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回想その6
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次の日から私は、青い屋根の家への引っ越し準備に勤しむこととなった。
補修個所が多いドレスを年季の入った皮の鞄に詰め込むたび、リリファリアとイファンの苦労が伺えた。
従姉妹の方がよっぽどいい服を着ているし、日当たりのいい広い部屋を使っている。完全にシンデレラ状態だ。加えて、リリファリアは病気をすることが多かったらしく、枕元の木箱に大量の処方箋が入っていた。
年々医者にかかる回数が増えている。つい一か月前も高熱で倒れたようだ。
ゲーム中は妖魔王がついてたから元気だったのか。それとも映ってないところではぐったりしてたのか。
自己中心的で高慢なパーフェクトお嬢様じゃなくて、病弱で、イファンが言うには人見知り、不器用。
でも病弱が原因で青い屋根の家へ行かせまいとしていたっていうんじゃないみたいだし。そもそもイファンは青い屋根の家へ行きたくなさそうだった。
なぜに?
私は、首を傾げながら、念のため残った薬類を鞄につめこみ。同じく枕元に置いてあった分厚い本を手に取った。
中は写真……レインク姉妹のアルバムだった。
「…………ん?」
めくってみると。リリファリアが前でふんぞり返って、イファンが後ろにそっと隠れている構図ばかり。
写真だけで判断するのもなんだが、とても病弱で人見知りには見えない。大きくなるにつれて変わっていったとかかな。
うーーん。リリファリアのキャラがいまいち掴めないぞ。
私は、アルバムを更に何ページかめくった。
ペリっと剥がれる音。指先に触れる固さが、生きてるんだなぁと実感させる。
こんなわけのわからない場所で、他人のアルバムめくってそんな気持ちになるなんて。
「お姉さまこれ覚えてる?」
「っぶあ」
驚いて舌を噛みそうになりながら振り向くと。
イファンが後ろからアルバムをのぞき込んで、懐かしそうに目を細めていた。
いつの間に居たのか。まったく気付かなかった。
「この二人してずぶ濡れの写真」
イファンが、そっと指さしたのは、お揃いの水色ワンピースを着た姉妹が、ずぶ濡れでムスっと顔を顰めている写真だった。
「っ……え……っと」
覚えているわけがない。
「忘れたフリしたってだめよ。お姉さま」
イファンが、クスっと笑った。えくぼが可愛らしい。
「これ、私が、かけっこで初めてお姉さまに勝った日の写真よ」
「そう……でしたかしら」
「そうよ。お姉さま足が速くて、いや速いっていうかもう、犬より速かったから、誰も勝てなかったんだけど」
「え」
「でもこの日は、私が勝ったの」
「犬よりっ!?」
「そしたらお姉さま悔しがって、私がお母さまに買って貰った麦わら帽子を、池に投げ込んだのよ」
犬より速いって……リリファリアが?
っていうか、何そのひどい行為は。
「手が滑りましたとか言って。私に取りに行けって池の淵でふんぞり返ってたわ」
リリファリアーー!
