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闇の賊との対決編
第41話 復活の光
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アイラたちを乗せた絨毯は元いた場所、ブラック・マウンテンの山頂までなんとか辿り着く。
絨毯から降り、辺りを見渡したサルマは唖然とする。
「なんなんだ、この状況は……」
山頂は先ほどまでとは違い、戦場と化していた。警備戦士の船がいくつもあって、大勢の警備戦士と闇の賊の間で、戦いが繰り広げられていた。騒ぎを聞きつけやってきたのか、闇の賊の数も先程よりもさらに大勢集まってきている。
「なんでこんなとこに、警備戦士の船があんだよ……」
「わからないが……我々も絨毯に乗っているところを、絨毯ごと突然ここに連れてこられたのだ。警備戦士らも、同じようにして船ごと運ばれて来たのではないか?」
アンがそう言うのを聞いて、サルマははっとした様子で空を見上げる。先ほどまで空に開いていた黒い穴は、どこにも見当たらなくなっていた。
「そーだよ、俺も急に穴に吸い込まれて、ここに連れてこられたんだった……。結局あれは、一体何だったんだ?」
「もしかしてだが……おまえたち、ランプ使ったか?」
アンの言葉にアイラとサルマはハッとする。
「ランプ……! そうだ、使ったぞ! 確か、闇の賊の船の中で。だが、あの時は何も起こらなかったんだが……」
「時間差で、起こったのではないか? ランプの精どもも、万能な力は持ってなくてな、精霊ごとに使える能力がそれぞれ違うのだ。おそらく、アイラにやったランプの精霊は、空間移動の魔法が使える精霊で……おまえたちの助けになる者たちを、ここに呼び寄せたのだろう」
「そうだったのか……。それにしてはやけに助けがくるのが遅かったが……。ま、結果助かったんだし良しとするか」
「……まだ助かったとは言えなさそうだけどね……」
ラビのその言葉に、サルマはハッとした様子で辺りを見渡す。いつの間にかサルマたちの周りは、数人の闇の賊に取り囲まれていた。
「やべえ……来るぞ! 早く絨毯を……」
サルマが言いかけたところで、闇の賊たちが大剣を振りかざし、アイラに向かって襲い掛かってくる。
「わあっ‼」
「アイラ‼」
アイラは大剣を避けようとして思わずしゃがみこむ。
すると、アイラの前に大きな影が現れ、ガキン! という刀がぶつかり合う重い音が聞こえる。アイラが恐る恐るその影を見上げる。
「大丈夫か、アイラ」
「……アルゴさんっ‼」
アイラたちの周りを、アルゴ海賊団の三人が、闇の賊から庇うように取り囲んでいた。
「お……オマエら、なんでこんなとこに⁉」
「知らねえよ、こっちが聞きてぇくらいだ。お前らの帰りを待ちながら船で待機していたら、船ごとこんなところまでふっ飛ばされてきたんだ」
アルゴがぶっきらぼうな様子で答える。
「そしたら何だか気味の悪い、闇の賊とやらがそこら中にうじゃうじゃいるし……全く、勘弁してよね」
キャビルノは不満を言いながらも、アイラとサルマにウインクしてみせる。
「闇の賊は怖いっすけど……アイラちゃんは、僕が守るっす‼」
デルヒスはガクガク震えながらも、アイラのそばを離れないようにして剣を構える。
「みんな……ありがとう!」
アイラが感動した様子でお礼を言う。
「また来るぞ……気を付けろっ!」
一斉に襲いかかってきた闇の賊に、アルゴとサルマが立ち向かう。キャビルノとデルヒスはアイラたちを守るように周りを取り囲む。
「もう一人残ってるぞ! てめぇら、アイラを連れて逃げろ!」
アルゴがそう叫ぶと同時に、一人の闇の賊がアイラたちの方にやってくる。
(わたしも、なんとかしなきゃ……。退魔の剣を持ってるんだから、戦わなきゃ!)
