、ダメージが大きすぎて抵抗出来なかった。
 次なる現場へ強制移動させられる少しの間、私は、苦し紛れにウラガのことを思い出していた。今度こそ勘違いじゃないかと、じゃないじゃないかと……混乱しながら。
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