「そしてそのまま池に落ちて行ったわ」
…………うわぁ。
「私、お姉さまを助けるために結局池に飛び込んだのよ。でもお姉さま次の日には案の定高熱出して…………」
「お……覚えてませんわ」
よくわからないけれど、出来ることなら忘れてあげて欲しい。
恥ずかしくなって俯いたら、イファンが後ろから手を伸ばして、さらにページをめくった。
アルバムは半分ほどしか埋まっておらず、残りのページは空白だ。
「じゃあ二度目は覚えてるかしら」
イファンが、空白個所をポンっと指さした。
「二度目?」
素直に聞き返したら、イファンは、少し寂しそうに、けれどどこか誇らし気な顔をした。
「そう。二度目……。
お父さまとお母さまの葬儀がすんで一か月たったぐらいかしら。私、お母さまやお父さまの写真を見たり、買っていただいたものを見るたびに……泣いてばかりいたでしょ」
メニュ―画面が強制起動して、脳内に再現VTRが流れ出した。
ハムスターが、洋服や帽子やぬいぐるみ、写真などを広げたベッドの上でシクシク泣いている。
ものすごく可哀想だ。
そこにもう一匹ハムスターが現れ、ベッドの上の品々を次々拾い上げて腕に抱え、庭に走り出ていった。
泣いていたハムスターはそれを追いかけて外へ……。
両手いっぱい、両親との思い出の品を抱えたハムスターは、そのすべてを庭の池にジャパンっと投げ込んだ。
『何するのっ!! お姉さま!!』
たぶんイファンハムスターが池の淵に膝をついて叫んだ。
たぶんリリファリアハムスターは、プイっとそっぽを向いた。
『見るたびに泣くようなもの。いらないでしょ』
『何言ってるの!? 大事なものなのに!!』
イファンハムスターがリリファリアハムスターに掴みかかって、わんわん喚いている。
二匹のハムスターが取っ組み合いし出した。
『あんなものいらない! 想い出なんていらない!! だって二人は私たちを捨てたのよ!』
リリファリアハムスターの言葉で、イファンハムスターがピタっと止まった。
若干リリファリアハムスターのセリフが棒読みっぽかったけれど……。
『どういうこと?』
『二人はね、このボロ邸が嫌になったのよ。それで、私に押し付けてどこかへ行ったの。死んだなんて嘘よ』
『……え……?』
『お父さまだってそういう経緯でここに居たんだから、なんら不思議はないわ。私がもう立派な大人になったから、二人は自由になったのよ。少し唐突で強引だったけれどね』
『でも……でもお姉さまはまだ八歳でしょ』
『大人と子供の境界線は年齢じゃないのよイファン。とにかく二人はどこかで生きてるんだから。そんなもの見て泣いたって仕方ないわ。私が財布を握ったら、ときどき買ってあげるから、それを大事になさい』
『お姉さま……』
ハムスターたちの芝居……イファンの思い出VTRが終わった。
「私だってもう大人よ。自分の夢くらい自分で収拾つけられるのに……」
一緒にアルバムを見ていたイファンは、静かな声でそう言って、部屋を出て行った。
それ以降、邸を出発するまでの数日間、イファンとはまともに会話することもなく、見送りも、手を振る程度だった。
きっとあのときから姉を追いかけようと決めていたのだろう。
ーーーーーー
こうしてリリファリア一人が青い屋根の家へ入居することになり。エイラス陛下に呼び出される現在に至った……のだけれど。
まだ名案も名台詞も浮かばない。
私は、必死に言い訳する伯父さんではなく、黙って横に居るイファンを盗み見た。
元々ここへ来たくなかったのなら、姉の厚意だか企みだかを、素直に受け取っておいてくれればよかったのに。
いくら心配だからって、考えもなしに塀なんて乗り越えちゃいけないよ。
ほら、伯父さんの顔見てみ? ざまあみ……じゃなくて、溶けた蝋燭みたいに汗かいて、哀れな状態だよ。
このままじゃ断罪されちゃうよ。ざまぁみさら……。
駄目だ考えがだんだんおかしくなってきた。
ここは私がなんとかしなければならない場面なんだ。なんとかしなければ。
考えろ考えろ。違う道があるはずだ。ないときもあるけど。あるときもある。
うーーーーーーーーん。うーーーーーーん?
