異世界コンシェルジュ ~ねこのしっぽ亭 営業日誌~

天那 光汰

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5巻

5-3

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「ロプス家から援助してもらえることになったよ。お前さんたちの給料も上げられるさね」
「ほんと? あー、でもそれだったら、その分を人員補充に回して欲しいかも。二つ目のアイジャ瓶も作らないとだし」

 アイジャのにたり顔に、鎧騎士はうーんとうなった。今でもすでに凄い成果だが、アイジャの夢がこんなところで終わらないことを、ここにいる三人はよく知っている。

左様さよう。拙者たちの給金なら、日のポアンが買える分があれば十分。気にせずに、有意義に使ってくだされい」
「俺は貰えるもんは貰うが。まあ、アイジャの姉御がどうしてもって言うんなら、持って行ってかまわないぜ」

 アイジャ瓶のそばにいた二人も、気持ちのいい笑顔で振り返った。そんな同僚を見て、アイジャがとっさに帽子を目深まぶかにする。

「……まったく」

 呟くアイジャを、鎧騎士はかぶとの下から見つめていた。

「まぁ、気持ちはありがたいが。これから先はそうもいかんさ。新しく人も雇わなきゃいけない。先輩が辞退したからって自分も先輩と同じ給料だったら、後輩も働きにくいだろう」
「ああ、確かに」

 アイジャの言葉に、眼帯の男は頷く。

「お前さんたちには、幹部としても働いてもらわにゃならん。示しがつくくらいの給金は出さないとね」
「ま、集まる人手も集まらねぇだろうな」

 赤いローブの男も、ふんと鼻を上に突き上げた。談笑しながら魔力供給ができるようになっているあたり、やはり自分の目に狂いはなかったとアイジャは思う。

「とりあえず、当面はエルダニアの街灯の完全電力化が目標だねぇ。その後は、建物の中にも広げたい」
「ああ、しっぽ亭みたいにですか。いいですね。本当に明るい街になりますよ」

 鎧騎士の弾むような声に、アイジャもおうさと笑ってみせる。
 世界初の電力会社には、四人の魔法使いの心地よい表情で溢れていた。


  ◆  ◆


「そうですか、シャロンちゃんが」

 アイジャの部屋で飲んでいた恭一郎は、ホッとしたようなアイジャの顔をまじまじと見つめた。

「ああ、これでようやく電灯事業を軌道に乗せれるよ。議会も興味を示してくれてね、うまくいけば公共事業としてやってけそうだ」

 ベッドに腰掛けて安堵の表情を浮かべるアイジャに、恭一郎は優しく微笑む。お金持ちのイメージがあるアイジャだが、どうも今回のことはアイジャ自身でどうこうできる問題ではないらしい。

「あたしが金持ってるっていってもさ、個人レベルの話だからね。今後のこと考えると、どうしても後ろ盾は必要さ」

 ふむと恭一郎は考え込む。事業を拡大していくには、個人の力では厳しいということか。
 考えてみれば、アイジャの街灯は市民から電気料金を徴収しているわけではない。アイジャの口振りからすると、今後は市政に電気を売るという方向になるのだろう。

「難しい話ですね」
「そんなことないさ。今までだって、農家の連中は油を作って売ってたろ? それが電気に変わるだけさね」

 アイジャの説明に、恭一郎はなるほどと頷いた。エルダニアの街灯にはギトルという動物から採れる油を使っていたが、燃料が変わるだけと言われれば、そうかもしれない。

「街灯の分の電気は、市政が買ってくれる。あとは個別の店や家だね。お前さんの話を参考に、月額で買い取ってもらうことにした。営業はまだしてないが、それでもすでに何人か購入の話を持ちかけてくれてるよ」
「も、もうですか? すごいですね」

 この世界でも、商人の商魂はたくましい。確かに、他店よりいち早く電灯で輝く店を構えられたら集客効果も大きいだろう。
 しかし、アイジャが売り込む前に申し込むとは。つくづく商才というのは行動力であると思い知らされ、恭一郎は自分も頑張ろうと気を引き締めた。

