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4巻

4-2

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「余も元々は、ここより遠くの山脈を目指していた。しかし驚いたことに、街の中に地脈が素晴らしく安定している場所があるではないか。貴様等には分からぬだろうが、この店の場所はとんでもなく貴重な土地なのだ。まるで、土地神がすぐそばにいるかのような大地の力を感じる」

『それが原因かー!!』と、しっぽ亭の面々は頭を抱えた。
 現在も恭一郎の部屋で爆睡中の氷精様が、今回の騒動の大本らしい。
 しかし龍の話が本当ならば、ヒョウカは陰ながらしっぽ亭を守ってくれているということだ。後で誉めておこうと思い、恭一郎は一人だけうんうんと頷く。

「それには、ちょいと事情があってね。……どうしても退いてはくれないかね?」
「聞けぬな。余も、龍の巣を飛び出してしまった身。龍といえども、巣作りは運が絡む。これほどの土地、手放すわけにはいかない」

 困ったね、と呟くアイジャの額を汗が伝う。力ずくでいくしかないようだ。覚悟を決めて、アイジャは恭一郎に避難するように視線を送った。
 見た目は大きいが、歳的にはリュカとそう変わらないくらいの若龍だ。一瞬で動けなくすれば、ひとまず街への被害は出ないだろうと考え、アイジャはさらに足を一歩前に踏み出した。

「大人に泣きつくのだけは、勘弁しとくれよ」
「ふむ。致し方ない。縄張り争いは、避けては通れぬが摂理」

 ばちばちと、アイジャの両手に小さな雷が弾け飛ぶ。
 それを見た人だかりが、事態を察したのか我先にと散っていった。
 恭一郎も、メオを連れて慌ててその場を離れる。
 アイジャは恭一郎とメオが十分に距離を取ったのを確認して、赤龍へと顔を上げた。

「先に聞いておくが……雷に打たれたくらいで、死にゃしないよね?」
「……? 何を言って……」

 戦闘態勢を取ろうと腰を上げた赤龍が首を傾げる。くもりですらない今の天候で、どうやって雷に打たれるというのだろう。そう赤龍が疑問を持った刹那せつな――。
 光の帯としか形容できない雷が、雲一つない天空から降ってきた。

「ぐおっ!? がっ、あああああああああ!?」

 光に遅れて、すさまじいごうおんが鳴り響く。鈍く重い雷が、一本だけの槍となって赤龍の身を貫いた。
 ほとばしる閃光。避難していた街の面々が、口々に悲鳴を上げる。メオを抱く恭一郎も、咄嗟とっさにメオを守るように後ずさった。

「すごい……」

 思わず呟いてしまう。以前、しっぽ亭でゲーデルを退けたときとは比較にならない、雷の蹂躙じゅうりん。目の前の人物が大戦の英雄であることを、恭一郎は今さらながらに肌で感じた。
 数秒後、がくがくと震える赤龍は、耐えていたひざを屋上に落とす。体表からは煙が昇り、少し焦げ臭い匂いが恭一郎たちの方まで漂ってきた。

「ぐぅっ、なっ。龍種である余を、一撃でっ……」

 体重を屋上に預け、赤龍は驚愕きょうがくの瞳でアイジャを見つめた。何が起こったのか分からないと、その表情が物語っている。

「おお、流石さすがに耐えるね。よかった。話ができるくらいに手加減はしたさね。死なれると、こっちが困る」

 アイジャが安堵のため息を吐いた。一撃で済まさなければ、反撃を許す。そうなれば、街に被害が及んでいただろう。
 かといって、龍の意識を奪うほどの攻撃は、この後の話し合いに支障をきたす。
 周りの者からは分からない、微に入り細を穿うがつ一撃であった。

「な、何者だ……」

 その身をもってアイジャの魔法を受けた赤龍は、アイジャの存在に恐怖していた。
 今の一撃。龍種といえども、放てる者は多くない。それほどの一撃を、目の前のエルフは手加減をしたものだと、そう言ったのだ。
 赤龍の脳裏に、大人たちから聞かされた昔話がよみがえる。大戦の時代、空を駆ける龍族をことごとく打ち落とした、雷神と呼ばれる者の存在。

「特に名乗るほどのもんじゃないよ。さて、どうかね。退いてはくれないかね? 一応あたしも、この街の平穏を任されてるんだ」

 アイジャの穏やかな目に、赤龍がうなりを上げる。自分も、若いとはいえ龍種の誇りがある。
 ここで退いては、一族の名折れ。
 だが先の戦闘で、己とアイジャの間の力量差も把握していた。悔しいが、勝てる戦ではない。