アイラはごくりと唾を飲みこみ、背中の鞘からスラリと退魔の剣を引き抜く。
「何してるんすか、アイラちゃん! 早く逃げ……」
「ちょっと、アイラちゃん……一体何するつもり⁉」
キャビルノとデルヒスが足を止めてアイラを見る。闇の賊も動きを止めて、アイラの持っている剣をじっと見つめている。
「何してんだ、アイラ! 早く絨毯に乗って空へ逃げろ! アン、ラビ! ガキのオマエらだけなら十分乗れるだろ……っ!」
アイラが動かないことに気づいて、サルマは一人の闇の賊と戦いながらも背中越しに叫ぶ。サルマの声にハッとしたアンは、さっと絨毯を広げる。
「アイラ、早く乗って!」
そう言うラビの声は聞こえていたが、アイラは絨毯に乗ろうとせず、剣を握りしめて闇の賊をじっと見つめている。
(わたしじゃ……ダメなのかな。剣は輝きを取り戻したのに、どうして光らないのかな……)
「アイラ! コンパスを、剣の柄の窪みに嵌めなさい!」
どこかで聞き覚えのあるような声が聞こえて、アイラはハッとする。
次にその言葉の意味を考え……ちょうど握ったままだったコンパスを見、次に剣の柄を見る。剣の柄をよく見ると、丸い穴のようなものが開いている箇所があった。
(ここに……コンパスを? 確かに、ちょうど同じくらいの大きさだけど……)
闇の賊が剣を構えながらこちらに迫ってくるのが視界に入り、アイラは覚悟を決める。
「……えいっ‼」
闇の賊が剣を振り上げたのと同時に、アイラはコンパスを剣の柄に嵌める。
ピカッ!
その瞬間、剣の刃の部分からすさまじく眩しい白い光が発せられる。
「グオオオオオオオオォ!」
アイラが眩しさに目をぎゅっと閉じていると、頭上から唸り声のようなものが聞こえてくる。アイラは薄目を開け、今起こっていることを確かめようとする。
闇の賊が顔を両手で覆いながら、天を仰いでいる。次第に闇の賊の体はボロボロと崩れ始め――――身に付けている衣服や持っていた剣も同じように風化してゆき、黒い色の砂のようになってサラサラと地面に落ちた。
「……え……?」
アイラがぽかんとした様子で闇の賊がいたはず場所を見つめていると、アイラの足元が突然グラグラと揺れだす。地面を覆う黒い石も闇の賊と同じようにザラザラと砂に変わってゆき、その砂の地面は次第に山頂の大穴の方に吸い込まれるように流れ落ちてゆく。
「わわっ!」
足が砂の流れに取られそうになり慌てていると、絨毯に乗ったアンとラビがアイラをつかみ、絨毯の上に乗せる。ラビがアイラに声をかける。
「アイラ、大丈夫?」
「その剣、何なのだ? そこの爺、先ほど何か言ったな? 何か知っているのではないか?」
アンのその言葉を聞いて、アイラはアンのいる方を見る。すると、アンの横にいる――――オルクの姿を発見する。
「オルクさんっ‼ なんでここに⁉」
「アイラちゃん、話は後だ。まずはその剣を空から振りかざし……闇の賊を穴の方に追い払うんだ。いいね?」
オルクの言葉聞いてアイラは頷く。
「……わかった。アン、ラビ、絨毯を、ちょうどサルマさんが戦ってるところ……闇の賊がいる場所に近づけてくれる?」
「もちろん、手伝うぞ。任せろ」
アンは頷いて、闇の賊と戦っているサルマやアルゴの方に絨毯の向きを変える。
「サルマさんっ!」
アイラはそう叫ぶと、闇の賊と激しい戦いを繰り広げているサルマの方に剣をかかげる。
剣は、闇の賊が近づくと、光の強さが増したようにピカッと強い光を発する。闇の賊は先程のように唸り声をあげると、光から逃げるように穴の方へと向かう。
しかし穴まで行く途中で、サラサラと砂のように風化し――――跡形もなくなる。
