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第4話 もう一つの宿命(第1章最終話)

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 ここは別段、何の変哲もない、広大な海原が広がる埠頭の一角だ。
 海は穏やかで周りに船も見当たらない。
 ところがその後、些細な異変とでも言うべきか、突然一つの影が海面に浮上した。しかもその影は、素早い動きで岸壁の係船柱に縛りつけられたロープを掴み――海まで垂れ下がっていたのだが――それを伝って岸へと這い上がった。
 そうして現れたのは……言うに及ばず、あずまであった! 手には剛のマスクを持っていた。やはり彼が、剛に成り代わっていたのだ。……実に危うい攻防を制しての生還だった。――東は、あの爆発の瞬間、どうにかトラックから飛び退いて難を逃れていた。そのため、背中に軽い火傷を負っただけで済んだよう――
 次に、パトカーのサイレン音が徐々に近づいてきた。すぐに数台のパトカーが到着する。加えてその先頭には、信二が乗っていた。東のマスクが側にあった。
「大丈夫ですか? 東さん」信二は車を降りてくるなり、東を気にかけて言った。
「ああ、平気だよ」彼は事も無げに答える。
 続いて別の署員から、「厳鬼と金光はどうなったんですか?」という問いかけが聞こえてきた。
「2人とも車の中だったから、直接爆風を受けている……生きているとは考え難いな」
 東は、じっと海を見つめ、真に戦いが終わったのかと思いを巡らしつつ返答した。まるで、それが彼の望みであるかのように……
――ただし、厳鬼が何をやろうとしていたのか、委細が分からいまま終わってしまったことは悔やまれた――

 そんな中、「さーて、海からトラックを引き上げるぞ。お前、クレーン車を手配し……」と言う声が聞こえてきた。警官たちが急いで作業に取りかかろうとしていたのだ。
 東はその光景を見るまでもない。彼の役目は、只今終了を迎えた訳だから。

 ゆっくりと振り返る東、夕日に照らされながら、その場を去って行った。

        7 一刻の終焉

 そして、その翌朝。
 東は麗らかで暖かな日差しの中にいた。この日は、漸く事件が一応の解決を見たことで非番であったのだけれども、彼にすれば休みなどないも等しい。新たな犯罪が待ち構えているという思いから、東は一人、署に向かうため公園の並木道を歩いていたのだ。
 それでも、行き交う人々の様子を見れば、今日も平和で変わらない普段の生活が始まっていることだけは実感させられた。
 すると暫く歩いた所で、木にもたれかかり、しおらしい顔で誰かを待っているかのように佇む、1人の女を目にした。
「こんにちは、東さん」
……桃夏だ。
「ああ、こんにちは」彼もすぐに返した。東は、桃夏が会いに来るということは分かっていたが、こんなに早急に来るとは思わなかった。
「金光は死んだみたいね。ニースで知ったわ」と彼女は言った。
「はい、聞きましたか。……まだ死体は上がってないですが」東もその結末に関しては、やぶさかでなかった。だが厳鬼と金光、まだまだ謎が多く、何か腑に落ちない気もしていた。
 そこに、「私がこの手で仕留めたかったわ」と言う声が聞こえてきたかと思ったら、突然桃夏が東の頭上を飛び越え、あろうことかうしろ蹴りを繰り出そうとしてきたではないか!
 これには、東も驚くしかない。素早く振り向き、両手で彼女の足を受け止める。そして、
「何をするんだ? 桃夏さん!」と慌てて訊いたところ、
「あら、御免なさい。確めたかったのよ。でもやっぱりね、同じ攻撃は受けないもの」と彼女は唇に微笑みを浮かべて悪気はないとでも言いたそうに淡々と答えた。「だけど貴方、何故あの時、私の邪魔をしたの?」さらに怒ってはいないようだが、理由だけは知りたそうな口調で尋ねてきた。
 やはりバレていたか……流石に彼女ほどの兵ともなれば、安易な仮装など通用しないのだろう。東はそう思いつつ、少し弱り顔で話し始める。
「ははは、分かりましたか?……そうですね、その訳は2つあるんです。1つは何を企てているかを探っている最中だったので、金光を死なせられなかった。それともう1つは、あなたを殺人者にさせたくなかったんですよ」と。
 桃夏は、その声に耳をそばだてている様子……。続いて、何故か唐突な変貌ぶりを見せる。少女みたいな仕草で東の腕にまとわりつき、「いいわ、許してあげる」と笑ったのだ。
 何とか、心得てくれたか。東は取り敢えず安堵する。とはいえ、桃夏の本意は知る由もないのだが……
「その代わり今日は私とつき合って」と次に彼女は、甘えた声で囁いた。
「ええ、分かりました。喜んで」東は迷うことなく返答した。肘に桃夏の豊満な胸の膨らみを感じながら。
 そして2人は腕を組み、すっかり恋人気取りで歩き出した。
「そうそう、スウィーツの美味しい店があるんですよ」
「えーっ、それは楽しみね」

 並木道を1組のカップルが、たった一時だけ嬉しそうに歩いている。
 しかし、そのうしろを凍りつきそうな風が吹いていた。
 未だ、知られていないことが、起ころうとしている――――前兆のように!



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