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回想その7

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 イファンが青い屋根の家へ来た。
 私は開口一番、引っ越し祝いではなく。

「イファン。私もあなたも自立すべきだと思うの。だから、ここでは極力離れていましょう」

 どこにでもついてこようとするイファンと距離を取るため、心を鬼にして、なるべく冷たく言い放った。

「……お姉さま」

 シナリオ通りだと、イファンは神妙な面持ちで、頷いてくれるはず……だったのだけれど。

「私を遠ざけて、また何かする気なの?」

 めちゃくちゃ疑われた。
 前科アリだからなのか。それとも私の演技力の問題か。
 ゲーム内のリリファリアが上手くやっていたところからして後者の可能性が高い。

「何かなんて……その……新しいお友達も欲しいし。妹がいたんじゃ遊べないし」

 私はわけのわからない言い訳をたっぷり一時間ほどするはめになった。
 脳内でハムスターがてんやわんや、ありとあらゆる提案をしてくれたが、そのせいで集中出来なかったってのもある。ごめんハムスターよ。

 イファンは、寝違えたみたいに延々首を斜めに傾けたまま私の話を聞いて。

「じゃあまあ極力は。でも調子が悪くなったらすぐに言ってね」

 納得したようなしてないような。一応折れてくれた。

 お芝居じゃなきゃ。ちゃんと出来るんだよ。大人としてもうちょっとちゃんと振る舞えるんだよ。

 私は、喉元まで出かかった言い訳を飲み込んだ。

 もっとポジティブに考えよう。
 
 モフモフマリモが出てこない限りは失敗に見えて成功だ。
 とにもかくにも、予習復習、情報収集、それと、ときにはやってみること。

 今のところ、生活環境などはとても良いし、そう悲観的になることはない。

 妖精の器の広さナンバーワンである私、リリファリアは、一階の一番広い一人部屋を与えられている。
 真っ青なカーテン。毛足の長いラグ。天蓋付きのどでかいベッド。猫足テーブルに、猫足イス。鏡台、衣装ダンス。トイレバス付の良い物件にタダで住んでいる上に、食事もおいしくてバランスの取れたものを運んで来てくれる。

 とはいえこの部屋。床下から妙な物音がするとかで、以前住んでいた人が二人部屋に移ったから空いていたという、曰くアリ部屋でもあって。 
 怖いよりも一人部屋欲しいが勝って二つ返事で入居を決めたのだけれども。

 近頃、これが原因で取り巻きが作れなかったのかもしれないと、感じ始めてはいる。


 
『しょうがないしょうがない! いろいろ準備したりするのに一人の方がやりやすいし!』
 
 ハムスターがこれからやることを、カレンダーの余白部分にメモしながら、大声で励ましてきた。
 なぜそのカレンダーを選んだのか。可愛らしい愛玩動物の写真が大半をしめているせいで、書く部分が少なくて字が小さい。

 私は、脳内のカレンダーを見るために、目を細めた。傍から見たらどうなっているかなんて、一人部屋だからこそ考えなくて済むのだ。

 さて。最初の予定は……と。

 妖精一族のパーティに出た際、イファンにものすごくダサいドレスを着せてみんなの前で恥をかかせる。
 するとエイラスが、元々イファンのために用意していたけど渡せなかったドレスを、人づてにイファンに着せてやる、というイベント。

 で、次は。

 婚約候補第一位であるリリファリアへ何か贈り物をするようにと母から言われたエイラスが、おしのびで街へ買い出しに出た際、偶然イファンと出会い、二人で街をうろつく。
 それを発見してしまったリリファリアは、一人になったイファンにゴロツキをけしかけ、物陰に引き込んで傷物にするよう命じる。
 がしかしエイラスが駆けつけて助けてくれる、というイベント。

 それから。

 イファンの評判が悪くなるような噂を流しまくって孤立させ、精神的に追い詰める。
 元気をなくし、部屋にこもるようになったイファンを心配したエイラスが、真夜中、こっそり窓から侵入して、イファンを街へ連れ出す。まさに妖精王と踊る夜、なイベント。