「そ、その剣……光るようになったのか?」
サルマは呆気に取られた様子で、光り輝く剣を持つアイラをまじまじと見つめる。
「話は後だ、サルマ。闇の賊は私たちがなんとかするゆえ、一刻も早くあの穴から離れるのだ! この山はもうじき崩れ落ちる!」
オルクが絨毯の上から顔を出し、サルマの方を見下ろして言う。オルクの姿を見たサルマは目を丸くする。
「じーさん! なんでいんだよ⁉ てか、山が崩れるって……」
「いいな! できる限り遠くまで逃げるのだぞ!」
オルクはそう言うと絨毯から顔を引っ込め、周りにいる人々に向かって叫ぶ。
「皆、一刻も早く穴から離れなさい! まもなくこの山は崩れ落ちる! 砂の流れに足が取られぬように、できるだけ穴から遠いところまで離れるのだ!」
「んなこと言われたってよぉ……」
サルマは先程アイラが掲げた剣の光によって、次々と砂に変わっていく足場に苦戦する。
(まずい、山頂の穴の近くにいたら砂とともに流されて、闇の世界へ真っ逆さまってことになるんじゃ……。せっかく助かったのにそれだけはごめんだぜ……)
「サルマ!」
凛としたよく通る声で自分の名前が呼ばれ、声のする方を振り返ると、リーシが自分の船から身を乗り出して、こちらを見ているのに気が付く。
「リ、リーシ……」
サルマはリーシを見ると、バツの悪そうな顔で目をそらそうとするが、サルマのすぐそばに縄梯子が投げ込まれるのを見て目を丸くする。
「これにつかまって船の上へ! 今、地面の砂の流れは、山頂の穴の中へと落ちてゆく流れと、低い方へ……山を下って海の方へと行き着く流れの二つがあるわ。私たちは船を押して海への流れに乗って下山するから、アンタも一緒に乗りなさい!」
「お、俺にオマエの船に乗り込めと……?」
サルマは戸惑いの目でリーシを見る。リーシはそんなサルマの顔を見て鼻で笑う。
「アンタが何考えてるのかだいたい想像つくけど……何もしやしないわよ。だから、早く乗りなさい。こっちに来るより闇の世界に行きたいってのなら、止めはしないけどね」
その意外にもさっぱりとした物言いに、サルマは躊躇いつつもゆっくりと頷き、リーシが投げ込んでくれた縄梯子を手に取り、船の甲板まで上っていく。
アイラのかざす剣の光によって黒い岩は全て砂と化し、黒い砂は山頂の穴の中に流れ続ける。高い高い山だったブラック・マウンテンはしだいに頂上から順に崩れ去り、数時間後には小さな島くらいの大きさになってしまう。
上空を覆っていた濃い黒い霧もアイラの剣の光によって消し去られ、これまでの景色と一変し、青く綺麗な空と海が眩しく輝いている。
その大海原の真ん中で、ランプの精によって飛ばされて山にきた人々は皆どこかしらの船に乗せてもらい身を寄せ合って、山頂だったところにあった、小さくなった穴の様子を見守っていた。
「……皆、無事船に避難できたようだな。」
アイラと共に絨毯の上から様子を窺っていたオルクは、皆の無事を確認し終えると、アイラに声をかける。
「これから、この穴を閉じようと思う。アイラちゃん……私に協力してくれるね」
「う、うん。何をすればいいの?」
「先程と同じく、剣をかざして光を与えてくれれば良い。あとは……私の役目だ」
オルクにそう言われたアイラは頷き、剣を鞘から抜いて再びかざし、光を穴に向けて送る。
オルクは手に持っていた木の杖をかざし、杖に付いている翠色の石でアイラのかざす剣の光を受けとめると、翠色の石が眩いほどに光り輝く。
(あ、あの石の色って、もしかして……俺が黄金島で見つけた石と、同じ……なのか?)
