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戦士島編
第16話 シルロとの取引
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(……くそっ…………)
サルマは牢の中であぐらをかいて座り、先程差し入れられた囚人用の食事を睨みつけている。
(ちくしょう……俺は何でこんなところで……何もできずに……)
サルマはお盆の上に乗っているスプーンを手に取ると、床に向けてガンガンと叩きつけ怒りを露わにする。
「……それで穴でも掘って脱獄する気か?」
その声にはっとして牢の外を見ると、警備戦士の服を着た青年……シルロが冷ややかな目で、座っているサルマを見下ろしていた。
「な、なんでオマエなんかがここに……。戦士隊長様が、こんなとこで油売ってる暇なんてねぇだろ?」
シルロは不快そうにサルマを一瞥し、軽くため息をついて静かに言う。
「……伝言があって来ただけだ。あの女の子のことだけど……」
「……⁉」
サルマはそれを聞いて振り返り、正面からシルロを見る。
「あの子にはリーシの一隊をお供につけて、コンパスの針の示す方向に連れて行くことになった。明日の朝、出発するから」
「な……明日……だと⁉」
「だから、お前はもう関係ない。思う存分牢の中で反省してろ……てさ」
「……誰からの伝言だよ」
「……リーシ」
サルマはそれを聞いて鼻を鳴らす。
「ふん、やっぱりそうか。しかしアイツのことだから、その内容なら俺に直接、嬉々としてイヤミったらしく言いに来るかと思ってたのによ。オマエをよこすとは……意外だな」
「……嫌味を言いたい気持ちより、お前に会いたくない気持ちの方が強いってことなんだろ」
「…………」
サルマはそれを聞いて黙り込む。シルロはしばらくそんなサルマを見下ろしていたが、くるりと背中を向けて言う。
「じゃ、俺はこれで」
シルロは牢から出ていこうとするが、何かに気づいた様子で足をぴたりと止める。サルマは訝しげにシルロを見る。
「なんだよ、何突っ立ってんだよ」
シルロは黙ったままサルマの方に向き直り、ぼそりと言う。
「……どうやら、お別れを言いに来てくれたみたいだよ」
シルロの後ろから――――おずおずとした様子でアイラが現れる。
「オ、オマエ……何でここに⁉ てかよくここがわかったな……。戦士基地はただでさえ道が複雑で、初めて来たヤツにとっては迷って出られなくなってもおかしくないってのに……」
「ちょっとサルマさんに確かめたいことがあって……。で、道がわかんなくて廊下をウロウロしてたら、ちょうど牢屋に食事を運んでる人を見つけたから……こっそり付いてきたの」
「……そ、そうかよ。で、確かめたいことって何だよ。オマエ、聞いた話じゃリーシと旅に出ることになったんだろ? これでもうオマエにとって俺は用済みなんじゃねぇのかよ」
「用済みってそんな言い方……。で、でもなぜかコンパスはくるくる回ったままなの。まだこの島でやるべきことがあるみたいで……。それを確かめるためにも、サルマさん、牢の外に出てみることってできない……かな?」
「はあ? それができりゃ苦労しねーよ」
「そ、そうだよね……」
眉を吊り上げて言うサルマを見てアイラは肩を落とし、帰ろうとして後ろを向く。するとシルロがこちらをじっと見ていることに気づいてアイラはビクッとする。
「あ、あの……今のは、その……別にサルマさんを逃がしたいとかそういうわけじゃなくって……」
「……何を確かめたいの?」
アイラが必死で言いつくろうのを遮って、シルロは静かに尋ねる。
「え、えっと……サルマさんが牢から出られたとして、その時コンパスの針の示す位置が変わるかどうか……なんだけど」
「なんだよそれ。何でそんなこと……」
サルマが眉をひそめる。
「……はじめ、サルマさんと一緒にいる時は、コンパスの針は北西を示してたじゃない。でも、サルマさんが捕まった後にコンパスを見ると、針は南を……戦士島を示したの。だから針の示す位置は、サルマさんと何か関係があるんじゃないかって……」
「そ、そうなのか? 針の示す方向と俺に関係なんかあるのかよ……」