「……とはいえ、余も己に課した使命がある。それを果たすまでは、おいそれと退くわけにはゆかぬ」

 ぐぐぐと、赤龍は再び足に力を入れた。巨大な身体が立ち上がり、その目は最期の灯火ともしびきらめかせている。

「おいおい。生き急ぎなさんな。ああ、もう。これだから男は」

 アイジャは、面倒くさいとばかりに頭を掻いた。どうして若い雄はすぐ死に急ぐんだと吐き捨て、先ほどよりも力を込めた雷を用意する。

「ちなみに、その使命ってのは何さね?」
「……つがいだ。ここで退く雄など、誰も相手にはせぬだろう」

 こちらを見下ろす赤龍に向けて、アイジャはくすりと笑みを飛ばした。結局色恋かいと、流した目で赤龍を見上げる。
 赤龍も、怒りなどいていない。目の前の女賢者に、人生で最期の敬意を表した。

「強き雌よ。殺す気でくるがいい。手加減は余の誇りへの、侮辱と知れ」

 赤龍が翼を雄々しく広げる。体内を魔力が駆けめぐり、龍のうろこから漏れ出した魔力が黄金のように輝きだした。
 油断していた先ほどとは違う、正真正銘の龍種の本気。大気が震え、緊迫した空気が恭一郎たちのところまで届いていく。
 ここまで言われちゃ仕方がないと呟き、アイジャが初めて構えを取った。腰を落として、両手をヘソの前に、何かを包み込むように携える。雷撃を前方へと飛ばす姿勢。空からの一撃では、しっぽ亭もろとも吹き飛ばしてしまうからだ。
 両の手の間に、ばちばちと閃光が弾け合う。やがて雷鳴は消えていき、粘土細工のような光の塊がアイジャの手のひらの間に浮かんでいた。
 雷球。その中に千本の雷を宿す、アイジャの奥義の一つである。

「くく。それを食らわば、骨も残らぬな。……まことじいの言う通りよ。世界とは、ここまで広いものだったか」

 どこか清々しい顔で天空を見上げ、赤龍は静かに目をつむった。思えば、大口を叩いて皆のもとを飛び出してきたものだ。そんな若造には上等すぎる最期だと、ゆっくりと瞳を開けた。
 つがい。見つけたくなかったと言えば、嘘になる。だが――。

「ゆくぞ」

 全身全霊をもって、目の前の雌に己の誇りをぶつけて散る。
 それこそが、己のできる最期の――。

「あー!! ドラゴンさんがいるー!!」

 その決意に割り込むように、明るい声が響いた。

「すごいすごい!! リュカ初めて見たー!!」

 駆け寄ってくる足音と、地面に当たる尻尾の音。
 赤龍は、思わず視線をその声の主に移した。
 深緑色のうろこ、丸まった角。きらきらと、自分を見つめる瞳。
 そして、何やらひらひらと舞い上がる腰布。

「か、可愛い……!!」

 そう呟いた瞬間、思いっきり手加減をされた一撃が、赤龍の顔を直撃した。


  ◆  ◆


「だいじょうぶー?」

 しっぽ亭の屋上で、リュカは心配そうな顔で目の前の大きな影をのぞき込んだ。ほかの面々も屋上に集合していて、どうしたものかと腕を組んでいる。

「う、うぅむ。ふ、不覚。余としたことが……」

 リュカの視線の先、赤龍の瞳がうっすらと開かれる。辛そうな眼は、リュカの顔を見た途端とたんに一気に見開かれた。

「う、うおおおおおッ!?」

 驚いたように、赤龍が一歩後ろに下がる。それだけで、ずぅうんと屋上に嫌な音が響いた。


「よかった、生きてた。アイジャさん馬鹿みたいに強いから。死んじゃったかと思った」
「何をぅ」

 元気そうな赤龍を見て、リュカがほっと胸をなで下ろす。アイジャが、愛弟子の言葉にむぅとした表情を見せた。

「……そうか。余は、負けたのか」

 ちらりと赤龍の視線がアイジャの顔へ向かい、当たり前の結果を改めて認識する。一拍おいて、赤龍は深く息を吸い込んだ。

「強かったぞ、エルフの雌よ。貴様ほどの手練れは、龍の巣にもおらなんだ」
「はは。まあ、相手が悪かったと思いな。あたしに勝てる奴なんて、もうこの国には五人もいやしないよ。ま、みんな死んじまったからね」