サルマはオルクの杖に付いている石の色に見覚えがある気がして、ふとそんな可能性を考え、ごくりと唾を飲む。
オルクは翠色の石が輝く杖を振り、翠色の光で穴の上に何か円のような、図形のようなものを描き、ぼそぼそと何かをつぶやく。
「我、神の御名において、聖なる力を行使するものなり。汝の力により、黒き闇の気を封印したまえ……!」
オルクの近くにいたアイラにはそのように聞こえた……と思った次の瞬間、穴や残っていた黒い砂が白く眩い光に包まれ、皆が目を細める。
そして、その光がやがて消えると――――闇の世界へ通じる穴や黒い砂が、跡形もなく消え去っていた。
「これが、魔法の力……? そういうものがあるって噂で聞いたことはあるけど……実際に見たのは初めてだわ」
リーシが驚いた様子で呟く。その横にいたサルマはしばらく黙ってオルクたちの様子を見ていたが、オルクとアイラが絨毯に乗ってサルマの近くにやって来るのを見ると、声をかける。
「じーさん、一体何者なんだよ。何で俺たちを旅に送り出したのかとか……知ってること、全部聞かせてくれよ」
アイラもオルクを見上げ、固唾を飲んで答えを待つ。
オルクはしばらく黙っていたが、ようやく重い口を開く。
「それは……今後わかることだ。今は説明する時間が惜しい。今すぐにでも、コンパスの針の示す方へと向かうのだ」
「なんだよ、またそうやってはぐらかしやがって……」
サルマがそれを聞いてすぐさま不平を言うが、オルクはそれを遮って話を続ける。
「天上におわす神に、大穴を塞ぐ力はもう残っていないようで……ここ数日、闇の大穴は急激に肥大している。剣に宿る力を取り戻したとはいえ、世界中を回って闇の賊を殲滅する時間は残されていない。このままでは、世界は闇の大穴の渦に飲み込まれてしまう……。それを防ぐには、一刻も早く、神にこの剣をお渡しせねばならぬのだ」
「そ……そうは言ってもよ、この旅の正体がわからないまま旅を続けるってのは納得いかねぇっていうか……」
「……わかった」
サルマとアイラが同時にオルクの言葉に答えるが、返答の内容は真逆になり、サルマは目を丸くしてアイラを見る。
「オ、オマエ……」
「……コンパスを信じてその方向に進むって、ミンスさんとも約束したから。今さらその本当の理由なんて……聞かなくても大丈夫だよ」
アイラはオルクの目を真っ直ぐに見て言う。
「それに……オルクさんのこと、信じてるから」
「……ありがとう、アイラちゃん」
オルクはアイラの言葉を聞いてにこりと笑う。
(ロシールのやつに騙されたばかりだってのに……ホント、人を疑うことを知らねーな、こいつは。旅に出る前から全然変わってないというか……)
アイラが剣に装着されたコンパスを覗いている様子を見て、サルマはフッと笑う。
「サルマさん、コンパスが回ってない! 行き先を示してるよ!」
アイラに呼ばれ、サルマはアイラのそばまで駆け寄り、自分のコンパスと見比べる。
「針は……ここからまっすぐ北を指しているな。ここから北……何があったかな」
「ここから北方向ならば……地図上では北東の端の端にあたるゆえ、肥大しているとはいえ闇の大穴からは遠く離れている。お前の小さな船でも十分行けるだろう。ここからの旅は二人で行きなさい」
オルクにそう促され、サルマは訝しげにオルクを見る。
「確かに離れてはいるが……本当に大丈夫か? アルゴの船の方が安全なんじゃ……」
「ここから先は……おまえたちしか入れない場所に入る可能性がある」
オルクがぼそりとそう呟く。
「……やっぱり何か知ってんじゃねぇか」
サルマは苦々しげにそう呟くも、地図をくるくると丸めて懐になおし、アルゴの船の方に向き直る。
「わーったよ! つべこべ言わずに行けばいいんだろ。おい、アルゴ、俺の船はどこだ?」
「ちゃんと預かってるよ、早くこっち来い」
アルゴが親指で自分の船を指してそう言うのを聞いて頷き、サルマがアルゴの船に移ろうとすると、後ろからぐいと腕をつかまれ引き止められる。
「……リーシ」
サルマは顔を赤くして俯いている――――いつもとは違うリーシの表情を見てたじろぐ。
「俺は、行かなきゃならねぇから……その、手を……」
「……わかってるわよ」
リーシはサルマの腕を放り投げるように離す。