サルマは目を見開いてアイラの話を聞いていたが、シルロの視線を感じて口をつぐみ、大げさにため息をついてみせる。
「でもよぉ、そんな牢から出るなんてこと、そこにいる警備戦士隊長殿が見逃してくれるわけ……」
「……いいよ」
シルロがそう言うと、アイラとサルマは目を丸くして同時にシルロを見る。
「えっ……いいの⁉」
アイラは驚きのあまりそう言う声が裏返る。
「ああ。ただし、一度試しに出てみるだけだ。もしその時変な気を起こしたら……」
シルロは三日月剣の大剣をスラリと抜きとり、牢の格子の隙間からサルマに向けて軽く突きつける。
「ああ……わかったよ。どうせ今は武器も取り上げられてるし、一切抵抗できねぇからな」
「………………」
シルロはサルマに対して目を光らせたまま、向こうにいた牢番のところまで行き、牢の鍵を受け取ってくる。そして錠をガチャリと外して、サルマに再び剣を突きつけながら言う。
「……そのまま……ゆっくり出てこい。君は……コンパスの針を見てなよ」
「う、うん」
アイラは急いで荷物の中からコンパスを見つけて取り出す。
シルロはアイラがコンパスを手に持ったのを確認すると、剣をすっと少しだけサルマから離す。サルマは離されて距離ができた分だけ足を進める。そうやってじりじりと進んでゆき、サルマが牢を出たところで、アイラはコンパスを見る。
「あ、あれ……?」
コンパスは、まるで今のこの状況をどう捉えてよいのか考えあぐねているかのように、回っては止まり、また回ってはまた止まり……といったおかしな動きをしている。そして一瞬止まったその位置は、サルマと一緒にいた頃と同じ――――北西の方を示していた。
「なんだかよくわからない動きをしてるけど……とりあえずサルマさんが牢から出たら、針は回り続けるの止めたよ」
「……そうか」
シルロはそう呟いて、サルマに剣を突きつけて牢に戻るよう促す。サルマは戻ることを少し渋っていたが、ため息をつくと、諦めた様子で素直に後ずさりして牢に戻る。
「今の針の動きが何を表しているのかはよくわからないが……お前をすんなり牢から出してやるわけにはいかないな。このことは長にまず報告しようと思う。君は……とりあえず部屋に戻ろうか。道がわからなければ案内する者をつけるから」
「……うん」
アイラは再び牢に入れられたサルマをチラリと見た後、部屋に戻ろうとする。
「……待てよ、シルロ」
サルマがシルロの背中に呼びかける。シルロとアイラは歩きかけるのを止め、振り返ってサルマを見る。
「オマエの本音を聞かせろよ。オマエは正直……俺にこの島から出てって欲しいんじゃねーのか?」
「え……なんで?」
アイラは驚いた様子でシルロを見る。シルロはサルマを黙って見ている。
「俺のことが邪魔なんだろ? 俺は……認めたくはねぇが、血筋だけで言えばブレイズ家の中で一番の、長の有力候補だ。それに、リーシとの間のこともあるからな」
「……何のことだ」
シルロは冷たい口調でサルマに向かって言う。
「しらばっくれんじゃねぇよ。オマエは昔から……密かに長の座を狙ってんだろうが」
「………………」
「オマエの俺を見る目つきでわかんだよ。オマエはブレイズ家の本筋……伝説の戦士の長男の血筋からはやや遠いが、必死こいて剣の技磨いて戦士たちの支持集めて……今じゃリーシと並んで警備戦士隊長の中でも抜きん出ている位置にいて、伝説の戦士が持ってたっていう三つの三日月剣のうちの一つ、『三日月の大剣』を授与されるところまで登り詰めた。これで満足しねぇで、さらに高みを目指してるのは俺にはよ~くわかって……」
「黙れ」
シルロは初めて怒りを露わにして、サルマの言葉を遮る。
「あ、あの、わたしなんのことかよくわかんないんだけど……シルロさんって一体……」
アイラがおずおずと尋ねると、サルマがため息をつく。
「まーたこいつは……ガキが首突っ込むところじゃ……」
サルマはそう言いかけたものの、ふと口をつぐんで考える。
(……そーいや俺、コイツの機嫌損ねてたんだっけな。ここはひとつ、教えてやってもいいか……)
「オマエがどこまで家の事情を知ってるのかは知らねぇが、シルロはリーシと同じく警備戦士隊長の一人で……リーシの母方のいとこだ。ちなみに俺とリーシは父方のいとこなんだが……」
