ズィミウルギア

風月泉乃

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プロローグ

【オフ03】不安の始まり、一人じゃないこと

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 日が昇り始める時間、窓を少し開けて肌寒くも澄んだ空気を吸い込み、ゆっくりと吐く。
 オレが目を覚めてから数日、やっぱり変というか、不思議な事が多々ある。
 
 夢であって現実のようで、意識があるのに無い様な。
 自分の意思じゃない、勝手に動く乗り物に乗っている感覚だろうか。
 う~ん、自分の考えを纏めているのに、訳が分からなくなってきた。
 簡単に例えるなら、車の助手席に載っている様なものだと思う。
 
 コンコンと優しいノックの音が鳴る。
 
「幸十君、良いかしら?」
 
 返事を返さなくても、なな先生なら勝手に入ってくるだろうが、とりあえずベッド近くの机に置いてある鈴を返事の代わりに鳴らす。
 
「あら、起きてたの? 眠れなかった?」
 
 聞かれたことに、軽く首を横に振って否定する。
 
《さっき起きたばっかりです》
 スケッチブックを顔前に出して、書いた言葉を見せる。
「そう? でもちょっと不安?」
 
 しばらく俯き、時間が少し経ってから、《はい》と書いたページを、ためらいがち見せる。
 今日は母さん達から「大事な話がある」っと、言われている。
 
 事件の事について、
 自分の体の事について。
 
 そして今後どうするのか。
 キュッとイカの抱き枕を抱いてコロンとベッドに寝転がる。
 なな先生は何も言わず、時間が来るまでオレの頭を撫でていた。
 
 
 
 西願寺さんが最後に病室に来ると、そのまま手際良く色々と説明をしてくれた。
 
 大規模な誘拐事件。組織は壊滅したってこと、唯一オレを捕まえておこなった人体実験。組織内では、この事件を機に内部分裂していてオレを助けようとしてくれた人達が居たらしいこと。だが、組織のアジトは大爆発して犯人達は全滅とのこと。
 
 そんな中で、唯一、オレだけが助かったらしい。
 組織を裏切った人達が、命懸けでオレのことを助けてくれたんだそうだ。
 オレの体は色々と人体実験で弄られていたらしく、病院についても手の施しようが無く、女の子の体になってしまったらしい。
 
 血液検査では、母さんと父さんの子である事は確かなのに、幸十とは全くの別人だという結果が出たというのは、結構なショックだ。
 
 脳も色々と弄られたようで、チップの様な機械がオレの脳と一体化している状態だ。
 
 そして――。
 その影響か、オレの精神的問題か、その両方かもしれない。
 もう一人の人格、オレとは違う自分がいるらしい。
 最初は半信半疑だったけれど、思い当たる事が多々ある。
 
「さて、ここまで色々と話したけど。大丈夫かな」
 西願寺さんが少し心配そうに尋ねてくれる。
 
《はい、なんとか》
 
「全てを理解しなくていいの、適度に適当に大まかに把握が出来ていれば良いの」
 
 小さく頷くものの、ちょっと頭の整理は追いつかない。
 
「ちょっと休憩をする……前に幸十君、君には考えてもらわないとならん事がある」
 厚めのクリアファイルをカバンから取り出して、スッとオレの前に差し出した。
「いまや君は世界的に有名だ。良くも……悪くも、な」
 室内全良、それを見てみれば分かるというような顔でオレを見る。
 
 ファイルを恐る恐る開くと、中には新聞の切り抜きや雑誌の一ページ。
 インターネットのニュース記事をコピーしたモノが大量にあった。
 
 その話題の中心に置かれているのがオレらしい事も、すぐに理解できた。
 
 ――うわぁ~、なんだ、これ。

 自分の事であるのに他人事の様な気持ちで、きっちり纏められているページを流し読む。
 基本的には良い事を書かれている様だが、中には無謀や無茶といった非難の声もある。
 
「いま君の事は我々や色んな人の協力によって世間から隠している」
 
 一瞬、なんでなんだろうと、小首を傾げたら。

 透かさずに、
「幸ちゃん、自分の体のことを忘れたの?」
 母さんが呆れながらも指摘してくれた。
 
《あ、はい》
 
「こほん、そんな訳でだ。君には幾つかの選択肢がある訳だが――」

 幸十をして奇異の目に晒されながら生きていくか、
 名前やら戸籍やらを変えて、別人として生きていくか。
 ずっと隠れ住む様に生きるか。
 そう言って挙げられていく、選択肢と呼べない話。
 
 
 結局、どうやってこんな子供の女の子に変えられたのかは、もう分からない。
 男だった時の幸十として過ごしていく事は、
 今のところ叶わない訳だ。
 あまり考えない様に、意識しないようにしていたけど。
 
 ――結構、精神的にくるな。

 男としての野望が、女の子とのイチャコラ生活が無くなるのか。
 カッコ良くて強い男を目指していたのに、筋肉とか身長とか…… 全然無かったけど。
 
 ――あ、過去のオレの姿を思い出したら、嫌な汗が目から流れてきた。
 
 
「それで、どうするの?」

 え? っと、小首を傾げて母さんの方を見る。
 いつの間にか休憩時間に突入していたらしい。
 
「もう一人の貴方のこと、私達は琥珀ちゃんって呼んでいるわ」

「貴方の頭の中に複数あるチップの様な機械を取り除けば、もしかしたらその子は居なくなるかもしれないわ。ただ、貴方自身にも障害は残ると思うけど」
 
 なな先生がオレの脳のレントゲン写真を見せて、事細かに説明してくれる。
 脳に散りばめられた小さなチップの様なモノは、オレの脳とぴったりと結びつき一体化している様子が良く分かってしまう。
 こっちの問題も、結局は選択肢なんてあってない様なものだ。
 もう無理だと理解出来てしまうと、悩んでいるのがバカらしく思える。
 
 そういう考えに至ると、ふっと別の事が気になり始めた。
 
《ねぇ、もう一人のオレってさ、どんな子?》
 
 一瞬だが、皆がビックリした表情でオレを見てきた。
 でも、すぐに笑顔に変わる。
 
「う~ん、そうね。幸ちゃんに似ているけど、真逆かしらね」
「深く考えるよりは、猪突猛進というか直観で物事を考えるタイプね」
「アイツはじゃじゃ馬だな」

 三者三様というわけでなく、ほぼ全員一致の回答が返ってきた。
 
 最後に口を揃えて言った言葉も同じで、
「でも、良い子よ」
「気の良い奴ではあるがな」
「良い子なのは確かだから、安心しなさい」
 
 正直、皆が言うような、琥珀って子の自分の姿が全く思い浮かばない。

 琥珀がどんな子なのか、自分自身であるために会えないのは悔しいけど、性格のひねくれた変な奴じゃなくって良かったと思う。
 
 きっと、琥珀という子と、上手くやっていけると思う。
 もう一人のオレは、もう前に進んでいる。
 もう一人の自分に、負けてはいられない。

 
《決めたよオレ――》
 



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