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1巻
1-1
しおりを挟む1 新しい世界
「くそがぁ」
佐藤恭一郎は苛立っていた。
とある公園のベンチで、彼はほとんど泣きそうになりながら拳を握り締める。
六十二社全滅――彼の就職活動の結果だ。
頭の中に、どうしてこうなったという言葉が浮かんでは消えていく。
「ちくしょう。なんでこんなことに」
ことの起こりは今年の夏だった。恭一郎が所属していた大学のバスケ部の部員が、暴行事件を起こしたのだ。
そいつらはほとんど部活に顔を出さず、もちろん試合にも出場したことがない。来年には消えているであろう幽霊部員のような奴らだったが、彼らが犯した他大学の女生徒への暴行事件は、センセーショナルな話題としてお茶の間を賑わすことになってしまった。
「ちくしょう。なんで俺まで……」
その悪評は、恭一郎の就職活動にも大きく影響した。恭一郎は事件が起こってすぐにバスケ部を退部したのだが、なまじ強豪のバスケ部だったために、当時レギュラーだった恭一郎の名前は検索すればすぐにヒットするようになってしまった。
結局、メディアの報道も手伝って、企業の面接官が抱く悪印象を払拭することはできず、恭一郎はことごとく不採用となった。
「終わりだ。おしまいだよ。はは、なんだこれ」
特に昨日の面接はひどかった。まるで恭一郎が加害者の一人であるかのような罵詈雑言を浴びせられてしまったのだ。その痛烈な言葉の数々に、心の中にあった大切な最後の何かにヒビが入ってしまった気がする。
ふらふらと何となく足を運んだ公園で、恭一郎は楽しそうな子供たちを見つめる。まだ肌寒い空気が漂う中を、それでも元気に走り回る小学生。彼らと自分のなんと違うことか。
五年生くらいだろう。ふと、昔の自分を思い出して涙が溢れた。
あの頃はよかった。成績、就職、そんなこととは無縁の時間だった。
いつか夏休みに異世界への扉が開いて、出会った仲間と共に世界を救う大冒険に出かける。そんな夢物語を妄想して楽しんでいた。
どこかで、俺は人生の選択を間違ってしまったのだろうか。大学を決める際に、バスケが強いという理由で決めたのが悪かったのだろうか。それとも昔、父親が小さなバスケットゴールを買ってくれたあの時から、こうなることは決まっていたのだろうか。そんなことを考えても、絶望は深まるばかりだった。
「……なんなんだよ」
あの日の満足そうな父の顔を思い出していると、唐突に携帯電話が鳴り響いた。
メール着信画面には、「美希」の文字。
恭一郎は弾かれたように携帯を掴み取り、メールの受信画面を表示させる。
「……美希ッ」
愛おしい彼女からの着信を受けて、恭一郎の心に久しぶりに火が灯る。
最近は忙しくてあまり連絡をとっていなかったが、落ち込んでいる自分を励まそうとしてくれたのだろうか。自分には勿体無いくらいに優しい彼女だ。恭一郎は、急いで携帯のメールフォルダを開いた。
件名:Re:
本文:もぅ無理。
なんで私までこんな思いしなくちゃいけないの?