 イファンが自主的に動いてエイラスになんやかんやしてあげるイベントには不参加なので書かれていないが。
 他にもイロイロ。

 なんと、三年にも渡って書かれている。

 三年。

 そうだ。あのゲーム。三年間をパパパパっと過ごすゲームだった。パパパパっ過ぎて忘れてた。

 うわぁ三年かぁ……。

 ずーんと落ち込んだら、ハムスターが慌てふためいてカレンダーを投げ捨てた。



「っぷ」

 ハムスターの緩急ついた動きが面白くてちょっと元気が出た。

「よしっ」
 
 私は、さっそく一つ目のイベントの仕込みのため、気持ちを切り替えて外出準備に取り掛かることにした。
 今日はくそダサいドレスを買いにセリエンディの商店街へ出かける予定なのだ。

 着古した寝間着を脱ぎ捨ててベッドに投げ。気合そのままに勢いよく薄桃色のドレスに袖を通す。

「ん?」

 嫌な音がした。

「あ……」

 肩の付け根が破れた。

 やってしまった。服あんまりないのに。

「治せるかなぁコレ」

 今はやってる時間ないから取りあえず置いといて。

 私は、タンスを開けて若草色のワンピースを取り出し、そーっと着替えた。
 鏡台の前でクルリと回転して不備がないか確かめる。顔は問題なく綺麗だ。髪もサラサラの銀髪で良し。

「う……ん~~?」

 でもこの服。ゆったりしすぎてまるでパジャマだぞ。

 すとーんとしてるのが駄目なのかな?

 私はまたタンスに手を突っ込んでゴソゴソ探った。
 悩みながら、赤から紫へグラデーションしていく薄いスカーフを手に取り、胸の下に巻き付け、脇腹あたりででっかいリボン結びにしてみた。

 アクセサリー入れにあった木製の太い腕輪も嵌めてみる。

「………」

 ファンタジー色は出たけども。

「ま。いいか」

 もうすぐ待ち合わせの時間だ。今更他の服を引きずり出しても同じようなコーディネートしか出来ないだろう。
 
 私は、赤い小花柄の小さな籠バッグを手に、部屋を出た。

「ごめん。お待たせしましたわ」

 廊下で待っていたミーキアは、生成りのシャツに、深緑に染めた毛皮のベスト、ジーンズ生地のマキシ丈スカートを履いている。今日のマスクは白フクロウ。足元は素足に白いパンプスだ。

 なにかこう。ファンタジーだからわからないんだけれども、ハイクオリティな感じがする。

「ん。じゃあ行こうか」

「うん」

 いよいよ街へ。緊張するなぁ。

 商店街に着くまでの道程。
 ハムスターが良かれと思ってか、情報をくれた。



『聖都では、ダサいというのが結構な悪評となりうることをご存じだろうか。

 妖精一族は、踊り歌うとき、そのときどきに合った服を身に着ける。それが図らずしてファッションショー的な役割を果たし、いつからか聖都は、ファッションの最先端、パリ的な、ミラノ的な、各国、選りすぐりのブランドが店を出す世界規模のショッピングモールとなった。

 様々な毛色の店がある割に雑多な雰囲気はなく、建物はすべて濃紺の土で出来ており、屋根は赤茶色の鱗が重なっている。
 道は、フカフカしているのにへこんだりしない不思議な白砂が敷かれており。これが夜になると、歩く人の気に反応して光るのだ。

 とっても素敵でとってもファンタジーで少し敷居の高い街だよ。楽しんでね』



 いや無理無理。

 ドレスコードでも存在するのかと思うほど、歩いている人々の恰好がありとあらゆる意味で気合入ってて、ついでにものすごい人混み。
 はたして夜になるまでに全員この都から脱出できるのかと心配になるほどの賑わい。