 アイジャはかかかと腕を組んで笑う。快活な笑い声に、赤龍は再び目を開いてみせた。そして、溜めていた息をゆっくりと吐き出していく。
 完敗。そう言うのだろう。赤龍は、しかしすっきりとした心持ちで何かを胸に呑み込んだ。

「……あれほどの大言壮語。生き恥以外の何ものでもないが、余はますます死ぬわけにはいかなくなった」

 赤龍の呟きに、屋上にいる全員が耳を傾ける。もとよりアイジャにも他の皆にも殺すつもりはないが、赤龍の言葉の意味が分からなかった。
 赤龍がじぃとリュカを見つめ、リュカが不思議そうにそれを受け止める。

「そ、その者。余と、つがいになってはくれぬだろうか?」

 その瞬間、しっぽ亭の屋上に暴風が吹きすさんだ。
 恭一郎が、ぽかんと口を開けて赤龍を見つめる。

つがいって?」

 リュカが、きょとんとした表情でメオを振り返った。話を振られたメオは、困り顔でうなる。その隣では恭一郎が、ぴしりと石のように固まっていた。

「簡単に言えば、結婚しようってことさね。リュカ助、あんた今、そこの龍から求婚されてんのさ」

 アイジャが横から助け船を出すように、リュカに説明する。端的な回答に、何故か赤龍がびくりとその身を震わせた。

「えぇー、だめだよー。リュカ、キョーにいちゃんと結婚するんだから」

 求婚という単語を聞き、リュカが眉をひそめる。一蹴されてしまった赤龍が、見るからにショックを受けて口を開けた。巨大な身体が少しだけ小さく見える。
 それを見たリュカは、少し悩むように口に手を当てた。ふむと、幼いが賢い頭を回転させる。

「……リュカのこと、好きなの?」
「も、勿論もちろんである!! 一目惚れだ!! 君のような可憐かれんな龍は、龍の巣にはおらなんだ!!」

 慌てて、がばりと赤龍が顔を上げる。リュカの気持ちを引くために、慣れない言葉を必死に選んだ。それが功を奏したのか、リュカは気を良くしたように顔を上げる。

「うん! いいよ! 結婚は無理だけど、リュカの彼氏にしたげるね」

 むふーと、リュカが小さな鼻の穴を膨らませた。思わず、その場の全員が視線をリュカに集中させる。

「か、彼氏であるか?」

 聞き慣れない単語に、赤龍が説明を求める視線をアイジャに送った。アイジャが、何で皆あたしなんだと呟いて前髪をいじる。

「恋人から始めましょうってことだよ。結婚したけりゃ、その間にいいとこ見せろってことさね」

 身もふたもないアイジャの返答は、しかし赤龍には分かりやすかったようだ。なるほどと頷き、目の前のリュカをきらきらとした瞳で見つめる。

「考えてみれば、それもそのはず。余は、先ほどまさに敗北したのだからな。己の利を証明して見せよというのは、我が君からすれば至極当然の要求だ」

 あい分かったと、赤龍は姿勢を正すように立ち上がった。翼を広げ、己の雄大さを誇示するようにリュカと向き合う。

「我が名はドラグ・ノーブリュード。誇り高き飛龍が一族にして、赤き瞳を受け継ぐものなり。これより我が翼と牙を、我が君に捧げることを誓おう」

 宣誓。神にも等しい力を持つ龍の誓いは、それだけで魔力を放出し、ねこのしっぽ亭の上空を揺るがした。この龍の宣誓を耳にすることができた者は、大陸にいくにんといない。

「へぇ。じゃあ、名前長いからノブくんね。やった!! これでリュカも彼氏持ちだ!!」
「の、ノブくん!?」

 しかし、当のリュカは宣誓などどうでもいいらしく、自分に恋人ができた現実にきゃっきゃと嬉しそうに尻尾を弾ませていた。赤龍が、可愛らしく略された自分の名前に戸惑いを見せる。

「彼氏はねー。彼女の言うこと何でも聞かなきゃいけないんだよ」
「そ、そうなのであるか? 無論、我が君が望むならどんな願いも叶えよう」

 よしよしと、リュカが赤龍の従順さを誉める。いい男を拾うことができ、幼心にリュカは自分の男運の良さをうっすらと感じ取った。

「りゅ、リュカちゃんに恋人……。わ、私にもできたことないのに……」

 メオが、ふらあと身体をよろめかせる。自分がのろのろしているうちに、まさかのリュカに先を越されたのだ。それを見たアイジャが、爆笑しそうになるのを必死にこらえている。
 しかし、何だかんだでいつものようになごやかに収まるしっぽ亭の屋上で、一人だけ納得できないと、身体をわなわなと震わせる男がいた。

