鈴木さんとハルカ

鈴木流(すずき ながれ)

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【第2鈴・懲りないクズ】

コーンスープ

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 ○月✕日。

 今日は小澤シン先輩に会う日。

 待ち合わせ場所に先に来ていると言っていたシン先輩の姿を探した。

 先にいるはずなのにシン先輩の姿が見当たらない。

 「あれ?シン先輩どこだ?」

 東京は人がいすぎるせいか、待ち合わせ場所には多くの人が溢れかえっていた。

 あたしが見逃しているかもしれないが、どこにもシン先輩らしき姿が見当たらない。

 元副生徒会長だったシン先輩は黒髪に黒縁メガネのいかにも『できる』ザ・副生徒会長のような見てくれだった。

 その先輩が高校を卒業して変わっていたとしたら、ザ・副生徒会長の先輩しか知らないあたしは、この人混みから先輩を探しだすのは不可能だ。

 「電話するか」

 あたしはシン先輩に電話をかけながらあたりを見回した。

 『なーに、松岡』

 「先輩、着きました。どこにいますか?」

 『は?冗談やめろ(笑)目の前にいるだろうが』

 目の前?そんな馬鹿な。

 電話の先で笑いながら答えるシン先輩を見つけるために、あたしは顔を上げた。

 すると、2メートルぐらい離れた先に金髪を通り越して綺麗なブロンドにまで色を落とし、全身黒ずくめの、アクセサリーをジャラジャラつけたホストみたいな男が、こっちを見ながら笑っている。

 「は?」

 あたしはその男に近づき、至近距離で顔をまじまじと見つめた。

 「顔近えよ。照れるだろ」

 と、発するその声色は電話越しに聞こえたシン先輩そのもの。

 「え?は?何?何が起きたの?」

 「え?何が?」

 「変わり過ぎだろ」

 驚きを通り越して、もはや笑い。

 あのザ・副生徒会長のようなシン先輩の面影はそこには微塵もなかった。

 元副生徒会長はまれでホストみたいになっていた。

 「そんな変わった?俺」

 「変わったってレベルじゃねえわ」

 ピカピカのブロンドヘアに、歩くたびにゴツゴツうるさい先の尖ったブーツ。

 ジャラジャラと揺れて光る銀のアクセサリーに、ギラギラと主張の激しい金の腕時計。

 「主張の激しい存在感だな…」

 「さ、ハラ減った~。飯行こーぜ」

 「隣歩きたくねえ…」

 どう見ても不釣り合いなあたし。

 頭モリモリのギラギラホストの隣にこじんまりとしたあたし。

 なんて醜い絵なのだろう。

 まさかたかが数年で元彼がこんなパリピ野郎になってるなんて誰が想像しただろう。

 「先輩ってホスト…?」 

 連れて来られたのは綺麗なお店ではあるが、落ち着いた雰囲気といったよりも、ネオンやレーザーの装飾バリバリのオラオラしたお店。

 居心地は最悪。

 「ホスト?…あぁ、そんな時期もあった」

 「その格好はその名残り?」

 「まあね。嫌い?この格好」

 過去を振り返ればその答えもおのずとわかるだろうに。

 あたしが付き合ってたのは、黒髪で黒縁メガネのいかにも『できる』ザ・副生徒会長のようなシン先輩。

 今ではそれの面影もなく、目の前にはホスト崩れのようなギラギラな輩がいる。

 この格好が好きとか嫌いとか、問題はそこじゃない。

 そうなってしまった先輩自身が嫌なのだ。

 「女心わかってねーな」

 「なんだよそれ」

 「先輩、しばらく彼女いないっしょ?」

 「なんでわかんだよ」

 わかるっつーの。

 『自己主張』の激しい自分が好みそうなこの店にあたしを連れてきた時点からな。

 連れのこと、まったく考えてない。

 「な?この店の料理うまいだろ?あ、この肉うめー」

 料理が美味しくないわけではない。
 
 だが、人の旨い不味いは人それぞれだと思う。

 相手の意見も聞かず、自分好みの料理ばかり並べられたテーブル。

 これも、あれも、美味しいと、あたしの皿に盛りつけられる料理。

 この店の料理が嫌いなわけではないが、居心地の悪さからあまり食は進まない。

 この『自分のこと』しか感じられないテーブルの料理たち。

 ギラギラとした落ち着かない空間。

 パリピ共で騒がしい店内。

 ほんと連れのこと全く考えてない。

 それを指摘すれば「ここいい店だから、料理が美味しいから、ただ俺はお前を連れて来たかっただけ」などと、俺は連れのことちゃんと考えてましたよ的な言い訳をするだろう。

 まあ、本当に相手のことをちゃんと考えてるなら、こんな不釣り合いな店にこんな女を連れてきたりはしねーよ。

 だから、彼女できても長続きしないんだろうなこの先輩。

 「先輩、あたし帰ります」

 あたしは、元彼とはいえ残念な男に育ってしまった人間と、これ以上食事をするのも面倒になった。

 これ以上一緒にいると、先輩への残念な印象が濃くなるばかり。

 これ以上印象を悪くしないよう先輩のためである。

 「え?なんで?俺、気に障ることした?」

 「わかってないなら、それまでだね」

 あたしはそう言って席を立った。

 「……ッ」

 すると、シン先輩は腕時計やアクセサリーを外してテーブルに叩きつけた。

 突然の訳のわからない行動に、あたしは不意にも驚き、帰る足を止めた。

 「この格好が嫌なら、上着とかアクセとか取るから」

 「外、冬だけど」

 「大丈夫。上着ぐらい」

 「格好もだけど、この店も嫌いなの」

 「じゃあ他の店に行こう」

 「あたし、帰るつもりなんだけど」

 「だめ」

 何故かやたら引かないシン先輩に、ちょっとばかり無理難題をつけつけたら、どんな反応をするか見てみたいと思ったあたしは、先輩の頭を軽く指差して言った。

 「そんな派手な髪色の人と歩きたくないの」

 そうあたしに言われたシン先輩は、あたしの顔を見つめながら固まった。

 服装はどうにかできても、髪色をどうにかするなんて今すぐには無理難題。

 これでようやく身を引いてくれるだろうと思った矢先。

 あたしの考えは甘かったことに気づく。

 「ちょ……!」

 自分の考えの甘さに気づいて、シン先輩を止めようとしたが、それはすでに手遅れで、シン先輩の右手は目の前のコーンスープを掴んでいた。

 そして、シン先輩はそれをそのまま、

 頭からかぶった。

 「…………」

 突然の展開に固まってしまったあたし。

 スープが熱いのは頭から出る湯気でわかる。

 それでも頭がコーンスープまみれの男は黙ってあたしを見つめた。

 「これで少しは派手じゃないだろ」

 「ばかなの?」

 たかが女一人引き止めるために、ここまで手段を選ばないなんて本当にばか。

 「派手じゃないだろ」

 「頭がコーンまみれの男なんて派手どころか奇抜すぎてもっと隣歩きたくない」

 「今すぐ髪色なんてどうこうできねえよ」

 「だからってコーンスープをかぶる選択肢はキチガイすぎるでしょ」

 そう、ほんとキチガイ。

 でも…そんなキチガイは、嫌いじゃない。

 この必死な感じ、イイ。

 とても興奮する。

 「帰るとかゆーからだろ」

 「わかったから。帰らないから」

 決めた。

 「だから、早くその髪を洗える場所にいこ」

 今夜はこいつに決めた。
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