うまく情報が引き出せない。ハムスターも同じく、あれこれ提案しては却下してを繰り返している。
たぶん、本編と違う部分というのが人の生死ってことが重すぎるからだ。適当言って失敗して、やっぱ伯父さん殺しておこうってなったら……。
「伯父さまは、私の書類を忘れて行ったのです!」
そうそう。この一言。
これこそが本来、エイラスに、なぜ妹の書類を提出しなかったのかと問われた際、リリファリアが言う言葉だ。
少し違うけど。
それを、イファンが声高々と言い放ったもんで、私の思考がつにパーンした。
「お姉さまが書類を持って追いかけたのですが、伯父さまが事故にあって怪我をしたので動転してしまって、そのまま一人分の書類を提出することになってしまったんです」
「怪我?」
エイラスが訝し気な表情で、側近らしき男を見た。
側近は王様の方を見ずに、暫し虚空を見つめ…………頷いた。
「はい。確かに、彼は書類を届けに来た日、階段から落ちまして。書類は、こちらから病室に取りに行ったそうです」
「そうか」
「そっその通りでっ」
「しかしレインク殿。入居書類が届いたときにおかしいとは思わなかったのか?」
「そっそれは」
伯父さんが、喉を詰まらせたカエルみたいな声を出した。
「後からくるものだと思ったのです。私は、年齢的にもう少し後なのかと。姉妹が共に行けるよう配慮してくださっているとは知りませんでした」
イファンが、まっすぐ背筋を伸ばしてそう言った。
「はい! そうなのです! 書類さえ提出してしまえば。後はもうっそちらのタイミングと申しますか、そういうものだとっ」
伯父さんは即座にイファンに同意し、頭を下げた。
「…………」
エイラスは、伯父さん、イファンと順に見つめ、最期に私を見据えた。
私……疑われてないよね。
妖精一族は、人の気に敏感だ。ゲーム内だと、妖魔王が力を使ってリリファリアの気を隠していたが、今の私はダダ漏れだ。
何か素敵なことでも考えよう。
明るくて楽しい。ふわふわした気分になるような。
いかん。ハムスターしか出てこない。ハムスターが櫛で逆毛を作り、全身ふわふわにしようとしている様子しか出てこない。
「わたくしの勉強不足で! 申し訳ございませんかぎりで!!」
伯父さんが、さらに深々と頭を下げ。イファンも静かにそれに倣った。
私も慌てて頭を下げ、ギュっと目を閉じた。
ゲームでも、リリファリアとイファンはエイラスに頭を下げて……いや、リリファリアはまっすぐエイラスと対峙していたかもしれない。
堂々と、何の非もございませんといわんばかりに。
私もそうするべきだったか。
でも今更頭をあげるのもおかしいし、かといってこのままなのも。
迷っていたら、小さなため息が一つ聞こえた。この場でため息をつけるのはエイラスしかいない。
耳の奥で自分の鼓動が聞こえる。バクバク心臓が鳴っている。
お願いしますエイラス陛下。こんな伯父さんだけれども。妻も子もいるんです。あなたの選択にすべてがかかってるんです。
「事故に遭われたというのに、何の配慮もせず事務的に処理したこちらにも非がある。お互い誤解があったとういことで、今回のことは不問とする。イファンにはこのまま青い屋根の家へ入居してもらうことになるが、構わないな?」
陛下ーーーー!!
