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2話 エンドレスプロポーズ

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 ほんの数分前。私は隕石の如く飛来し、地面に叩きつけられて即死する運命にあった。
 それが今は金髪碧眼の青年(イケメン)に、まるで乙女ゲームの主人公の様に姫抱きで抱き抱えられている。
 これは夢か?いや、現実である。なんだ、これは。
「キミ、体は大丈夫かな?その、・・飛んで・・来たよね」
 私はその言葉で我に返る。そうだった。私はバスで事故に遭い、死んだと思ったら空の上に放り出されていたのだ。
 そして、隕石の如く落下し(以下略)、何故か外国人?のイケメンの胸の中で夢見心地・・いやいや、そんなことよりも、だ。
「あ、あの・・貴方が私をキャッチ・・いや、受けとめてくださったんですか?あの猛スピードで落下する私を」
 青年は私を抱えたまま、「はい」と答えると、私を頭から爪先までまじまじと観察しだした。
 そして、満足したのか私を地面の上に下ろし(私は名残り惜しい気持ちで胸が一杯だった)、向かい合う。
「どうやら、貴女は人間のようだ。何故、空から降って・・あ、」
 何か心当たりでもあるかのような、青年の途切れた言葉の先は、凡人の私には予測出来ない代物だった。
「突然の無礼をお許しください、お嬢さん。是非、この僕、ロラン・イーリアスとっ!」
 命の恩人たる彼は、突然私の右手の甲にキスをし、乙女ゲームの(以下略)の様に求婚・・プロポーズをしてきた。
「はっはあ?!」
 勿論、プロポーズなど今まで生きてきて一度もされたことは無い。しかもこんなイケメンに。
 呆然としている私に、彼はショートの金髪を揺らして迫ってくる。なん・・だと・・。
 そうこうする暇も無く、彼の顔が段々アップになっていく。これは・・・いや、まさか。
「髪の毛に埃が付いていますよ」
(ですよねーーーーーーーーーーーーーー!!!)
 まさにこれが寸止めというやつ、いや、これはただの私の勝手な妄想乙展開ではないか!
「それで、お返事は?」
「えっ・・」
 ロランと名乗る青年は私の両手を己の両手で繋いで、逃がさないという意思表示をしてきた。
「はっ離して、ください!命の恩人さん!」
「僕の名前はロランだ。そういえばキミの名前を聞いていなかった。教えてくれないか?」
 青い瞳はキラキラと輝いている。くっそ、イケメンの言うことに逆らえない。
 苗字から名乗ろうとして、暫し考える。『籏梨はたなし』という苗字は珍しく、外国人にはやや難解なのではないだろうか。
 そうだ、別に律儀にフルネームを言う必要は無いではないか。名前だけにしよう、そうしよう。
朱里亜ジュリアです」
「そう、ジュリアというのか」
 なんとなく、カタカナで呼ばれているような気がするのは気のせいだろうか。
「ところで、キミは・・冒険者なのだろうか、その恰好は」
「はい?」
 『その恰好』と言われて、私は自分の着ている衣服を確認する。
「な、なんじゃこりゃァァァアアッ!!」
 ロランは突然の雄叫びを上げる私にびくっと驚く。
 私は口を開けたまま驚愕の表情で全身を見渡す。白い半袖のシャツ、これは普通だ。その上に革製と思われる胸当ての鎧のようなものを着ている。そして、深緑色のホットパンツに黒くて長いブーツ。どう見てもファンタジー世界の冒険者のような服装だ。
「コスプレ?いや、私・・空の上にいたのよ?」
 考え込む私の右腕にかすり傷があるのを見つけたロランは、そっと私の右腕を掴んで引き寄せる。
「なにする・・」
「命の煌めきと、生きる希望を、【】」
「えっ?」
 ロランが詠唱をすると、右手が緑色の淡い光に包まれる。そして光が消えると右手にあったかすり傷が綺麗に消えていた。つまり、今のは。
「ま、まままままま魔法ぉおっ?!」
「うん。だって右腕、怪我してたから・・もしかして、余計なお世話だったかな」
 そう言われて初めて、ロランの服装に気づく。彼は銀色の甲冑を着ていた。そう、よくファンタジーゲームとかの主人公や兵士が着ているような、アレだ。
「ろ、ロランでいいのよね?」
「ええ、我が愛しきジュリア。僕とけっ」
 結婚と言わせない速さで私は質問を投げる。
「ここはどこ?日本って国は知らない?!」
 突然の質問にロランは嫌な顔ひとつせず、ふ、と王子的微笑みを浮かべて答える。
「ここは知っての通り『ラウンドバード』の中心。ワルキューレ王国首都【オーレル】の大聖堂前の噴水広場さ」
「らうんど・・ばーど。わるきゅーれ・・おーれる」
 カタカナの連続に私の脳はオーバーヒートしそうだ。
「『二ホン』という国は僕の知る限り、存在しないね。キミは―」
「分かった。ありがとう」
 ロランの言葉に私は感謝を述べて、その場を立ち去ろうとする。
「どこに行くんだい?ジュリア」
 先ほどロランが治した右腕を掴まれる。私は思わず怒鳴った。
「日本に、家に帰るのよっ!私は!」