「うん、サルマさんとリーシさんがいとこなのは知ってるよ」
アイラは頷いて言う。
シルロは黙って二人のやり取りを聞いていたが、おもむろに口を開く。
「……サルマ、お前……思い上がりにも程があるよ。いくら血筋が良くたって、賊に成り下がって牢に入れられたようなヤツが、警備戦士の長になれるわけがない……」
シルロは静かにそう言うが、その表情は自信に満ちてはいなかった。そんなシルロの様子を見てサルマは鼻で笑う。
「サダカのおっさんならそうしかねないってことは、オマエにもわかってんだろ? なにしろ、なぜだか未だにリーシを俺の許嫁のままにしてるらしいからな」
「い、許嫁ッ⁉ リーシさんがサルマさんの⁉」
アイラが目を丸くして思わず叫ぶ。サルマは大きくため息をついて言う。
「ああ……迷惑な話だよ。こっちはそんなこと全く望んじゃいないのによぉ。誰があんな暴力的な女、嫁にもらうかよ……なんて、サダカのおっさんの前じゃ口が裂けても言えねーけどな」
「……で、でも、いとこどうしで結婚するってそんなことあるの……?」
アイラの言葉に、サルマは心底うんざりした様子で頷く。
「ブレイズ家では普通なんだよ。伝説の戦士の血をよそ者との間に子供を作って薄くしないためだとかで、なるべくブレイズ家どうしで結婚させたがる……ハタから見りゃ気持ち悪い風習があるんだ。逆に、よそ者と結婚したヤツが白い目でみられるって事態に……」
「……お前の父親みたいにな」
シルロがぼそりと呟くと、サルマは――アイラが今まで見た中で一番憎しみのこもった表情で、シルロを睨みつける。シルロはそれに動じることなく、冷めた目でサルマを見る。
「そうだよ。お前の言うとおり、そりゃ戦士は誰だって長になりたいものさ。でも、それが叶うかどうかはまた別の話だ。俺の血筋は本筋からはずいぶん遠いし……」
「リーシと結婚できさえすれば、可能性はあるだろ」
サルマにそう言われて、シルロの表情が強ばる。
「アイツは女だからな。血筋は申し分ないにしても、警備戦士の長になれる可能性は低い。何しろ前例がねぇからな……。女は男と同等の実力がねぇとブレイズ家でも警備戦士隊長にはなれねぇから、女の警備戦士隊長ってだけでも相当珍しいし。リーシが長になれないとすれば、本筋に近い血筋のリーシの子が将来長になることを見越して、リーシの夫が長になれる可能性はなくもないからな……」
「……何が言いたい」
シルロはサルマを睨みつけて言う。
「オマエはリーシとの結婚を望んでいる……それも昔からわかってたさ。だから、リーシとの結婚が未だ約束されている俺の存在は邪魔なはずだ。俺がこの島にいるのは、オマエの望むところじゃねぇはずだって言いてぇんだよ」
シルロはサルマを睨みつけたまま、黙り込んでいる。
「そこでだ。オマエ……俺をここから逃がしてくれねぇか? 俺がこの島から出られた暁には、もう二度とこの島に戻ってこないって誓ってやるよ。どうだ、悪い話じゃねぇだろ?」
「な……お前! 俺をそそのかす気か! お前を逃がすってことは、警備戦士たちを裏切り、長の命に背くってことになる……。そんなことをするわけにはいかない!」
サルマは呆れた様子で軽く首を振り、ため息をつく。
「いいか、そんなのバレなけりゃ平気なんだよ! 俺が勝手に逃げただけってことになって、オマエにお咎めがくることもねぇ」
シルロはゆっくりと首を横に振る。
「バレなければ平気だなんて、そういうわけにはいかないよ。お前は……今や、この世界の平和を乱す賊のひとりだ。自分の欲望のためにそんな奴を野放しにするなんて……俺の戦士としての、正義感が許さない」
「ったく……。シルロてめぇ、あいかわらずのクソ真面目か。たまには欲望に忠実になれよ! オマエは警備戦士の長になりてぇんだろ? 俺をとっとと島から追い出してその座につけよ! 俺が言うのもなんだが……オマエは長になれるだけの、能力も器もあると思うぜ」
「……⁉」
シルロは意外なものでも見たかのようにサルマを見る。
「……サルマさんを牢から出すことって……ほんとに悪いことなのかな?」
アイラが突然口を開いてそう言うと、サルマとシルロは驚いた様子で同時にアイラを見る。アイラは再びくるくると回っているコンパスの針を二人に見せながら言う。