「お、俺はそんなの認めませんからね!!」

 カッと、指をさし目も口も開いて、恭一郎は叫び声を上げた。

「認めないって、何でまた?」

 アイジャが、不思議そうな顔で恭一郎を見つめる。その横でメオも、また何か面倒くさいことを言い出すぞと口の端をゆがませた。

「だ、だって! 今日会ったばかりじゃないですか! そ、それで付き合うだの付き合わないだの!」

 女性陣の視線を一身に受け、恭一郎は必死にアピールする。
 しかし、おかしい。何故誰も自分のほうにいないのだろう。そう思い、恭一郎は困惑した表情で首を傾げた。

「……って言われても、決めるのはリュカ助だしねぇ。おいリュカ助、本当にこいつを彼氏にしていいのかい?」
「いいよー。ノブ君、それなりに強そうだし。一応ドラゴンだし。クラスの皆に自慢できそう」

 リュカが、にっこりとしてアイジャに答える。余は満足じゃとでも言うかのような表情だ。「それなり」だの「一応」だの言われた赤龍が、ひそかにがっくしと肩を落としていた。

「まあ、リュカ助もこう言っていることだし。これで一件落着ということで」

 軽く言い放つアイジャに、恭一郎は再びぷるぷると震えだす。
 何ということだ。クラスの皆に自慢できるだの。単に彼氏が欲しいだの。そんなことで、恋人を決めるなんて。

「え、ええーい!! だめと言ったらだめです!! 間違いがあったらどうするんですか!! 俺はリュートさんにリュカちゃんの教育を任されているんですよ!」

 恭一郎は、遠い都にいる兄リュートの顔を思い浮かべながら、拳を握りしめて声を上げる。それを聞いたアイジャとメオが、呆れたように赤龍を見やった。

「間違いって。……ねえ?」

 メオは、リュカと赤龍を交互に見つめ、複雑な顔で二人の身体の大きさを比べた。

「というか。この二人、やれるのかね」
「わぁあっ!! アイジャさん!! それ以上は言っちゃだめです!!」

 メオが、腕を組むアイジャの続きを慌てて声でかき消す。
 そうは言うものの大事なことだよと言いながら、アイジャはなおも赤龍の身体を眺め続けている。
 何で見つめられているか分からないまま、リュカと赤龍は首を傾げた。

「う、うぬぬ。な、何があるか分からないじゃないですか。こう、奇跡的に見事にはまる可能性も」

 まだ反対する恭一郎を、メオは呆れた目で見た。

「そこまで考えなくても……。いいじゃないですか。リュカちゃんもお年頃なんですから。恋人だって作れるときに作っとかないと、後悔しますよ」

 ため息を吐いて「そう、私のようにね」と漏らし、メオが顔を曇らせる。メオは涙とともに、働きづめだった自分の青春を振り返った。今の恭一郎との関係にはときめいているが、それとこれとは話が別である。

「うう。だ、だったら同棲だけは絶対にだめです!! これだけは譲れません!!」

 それでもなお、恭一郎は頑張り続ける。そろそろ鬱陶うっとうしく思い始めた女性陣に苦い顔をされながらも、恭一郎は負けるなと自分にエールを送った。


 その恭一郎の想いが、遠い空を越えて都に届く。

「どうしたリュート? 急に拝みだしたりなんかして」
「分からん。だが、何やら急に拝まねばならん気がした。ウソナ、お前も手を貸してくれ」

 都オスーディアの地で、リュートは何やら不吉なものを感じ取っていた。そして、それに立ち向かっている一つの光も。
 リュートの拳闘のパートナーであるウソナが、なんだか分からないが助太刀しようと、四つの手をそれぞれ合掌させる。
 その瞬間、奇跡が起こった。


「あーでも、確かにここで一緒に暮らすのはちょっと困りますねえ。ドラゴンが屋根の上にいたら、お客さん逃げちゃいますよ」

 メオが、初めて恭一郎に賛同する。想いが届き、恭一郎の顔が歓喜の色に染まった。

「うむ。余も、縄張り争いに負けた身。もとよりここに居座る気はない。この街の近くの山にでも住むつもりだ。……我が君、これを」

 ごそごそと、赤龍は自分のうろこの中から何やら小さな牙のようなものを取り出した。それをリュカに渡し、リュカが何だろうと見つめる。

「それは、龍の呼笛よびぶえである。それを吹けば、いつ何時なんどきであっても、余が我が君のもとにせ参じよう」
「うわー便利。ありがとうノブくん。学校から帰るときにでも呼ぶね」

