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第二十一話

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『おい。トム。来てやったぞ』

 何がどうしてこうなったのかいまいちよくわからないのはここへ来てからずっとだが、ときどきスワルさんが、トムな私に会いに来るようになった。
 『来るなという方が不自然じゃからのう。そなたを怪しんで確かめに来ておるようにも見えぬし、話をするくらいなら良いと思うぞ』とバレるなというわりに、フラミアさんの許可は得ている。『良いと思う』の部分しかわからなかったけど。

 会話の実戦経験をつめるからいい……かな。

 スワルさんの話は、コトリ様がああだったこうだった。イグライト兄上は無事だろうか。リリョスさんの悪口。
 の三部構成だった。

 もしかして、という段階だけれど、リリョスさんが以前描いた家系図と照らし合わせたところ、スワルさんとイグライトさんは兄弟で、リリョスさんが異母兄なのではないかと……。そしてイグライトさんという人は、フラミアさんの夫で、これもたぶんだが、私に跪いたあの王子のことではないかと……。

『母上が提案した策は突飛すぎると思うんだ。なにせリリョス殿頼りだ……絶対途中で失敗するか逃げ出すだろうし……僕も戦場へ行ければいいのに……』

 彼の話で、リリョスさんが戦に行ったのだということを知ったときは、体の震えが止まらなかった。
 スワルさんが、心配して医者を呼ぼうとしたから、それはなんとか止めた。

 モンスターとかと戦っているのではなく、戦争だったなんて。

 気になって、どういう策なのか知りたいと言ってみたら。彼は後日、なんとなんと、私の元へ空風コトリを連れてやってきてしまった。

 フラミア邸の庭に入って来た二人を発見した私は、慌てて邸内へ逃げた。
しかし、追いかけるようにロップが来て

『スワル様がアンタのこと呼んどんで。音の子さま連れて。なんや彼女やったら誰にでも言葉を送れるからとか言うて。あんた正体バレとらんやろな?』

 そうきたかーー! ありがたいけどピンチ!

 私は、ロップに事情を説明しようかと思ったが、そんな時間なかったので、タンスに入れていた薄紫色のスカーフを出して、口元を覆ってみた。

『ちょっ!? 更に変装して行く気か? あかんて骨格でバレてまうて』

 ロップは、自分のポケットからハンカチを出し、バリっと破って二枚にして、それを口元に巻いたスカーフの中……私の両ほほあたりに丸めて詰め込んだ。
 それから、ビーっとテープを取り出して、私の目をギュイっと引っ張ってこめかみあたりに張り付けた。
 眼鏡と髪の毛でテープは見えないだろうけど、視界が狭い。

『……ここまですれば別人に見えるやろ。スワル様には虫歯で顔腫れとるって言えばええわ』

 私は新しい言葉 『むしばで顔はれとぉる』 を携えて、二人の居る庭へ向かった。本来なら、調子が悪いとか言って逃げたほうがいいぐらいのピンチかもしれないのに、そうしようとは思わなかった。知りたい気持ちが勝った。

『っ!? どうした!?』

 私の顔を見て心底驚いた顔をしたスワルさんは、別にうつる病気というわけでもないのに、空風コトリの手を取って数歩後ろに下がらせた。
 態度からして空風コトリに正体を見破られてはいないようだが、何気に傷つく。

『そんな顔になるとは……虫歯とは恐ろしいな……っとすみません。コトリ様。通訳をお願いします』

「うん。いいよ」

 空風コトリが、案外あっさり、それもにこやかに了承した。
 私じゃなければいいのか、それとも機嫌がいいのか。よくわからない。元々優しい子なのだとしたら、私は一体いつの間に彼女の怒りを買ったのか……とこれを考えたら永遠にループだ。
 いやでも、怒りを買ったにしても、あのやり方は卑怯だ。腹が立ったならドーンと一人でぶつかって来ればいい…………って私もそんなことしたことないかも。
 考えない考えない。