「ちなみに、真っ先に来たのがアラン工房って服飾店だ」
「あ、なるほど」

 もうなんと言うか、さすがとしか言いようがない。羊頭の悪友を思い浮かべ、恭一郎は笑みを浮かべる。

「とりあえずは、大街道に電線を引くことになった。よりきらびやかになるよ。……やることは山積みだ」

 呟くアイジャを、恭一郎はじっと見つめる。そして、少しだけ眉を寄せた。
 このところ、アイジャは恭一郎によく弱音を吐くようになっていた。いわゆる仕事の愚痴だが、以前のアイジャならば考えられないことだ。
 今だってそうだ。事業が本格化するのは喜ばしい話のはずだが、アイジャはしかめっつらのままである。嬉しいときは手放しで笑う彼女の性格を思い出して、恭一郎はあごに指を当てた。

(部下ができてから、ずっと気張ってるからなアイジャさん)

 今までは世界変革の夢も、言ってしまえばアイジャと恭一郎二人だけの問題だった。しかし、今となっては発電をする三人の従業員をはじめ、街の人々をたくさん巻き込んでしまっている。さすがのアイジャも、色々と思うところがあるのだろう。
 恭一郎は椅子から立ち上がって、アイジャの横に腰掛けた。
 きしむベッドの音を耳にしながら、アイジャが驚いたように恭一郎を見やる。
 恭一郎が、同じベッドの上に自分から座ることは珍しいからだ。戸惑うアイジャの顔が赤く染まる。

「え、えと。キョーイチロー?」
「ほら。アイジャさん」

 ぽんぽんと、恭一郎が自分のひざを叩く。その様子に、アイジャは頭の上にはてなを浮かべた。

「ほ、ほらって。な、何が……」

 何となく予想はついているが、まさかと思い、アイジャは恭一郎に視線を向ける。そんなアイジャに、恭一郎はにっこりと微笑んだ。

膝枕ひざまくらしてあげます。おいで、アイジャさん」
「へぅッ!?」

 アイジャの瞳が、本当に珍しいほど大きく見開かれた。


「よしよーし。アイジャさんは、頑張り屋さんですね」
「……うぅ」

 なでなでと、恭一郎はひざの上のアイジャの頭を優しくでる。くせっ毛だがさらりとした柔らかいアイジャの髪は、恭一郎の指の間を抵抗なく流れていった。

「きょ、キョーイチロー。こ、これ。は、恥ずか……」
「いい子いい子」

 エルフ耳の先まで真っ赤に染めたアイジャが、死んでしまうとばかりにか細い声を上げる。恭一郎は、そんなアイジャのささやかな抵抗も無視して、頭をで続けた。

「最近ずっと頑張ってましたもんね。偉いね、アイジャさんは」
「いや、あの。その……うぅう」

 ぎゅうと帽子を抱き締め、アイジャは困惑しつつ声を出す。心臓が破裂しそうなほど音を立て、その鼓動が恭一郎に伝わってやしないかとアイジャは気が気でなかった。

「ふふ。アイジャさんの心臓の音、とくんとくん可愛いですね」
「つぅうううッ!? い、言うなばかぁ」

 アイジャがぎゅむぅと身体を丸める。逃げ出したいほど恥ずかしいのに、何故かアイジャの身体は小さく縮こまることを選択した。

「耳も、真っ赤にして。可愛いですね」
「ひゃっ! ば、ばかっ。しゃ、しゃれにならっ……くぅんっ!!」

 恭一郎がアイジャの耳の先端をでた瞬間、アイジャの身体がびくんと跳ねる。漏れた声に、アイジャがばっと口を塞いだ。

「何かして欲しいこととかあれば、言ってくださいね。何でもは無理ですけど、できることならしますから」

 優しい温かさを頭に感じながら、アイジャは半泣きで恭一郎の言葉を聞いていた。
 恭一郎らしくない、行動。
 それが自分を心配してくれているからだと気がついて、アイジャは情けなさに涙ぐむ。
 でも、今だけでも。この人の前だけでもと思い、アイジャは結んでいた唇を開いた。