「ここまで闇の賊と戦ってきて、この世界の現状を目の当たりにして……私の為すべきこと、それからアンタの為すべきことも、今は……ちゃんとわかってる。戦士島では頭に血がのぼってて冷静になれなかったけど、これからは……戦士隊長として闇の賊を抑えることを第一に考え、尽力するつもりよ」
リーシはそう言って少し俯き、少しの沈黙の後……涙目で笑う。
「でも……やるべき事が全部終わった時には、帰ってこないと……許さないから」
「……!」
サルマは、戦士島を出る時あんなに怒っていたリーシが自分の旅を許していることに驚き、そして久々に……本当に久々に自分に向かって笑いかけるのを見て、思わず胸が詰まる。
「……ありがとよ」
言葉を絞りだすようにそう呟くと、サルマはリーシの船に取り付けられた縄梯子を掴み、リーシの船を降りてゆく。
絨毯から降り、辺りを見渡したサルマは唖然とする。
「なんなんだ、この状況は……」
山頂は先ほどまでとは違い、戦場と化していた。警備戦士の船がいくつもあって、大勢の警備戦士と闇の賊の間で、戦いが繰り広げられていた。騒ぎを聞きつけやってきたのか、闇の賊の数も先程よりもさらに大勢集まってきている。
「なんでこんなとこに、警備戦士の船があんだよ……」
「わからないが……我々も絨毯に乗っているところを、絨毯ごと突然ここに連れてこられたのだ。警備戦士らも、同じようにして船ごと運ばれて来たのではないか?」
アンがそう言うのを聞いて、サルマははっとした様子で空を見上げる。先ほどまで空に開いていた黒い穴は、どこにも見当たらなくなっていた。
「そーだよ、俺も急に穴に吸い込まれて、ここに連れてこられたんだった……。結局あれは、一体何だったんだ?」
「もしかしてだが……おまえたち、ランプ使ったか?」
アンの言葉にアイラとサルマはハッとする。
「ランプ……! そうだ、使ったぞ! 確か、闇の賊の船の中で。だが、あの時は何も起こらなかったんだが……」
「時間差で、起こったのではないか? ランプの精どもも、万能な力は持ってなくてな、精霊ごとに使える能力がそれぞれ違うのだ。おそらく、アイラにやったランプの精霊は、空間移動の魔法が使える精霊で……おまえたちの助けになる者たちを、ここに呼び寄せたのだろう」
「そうだったのか……。それにしてはやけに助けがくるのが遅かったが……。ま、結果助かったんだし良しとするか」
「……まだ助かったとは言えなさそうだけどね……」
ラビのその言葉に、サルマはハッとした様子で辺りを見渡す。いつの間にかサルマたちの周りは、数人の闇の賊に取り囲まれていた。
「やべえ……来るぞ! 早く絨毯を……」
サルマが言いかけたところで、闇の賊たちが大剣を振りかざし、アイラに向かって襲い掛かってくる。
「わあっ‼」
「アイラ‼」
アイラは大剣を避けようとして思わずしゃがみこむ。
すると、アイラの前に大きな影が現れ、ガキン! という刀がぶつかり合う重い音が聞こえる。アイラが恐る恐るその影を見上げる。
「大丈夫か、アイラ」
「……アルゴさんっ‼」
アイラたちの周りを、アルゴ海賊団の三人が、闇の賊から庇うように取り囲んでいた。
「お……オマエら、なんでこんなとこに⁉」
「知らねえよ、こっちが聞きてぇくらいだ。お前らの帰りを待ちながら船で待機していたら、船ごとこんなところまでふっ飛ばされてきたんだ」
アルゴがぶっきらぼうな様子で答える。
「そしたら何だか気味の悪い、闇の賊とやらがそこら中にうじゃうじゃいるし……全く、勘弁してよね」
キャビルノは不満を言いながらも、アイラとサルマにウインクしてみせる。
「闇の賊は怖いっすけど……アイラちゃんは、僕が守るっす‼」
デルヒスはガクガク震えながらも、アイラのそばを離れないようにして剣を構える。
「みんな……ありがとう!」
アイラが感動した様子でお礼を言う。
「また来るぞ……気を付けろっ!」
一斉に襲いかかってきた闇の賊に、アルゴとサルマが立ち向かう。キャビルノとデルヒスはアイラたちを守るように周りを取り囲む。
「もう一人残ってるぞ! てめぇら、アイラを連れて逃げろ!」
アルゴがそう叫ぶと同時に、一人の闇の賊がアイラたちの方にやってくる。
(わたしも、なんとかしなきゃ……。退魔の剣を持ってるんだから、戦わなきゃ!)