 掴むロランの手を振り解く。ロランは慌てて早歩きをする私の横に並ぶ。
「家、って『二ホン』という国なのかい?それは・・」
「あるのよっ!存在するの。この世界には無いかもしれないけど」
 私は恐ろしい考えにたどり着く。ここは、もしかしたら。
「つまり、やはりキミは『異世界』から来た『』なんだね」
「?・・・予言ってなに。異世界は合ってるかもしれないけど」
 そう。私は恐らく、あのインチキ占い師によってこのファンタジーな異世界にやってきてしまったのかもしれない。
 なんてことだ。しかもこの金髪イケメンに何故か求婚され、こうして付き纏われている。
「この世界には女神『』様がいるんだ」
 女神?突然信仰している神の名を言い、ロランは私にメダルのようなものを手渡した。
 それは銀色の硬貨のようで、ベールを被った女性の横顔が彫られている。ベール・・いや、まさか、ね。
「その硬貨に彫られている女神が『ディス』様だよ。そして、この世界の皆は10歳の時にを受けるんだ」
「予言って・・それがなんだっていうのよ」
 足を止めているのは市場の隅っこで、活気のある店主とお客の声が聞こえてくる。
「僕もね、10歳で予言を受けた。それはこうさ、『18歳になった頃、異世界からやってくる娘と将来結婚する。そして僕は勇者として魔王を倒す運命にある』と」
「は?結婚?・・・勇者ァ?」
 私はロランを見る。清潔で爽やかな青年の顔だ。とても嘘を言っているようには見えない。では本気、なのだろうか。
「貴方、もしかして今18歳なの?」
 コクリ、とロランは頷く。
「で、異世界からやってきた私、と」
「結婚してくれないかっ!!!」
 市場の隅っこでプロポーズされても。というかデカイ声出すな、ああもう、周囲の人が驚いた顔でこっち見てるじゃない。
「無・理!」
 そういえばちゃんと断るのは今回が初めてだ。さっきはそれどころではなかったから。
「そう言わず、一度だけでいいので!」
「悪徳セールスのような言い方じゃない!」
「ただ、『はい』と言ってくれればいいのに」
「私はまだ15歳なのっ!結婚なんて―」
「我が王国では15歳から結婚出来るんだ」
「くっ、大体、私と貴方は出会ったばかりでしょ!結婚なんてできないわよ」
 双方一歩も譲らずに、暫しの睨み合いが続く。かに思えた。
 ふ、とロランは怪しい笑みを浮かべると、太陽が眩しいかのように手を空に向かって翳した。
「ジュリア、キミは知らないだろうけど、身元不明の人間が我が国に密入国した場合、懲役20年になるんだ」
「に、にじゅう、ねん!?」
 衝撃を受けている私にロランは更に追い打ちをかける。
「そして、釈放されたとして・・我が国の住民権を得るのに早くて10年はかかる」
「そ、それって合わせてさん、じゅう」
「30年も人生を棒に振って、キミは耐え切れるだろうか?」
 悪魔のような綺麗な微笑みに私は絶望する。
「でも、ひとつだけ。懲役も無く住民権も得られる方法がある!」
 嫌な、とてつもなく嫌な予感がする。
「それは結婚!僕と結婚すれば、ここでの生活に困る事はない!永遠に!」
(そうきたかーーーーーーーーーーーーーー!!!)
「さぁさぁ、結婚しよう、ジュリア。そして二人で幸せな家庭を作るんだ!」
 キラキラとロランの瞳が輝いて見える。くっ騙されるな朱里亜。これは結婚詐欺の可能性だってあるのよ。
「ダメです!私はまだ子供なんです!それにお互いのこと、よく知らないじゃない」
 私の精一杯の抵抗の声にロランはふむ、と考えこんだ。
「では、暫く休戦としようか。ジュリアもいきなり異世界に来て、混乱しているのだろうね」
(やっと話が通じたか・・・)
「そうです、そうです。私、混乱していて、」
。それまでによ~く考えて、返事をしてほしい」
 なんだ、と。一週間で私は30年の苦痛と結婚の二択を選ばなければいけないのか。
「ちょっと、一週間て」
「流石に何カ月、何年もまた待たされる訳にはいかないよ。さぁ、ついて来て」
「❝また❞?それと、どこに連れて行く気なの!?」
 ロランは白いマントを翻して私をどこかへ案内していく。
「修道院だよ。そこには僕の知り合いがいるから、そこでジュリアを匿って貰うのさ」
 匿う。今まで聞いたことがない言葉だ。今の私は本当に密入国者なのか。







「マリア様。大変です、大変です!」
 血相を変えて修道院に飛び込んで来た男は息も絶え絶えに礼拝堂で祈りを捧げるシスター服の少女に駆け寄る。
「どうしたのです、ロシド。そんなに慌てて」
「ロランの野郎が、見知らぬ娘に求婚していたのを目撃したとの情報がっ!」
 マリアと呼ばれたロングヘアのシスターは口元に笑みを湛えて、ロシドと向かい合う。
「あら。それは大事件ですね。どうしましょうか」
 天使の微笑みを浮かべて、マリアは礼拝堂に祭られている女神『ディス』の銅像へ祈りを捧げる。
 ステンドグラスに日差しが差し込んで、スポットライトのようにマリアを包んでいた。
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