「……ほ、ほんとか?」
勿論もちろんです」

 見えてもいないのに、にっこりと微笑む恭一郎が想像できる。

「……な、名前呼んで。……く、れ」

 つい、アイジャはずっと思っていたことを言ってしまった。

「え?」
「な、何でもないっ!! い、今のやっぱりなしっ!!」

 予想外の答えで思わず聞き返してしまった恭一郎に、アイジャの顔がボッと赤く染まる。それを見て、恭一郎はアイジャの左手をぎゅっと握った。

「……アイジャさん」

 ぽつりと呟いた恭一郎の言葉に、アイジャの時が一瞬止まる。ぐっと唇を結んで、けれど左手の体温が、アイジャの唇をもう一度だけ開かせた。

「ち、ちが……う。あ、あい……。そ、そのままが。……呼んで」

 羞恥と色々な感情が混ざりすぎて、まともな言葉にならない。それを聞いて、恭一郎は自分がどれだけ間抜けかを悟った。

「……あ、アイジャ」

 恐る恐る、恭一郎の口が小さく動いた。

「きょ、きょいちろっ」

 かすかに、アイジャの身体が震える。ふるふるとしながら、アイジャは必死にとんがり帽子を握り締めた。
 もうどうでもいいと、アイジャの気持ちがぽろりと崩れる。

「す、好きぃ。う、うぅっ。も、もっと。み、耳元で呼んでぇ」

 アイジャの息づかいが荒くなる。恭一郎は、思わずどきりとしてしまった鼓動を抑えつつ、アイジャの耳へ口元を落とした。

「……アイジャ」
「んうぅっ!!」

 恭一郎の声が耳から脳を揺らした瞬間、アイジャの身体が揺れる。全身に力を入れ、その後くたりと力を抜いた。
 小刻みに痙攣けいれんするアイジャを、恭一郎はよしよしとで続ける。

「……ばか」

 涙目のアイジャの呟きに、恭一郎は参ったなと頬を掻いた。

「もうキョーイチロー嫌い」
「ごめんなさいって。その、アイジャさんが可愛くてつい……」

 ひざの上で涙を拭きながら、アイジャは眉を吊り上げていた。いじけたように前髪に触るアイジャに戸惑いつつも、恭一郎は謝る。

「……お前さん、変わったよな」

 顔を合わせないようにそっぽを向きながら、アイジャが悔しそうに口を開いた。そうですかと、恭一郎がアイジャを見下ろす。

「あんなこと、メオにもしたことないだろ」
「え? あ、はい。まぁ……」

 言われて、恭一郎の胸がどきりと跳ねる。何故だろう。何となく、関係が先に進むのはアイジャのほうだ。

「……弱いと、いいことあるもんだね」

 ぼそりとこぼしたアイジャの呟きは、小さすぎて恭一郎には届かなかった。


  ◆  ◆


 数日ほど経ったある日。

「んがぁ……ぷしっ! ……んあっ?」

 寒くなった空気に起こされ、リュカはゆっくりと目を開けた。
 背中に感じる温かさは、今もぐうぐうと眠っているノーブリュードのものだ。
 ドラグ・ノーブリュード。しっぽ亭の屋上に突如現れて、リュカの恋人となった巨大なドラゴンである。
 付き合いだして数ヶ月の恋人の身体に、リュカはぎゅうと抱きついた。
 秋に差し掛かった季節の変わり目では、毛布なしでは少々厳しくなってきた。今度毛布を持ってこようと、リュカは眠気の中からむくりと起き上がる。

「ふあぁ、よく寝た。もう夕方かー。ノブくん、起きて。リュカもう帰るよ」

 かたわらで目をつむっているノーブリュードの巨躯きょくをゆさゆさと揺らす。少しだけ昼寝をするつもりだったのだが、随分と爆睡してしまったらしい。このままでは夜営業に間に合わないと、リュカは急いで身支度を始めた。

「んがっ。んんぅ、寝てしまっていたのである。……我が君、帰るのであるか?」
「うん。ちょっと遅くなっちゃった。早く帰らないとっ!」

 ばたばたと鞄を肩に掛けるリュカに、ノーブリュードはふむと頷き首を向ける。

「であるなら、余に乗って帰るといい。夜道は危ないゆえ」
「大丈夫だよ。まだ日は落ちてないし。……急いで帰るね! また明日っ!!」

 じゃあねと叫んで巣を飛び出していくリュカを、ノーブリュードはぐるるると喉を鳴らして見送った。
 店にドラゴンが降り立つと皆が驚くため、リュカは基本的に自分の足で帰っている。ノーブリュードは自分の巨体を見つめ、致し方ないと息を吐いた。