アイラはごくりと唾を飲みこみ、背中の鞘からスラリと退魔の剣を引き抜く。
「何してるんすか、アイラちゃん! 早く逃げ……」
「ちょっと、アイラちゃん……一体何するつもり⁉」
キャビルノとデルヒスが足を止めてアイラを見る。闇の賊も動きを止めて、アイラの持っている剣をじっと見つめている。
「何してんだ、アイラ! 早く絨毯に乗って空へ逃げろ! アン、ラビ! ガキのオマエらだけなら十分乗れるだろ……っ!」
アイラが動かないことに気づいて、サルマは一人の闇の賊と戦いながらも背中越しに叫ぶ。サルマの声にハッとしたアンは、さっと絨毯を広げる。
「アイラ、早く乗って!」
そう言うラビの声は聞こえていたが、アイラは絨毯に乗ろうとせず、剣を握りしめて闇の賊をじっと見つめている。
(わたしじゃ……ダメなのかな。剣は輝きを取り戻したのに、どうして光らないのかな……)
「アイラ! コンパスを、剣の柄の窪みに嵌めなさい!」
どこかで聞き覚えのあるような声が聞こえて、アイラはハッとする。
次にその言葉の意味を考え……ちょうど握ったままだったコンパスを見、次に剣の柄を見る。剣の柄をよく見ると、丸い穴のようなものが開いている箇所があった。
(ここに……コンパスを? 確かに、ちょうど同じくらいの大きさだけど……)
闇の賊が剣を構えながらこちらに迫ってくるのが視界に入り、アイラは覚悟を決める。
「……えいっ‼」
闇の賊が剣を振り上げたのと同時に、アイラはコンパスを剣の柄に嵌める。
ピカッ!
その瞬間、剣の刃の部分からすさまじく眩しい白い光が発せられる。
「グオオオオオオオオォ!」
アイラが眩しさに目をぎゅっと閉じていると、頭上から唸り声のようなものが聞こえてくる。アイラは薄目を開け、今起こっていることを確かめようとする。
闇の賊が顔を両手で覆いながら、天を仰いでいる。次第に闇の賊の体はボロボロと崩れ始め――――身に付けている衣服や持っていた剣も同じように風化してゆき、黒い色の砂のようになってサラサラと地面に落ちた。
「……え……?」
アイラがぽかんとした様子で闇の賊がいたはず場所を見つめていると、アイラの足元が突然グラグラと揺れだす。地面を覆う黒い石も闇の賊と同じようにザラザラと砂に変わってゆき、その砂の地面は次第に山頂の大穴の方に吸い込まれるように流れ落ちてゆく。
「わわっ!」
足が砂の流れに取られそうになり慌てていると、絨毯に乗ったアンとラビがアイラをつかみ、絨毯の上に乗せる。ラビがアイラに声をかける。
「アイラ、大丈夫?」
「その剣、何なのだ? そこの爺、先ほど何か言ったな? 何か知っているのではないか?」
アンのその言葉を聞いて、アイラはアンのいる方を見る。すると、アンの横にいる――――オルクの姿を発見する。
「オルクさんっ‼ なんでここに⁉」
「アイラちゃん、話は後だ。まずはその剣を空から振りかざし……闇の賊を穴の方に追い払うんだ。いいね?」
オルクの言葉聞いてアイラは頷く。
「……わかった。アン、ラビ、絨毯を、ちょうどサルマさんが戦ってるところ……闇の賊がいる場所に近づけてくれる?」
「もちろん、手伝うぞ。任せろ」
アンは頷いて、闇の賊と戦っているサルマやアルゴの方に絨毯の向きを変える。
「サルマさんっ!」
アイラはそう叫ぶと、闇の賊と激しい戦いを繰り広げているサルマの方に剣をかかげる。
剣は、闇の賊が近づくと、光の強さが増したようにピカッと強い光を発する。闇の賊は先程のように唸り声をあげると、光から逃げるように穴の方へと向かう。
しかし穴まで行く途中で、サラサラと砂のように風化し――――跡形もなくなる。
