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プロローグ
【オフ04】退院と始まりのプレゼント
しおりを挟む早くに退院できると、聞いた気がしたのだけれど。
良く分からない検査が幾つか増えて、病院生活はもう半月くらいだろうか。
悪いところでも見つかったのかなって、ちょっと不安になったりもした。
けど、どうやらそういう事ではないらしい。
そう、オレにとって悪い事じゃあない。と、いう事しか分からない。
別に教えてくれても良いんじゃあないかって聞いたりもした。
けれど、返ってきた言葉は、
「まぁまぁ。秘密よ、ヒ・ミ・ツ」
なんてニヤニヤした笑顔で言って答えるだけで、肝心な事は決して教えてくれない。
そんでもってオレが拗ねた態度を取ると、
「もう、退院すれば直ぐに分かるから。それまでの辛抱よ」
と言って、オレを子供扱いする始末だ。
ちなみに母さんや父さんも知っている風だった。
案の定というか、自分の考えが甘かったのか、教えてはくれなかった。
この体に外見だがら、ちょっと甘えた感じの態度で迫れば、コロッと教えてくれないかなって思ったオレが浅はかだったんだ。
特に父さん辺りを攻めたのが間違いだった。
退院して落ち着いたら、買い物に行く約束をさせられた。
それも肝心な事を上手くはぐらかされた上に、都合のいい条件で。
まぁ、その約束は先延ばしにして忘れてもらおう。
「はい、これでおしまい」
ヘッドギアを取り外しながら、徐に頭を撫でてくる。
オレは一々撫でないでくれと、目で訴える。
「え~、翡翠ちゃんの髪ってふわっふわでサラサラだから気持ち良いんだもん」
両頬に空気を溜めて膨らませ、撫でるのを邪魔するように頭を振るって拒む。
「あぁんイジワル~。これで退院しちゃって月に何度かしか会えなくなるのに~。あなたを撫でているだけでどれだけ癒されると思っているのよ」
検査室から出て、スケッチブックを手に取る。
『知りません。オレは癒し効果のある人形ですかっ!?』
「……人形じゃなくて小動物? 子猫……は琥珀ちゃんだし。子狐?」
この医者の頭を叩いてやろうと、手や足を精一杯に延ばして暴れる。
が、届かない。
ななさんが撫でる次いでの様に手を伸ばして、しっかりとオレを抑え込むといくら手を振り回そうと空を切るだけで空振りに終わる。
――理不尽だ、この体っ!?
「けど、本当に貴方達が居なくなると、皆が寂しがるのよ。病院なんて長居しない方が良いんだけどね。治る為の元気や勇気、精神的なモノまで私達のプライドも何も軽く打ち砕いてくれちゃってさ――」
そんなため息交じりに愚痴を言われて困る。
なんの事を言っているのか分からず、オレは首を傾げるしかない。
「琥珀ちゃんの時は、子供達と全力で遊ぶし色々と問題起こして、その上に色んな人を巻き込むし、まぁそのおかげで塞ぎ込んでた子やら自暴自棄になってた問題児が元気になってくれたんだけど」
そんなのは本人に言って欲しい、オレは大人しく過ごしていた記憶しかない。
「達って言ったよ。翡翠ちゃんはよりによって年長者さん達に好かれまくりじゃないの」
ジト目で見られて、思わず目を逸らしてしまう。
病院生活は、暇なのだ。
だからちょっと年長者さん達の話に交じり、囲碁や将棋に麻雀といったモノに手を出して混じって遊んで、語ってくれる話は中々に面白かったりした。
将棋や囲碁に麻雀と強い人が多い多い。
「ねぇ、貴方はとりあえず秘密にしなきゃならない人物って自覚、ある?」
ちょっと熱戦を繰り広げた事を思い出している所に、冷たい視線と声ではっと我に返る。
「殆ど事後処理は終わっているから、別に良いのだけれど……なんで、目を覚ましてからの短期間、病院内でこんなにも有名人になってんの? 貴方、馬鹿なのかな」
『す、すみません』
「という訳で、こんご来るときは私に撫でられなさい。散々苦労を掛けたお詫びとして」
勝ち誇った笑みで言われるのが、なんか腹立たしいが迷惑をかけたのは事実なのだろう。
『通院で、きたとき、ぐらいなら……』
「そう。じゃあ、約束よ」
なんか、上手く丸め込まれた気がする。
ちょっと強引に小指同士を組んで指きりの約束をしてしまった。
やたら沢山の人に見送られる。
子供達はやたら「ピンクちゃん」と言われて、別れを惜しまれた。
おじさん達の殆どには「勝ち逃げは許さんからな」と、再戦をせがまれた。
ちなみに、数人は誇った様にふんぞり返って「何時でも相手してやるから」と自身満々で言ってくる人も中に入る。
オレが何度やっても勝てなかった人達だ。
脛ながら睨むと、彼らは嬉しそうに笑うだけ。