「はっ! はい!! もちろんです!! ありがとうございます!!」
あきらかに納得していない様子だったのに、許してくれた。
伯父さんは何度も何度も頭を下げてお礼を言い。イファンはニッコリ満面の笑みでエイラスを見つめている。
エイラスは、疲れた様子で大きな椅子に体を預け、手だけで側近に合図した。
「話は以上です。どうぞお下がりください」
「はいぃっ! ありがとうございましたぁ!」
私たち三人は、もう一度深々と頭を下げ、その場を後にした。
ああ。
シナリオ通りの言葉を言えばよかっただけなのに。
伯父さんなんて無視して、忘れ物届けようとした話をすればよかっただけなのに。
ものすごく遠回りして考えたあげく、シナリオなんて全く知らないイファンに言って貰うという、大人としても姉としても立場がないことになってしまった。
イファンはイファンでいろいろ考えて来たというわけだ。
私って一体。
容量悪いな。と職場で先輩に舌打ちされたことを思い出し、それを脳内でハムスターが一生懸命消そうとしてくれたけれど。出来なかった。
このままじゃいかん。
このままじゃ……。
失敗したら戻れるから、大丈夫だよ。失敗して戻って失敗してもまた戻れるよ。やってみようよ。
ハムスターが言ったのか、それとも私の考えなのか。
私は、内心床に頭がつくほど深く頷いた。
補修個所が多いドレスを年季の入った皮の鞄に詰め込むたび、リリファリアとイファンの苦労が伺えた。
従姉妹の方がよっぽどいい服を着ているし、日当たりのいい広い部屋を使っている。完全にシンデレラ状態だ。加えて、リリファリアは病気をすることが多かったらしく、枕元の木箱に大量の処方箋が入っていた。
年々医者にかかる回数が増えている。つい一か月前も高熱で倒れたようだ。
ゲーム中は妖魔王がついてたから元気だったのか。それとも映ってないところではぐったりしてたのか。
自己中心的で高慢なパーフェクトお嬢様じゃなくて、病弱で、イファンが言うには人見知り、不器用。
でも病弱が原因で青い屋根の家へ行かせまいとしていたっていうんじゃないみたいだし。そもそもイファンは青い屋根の家へ行きたくなさそうだった。
なぜに?
私は、首を傾げながら、念のため残った薬類を鞄につめこみ。同じく枕元に置いてあった分厚い本を手に取った。
中は写真……レインク姉妹のアルバムだった。
「…………ん?」
めくってみると。リリファリアが前でふんぞり返って、イファンが後ろにそっと隠れている構図ばかり。
写真だけで判断するのもなんだが、とても病弱で人見知りには見えない。大きくなるにつれて変わっていったとかかな。
うーーん。リリファリアのキャラがいまいち掴めないぞ。
私は、アルバムを更に何ページかめくった。
ペリっと剥がれる音。指先に触れる固さが、生きてるんだなぁと実感させる。
こんなわけのわからない場所で、他人のアルバムめくってそんな気持ちになるなんて。
「お姉さまこれ覚えてる?」
「っぶあ」
驚いて舌を噛みそうになりながら振り向くと。
イファンが後ろからアルバムをのぞき込んで、懐かしそうに目を細めていた。
いつの間に居たのか。まったく気付かなかった。
「この二人してずぶ濡れの写真」
イファンが、そっと指さしたのは、お揃いの水色ワンピースを着た姉妹が、ずぶ濡れでムスっと顔を顰めている写真だった。
「っ……え……っと」
覚えているわけがない。
「忘れたフリしたってだめよ。お姉さま」
イファンが、クスっと笑った。えくぼが可愛らしい。
「これ、私が、かけっこで初めてお姉さまに勝った日の写真よ」
「そう……でしたかしら」
「そうよ。お姉さま足が速くて、いや速いっていうかもう、犬より速かったから、誰も勝てなかったんだけど」
「え」
「でもこの日は、私が勝ったの」
「犬よりっ!?」
「そしたらお姉さま悔しがって、私がお母さまに買って貰った麦わら帽子を、池に投げ込んだのよ」
犬より速いって……リリファリアが?
っていうか、何そのひどい行為は。
「手が滑りましたとか言って。私に取りに行けって池の淵でふんぞり返ってたわ」
リリファリアーー!