「そ、その剣……光るようになったのか?」
サルマは呆気に取られた様子で、光り輝く剣を持つアイラをまじまじと見つめる。
「話は後だ、サルマ。闇の賊は私たちがなんとかするゆえ、一刻も早くあの穴から離れるのだ! この山はもうじき崩れ落ちる!」
オルクが絨毯の上から顔を出し、サルマの方を見下ろして言う。オルクの姿を見たサルマは目を丸くする。
「じーさん! なんでいんだよ⁉ てか、山が崩れるって……」
「いいな! できる限り遠くまで逃げるのだぞ!」
オルクはそう言うと絨毯から顔を引っ込め、周りにいる人々に向かって叫ぶ。
「皆、一刻も早く穴から離れなさい! まもなくこの山は崩れ落ちる! 砂の流れに足が取られぬように、できるだけ穴から遠いところまで離れるのだ!」
「んなこと言われたってよぉ……」
サルマは先程アイラが掲げた剣の光によって、次々と砂に変わっていく足場に苦戦する。
(まずい、山頂の穴の近くにいたら砂とともに流されて、闇の世界へ真っ逆さまってことになるんじゃ……。せっかく助かったのにそれだけはごめんだぜ……)
「サルマ!」
凛としたよく通る声で自分の名前が呼ばれ、声のする方を振り返ると、リーシが自分の船から身を乗り出して、こちらを見ているのに気が付く。
「リ、リーシ……」
サルマはリーシを見ると、バツの悪そうな顔で目をそらそうとするが、サルマのすぐそばに縄梯子が投げ込まれるのを見て目を丸くする。
「これにつかまって船の上へ! 今、地面の砂の流れは、山頂の穴の中へと落ちてゆく流れと、低い方へ……山を下って海の方へと行き着く流れの二つがあるわ。私たちは船を押して海への流れに乗って下山するから、アンタも一緒に乗りなさい!」
「お、俺にオマエの船に乗り込めと……?」
サルマは戸惑いの目でリーシを見る。リーシはそんなサルマの顔を見て鼻で笑う。
「アンタが何考えてるのかだいたい想像つくけど……何もしやしないわよ。だから、早く乗りなさい。こっちに来るより闇の世界に行きたいってのなら、止めはしないけどね」
その意外にもさっぱりとした物言いに、サルマは躊躇いつつもゆっくりと頷き、リーシが投げ込んでくれた縄梯子を手に取り、船の甲板まで上っていく。
アイラのかざす剣の光によって黒い岩は全て砂と化し、黒い砂は山頂の穴の中に流れ続ける。高い高い山だったブラック・マウンテンはしだいに頂上から順に崩れ去り、数時間後には小さな島くらいの大きさになってしまう。
上空を覆っていた濃い黒い霧もアイラの剣の光によって消し去られ、これまでの景色と一変し、青く綺麗な空と海が眩しく輝いている。
その大海原の真ん中で、ランプの精によって飛ばされて山にきた人々は皆どこかしらの船に乗せてもらい身を寄せ合って、山頂だったところにあった、小さくなった穴の様子を見守っていた。
「……皆、無事船に避難できたようだな。」
アイラと共に絨毯の上から様子を窺っていたオルクは、皆の無事を確認し終えると、アイラに声をかける。
「これから、この穴を閉じようと思う。アイラちゃん……私に協力してくれるね」
「う、うん。何をすればいいの?」
「先程と同じく、剣をかざして光を与えてくれれば良い。あとは……私の役目だ」
オルクにそう言われたアイラは頷き、剣を鞘から抜いて再びかざし、光を穴に向けて送る。
オルクは手に持っていた木の杖をかざし、杖に付いている翠色の石でアイラのかざす剣の光を受けとめると、翠色の石が眩いほどに光り輝く。
(あ、あの石の色って、もしかして……俺が黄金島で見つけた石と、同じ……なのか?)