「……さて、もう一眠り」

 リュカのいない寂しさを紛らわすように、ノーブリュードは再びゆっくりと目をつむった。


  ◆  ◆


「ああ、うちも身を焦がすような恋がしてみたいっ!!」

 学校に昼休み。そう叫んで自らの身体を抱き締める同級生のレティを、リュカとシャロンがまた始まったと呆れたように見つめる。

「具体的に言うならそうっ! み、身分違いの恋、な、なんてっ!!」

 くねくねと身体を動かしているせいで、先ほどからぽたぽたと自慢の皿から水が滴り落ちていた。そんな河童の亜人であるレティに、サイクロプスの少女シャロンはふぅとため息をついて声をかける。

「今回はいつにも増して、って感じですわね。どうかしましたか?」
「へへへー。見てみぃこれ、知っとるか?」

 じゃじゃーんと、レティは懐から一冊の本を取り出す。肌身離さず持っていることにますます呆れて、シャロンは眉を寄せた。

「……騎士姫物語? 何それ」

 表紙のタイトルを読んだリュカが、不思議そうに首を傾げる。リュカにとっては、書物というものは教本以外に存在しない。

「小説でしょ? ナメジ先生の」
「そうや。これ、すっごい素敵なんよー! もう、なんか胸がきゅんきゅんするっていうか!」

 きゃあきゃあと乙女の表情をするレティだが、リュカはなんだ小説かと思って手元のサンドイッチに意識を移した。確か、小説とは芝居の流れを文章でまとめたものだ。興味はないがメオねえちゃんが欲しがってたなと、リュカは記憶を手繰たぐる。

「金持ちの姫さんに、一介の騎士が惚れるお話でな。これがまた、はらはらどきどきの、えっろえろなんよ!」
「……レティ、貴女あなたまさか」

 なぜここまで親友が熱を込めているか不思議だったが、やっと合点がいったシャロンは右手で頭を抱えた。シャロンはレティをじとりとにらむ。

「まだ恭一郎さんのことを諦めていないんですの? 私たちも、今年で高等学校卒業よ? 貴女あなたなんて婿むこを取らないといけないんだし、そろそろちゃんと家のことも考えないと……」
「あー、あー、聞っこえまっせーん! 何にも聞こえませーん!」

 レティは耳を押さえてシャロンの言葉を遮った。その様子にシャロンはイラっとしながらも、気持ちは分かるので強くとがめることはしない。代わりに、勝手にしなさいと手元のグラスを口に持っていった。

「……そういえばさぁ。前から気になってたんだけど」
「ん、どないしたリュカ?」

 二人のやりとりを見ていたリュカが、ぽつりと小さく声を上げる。それに気がついたレティは、ぼんやりと宙を眺めているリュカに振り向いた。

「子供って、どうやって作るの? というか、どうやったらできるの?」

 ぽろんと、リュカの口から長年の疑問が漏れる。これまで色々な大人に答えをはぐらかされ続けた質問だが、リュカももう年頃である。まだ少し早い話題なのは分かるが、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかと、二人のお姉さんを見やった。

「え? い、いや。それは……」
「うむ。分かった。うちが教えてあげよう」

 視線をらしたシャロンとは対照的に、レティが胸を張る。慌ててレティをにらむシャロンの一つ目をレティは大丈夫だと見つめ返した。

「子供っていうのは、好きな男と一緒に寝たらできるんや」
「ぶっ!!」

 あっけらかんと言うレティに、シャロンが思わず噴き出す。どうやと目配せをしてくるレティ。シャロンは、よく考えてみれば確かにうまい説明かもと気を取り直して口元を拭いた。

「……え、そうなの?」

 どきりと、リュカの胸が嫌な音を立てる。リュカの頭に、アイジャが「キョーイチロー一緒に寝ようよ」などと言って、それにメオが怒っているいつもの日常が思い起こされた。あれはつまり、そういうことだったのか。リュカの頭の中で何かが繋がる。

「え、ど、どうしよう」

 そして、サーッとリュカの顔から血の気が引いた。昨日、というより何回か、リュカは彼氏であるノーブリュードと昼寝をしている。どこからが「一緒に」のラインかは分からないが、身を寄せ合って横になっているのだ。恐らく一緒に寝ているうちに入るであろう。

「……あ、赤ちゃんって、す、すぐ生まれるの?」
「そんなことないですわ。……そうですね、赤ちゃんができた証として、つわりなる現象が、我々女性の身には起こるのだとか」