「だって、コンパスはサルマさんが牢から出ないと次の行き先を示してくれないみたいだし。コンパスが行き先を示してくれないと、闇の賊を倒して世界を救うはずの剣が使えないままなんだよ?」
アイラはサルマの目をまっすぐに見つめる。
「どうしてなのはわからないけど……きっと、わたしのコンパスの示す先への旅には、サルマさんが必要なんだよ。世界を救うには……サルマさんの力が必要ってことなんだよ!」
サルマはアイラのその言葉と熱い視線にたじろぎ、ごくりと唾を飲み込む。
「俺が……必要…………?」
シルロは黙ってアイラの言葉を聞いていたが、ふっと笑う。
「……なるほどね。そんな考え方も……できなくもないな」
シルロはそう言うと、再び牢の鍵を取り出してガチャリと錠を開け、サルマに向かってぶっきらぼうに言い放つ。
「……行けよ、サルマ。俺はこれ以上は協力してやれない。ここから先はお前の力でなんとかするんだな」
サルマは驚いた様子でシルロを見ていたが、にやりと笑って言う。
「ありがとな、シルロ。さっき言った通り、俺はもうここには二度と戻らねぇって約束するよ。オマエは長になれるよう頑張れよ。それと……」
サルマはそこまで言って少し口ごもり、俯いて小さな声でぼそりと呟く。
「リーシのこと、よろしくな」
シルロはサルマの顔をじっと見つめ、頷いた。サルマはそれを見ると、アイラの方を振り返って言う。
「おい、行くぞ! 少々手荒な真似をするかもしれねぇが、何とかしてこの島から脱出するぞ! 死に物狂いでついて来な!」
「わ……わかった‼」
アイラはそれを聞いて――――どこか嬉しそうな顔で頷いた。
サルマは牢の中であぐらをかいて座り、先程差し入れられた囚人用の食事を睨みつけている。
(ちくしょう……俺は何でこんなところで……何もできずに……)
サルマはお盆の上に乗っているスプーンを手に取ると、床に向けてガンガンと叩きつけ怒りを露わにする。
「……それで穴でも掘って脱獄する気か?」
その声にはっとして牢の外を見ると、警備戦士の服を着た青年……シルロが冷ややかな目で、座っているサルマを見下ろしていた。
「な、なんでオマエなんかがここに……。戦士隊長様が、こんなとこで油売ってる暇なんてねぇだろ?」
シルロは不快そうにサルマを一瞥し、軽くため息をついて静かに言う。
「……伝言があって来ただけだ。あの女の子のことだけど……」
「……⁉」
サルマはそれを聞いて振り返り、正面からシルロを見る。
「あの子にはリーシの一隊をお供につけて、コンパスの針の示す方向に連れて行くことになった。明日の朝、出発するから」
「な……明日……だと⁉」
「だから、お前はもう関係ない。思う存分牢の中で反省してろ……てさ」
「……誰からの伝言だよ」
「……リーシ」
サルマはそれを聞いて鼻を鳴らす。
「ふん、やっぱりそうか。しかしアイツのことだから、その内容なら俺に直接、嬉々としてイヤミったらしく言いに来るかと思ってたのによ。オマエをよこすとは……意外だな」
「……嫌味を言いたい気持ちより、お前に会いたくない気持ちの方が強いってことなんだろ」
「…………」
サルマはそれを聞いて黙り込む。シルロはしばらくそんなサルマを見下ろしていたが、くるりと背中を向けて言う。
「じゃ、俺はこれで」
シルロは牢から出ていこうとするが、何かに気づいた様子で足をぴたりと止める。サルマは訝しげにシルロを見る。
「なんだよ、何突っ立ってんだよ」
シルロは黙ったままサルマの方に向き直り、ぼそりと言う。
「……どうやら、お別れを言いに来てくれたみたいだよ」
シルロの後ろから――――おずおずとした様子でアイラが現れる。
「オ、オマエ……何でここに⁉ てかよくここがわかったな……。戦士基地はただでさえ道が複雑で、初めて来たヤツにとっては迷って出られなくなってもおかしくないってのに……」
「ちょっとサルマさんに確かめたいことがあって……。で、道がわかんなくて廊下をウロウロしてたら、ちょうど牢屋に食事を運んでる人を見つけたから……こっそり付いてきたの」
「……そ、そうかよ。で、確かめたいことって何だよ。オマエ、聞いた話じゃリーシと旅に出ることになったんだろ? これでもうオマエにとって俺は用済みなんじゃねぇのかよ」