サルマはオルクの杖に付いている石の色に見覚えがある気がして、ふとそんな可能性を考え、ごくりと唾を飲む。
オルクは翠色の石が輝く杖を振り、翠色の光で穴の上に何か円のような、図形のようなものを描き、ぼそぼそと何かをつぶやく。
「我、神の御名において、聖なる力を行使するものなり。汝の力により、黒き闇の気を封印したまえ……!」
オルクの近くにいたアイラにはそのように聞こえた……と思った次の瞬間、穴や残っていた黒い砂が白く眩い光に包まれ、皆が目を細める。
そして、その光がやがて消えると――――闇の世界へ通じる穴や黒い砂が、跡形もなく消え去っていた。
「これが、魔法の力……? そういうものがあるって噂で聞いたことはあるけど……実際に見たのは初めてだわ」
リーシが驚いた様子で呟く。その横にいたサルマはしばらく黙ってオルクたちの様子を見ていたが、オルクとアイラが絨毯に乗ってサルマの近くにやって来るのを見ると、声をかける。
「じーさん、一体何者なんだよ。何で俺たちを旅に送り出したのかとか……知ってること、全部聞かせてくれよ」
アイラもオルクを見上げ、固唾を飲んで答えを待つ。
オルクはしばらく黙っていたが、ようやく重い口を開く。
「それは……今後わかることだ。今は説明する時間が惜しい。今すぐにでも、コンパスの針の示す方へと向かうのだ」
「なんだよ、またそうやってはぐらかしやがって……」
サルマがそれを聞いてすぐさま不平を言うが、オルクはそれを遮って話を続ける。
「天上におわす神に、大穴を塞ぐ力はもう残っていないようで……ここ数日、闇の大穴は急激に肥大している。剣に宿る力を取り戻したとはいえ、世界中を回って闇の賊を殲滅する時間は残されていない。このままでは、世界は闇の大穴の渦に飲み込まれてしまう……。それを防ぐには、一刻も早く、神にこの剣をお渡しせねばならぬのだ」
「そ……そうは言ってもよ、この旅の正体がわからないまま旅を続けるってのは納得いかねぇっていうか……」
「……わかった」
サルマとアイラが同時にオルクの言葉に答えるが、返答の内容は真逆になり、サルマは目を丸くしてアイラを見る。
「オ、オマエ……」
「……コンパスを信じてその方向に進むって、ミンスさんとも約束したから。今さらその本当の理由なんて……聞かなくても大丈夫だよ」
アイラはオルクの目を真っ直ぐに見て言う。
「それに……オルクさんのこと、信じてるから」
「……ありがとう、アイラちゃん」
オルクはアイラの言葉を聞いてにこりと笑う。
(ロシールのやつに騙されたばかりだってのに……ホント、人を疑うことを知らねーな、こいつは。旅に出る前から全然変わってないというか……)
アイラが剣に装着されたコンパスを覗いている様子を見て、サルマはフッと笑う。
「サルマさん、コンパスが回ってない! 行き先を示してるよ!」
アイラに呼ばれ、サルマはアイラのそばまで駆け寄り、自分のコンパスと見比べる。
「針は……ここからまっすぐ北を指しているな。ここから北……何があったかな」
「ここから北方向ならば……地図上では北東の端の端にあたるゆえ、肥大しているとはいえ闇の大穴からは遠く離れている。お前の小さな船でも十分行けるだろう。ここからの旅は二人で行きなさい」
オルクにそう促され、サルマは訝しげにオルクを見る。
「確かに離れてはいるが……本当に大丈夫か? アルゴの船の方が安全なんじゃ……」
「ここから先は……おまえたちしか入れない場所に入る可能性がある」
オルクがぼそりとそう呟く。
「……やっぱり何か知ってんじゃねぇか」
サルマは苦々しげにそう呟くも、地図をくるくると丸めて懐になおし、アルゴの船の方に向き直る。
「わーったよ! つべこべ言わずに行けばいいんだろ。おい、アルゴ、俺の船はどこだ?」
「ちゃんと預かってるよ、早くこっち来い」
アルゴが親指で自分の船を指してそう言うのを聞いて頷き、サルマがアルゴの船に移ろうとすると、後ろからぐいと腕をつかまれ引き止められる。
「……リーシ」
サルマは顔を赤くして俯いている――――いつもとは違うリーシの表情を見てたじろぐ。
「俺は、行かなきゃならねぇから……その、手を……」
「……わかってるわよ」
リーシはサルマの腕を放り投げるように離す。
「ここまで闇の賊と戦ってきて、この世界の現状を目の当たりにして……私の為すべきこと、それからアンタの為すべきことも、今は……ちゃんとわかってる。戦士島では頭に血がのぼってて冷静になれなかったけど、これからは……戦士隊長として闇の賊を抑えることを第一に考え、尽力するつもりよ」
リーシはそう言って少し俯き、少しの沈黙の後……涙目で笑う。
「でも……やるべき事が全部終わった時には、帰ってこないと……許さないから」
「……!」
サルマは、戦士島を出る時あんなに怒っていたリーシが自分の旅を許していることに驚き、そして久々に……本当に久々に自分に向かって笑いかけるのを見て、思わず胸が詰まる。
「……ありがとよ」
言葉を絞りだすようにそう呟くと、サルマはリーシの船に取り付けられた縄梯子を掴み、リーシの船を降りてゆく。
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