 とっても派手でとってもインドア派にはきつい街だよ。
 逃げ帰りたいよ。恥ずかしいよ。
 生前もおしゃれってほどじゃなかったけれど、ここまで自分の服装に自信がもてないのは初めてだよ。

 どの店に入っていいのかもわからないし。方向転換するのに人にぶつかるし。

 あれよあれよという間に時は過ぎ。


「っはぁ」

 ハンガーを一つづつずらして服を見てたら、ため息が漏れた。

「なんでダサい服が必要なの? 着るの?」

「ううん。妹に着せるんですわ」

「はぁ? なんで?」

「嫌がらせですわ。エイラス様を取られそうなので。嫌がらせ」

 既製服がない店が多くて、すぐにサイズを図ろうと店員が近づいてくるから、倍疲れた。もう嫌だ。

 イライラして適当に答えていたら、違う列の服を見ていたミーキアがプっと噴出した。

「だったらこれなんてどう?」

 ミーキアが手に取ったのは、光の加減によって黒にも紫にも見えるサテン生地に、真っ赤な毒キノコ柄と、腰に大きなリボンがドカっとあしらわれたドレスだった。
 毒キノコの斑点一つ一つに、黄色のスパンコールがぷっくり膨らむほど大量に縫い付けられ、よく見ると太もものきわどい位置からオーガンジーで、透け透けだ。

「これ……は……ダサいの?」

 聖都でのダサいの基準がわからない。

 清楚で品のあるドレスがいいってわけではないらしく。ベロアの黒地スカートの裾に深緑の毛糸のボンボンが縫い付けられたものとか。袖がスイカぐらいに膨らんだまっ黄色のツヤツヤ風船ドレスとか。超ミニダメージジーンズの腰にオナガドリみたいに長いレースが幾本も付いたものとか。
 本来妖精一族が歌や踊りに使うというだけあって、ステージ映えする奇抜なものが多いからだ。

 まあ嫌いじゃないっていうか。見ていてすごく楽しいんだけれど。

「昔聖地で流行った絵本の中の悪女が着てたやつだもの。ダサいっていうよりコスプレ的な?」

「本? どんなですの?」

「ん~読んでないけど、なんか少年の死体をコレクションするのが趣味のキモイ女が、最後、その少年の母親たちに燃やされるって話」

「うわ。一生読まないわ」

「そう?」

「じゃあこれにしようかな」

 ゲームどおりの品を探すのは諦めることにした。
 十件ほど回っただけなのに、リリファリアの体力は限界で、これ以上歩き回ったら倒れそうだ。

「あ……はい。こちら……でよろしいんですね?」

 店の人は、本当にこれを買うのか? という顔でドレスを受け取り。
 青い屋根の家の者だと言ったら、お金はいらないし、品物も届けると、親切丁寧に対応してくれた。

 お金はいつ誰に渡しておけばいいんだろうか。値段聞けなかったけど、大丈夫だよね。身の回りのことしてくれる人に聞けばいいかな。

 青い屋根の家からは、月々結構な額の支度金が出る。
 そんなに使う機会がないので毎回黒字ではあるけれど、お金は大事だ。いつ何時必要になるかわからない。

 ということで、伯父さんには、貰ってる金額をだいぶ低めに申告し、半分以上仕送りしてることにして、貯金にまわしている。
 イファンも、一も二もなく同意して、口裏を合わせてくれた。これで姉さまの薬代確保できるわっと小さく呟くのが聞こえて、胸が痛んだ。

 青い屋根の家で仕送りを貰うのではなく送っているのは、恐らく私とイファンぐらいだろう。
 単純計算して二人行けば倍貰えるというのに、なぜリリファリアを行かせまいとしていたのか。伯父さんの真意は未だ不明のままだ。


「喫茶店にでも入って休憩する? リリ」

 店を出て暫くすると、ミーキアが歩みの遅い私に声を掛けてくれた。

「いえ。お金がもったな……人に酔ってしまったので、人の多いところへ行くのはちょっと。あ……その辺の建物の影で休憩して帰りますわ。ミーキアは先に帰っててよろしいわよ。今日は付き合ってくれてどうもありがとう」