「えっとね」

 スワルさんが一文話し、それを空風コトリが聞こえたまま私に伝える。
 彼女を疑っていくつか単語を拾ってみたが、正しく訳してくれているようだ。

 この世界で戦が起きている理由を省いて説明し始めたスワルさんだったが、空風コトリが、これはどういう意味? と何度か聞き返したため補足説明が入って、大変助かった。

『コトリ様、確か以前説明を受けてらっしゃったかと……』

「えっ? ……えっと……そうだっけ……あっあれだよっ。来たばかりのときに聞いたけど、あのときは混乱してて怖かったし……ちゃんと覚えてないの」

 空風コトリの、人の話スルースキルと、自分抜きでわけのわからない話をされたら腹立つスキルが役立つ日が来るとは。

『そうでしたか。ええ~っと。トムは知っているだろうが……ここまで来てコトリ様に説明してからというのもあれだし。すまないがコトリ様にもわかるよう説明するから、聞いておいてくれ』

「えっとじゃあ私はスワルの言ってること全部言えばいいの?」

『あっはい。ここは言ってくださいといちいち言うのも面倒ですし。全部でお願いします』

「はいは~い」

 私は、二人に内容が見えないようにメモを取った。

○ この世界では、ウィンネとツバングという二つの国が存在し、音領域を奪い合う戦いを延々と続けている。
○ 音領域というのは、各地に設置された宝珠の振動に支配された地域。
○ 宝珠が出す振動は二種類あって、ウィンネの者はウィンネの音領域でなければ、音を聞くことも発することも、獣化することも出来ず、逆もまたしかり。

 読み返しても理解出来ないかもしれない。空風コトリも聞きながら首を傾げていることがあった。当たり前のことを説明するのは難しいことで、スワルさんもときどき、どうしたものかと、唸っていた。

 獣化はたぶん、耳生やしたり翼生やしたりのことだろうと思う。そこはわかった。

「宝珠の振動をツバングのものにされれば、そこに住むウィンネ人は言葉を交わすことが出来ず、種族の誇りも失う。少し前、何百年もウィンネの音領域だった草域南部が奪われた。逃げ遅れた民は死ぬまで奴隷として扱われる。兄上たちは、その草域南部の奪還作戦に向かわれた」

 空風コトリの可愛らしい声で言われると、危機感が薄れそうになるが、相当緊迫した状況なのだということが、スワルさんの表情から伝わって来た。

 戦。奴隷。死。どれも耳慣れない。知ってるのに知らない言葉ばかり。現実味のない恐怖心が、私の気持ちをボンヤリさせる。
 ものすごく遠いことが、すぐ近くで起きている。わけがわからない。

 このあたりから空風コトリは飽きてきたのか、パタパタと落ち着きがなくなり始めた。

 まるで他人事って感じだ。

 いや……異世界だから他人事……でもおかしくはないんだけど。

「今回の策は、リリョス殿が単身、ツバング負傷兵のフリをして草域南部へ入り込み、宝珠の振動を変えるというものだ。ウィンネ兵と斬り合って負傷するところをわざとツバング人に見せ、且つ意識を失えば、調べを受けることなく敵地へ運び入れて貰える……あれ? リリョスってスワルとイグライトさんのお兄さんでしょう? 話したことないけど、あの超カッコイイ人。 どうして王子様がわざわざそんな危ないことするの?」

 リリョスさんが……単身?