二度と連絡してこないで。
「……はは、まじかよ」
視界がすっと白くなる。危うく、ベンチから落ちそうになった。
おそらく、その時だろう。心の中の最後の何かが折れてしまったのは。
ふらふらと立ち上がり、ぼうっとした頭で、公園のフェンスへと歩いていく。この公園は小高い山の中腹に位置しているから、フェンスの下には崖が広がっているはずだ。
鉄製の柵に、足をかけた。横の看板には、「危ないので柵に上らないでください」と注意書きがしてある。
両足でしっかりと立ち上がる。視界が一メートルは高くなっただろう、そこから見える景色は、美しかった。
見慣れた街並みのはずだが、そういえばこうやって見下ろすことなどあっただろうか。案外綺麗なもんだなと、恭一郎は四年間過ごした第二の故郷に賛辞を贈る。
自分が住んでいるアパートは、コンクリートの森の中に溶け込んで見つけることはできなかった。
「なんだったんだろうな、俺って」
そう呟いて、佐藤恭一郎は身を投げた。
最期の言葉は、そんな小さな呟き。
地面に激突する瞬間、視界が白く白く包まれた気がした。
◆ ◆
『くく、なんと不憫な男じゃ。愉快愉快』
白い、世界だ。空間も、何もかも、身の回りの全てがただただ白い。
『どうじゃ。最期にひとつだけ願いを叶えてやろう。何を望む』
白い、少女だった。白い髪、白い肌。――白い、目。
胡坐を組み、愉しそうに笑っている。逆さまの世界で。
いや、違う。逆さまなのは自分だ。自分はまだ落ちているのだ。だけれども、少女は手の届きそうな距離で、そんな自分をにやにやと見つめていた。
――願い。少女の声が胸に響く。
この少女は、俺が望んだ最期の幻想だろうか。本当に、俺ってやつは最後の最後まで「願い」だなんて未練がましい。
でも、それでも。それでもひとつだけ叶うのならば……。
「やりなおしてぇ」
そう、できればどこか……別の世界で。
呟きとともに、辺りを光が包み込んだ――。
『くく。主は本当に愉快じゃな。悦いぞ悦いぞ。一応色々とサービスはしておいた。まあ、せいぜい頑張れ』
少女の声がだんだんと遠くなっていく。
そしてそのまま、恭一郎の意識はどこかに溶けていった。
◆ ◆
「ん、うぅ……」
視界が眩しい。瞼を貫く光が、恭一郎の目に突き刺さる。
「……さっき、のは」
手をかざし、ゆっくりと目を開ける。もう片方の手で地面を確認し、むくりと身体を起こした。
「俺、生きて……夢、なのか」
混乱している。どこからが夢だったのかが分からない。公園で座っていた自分は、現実だったのだろうか。
「……ここは」
徐々に光に慣れてくる。恭一郎は目を細め、自分が今いる場所を確認する。
「え……」
視覚よりも早く、嗅覚が反応した。草の匂い。土の匂い。
森、であった。
恭一郎の身体は、丁度木々がそこだけ生えていない、ぽっかりと開けた空間に横たわっていた。
「ちょ、ちょっと待て」
慌てて頭上を確認する。ここが公園の崖下だとすれば、自分は奇跡的に一命を取り留めたということになるはずだ。
(身体のどこも痛くない……?)
疑問が、次々と湧いてきて、恭一郎の鼓動を速くした。
「うそ、だろ」
目が見開かれる。仰ぎ見た頭上には何もない。しいて言うならば、空。公園も、それどころか崖さえも存在しない。
(じゃあ、ここはどこだ?)
恭一郎の胸に、嫌な予感が走る。夢じゃない。そのことが、何故だか感覚で分かった。
「くそ。いったい、どうなってんだ」
跳ね起きる。一刻も早くここから立ち去らなければいけない気がして、恭一郎はまず地面を踏みしめた。
身体は動く。どこも異常はない。身につけているものも、不採用の通知を受け取って公園のベンチにいた時と同じ、ジャケットとジーンズだ。
訳が分からないが、ひとまずは、仏に感謝といったところだろう。
「とりあえず、この森を抜けて……」
恭一郎は辺りを見渡し、森の木々の中に道のようなものを発見する。整えられた道ではないが、まるで誘うように、不自然に先へと延びていた。
「……くそっ」
不確定だが、行くしかない。左腕の腕時計を見ると、時刻は六時を指そうとしている。
「ふざけんなッ」
夕方の六時で、こんなにも強い光が注ぎ込むはずがない。落ちた衝撃で時計が狂ったのか。傷一つついてないのに?