 建物の間に置いてある木箱を指さしてミーキアを見たら、口がへの字になっていた。
 顔半分フクロウのマスクで隠れているので、イマイチどういう表情なのか読みにくい。

「そこの木箱に座って待ってて。ジュースでも買ってくるから」

 声が固い。

「えっ? でも」

「いいから」

 有無を言わせぬ強い口調に、内心ドキドキしつつ頷いた。

「……うん」

 ミーキアは聞き上手で、いつもはそんなに自分を主張してこない。からかったりされることは多いけれど、怒っているのは初めて見た。たぶん怒ってる……よね。
 私は、ミーキアの背中を見送り、とぼとぼ歩いて木箱に腰を下ろした。

 今のところ高熱を出して倒れるということはないが、リリファリアの体力のなさにはほとほと困り果てている。どれだけ念入りに……初回から空回ったけれど、計画して実行しようとしても、こうして迷惑をかけてしまう。

 早くこの世界に慣れて、いろいろ工夫しなければ。考えて考えて考え抜いて、いろいろ試してみれば、ひょいひょいこなせなくても何か方法があったりするときもあればないときも……。

 ないときはやり直せる。大丈夫。

 私は、うーんと伸びをして首をまわし、体の力を抜いた。

 さっきまで歩いていた通りから、微かににぎやかな音が聞こえてくる。

 このくらいが丁度いい。 
 昼休みの教室で微睡んでるときみたいな、少し寂しくて、ほっとするような距離感。

 ああ……でもちょっと寂しさの割合……増えたかな。

 安心出来たのは、学校があったからかもしれない。
 毎日友達に会える環境がなくなって。やらなければならないことが増えて。やりたい事がわからなくなって。そして今だにわかりません。

「ああ~~~っ」
 
 腕を伸ばしながら声を出した。時間が出来るとすぐにこういうことを考えてグルグルしてしまう。
 少しくらいはこの場を楽しめたらいいんだけど。せっかくのファンタジー。せっかくの乙女ゲームなんだしね。

 私は、なるべく頭の中を空にして、建物の影から辺りを見渡した。

 こっちの細い通りは店の裏にあたるのだろうか。
 大小さまざまな箱が置いてあって、ときどき大きな馬車が通る。

 そういえば馬ってあんまり近くてで見たことないな。

「馬乗る機会とかあるのかな~~」

 わざわざ声に出し、屋根と屋根の間から空を見上げ、息を吸いんだ。
 そして
 ふーっと吐きながら前を見……

「っ!?」

 すぐ目の前に少年が立っていた。

「おあっ」

 驚いて、吐きかけた息を飲んだ。

 いつの間にっ!?

 褐色の肌。真っ白な長い髪。前髪の隙間から覗くアイスブルーの瞳が、私……を通り抜けて後ろの壁もすり抜けて、まるでどこか遠くを見ているような。目の前に居るのに目が合っている気がしない。
 着てる服はボロボロだけど、汚さとは程遠い、綺麗すぎて存在感すらなくしたような美少年だ。

 思わず見惚れていると、少年が、そっと人差し指で私の足元を指さした。

 私はぼーっとしたまま自分の足元を見て、それから少年を見て、また足元を見た。

「あ。もしかしてこの木箱?」

 少年が頷いた。

「ごめんね」

 慌てて退くと。
 少年は、こっちを見もせず、ヒョイっと重そうな木箱を持ち上げた。少年の腕の長さでは木箱の端に届かない。前も見ずらそうだ。
 私は、せめてこの狭い場所を抜けるまで手伝おうと前にまわり込み。

「あっ!! ちょっ!? 腕っどうしたの!?」

 少年の腕に、ぱっくりと十センチぐらいの切り傷があることに気付いた。まだ血が止まっていないのか、ポタポタと滴っている。
 私はまた慌てて、右ポケットに手を突っ込んだ。