「用済みってそんな言い方……。で、でもなぜかコンパスはくるくる回ったままなの。まだこの島でやるべきことがあるみたいで……。それを確かめるためにも、サルマさん、牢の外に出てみることってできない……かな?」
「はあ? それができりゃ苦労しねーよ」
「そ、そうだよね……」
眉を吊り上げて言うサルマを見てアイラは肩を落とし、帰ろうとして後ろを向く。するとシルロがこちらをじっと見ていることに気づいてアイラはビクッとする。
「あ、あの……今のは、その……別にサルマさんを逃がしたいとかそういうわけじゃなくって……」
「……何を確かめたいの?」
アイラが必死で言いつくろうのを遮って、シルロは静かに尋ねる。
「え、えっと……サルマさんが牢から出られたとして、その時コンパスの針の示す位置が変わるかどうか……なんだけど」
「なんだよそれ。何でそんなこと……」
サルマが眉をひそめる。
「……はじめ、サルマさんと一緒にいる時は、コンパスの針は北西を示してたじゃない。でも、サルマさんが捕まった後にコンパスを見ると、針は南を……戦士島を示したの。だから針の示す位置は、サルマさんと何か関係があるんじゃないかって……」
「そ、そうなのか? 針の示す方向と俺に関係なんかあるのかよ……」
サルマは目を見開いてアイラの話を聞いていたが、シルロの視線を感じて口をつぐみ、大げさにため息をついてみせる。
「でもよぉ、そんな牢から出るなんてこと、そこにいる警備戦士隊長殿が見逃してくれるわけ……」
「……いいよ」
シルロがそう言うと、アイラとサルマは目を丸くして同時にシルロを見る。
「えっ……いいの⁉」
アイラは驚きのあまりそう言う声が裏返る。
「ああ。ただし、一度試しに出てみるだけだ。もしその時変な気を起こしたら……」
シルロは三日月剣の大剣をスラリと抜きとり、牢の格子の隙間からサルマに向けて軽く突きつける。
「ああ……わかったよ。どうせ今は武器も取り上げられてるし、一切抵抗できねぇからな」
「………………」
シルロはサルマに対して目を光らせたまま、向こうにいた牢番のところまで行き、牢の鍵を受け取ってくる。そして錠をガチャリと外して、サルマに再び剣を突きつけながら言う。
「……そのまま……ゆっくり出てこい。君は……コンパスの針を見てなよ」
「う、うん」
アイラは急いで荷物の中からコンパスを見つけて取り出す。
シルロはアイラがコンパスを手に持ったのを確認すると、剣をすっと少しだけサルマから離す。サルマは離されて距離ができた分だけ足を進める。そうやってじりじりと進んでゆき、サルマが牢を出たところで、アイラはコンパスを見る。
「あ、あれ……?」
コンパスは、まるで今のこの状況をどう捉えてよいのか考えあぐねているかのように、回っては止まり、また回ってはまた止まり……といったおかしな動きをしている。そして一瞬止まったその位置は、サルマと一緒にいた頃と同じ――――北西の方を示していた。
「なんだかよくわからない動きをしてるけど……とりあえずサルマさんが牢から出たら、針は回り続けるの止めたよ」
「……そうか」
シルロはそう呟いて、サルマに剣を突きつけて牢に戻るよう促す。サルマは戻ることを少し渋っていたが、ため息をつくと、諦めた様子で素直に後ずさりして牢に戻る。
「今の針の動きが何を表しているのかはよくわからないが……お前をすんなり牢から出してやるわけにはいかないな。このことは長にまず報告しようと思う。君は……とりあえず部屋に戻ろうか。道がわからなければ案内する者をつけるから」
「……うん」
アイラは再び牢に入れられたサルマをチラリと見た後、部屋に戻ろうとする。
「……待てよ、シルロ」
サルマがシルロの背中に呼びかける。シルロとアイラは歩きかけるのを止め、振り返ってサルマを見る。
「オマエの本音を聞かせろよ。オマエは正直……俺にこの島から出てって欲しいんじゃねーのか?」
「え……なんで?」
アイラは驚いた様子でシルロを見る。シルロはサルマを黙って見ている。
「俺のことが邪魔なんだろ? 俺は……認めたくはねぇが、血筋だけで言えばブレイズ家の中で一番の、長の有力候補だ。それに、リーシとの間のこともあるからな」
「……何のことだ」
シルロは冷たい口調でサルマに向かって言う。