 リュカの動揺には気づかずに、シャロンが教育係の女中から学んだ知識を披露する。レティもここら辺は興味があるようで、ほうほうと身を乗り出した。

「つ、つわり?」
「そうです。なんでも突然気分が悪くなったり、吐き気をもよおすのだとか。食欲も減って、すっぱい食べ物くらいしか受けつけなくなるそうです」

 シャロンの説明を聞いて、リュカはホッと一息つく。それなら大丈夫だ。リュカは昨日の夕ご飯を思い出した。お腹が空いていたから、恭一郎の作った肉のピッツアを二枚も食べたのだ。きっと今まで昼寝をしていた分は大丈夫だったということだろう。
 ただ、これからはノーブリュードと昼寝をするのは止めようと、リュカは心に固く誓った。

「それにしても、うちら女だけ辛いんかぁ。ちょいとムカつくなー」
「いいじゃないですか。その代わり、殿方にはしゃかりきに働いてもらうのですから」

 そんな、教室の男子生徒がどう反応すればよいものかと悩む会話を繰り広げる親友二人を見ながら、リュカはやはり持つべきものは友達だと胸をで下ろすのだった。


  ◆  ◆


「ただいまー」

 悩みもなくなり、まっすぐに帰宅したリュカは勢いよくしっぽ亭の扉を開けた。ノーブリュードには悪いが、今日は行くのは止めておくことにしたのである。

「ありゃ、誰もいない」

 きょろきょろと店内を見渡し、誰もいないことにリュカは首をひねる。いつもはもう少し帰りが遅いから、夜営業の準備をしているメオと恭一郎の姿があるのだが。どうやら、二人とも自室で休憩しているようだ。

「あっ、サンドイッチだ。昼の残りかな」

 ちらりと厨房をのぞくと、カウンターの上にサンドイッチが一つ置かれていた。中身は、リュカの好きなハムとテーズらしい。

「食べていい、よね? リュカ、お腹空いてるし。……うん、食欲減ってなんてないもん。食べちゃおう」

 メオねえちゃんのおやつだったらあとで謝ればいいやと考え、リュカはサンドイッチを口に入れた。もぐもぐと、口の中に詰め込んでいく。

「むぐむぐ。……なんか変わった味。ま、いいか。もぐもぐ。美味しい」

 変わった風味のテーズだなとリュカは眉を寄せるが、特に気にせず、そのまま平らげた。相変わらず恭一郎の料理は美味しい。リュカは水瓶の中からコップに汲んだ水を、ごくごくと飲んだ。

「ふー。流石さすがにお腹いっぱい。……うん。こんなに食欲あるんだし、大丈夫大丈夫っ!!」

 そう言って、リュカは笑顔で階段を上がる。びたんびたんと打ち付ける尻尾のリズムは、気分と同じで晴れやかだ。


「う、うぅーん。お腹痛い、気分悪い……」

 数十分後、リュカは自室で腹を抱えてうずくまっていた。脂汗がにじみ出て、リュカの額を濡らしている。

「……うっ、うぷっ。吐きそう」

 うっと口を押さえて、リュカは部屋の隅の大きな器を手に取った。本来は魔術の実験に使うものだが、この際、四の五の言っていられない。

「うっ、お、おぇ。……うぅっ」

 器に出たものを見て、リュカは自分の身体に起こった変化を理解した。吐いたおかげで気分は幾分いくぶんかマシになったが、それでも食欲があるとはとても言えない。

「気分が悪く。……は、吐き気も」

 今度こそリュカの顔から血の気が引いた。あまりの衝撃に、ふらりと身体が揺れる。

「……ど、どうしよう」

 呆然と、リュカは天井を見上げた。

「あ、赤ちゃん。……で、できちゃった」

  ◆  ◆


「あれ? 恭さん、カウンターの掃除しました?」
「ああ、しておきましたよ。どうしました?」

 リュカが自室にいる頃、一階では、メオが不思議そうにカウンターの上を眺めていた。そんなメオに、恭一郎が「何か不都合が?」と声をかける。

「あ、いえ。ありがとうございました。私がやろうと思ってたのに」
「いいえ、メオさんいつも大変そうですから」

 微笑む恭一郎に、メオはぺこりと頭を下げた。そのまま二人は、夜営業の支度に慌ただしく取りかかる。

(あの腐ってたサンドイッチ、恭さんが捨ててくれたのか。よかった。誰かが間違えて食べたら、大変だもんね)

 頷いて、メオはよーしと気合いを入れてそでまくった。

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