そんな疑問が、恭一郎の中でぐるぐると渦巻く。
とにかく、夜になれば森は危険だ。森を抜けるのにどれほどの時間がかかるかも分からない。
恭一郎は不安を抱きながらも、慣れない道へと踏み出し、前へ前へと進んでいく。
がさり。
不意に、恭一郎の足が止まる。木の枝と何かが擦れる音。
がさり。
近づいて、来る。
ごくり、と恭一郎の喉が鳴った。
獣? 逃げる? いや、音を立てずにじっとしていたほうが――。様々な選択が、恭一郎の脳裏をよぎる。
昔祖父に聞いた、山で熊にあった時の対処法を恭一郎は必死で思い出す。こんなことなら、もっと真面目に聞いておけばよかった。
そして、すぐ隣りの木の葉が揺れ動いた。
「……ひっ」
思わず、声が出る。
「……え? ……は? うそ、だろ」
恭一郎は、一歩後ずさった。
恐怖。
その一歩は、彼の動物としての本能であっただろう。
緑色の鱗、鋭い目、牙。恭一郎の身の丈を超える体躯。そして何よりも――。
「う、うわぁあああああああ!!」
恭一郎は、その生き物を知らない――。
駆けた。あらん限りの力で駆けた。
道なき道を駆ける間、恭一郎は未知の恐怖に襲われていた。
「何だよあれ。何だよあれ。何なんだよ!」
恐竜? 自分の知る、最も現実的な回答が頭に浮かぶ。それですら荒唐無稽。それですら信じられるものではない。なのに、あれは恐竜というよりもむしろ――。
「ど、どら。ドラゴ……ッ!」
頭を振る。あり得ない。あっていいはずがない。
幼き日に憧れた、異世界を救う大冒険。そんなものが、現実にあっていいはずがない。
空想の産物。あれは、そんな夢物語のはずだ。
「見えたっ! 外っ!」
森の終わりが目に入る。どれくらい駆けただろう。ようやく、ようやく抜けられる。
そうだ、あそこを抜けたら元通りだ。きっと、きっとそうだ――。
その思いが、すでに限界に来ている恭一郎の足を突き動かす。
そして、恭一郎は森を抜けた。
抜けた先は、小高い丘。その向こうには、大きな空が広がっている。
「……はは、まじかよ」
目の前に広がるのは、新たな世界。空と、風と。大地と、土と。森と、緑の――。
慣れ親しんだ世界とは全く異なる世界が、恭一郎を迎え入れた。
◆ ◆
「やっと、着いた……」
あの丘で目の前に広がった、見知らぬ世界。
丘から見える、街らしき場所に向かおうと決めたのが二日前。すぐ近くに思えたその街は意外にも遠く、森を避けながら丘を下るだけでも、慣れぬ恭一郎には苦行としか言えない道のりであった。
そして、初めて知る本当の闇。何処からともなく聞こえる獣の遠吠えに怯えながら、恭一郎はほとんど不眠不休で進み続けた。
ここまで来られたことが、奇跡としか言いようがない。
「やっと、やっと……」
手にしていた木の枝に体重をあずけ、ようやくたどり着いた目的地を歓喜の気持ちで見つめる。
つい、目に涙が溢れた。
森で拾ったいい感じの枝はいつの間にか磨り減っていた。初めは何ともなかった恭一郎の身体も誰がどう見てもぼろぼろだ。
「うぐっ。やったぞ。これで、これで何とか……な……」
助かった。そう思い気が抜けた瞬間、恭一郎の身体が崩れ落ちる。
「……ですか? だい……ょ……ですか?」
地面の冷たさを感じた後、誰かの声が聞こえた気がした。しかし恭一郎の意識は、そのままどこかへと霧散していく。
「ど、どうしようこの人」
この声はもう、恭一郎には届いていない。
◆ ◆
「……う、んん」
身体がだるい。だが、久しぶりの暖かさに包まれている気がして、恭一郎は目を覚ました。
「ここは」
半身を起こし、辺りを見渡す。自分の身体には薄い布が掛けられていた。
先ほど感じていた暖かさはこれかと、手元の布を引き寄せる。取り立てて汚いわけではないが、毛布と呼ぶには些か貧相だ。
部屋全体を見渡せば、ここはどうやらどこかの個室のようだった。
床と壁の材質は木と石のようだが、なんとも殺風景な場所だ。四畳ほどの大きさの空間に置いてあるのは、恭一郎が寝るこのベッドと、その横の小さな机のみ。あとはドアと、ベッドの後ろに小さな窓が付いているだけだった。