「しらばっくれんじゃねぇよ。オマエは昔から……密かに長の座を狙ってんだろうが」
「………………」
「オマエの俺を見る目つきでわかんだよ。オマエはブレイズ家の本筋……伝説の戦士の長男の血筋からはやや遠いが、必死こいて剣の技磨いて戦士たちの支持集めて……今じゃリーシと並んで警備戦士隊長の中でも抜きん出ている位置にいて、伝説の戦士が持ってたっていう三つの三日月剣のうちの一つ、『三日月の大剣』を授与されるところまで登り詰めた。これで満足しねぇで、さらに高みを目指してるのは俺にはよ~くわかって……」
「黙れ」
シルロは初めて怒りを露わにして、サルマの言葉を遮る。
「あ、あの、わたしなんのことかよくわかんないんだけど……シルロさんって一体……」
アイラがおずおずと尋ねると、サルマがため息をつく。
「まーたこいつは……ガキが首突っ込むところじゃ……」
サルマはそう言いかけたものの、ふと口をつぐんで考える。
(……そーいや俺、コイツの機嫌損ねてたんだっけな。ここはひとつ、教えてやってもいいか……)
「オマエがどこまで家の事情を知ってるのかは知らねぇが、シルロはリーシと同じく警備戦士隊長の一人で……リーシの母方のいとこだ。ちなみに俺とリーシは父方のいとこなんだが……」
「うん、サルマさんとリーシさんがいとこなのは知ってるよ」
アイラは頷いて言う。
シルロは黙って二人のやり取りを聞いていたが、おもむろに口を開く。
「……サルマ、お前……思い上がりにも程があるよ。いくら血筋が良くたって、賊に成り下がって牢に入れられたようなヤツが、警備戦士の長になれるわけがない……」
シルロは静かにそう言うが、その表情は自信に満ちてはいなかった。そんなシルロの様子を見てサルマは鼻で笑う。
「サダカのおっさんならそうしかねないってことは、オマエにもわかってんだろ? なにしろ、なぜだか未だにリーシを俺の許嫁のままにしてるらしいからな」
「い、許嫁ッ⁉ リーシさんがサルマさんの⁉」
アイラが目を丸くして思わず叫ぶ。サルマは大きくため息をついて言う。
「ああ……迷惑な話だよ。こっちはそんなこと全く望んじゃいないのによぉ。誰があんな暴力的な女、嫁にもらうかよ……なんて、サダカのおっさんの前じゃ口が裂けても言えねーけどな」
「……で、でも、いとこどうしで結婚するってそんなことあるの……?」
アイラの言葉に、サルマは心底うんざりした様子で頷く。
「ブレイズ家では普通なんだよ。伝説の戦士の血をよそ者との間に子供を作って薄くしないためだとかで、なるべくブレイズ家どうしで結婚させたがる……ハタから見りゃ気持ち悪い風習があるんだ。逆に、よそ者と結婚したヤツが白い目でみられるって事態に……」
「……お前の父親みたいにな」
シルロがぼそりと呟くと、サルマは――アイラが今まで見た中で一番憎しみのこもった表情で、シルロを睨みつける。シルロはそれに動じることなく、冷めた目でサルマを見る。
「そうだよ。お前の言うとおり、そりゃ戦士は誰だって長になりたいものさ。でも、それが叶うかどうかはまた別の話だ。俺の血筋は本筋からはずいぶん遠いし……」
「リーシと結婚できさえすれば、可能性はあるだろ」
サルマにそう言われて、シルロの表情が強ばる。
「アイツは女だからな。血筋は申し分ないにしても、警備戦士の長になれる可能性は低い。何しろ前例がねぇからな……。女は男と同等の実力がねぇとブレイズ家でも警備戦士隊長にはなれねぇから、女の警備戦士隊長ってだけでも相当珍しいし。リーシが長になれないとすれば、本筋に近い血筋のリーシの子が将来長になることを見越して、リーシの夫が長になれる可能性はなくもないからな……」
「……何が言いたい」
シルロはサルマを睨みつけて言う。
「オマエはリーシとの結婚を望んでいる……それも昔からわかってたさ。だから、リーシとの結婚が未だ約束されている俺の存在は邪魔なはずだ。俺がこの島にいるのは、オマエの望むところじゃねぇはずだって言いてぇんだよ」
シルロはサルマを睨みつけたまま、黙り込んでいる。
「そこでだ。オマエ……俺をここから逃がしてくれねぇか? 俺がこの島から出られた暁には、もう二度とこの島に戻ってこないって誓ってやるよ。どうだ、悪い話じゃねぇだろ?」