「そしてそのまま池に落ちて行ったわ」
…………うわぁ。
「私、お姉さまを助けるために結局池に飛び込んだのよ。でもお姉さま次の日には案の定高熱出して…………」
「お……覚えてませんわ」
よくわからないけれど、出来ることなら忘れてあげて欲しい。
恥ずかしくなって俯いたら、イファンが後ろから手を伸ばして、さらにページをめくった。
アルバムは半分ほどしか埋まっておらず、残りのページは空白だ。
「じゃあ二度目は覚えてるかしら」
イファンが、空白個所をポンっと指さした。
「二度目?」
素直に聞き返したら、イファンは、少し寂しそうに、けれどどこか誇らし気な顔をした。
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ハムスターが、洋服や帽子やぬいぐるみ、写真などを広げたベッドの上でシクシク泣いている。
ものすごく可哀想だ。
そこにもう一匹ハムスターが現れ、ベッドの上の品々を次々拾い上げて腕に抱え、庭に走り出ていった。
泣いていたハムスターはそれを追いかけて外へ……。
両手いっぱい、両親との思い出の品を抱えたハムスターは、そのすべてを庭の池にジャパンっと投げ込んだ。
『何するのっ!! お姉さま!!』
たぶんイファンハムスターが池の淵に膝をついて叫んだ。
たぶんリリファリアハムスターは、プイっとそっぽを向いた。
『見るたびに泣くようなもの。いらないでしょ』
『何言ってるの!? 大事なものなのに!!』
イファンハムスターがリリファリアハムスターに掴みかかって、わんわん喚いている。
二匹のハムスターが取っ組み合いし出した。
『あんなものいらない! 想い出なんていらない!! だって二人は私たちを捨てたのよ!』
リリファリアハムスターの言葉で、イファンハムスターがピタっと止まった。
若干リリファリアハムスターのセリフが棒読みっぽかったけれど……。
『どういうこと?』
『二人はね、このボロ邸が嫌になったのよ。それで、私に押し付けてどこかへ行ったの。死んだなんて嘘よ』
『……え……?』
『お父さまだってそういう経緯でここに居たんだから、なんら不思議はないわ。私がもう立派な大人になったから、二人は自由になったのよ。少し唐突で強引だったけれどね』
『でも……でもお姉さまはまだ八歳でしょ』
『大人と子供の境界線は年齢じゃないのよイファン。とにかく二人はどこかで生きてるんだから。そんなもの見て泣いたって仕方ないわ。私が財布を握ったら、ときどき買ってあげるから、それを大事になさい』
『お姉さま……』
ハムスターたちの芝居……イファンの思い出VTRが終わった。
「私だってもう大人よ。自分の夢くらい自分で収拾つけられるのに……」
一緒にアルバムを見ていたイファンは、静かな声でそう言って、部屋を出て行った。
それ以降、邸を出発するまでの数日間、イファンとはまともに会話することもなく、見送りも、手を振る程度だった。
きっとあのときから姉を追いかけようと決めていたのだろう。
ーーーーーー
こうしてリリファリア一人が青い屋根の家へ入居することになり。エイラス陛下に呼び出される現在に至った……のだけれど。
まだ名案も名台詞も浮かばない。
私は、必死に言い訳する伯父さんではなく、黙って横に居るイファンを盗み見た。
元々ここへ来たくなかったのなら、姉の厚意だか企みだかを、素直に受け取っておいてくれればよかったのに。
いくら心配だからって、考えもなしに塀なんて乗り越えちゃいけないよ。
ほら、伯父さんの顔見てみ? ざまあみ……じゃなくて、溶けた蝋燭みたいに汗かいて、哀れな状態だよ。
このままじゃ断罪されちゃうよ。ざまぁみさら……。
駄目だ考えがだんだんおかしくなってきた。
ここは私がなんとかしなければならない場面なんだ。なんとかしなければ。
考えろ考えろ。違う道があるはずだ。ないときもあるけど。あるときもある。
うーーーーーーーーん。うーーーーーーん?
