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第十三話

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「風が強いなぁ」

 洗濯物が飛んでいきそうだったので、生乾きのまま、取り込んだら、作業着のうさ耳さんが、走ってきて

『今日嵐くる言うとるわ! あんたもうめんどいから家から出たらあかんで!』

 持っていた洗濯物を取り上げ 『うわっ濡れとる』 小屋に放り込み、私のことも同じように、ぽいっと小屋に押し込んだ。

『嵐。来る。家。出ない』

 うさ耳さんが、腕を交差させて、罰マークを作りながら、言った。

『わかた』

 私は、うんうんと頷いた。
 実はさっき、ハミグの使いという人たちが来て、ハミグが描いた嵐の絵を見せて嵐が来ると知らせてくれた上に、柱を補強するとかで、何かやってくれた。
 返事が欲しいと言われ、小屋の中で四苦八苦しながら絵を描いていたため、具体的にどういう補強してくれたのかわからないが、外へ出てみたら、縄がグルグル巻きつけてあった。

『ありがーとぅ』

『風に飛ばされて落ちたら確実に死んでまうからな。今みんな外にあるもん取り込んでバタバタしとるとこや。じゃあ帰るわ』

 何やら忙しい中来てくれたらしい。慌ただしく走り去るうさ耳さんの長い耳が風で揺れていた。
 
 何か大変な嵐が来るんだ。木の上だし。どうなるんだろ。

 どんよりした雲が頭上を流れていく。

「とりあえず洗濯物部屋干ししよう」

 不安になって独り言を言いながら小屋に入ると、ザワザワミシミシと木々の騒めく音が聞こえた。

 私は、そんなに多くない洗濯物を干した後。灯篭の灯りをつけて、ハミグの描いてくれた絵の束と、飴玉一個とガラス玉一個が入った瓶を抱え、まだ夕方にも関わらず、布団をかぶった。

 ミシミシという音が大きくなっていく。辺りが暗くなって、風で窓がガタガタ鳴った。

 しかも、地面が揺れている。

 私は、ベッドから這い出て、床の藁に爪を立ててしがみついた。

 やっぱり木の上だから、太い枝でも揺れるんだ。

 枝が折れるのではないかという恐怖と戦いながら、亀のように布団をかぶって丸まり、長い間じっとしていると、なんだか眠くなってきた。

 起きたらおさまってるよね。

 目を閉じて、うとうとしていると、嵐の音が遠くなりはじめ……。

 ギギギっ! 

 激しい音がした。すぐ近くだ。

 何!?

 覚醒して、起き上がった私は、懐に瓶と絵を入れて、布団を羽織ったまま、恐る恐る窓の外を覗いた。

 ミシミシミシっ!!ギギ!!

 さらに激しい音が室内に響いた。 

「えっ?」

 すっかり暗くなった庭の中に、黒い影が幾つか見えた。目を凝らすと、人影が一つ、二つ……六つはある。

 ギリギリギリミシシッ!!

「きゃっ!?」

 あまりに大きな音が響いたので、驚いてドアへ走り、庭に転がり出た瞬間。

 ゴゴガガッドシャーーーン!!!!

 背中に轟音を受け、前のめりに転けた。

 叫び声も上げられないほどの恐怖で体を震わせながら顔を上げると、人影たちが背中を向けて走っていくのが見えた。
 庭に、不自然な縄が何本か落ちており、その全てが後ろの小屋に向かって伸びている。
 暴風雨に体をあおられながら、恐る恐る振り返ると、すぐ目の前に屋根があった。

「な……に?」

 屋根が落ちて、小屋がぺったんこになっていた。

 手前の二本の柱が見事に折れて、丁度その箇所に、庭から伸びた縄が括られている。

 何で……何……で……?

 私は、震えながら、手を伸ばして、散らばった葉っぱと藁を拾い集めた。

 怖くて、どうすればいいのかわからない。じっとしてもいられない。

 直さなければ。

 震える手で、必死に藁を編んだ。落ち着け落ち着けと言い聞かせながら、嗚咽を飲み込んで、手を動かしていると、ふと、顔にかかる雨が少なくなった。

『怪我は?』

 顔を上げると、リリョスさんが立っていた。
 彼は膝をついて、私に黒い外套をかぶせ、顔や体や足を見て、それから私の手元を見て、なんとも言えない表情をした。

『まだ……ここで頑張る気か』

『リリョス……』

 喉から勝手に声が出て。そしたら涙がブワッと溢れ

『リリョス!!』

 思わず飛びついていた。
 リリョスさんのかけてくれた外套が、風でバサッと飛んでいき、硬い胸板に顔をぶつけた私は、無我夢中で彼にしがみついた。

『フク……離れろ』

 風の音に、彼の低い声が混じって消えた。

『フク』

 名前を呼ばれたことに気づいて、顔を上げると、目が合った。

 私はなんだかよくわからないけれど、思わず笑いかけていた。
 目尻に溜まった涙か雨か、ボロボロっと雫が頰を零れ落ちた。

 リリョスさんは、笑おうとして失敗したみたいな顔をして、私の背中に優しく手を回し、背中をポンポンと撫でてくれた。

『相変わらず、離れろって言葉もわからないんだな……』

 彼の腕の中。冷たかった体にジーンとした温もりが浸透してくる。

 もっと。

 私は、無意識に暖を求めて、その温もりに頰を引っ付けた。
 鼓動が聞こえる。とても安心する音が……全身に響いている。

『もう待てない……』

 体に響く彼の声は、諦めたような、力の抜けた音で……。

 私の方も、切れそうだった緊張が急に緩んだからか、体の力がどんどん抜けて、瞼まで重くなってきた。

 驚いて、怖くて、悲しくて、すごく疲れた。

『いいようにさせて貰うぞ……フク』

 体がブワッと浮くこの感覚は、二度目だった。
 徐々にぼやけていく視界に、私を見下ろす彼がうつった。

 氷のように冷たい瞳で、口の端を持ち上げ、妖しく微笑むリリョスさんの顔は……目を閉じても、まぶたの裏に残っていた。
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