「な……お前! 俺をそそのかす気か! お前を逃がすってことは、警備戦士たちを裏切り、長の命に背くってことになる……。そんなことをするわけにはいかない!」
サルマは呆れた様子で軽く首を振り、ため息をつく。
「いいか、そんなのバレなけりゃ平気なんだよ! 俺が勝手に逃げただけってことになって、オマエにお咎めがくることもねぇ」
シルロはゆっくりと首を横に振る。
「バレなければ平気だなんて、そういうわけにはいかないよ。お前は……今や、この世界の平和を乱す賊のひとりだ。自分の欲望のためにそんな奴を野放しにするなんて……俺の戦士としての、正義感が許さない」
「ったく……。シルロてめぇ、あいかわらずのクソ真面目か。たまには欲望に忠実になれよ! オマエは警備戦士の長になりてぇんだろ? 俺をとっとと島から追い出してその座につけよ! 俺が言うのもなんだが……オマエは長になれるだけの、能力も器もあると思うぜ」
「……⁉」
シルロは意外なものでも見たかのようにサルマを見る。
「……サルマさんを牢から出すことって……ほんとに悪いことなのかな?」
アイラが突然口を開いてそう言うと、サルマとシルロは驚いた様子で同時にアイラを見る。アイラは再びくるくると回っているコンパスの針を二人に見せながら言う。
「だって、コンパスはサルマさんが牢から出ないと次の行き先を示してくれないみたいだし。コンパスが行き先を示してくれないと、闇の賊を倒して世界を救うはずの剣が使えないままなんだよ?」
アイラはサルマの目をまっすぐに見つめる。
「どうしてなのはわからないけど……きっと、わたしのコンパスの示す先への旅には、サルマさんが必要なんだよ。世界を救うには……サルマさんの力が必要ってことなんだよ!」
サルマはアイラのその言葉と熱い視線にたじろぎ、ごくりと唾を飲み込む。
「俺が……必要…………?」
シルロは黙ってアイラの言葉を聞いていたが、ふっと笑う。
「……なるほどね。そんな考え方も……できなくもないな」
シルロはそう言うと、再び牢の鍵を取り出してガチャリと錠を開け、サルマに向かってぶっきらぼうに言い放つ。
「……行けよ、サルマ。俺はこれ以上は協力してやれない。ここから先はお前の力でなんとかするんだな」
サルマは驚いた様子でシルロを見ていたが、にやりと笑って言う。
「ありがとな、シルロ。さっき言った通り、俺はもうここには二度と戻らねぇって約束するよ。オマエは長になれるよう頑張れよ。それと……」
サルマはそこまで言って少し口ごもり、俯いて小さな声でぼそりと呟く。
「リーシのこと、よろしくな」
シルロはサルマの顔をじっと見つめ、頷いた。サルマはそれを見ると、アイラの方を振り返って言う。
「おい、行くぞ! 少々手荒な真似をするかもしれねぇが、何とかしてこの島から脱出するぞ! 死に物狂いでついて来な!」
「わ……わかった‼」
アイラはそれを聞いて――――どこか嬉しそうな顔で頷いた。
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気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
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極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
パンダを演じたツキノワグマ:愛されたのは僕ではなく、塗りたくった小麦粉だった
tom_eny
児童書・童話
「なぜ、あいつばかりが愛される?」
山奥の孤独なツキノワグマ・ゴローは、人々に熱狂的に愛される「パンダ」に嫉妬した。
里で見つけた小麦粉を被り、彼は偽りのアイドルへと変貌を遂げる。
人々を熱狂させた「純白の毛並み」。
しかし、真夏の灼熱がその嘘を暴き出す。
脂汗と混じり合い、ドロドロの汚泥となって溶け落ちる自己肯定感。
承認欲求の果てに、孤独な獣が最後に見つけた「本当の自分」の姿とは。
SNS時代の生きづらさを一頭の獣に託して描く、切なくも鋭い現代の寓話。
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