うまく情報が引き出せない。ハムスターも同じく、あれこれ提案しては却下してを繰り返している。
たぶん、本編と違う部分というのが人の生死ってことが重すぎるからだ。適当言って失敗して、やっぱ伯父さん殺しておこうってなったら……。
「伯父さまは、私の書類を忘れて行ったのです!」
そうそう。この一言。
これこそが本来、エイラスに、なぜ妹の書類を提出しなかったのかと問われた際、リリファリアが言う言葉だ。
少し違うけど。
それを、イファンが声高々と言い放ったもんで、私の思考がつにパーンした。
「お姉さまが書類を持って追いかけたのですが、伯父さまが事故にあって怪我をしたので動転してしまって、そのまま一人分の書類を提出することになってしまったんです」
「怪我?」
エイラスが訝し気な表情で、側近らしき男を見た。
側近は王様の方を見ずに、暫し虚空を見つめ…………頷いた。
「はい。確かに、彼は書類を届けに来た日、階段から落ちまして。書類は、こちらから病室に取りに行ったそうです」
「そうか」
「そっその通りでっ」
「しかしレインク殿。入居書類が届いたときにおかしいとは思わなかったのか?」
「そっそれは」
伯父さんが、喉を詰まらせたカエルみたいな声を出した。
「後からくるものだと思ったのです。私は、年齢的にもう少し後なのかと。姉妹が共に行けるよう配慮してくださっているとは知りませんでした」
イファンが、まっすぐ背筋を伸ばしてそう言った。
「はい! そうなのです! 書類さえ提出してしまえば。後はもうっそちらのタイミングと申しますか、そういうものだとっ」
伯父さんは即座にイファンに同意し、頭を下げた。
「…………」
エイラスは、伯父さん、イファンと順に見つめ、最期に私を見据えた。
私……疑われてないよね。
妖精一族は、人の気に敏感だ。ゲーム内だと、妖魔王が力を使ってリリファリアの気を隠していたが、今の私はダダ漏れだ。
何か素敵なことでも考えよう。
明るくて楽しい。ふわふわした気分になるような。
いかん。ハムスターしか出てこない。ハムスターが櫛で逆毛を作り、全身ふわふわにしようとしている様子しか出てこない。
「わたくしの勉強不足で! 申し訳ございませんかぎりで!!」
伯父さんが、さらに深々と頭を下げ。イファンも静かにそれに倣った。
私も慌てて頭を下げ、ギュっと目を閉じた。
ゲームでも、リリファリアとイファンはエイラスに頭を下げて……いや、リリファリアはまっすぐエイラスと対峙していたかもしれない。
堂々と、何の非もございませんといわんばかりに。
私もそうするべきだったか。
でも今更頭をあげるのもおかしいし、かといってこのままなのも。
迷っていたら、小さなため息が一つ聞こえた。この場でため息をつけるのはエイラスしかいない。
耳の奥で自分の鼓動が聞こえる。バクバク心臓が鳴っている。
お願いしますエイラス陛下。こんな伯父さんだけれども。妻も子もいるんです。あなたの選択にすべてがかかってるんです。
「事故に遭われたというのに、何の配慮もせず事務的に処理したこちらにも非がある。お互い誤解があったとういことで、今回のことは不問とする。イファンにはこのまま青い屋根の家へ入居してもらうことになるが、構わないな?」
陛下ーーーー!!
「はっ! はい!! もちろんです!! ありがとうございます!!」
あきらかに納得していない様子だったのに、許してくれた。
伯父さんは何度も何度も頭を下げてお礼を言い。イファンはニッコリ満面の笑みでエイラスを見つめている。
エイラスは、疲れた様子で大きな椅子に体を預け、手だけで側近に合図した。
「話は以上です。どうぞお下がりください」
「はいぃっ! ありがとうございましたぁ!」
私たち三人は、もう一度深々と頭を下げ、その場を後にした。
ああ。
シナリオ通りの言葉を言えばよかっただけなのに。
伯父さんなんて無視して、忘れ物届けようとした話をすればよかっただけなのに。
ものすごく遠回りして考えたあげく、シナリオなんて全く知らないイファンに言って貰うという、大人としても姉としても立場がないことになってしまった。
イファンはイファンでいろいろ考えて来たというわけだ。
私って一体。
容量悪いな。と職場で先輩に舌打ちされたことを思い出し、それを脳内でハムスターが一生懸命消そうとしてくれたけれど。出来なかった。
このままじゃいかん。
このままじゃ……。
失敗したら戻れるから、大丈夫だよ。失敗して戻って失敗してもまた戻れるよ。やってみようよ。
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