「ハンカチない」

 左ポケットに手を突っ込んで、掴んだものを取り出す。
 何件目かの店で、断り切れずに買ったペパーミント色のリボンだ。

 私は、少年の腕を掴んで一度木箱を下ろさせ、リボンをグルグル……上手く巻けない。
 何度か失敗を重ねながらも、なんとか巻ききって、蝶々結びした。

「痛いだろうけど、砂とか入ってもよくないから」

 少年は何も答えず。けれどアイスブルーの瞳が、しっかり私を映してーー揺れた。

「…………」

 刹那。
 アイスブルーの世界に落ちたような、不思議な感覚に襲われた。
 ずっとその場所に居たいような、逃げ出したいような。私はざわつく胸を押さえた。

「っ……と……早く家に帰って消毒して、ちゃんと治療したほうがいい……よ」

 少年の腕を離し、笑いかける。頑張って口の端を持ち上げる。
 
「これ。どこに運ぶの? 人を待ってるから遠くまではいけないけど、ちょっと手伝おうか?」

 少年は、何も言わず。動こうとせず。まだじっと私のことを見ている。

 見続けている。

 何かを訴えかけるようにじっと。

 不審がられてる?
 自然な笑顔で接したいんだけれども。やろうとすればするほど顔の筋肉が固くなる。生前と同じ現象だ。
 がんばれリリファリアの表情筋。私よりは鍛えられてきたはずだ。

「えっと……大丈夫? すごく痛い? お家の人どこかな。呼んでこようか?」

 少年が、パクっと口を動かした。息が漏れただけで、何の音もしなかったけれど、何か、言いたい事があるみたいだ。
 私は腰を屈めて耳を澄ませ。

「おいコルァ!! どこだ愚図三号!! さっさと荷物積み込め!!」

「っ!?」

 どこからか響いた男の怒鳴り声に体をすくめ、すぐそばにあった少年の肩を抱き寄せた。

 今の一瞬で鳥肌が立った。
 コンビニに入ろうとしたら、たむろってるヤンキーと目が合ったみたいな、そんな感じの危険を感じた。

 聖都は治安がいいって聞いてたけど。 

「なんだろう。怖いね。取りあえずあっちの通りに出ようか」

 物騒なものは避けた方がいい。
 私は、声がしたのと反対側、ミーキアが居るであろう方向に少年を連れて行こうとした。

「っと……?」

 ひっぱっても動かない。

「どこだっつってんだよ!!」

 声が近づいてきた。
 
 やばい。

 なんとしてでも連れて行こうと力いっぱい引っ張ったら、腕をポンっと撫でられた。少年は、落ち着いた表情で声がした方に目をやった。

 向こうの通りに大きな馬車が停まっており。その横に、強面の大男が居る。

「っえ?」
 
 少年は、ヒョイと私の腕をくぐり抜けて再び木箱を持ち上げ、大男の居る方へ歩いて行こうとした。

「あっあのちょっと……待って」

 小声で呼び止めると、振り返って軽く会釈された。
 お礼というよりは、これ以上踏み込むなと制するような態度だ。

「……」

 私は……黙って頷いた。

 彼には彼の人生があるんだ。私が口出しすることじゃない。なんで怪我してるのかとか。あの強面絶対堅気じゃないとか。いっぱいいっぱい気になるけれど。

 呼び止められなかった。

 小さな背中が遠のいて行く。薄暗い路地裏から光の中へ。
 
 白い髪が日の光に溶け、褐色の肌に巻かれたペパーミント色のリボンが風に舞った。刹那、アイスブルーの瞳が再びこっちを見て、すぐに逸らされた。

「あっ」

 そのコントラストが、唐突に私の記憶の中にあるものと合致した。

 あれは。あの子は確か。

「ヘイツ?」

 名前を思い出し。
 慌てて路地裏から走り出たら、既に馬車は走り去った後だった。
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