「ほ~ら、寂しいのは分かるけど、お父さん達が待ってるんだから」
正面玄関のロータリーに車を回してくれた、母さんの呼ぶ声が聞こえる。
『そんなんじゃない!』と言う意味を込めて体で大きく表現するが、
「はいはい、ちゃんとお別れを言うのよ~」
車の中から微笑ましくオレを見守っている。
――はぁ、もういいや。何を言ってもダメな気がする。
オレは明一杯に腕を伸ばして両手を振ってから車に乗り込んだ。
「最後、両目が……」
「無意識らしいけど、たま~に開くみたいよ」
「琥珀ちゃんですか?」
「でしょうね、琥珀ちゃんが表の時も翡翠ちゃんの意識がハッキリしてると開くらしいわ」
「私は初めてみたんですけど」
「あれ、疲れるらしいのよ。通常の倍で脳の処理をしているのだから当然と言えば当然ね」
「寂しくなりますね~」
「はいはい、仕事に戻るわよ。皆も戻った戻った」
★☆★
『ねぇ、母さん』
「ん~? な~に」
『オレの家ってこんなんだっけ?』
「えぇ、こんなんよ?」
車に乗って見知らぬ道を通って、知らぬ一軒家の駐車場に、いま立っている。
駐車場じゃなくってこの場合は車庫かな。
『もしかしてさ、オレの――』
「翡翠ちゃん、気にしな~いの。新しくってちょっと豪勢になった家に引っ越したんだから、ラッキーくらいに思いなさいな。ちなみに治安もかなりいい場所なのよ」
そう言われてもな、前の場所も良い所だったし。近所さんとの付き合いもあるだろう。
「そうそう、樹一ちゃん親子がお隣よ」
『え? 樹一も引っ越し?』
「えぇ、どうせなら一緒の場所にってね」
なんかオレの知らない間に色々とあったのだろう。
ここまで変わってると、もうただ納得して話を聞くだけしかできない。
というか、自然と母さんに手を引かれて歩いているが、車庫と家がそのまま繋がっている。
なにがちょっと良い家だ、高級住宅じゃないのか。
ちょっと重そうなドアを鍵で開け、一緒に家の中に入った瞬間、
パンッ!! パパンーー っと、派手な音が鳴る。
ビックリしたオレは思わず、母さんの後ろに隠れる様にして抱き着いた。
「「「退院おめでとう」」」
母さんの後ろからゆっくりと顔を出す。
驚いた拍子に落としたスケッチブックを拾って、咳払いで誤魔化し。
『あ、ありがとう』
顔半分を隠すようにして、皆に見せる。
次の瞬間にはふわっといい香りの少し柔らかく、オレは抱きしめられていた。
「よかったよ~。お兄から話は聞いてたけどさ。会いに行きたくてもいけなかったし――」
わんわん泣きながらギュッと痛いくらい抱き着かれて、オレは両腕を大きく振ってわたわたするぐらいしかできない。
この身長だと小鳥ちゃんが少し屈んでようやく胸下辺りになるんだ。なんてちょっと思ってしまう。
「おい小鳥、お前の胸じゃあ窒息の恐れは皆無だが、力が強すぎて翡翠が潰れちまう」
さっと長くて綺麗な黒髪が翻って、樹一の腹めがけて見事なケリを放つ。
良い所に入ったんだろうな、スローモーションでも見ている様にゆっくりと蹲った。
スレンダーな体付きだが、腰から足の引き締まった肉付きの綺麗で健康的な足だ。
『樹一、だ、大丈夫か?』
プルプルと震えながらオレの方に手を置いた。
「おうけ~、大丈夫さ問題は無い」
「ささ、そんなのほっといてパーティー始めましょうね、ゆ……翡翠ちゃん」
『そんな言い直さなくても』
「だって雪兄ぃって言えないし、見えないじゃん」
『せめてさ、ちゃん付けは――』
「それもむ~り、だってどう見てもアタシより年下にしか見えないもん」
オレの腰辺りに手を伸ばして、ひょいっと軽く体を持ち上げられた。
まるで大きめのぬいぐるみでも抱く様に、オレを抱き直してスタスタとリビングの方へと向かって歩き出す。いつの間にか母さんがオレの靴を脱がしている。
「手巻き寿司パーティーだよ~。タコさんもイカさんもあるよ~」
なんで抱き上げられて連れていかれなきゃならない、下ろしてくれよ。
少し暴れてみるが、オレを開放する事は無い。
もういいやと諦めて大人しくなると、頬ずりしながらオレを席まで案内する。
確かにオレの好物が多く用意されていた。タコやイカはもちろんねぎとろや玉子焼き。
樹一達の両親も少し遅れて加わって、バカ騒ぎしながらお昼を楽しむ。
ピーンポーンっと呼び鈴が鳴る。
台所付近にあるビデオモニターの付いたインターホンから、
「「お届け物で~~すよっ!」」
という、明るく元気のいい声が響く。
モニターを皆で覗き見る。
【ズィミウルギア】大きく書かれた紙袋を、二人の少女が一生懸命掲げて見せている。
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