 頭の中が真っ白になりかけた。
 けれど、なんでもない様子の空風コトリを前にそんな風になるのは、なんだか悔しくて、私はグっと拳に力を入れた。

『カッコイ……』

 スワルさんが、ムっと眉間に皺を寄せ、不機嫌な声になった。

「宝珠の振動を変えられるのは王族のみだからです。へ~~。一瞬でも、音領域を取り戻せば、向こうは獣化が解ける。そのすきに外から一気に攻め込み、奴隷を解放して領域も取り戻す。トム、わかったか?」

 私は、空風コトリではなく、スワルさんにコクコクと頷いた。

 それが不満だったのか、空風コトリは、私をジトっと睨んでから、クルっとスワルさんの方を見た。
 一瞬バレたかと思った。

「もういい? 私疲れちゃった」

『あっはい! 後ほどお部屋に行商人を呼びますので、しばしお待ちをっ』

 部屋、商人。
 まさか、空風コトリを物で釣って連れて来た? いやいくらなんでもそんなことないよね。だって彼女はこの世界を救う救世主。女神。神子。なんだっけ。
 大切に扱われて然るべきでもそんな……物を与えてなんてこと……だって戦が起きてるんだよ? 私、情けないことに今知ったけど。空風コトリは前から知って……聞き流してたんだっけ。

 だったらどういうつもりでここに居るの? 本当に帰る方法がないからってだけ?

『トム、コトリ様を部屋へお送りしてくる。しばしここで待て』

 私は頷いた。

 説明は終わったはずなのに……と少し思ったが、どのみちここから動く気力なんてなかった。
 私は自分で書いたメモを見返して、生まれまくった疑問ごと懐にしまい。
 ヘタっと地べたに座り込んだ。

 帰りたい。

 ここで起きたこと全部が夢ならばいいのに。

 夢……だったら、ただ楽しく平和に暮らせる。もしかしたら空風コトリは、今のこの状況を私よりも受け入れてないのかも。夢みたいに思ってるのかも。

 私だって受け入れられないこといっぱいありすぎて……どうしていいかわからないけど、夢だとは思えない。だってみんな幻なんかじゃない。

 そこに居る。

『トム。そんなところに直接座ったら汚れるぞ』

 顔を上げると、スワルさんが正面に立っていた。
 ものすごく早く空風コトリを送って帰って来たのか、それともずいぶん長い間考え込んでいたのか。

 あ……そうだ。説明してくれたお礼言わなきゃ。

 ありがとう という慣れた異世界語でさえ、なかなか出てこず、見上げたままでいると。

 ドサっ

 スワルさんが私の横に腰をおろした。

『お前……さっきの話、どう思った?』

『話……?』

 ぼーっとした声で聞き返すと、顔を背けられた。

『策だ。どう思った?』

 私は、スワルさんの後頭部あたりを見ながら、聞かれた言葉を頭の中で分解構築して、失敗した。

『心配……』

 策のことはわからない。けれど思っているのはそれだけだ。
 スワルさんがハっとした顔でこっちを見た。

『リリョス……さむぁ。心配です』

 もう一度言ったら、スワルさんは、眉間に皺をよせて、唇を嚙みしめ、膝に顔を埋めて、くぐもった声を出した。

『お前優しいやつだな』

 あまり聞こえなくて、でも聞き返せなくて、また彼の後頭部をじっと見ていると。

『最初は……』

 ポツリ。
 話し出したが、止まってしまった。

 スワルさんはゆっくり顔を上げ、空を見た。

『……母上が、僕ではなく、リリョス殿に頼んだことが腹立たしかった。僕は……小さな頃患った病のせいで……半端な翼しか出せない。飛べないから』

 飛べない?

 あの美しい白い翼では空を飛べないということだろうか。

『僕が半端だから……あんな妾の子…………気味の悪い翼を持つ者にって…………でも……本当はわかってた…………あの策は…………あの策は……人を助けるためのものじゃないって。母上は…………兄上を生かすために……リリョス殿を…………でもじゃあ僕はどうなる…………僕は何も出来ないまま……何も残さないままっ消えっ……』

 途切れ途切れな上に長くて、聞き取れない。

 けれどなんとなく、何も出来ない自分がもどかしいのかもしれない……と、そう思った。

 私は、スワルさんの話しが終わるまで、隣でじっと座っていた。私もそうだよなんて……言えるほど頑張れていないから、そうしているしかなかった。
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