 長い歴史の中で、実在するかどうかすら疑問視されている神器、龍の呼笛よびぶえ。手に入れたものは龍を自在に呼び寄せられ、龍を使役することで一つの都市を壊滅に追い込むことすら可能だと言われている。
 それが今、学校の送り迎えに使われることが決定した。

「ちなみにあんた、何歳なんだい?」
「大地の祝福を受け、この夏で六つである」

 アイジャに答える赤龍を見て、じゃあリュカがお姉さんだねと、リュカがきゃあきゃあ飛び跳ねる。

「お姉さんの言うことはねー、何でも聞かなくちゃいけないんだよ」

 何も知らない赤龍は、あい分かったと魔力を帯びた声で返答した。彼はまだ、女の怖さを知らない。

「リュカちゃんがぁ。リュカちゃんが悪女にぃ」
「そんな大げさな……」

 絶望の表情で頭を抱える恭一郎の肩を、メオがぽんと叩くのだった。


  ◆  ◆


「え!? 彼氏ができた!?」

 学校の休み時間、お喋りの途中にレティは椅子から転げ落ちそうになった。

「うん。昨日できたの。へへ、リュカが一番乗り」

 にこにこと笑うリュカの顔を見ながら、腰までずり落ちたレティがい上がり、机の上に身を乗り出して問いつめる。

「か、彼氏って。……キョウイチローさんかっ!?」

 レティの頭の皿から水がね、リュカはそれを見ながらけらけらと笑った。

「ちがうよー。キョーにいちゃんじゃないよ」

 そのリュカの発言に、まあとシャロンが口を押さえた。リュカが恭一郎に幼いながらも好意を持っているということは、二人も当然知っていた。そのリュカが、他の異性を恋人にしたなど、簡単には信じられない。

「な、何でまた。キョウイチローさんはもうええんか?」
「キョーにいちゃんとは、いずれ結婚するよ? んで、彼氏はべつに作りました」

 むふーと、リュカが得意げに胸を張る。何となく嫌な予感がして、レティは顔をゆがめた。シャロンが、ちらりとレティの顔を横目で見る。

「レティ言ってたもん。結婚あいてとはべつに、彼氏作っていいって」

 くもりなき瞳でリュカに見つめられ、レティが額から汗を流す。どうするんですのと言わんばかりに、シャロンににらみつけられた。

「え、えーとやな。とりあえずや。相手はどんな人なん?」

 まずは情報収集だ。レティがシャロンを落ち着かせるように手で制した。彼氏といっても、可愛い子供のお遊び程度かもしれないではないか、ということだ。

「んー、ノブくんはねぇ。とりあえずおっきい」
「……な、何が?」
「レティ。いいかげん殴りますわよ」

 拳を握りしめたシャロンが、はああと気合いを入れ始めたのを見て、レティは慌てて腕を振った。シャロンの腕力で殴られたら大惨事だ。レティはリュカに先を促す。

「おっきいのは背だよ。身体もだけど。あとはねー、たぶん強い」
「たぶんって……」

 戦っているところは一度しか見たことがないのだと言い、リュカがうーんと腕を組む。その相手がよりにもよってアイジャだと聞いて、二人は顔を見合わせた。

「何でまたアイジャさんと。えっと、種族的にはどうなんですの? やはりリザードマンとか」
「あ、うん。そんな感じだよー。リュカのほうがお姉さんなんだー」

 きゃっきゃと恋バナをするリュカに、二人はほっとため息をつく。リュカよりも年下であるならば、それはもう子供もいいところだ。ままごとのようなものだろうと一安心して、レティはふぅと汗をぬぐった。

「いやあ、焦ったな。リュカに抜かれたかと思ったわ」
「何言ってますの。抜かれてるんですわよ」

 歳は関係ありませんわと、シャロンがリュカに微笑む。
 それを見たリュカは、気をよくして笑った。何となく優越感を覚え、彼氏を作ってよかったと思うリュカである。

「今日ね、ノブくん学校にむかえにきてくれるんだ。二人にも紹介するね」
「あら、紳士ですのね。ポイント高いですわ」
「よーし。いっちょ親友のうちらが評価したるか」

 わいわいと教室の隅ではしゃぐ女子生徒三人。色々と驚いたものの、結局はいつもの雰囲気に落ち着いていく。
 そんな三人とシャロンの座る椅子を交互に見つつ、本来の座席の主が、早くどいてくれないかなーと休み時間が終わるのを待ち続けていた。

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