不安を感じて、恭一郎はちらりと窓の外へと目をやる。差し込む光は明るく、少し膝を立てれば外の様子が確認できそうだった。
窓から様子を窺おうと身を乗り出したその時、不意にがちゃりと背後のドアが開く。
「……あ、よかった。気がついたんですね」
完全な不意打ちだった。
「え、あ。ど、どうもッ!? ――――ッ!?」
咄嗟に声の方を振り返る。そして何度目になるか分からない驚愕に、恭一郎は声を失った。
「ちょっと前から、しきりに唸ってましたよ。そろそろ起きるかと思って。……お腹、空いてますよね?」
そう言いながら部屋へと入ってきたのは、どうやら女性のようだ。木で出来た器のようなものを持ち、にこやかな笑顔を恭一郎へと向ける。
「旅人さんですか? 街の入口で行き倒れていたから。勝手とは思ったんですけど、連れて来ちゃいました。私、この街で……」
彼女は、どうやらこれまでの事情を説明してくれているみたいだった。だが恭一郎の耳には、これっぽっちも入ってこない。何やら自己紹介もしてくれているらしい。でも、何も聞き取れない。少女の頭に、目が釘付けになっていたからだ。
耳が、付いている。
当たり前だ、普通は付いている。でも、違う。その耳が、何というかこう、猫科の動物のような……。
「あんまし美味しくないかもしれませんけど。ミルク粥です。よかったらどうぞ」
極めつけに、尻尾をふりふりと揺らしながら近づいてきた。一歩踏み出すたびに、彼女のお尻についている尻尾が右へ左へと存在を主張する。
彼女が机に器を置く頃には、恭一郎は完全に口を開ききってしまっていた。
「ふふ。そんなにお腹空いてたんですか? 安心してください。お金なんてとりませんよ」
恭一郎の呆けた顔を見て、彼女は何か勘違いをしたらしい。くすりと微笑みながら、そのまま背を向ける。
「昨日から、ほぼ丸一日眠ってたんですよ。ゆっくり食べて、もう少し休んでくださいね」
彼女がそう言い残して部屋を出ていくまで、恭一郎はただの一言も喋れなかった。
「ネコ、……ミミ?」
思わず、口から言葉が漏れる。恭一郎だって知っている、日本が誇る素晴らしい文化だ。女の子を可愛くする魔法のアイテム。
しかしそれは、空想上のものだ。現実ではネコミミを付けたからといって、人間の耳が消えるわけではない。
だが先程の彼女は、どこからどう見ても本物の――。
恭一郎の視線が、彼女の残した器に注がれる。白い液体。湯気が立っていて、温かそうだ。ミルクのお粥だろうか。
腹が、鳴った。
「はは。こんな時でも、腹は減るか」
手に取る。温かい。鼻をくすぐる優しい香りは、まさしくミルク粥といったところだ。
ごくりと、喉が鳴った。
器に添えられた、木さじのようなものを手に取る。思えば、森で目覚めてからはろくに食べ物を口にしていない。
「あったかい、な」
再び、先ほどの彼女の姿が脳裏をよぎる。
猫。そう、少女の顔をしていたが、あれは間違いなく猫だった。
人間の顔に、猫の耳。そして尻尾。あり得るのだろうか。そんなことが。
「――――うッ」
その瞬間、粥の中にネズミか何かが入っているような気になり、器を落としそうになる。
くらくらとする頭を必死に支えながら、恭一郎はその器を見つめていた。
「特に、変なものは入ってないみたいだな」
木さじで器の中をかき回し、確認する。どうやら、細かくちぎったパンみたいなものが煮込まれているようだ。
「これなら。食べても……」
恐る恐る木さじでパンを掬い、口へ運ぶ。
恭一郎の口の中を、優しい味が満たした。
「うめぇ」
思わず、声に出る。特に複雑な味があるわけでもないが、美味しい。何より心が温まった。
『大丈夫ですか?』
聞こえていなかったはずの彼女の声が、よみがえってくる。
『……あ、よかった。気がついたんですね』
もう一度掬い上げて、口に運ぶ。
『……お腹、空いてますよね?』
次々に、必死で中身を口の中に放り込んだ。
『あんまし美味しくないかもしれませんけど。ミルク粥です。よかったらどうぞ』
ぽたぽたと、空になった器へ何かが落ちる。
「何を、やってんだ俺は」
頬を流れる涙は、そのまま器へと溜まっていった。
「あんな、死ぬような真似しといて。なんでこんな、こんなッ!」
自分は死ぬつもりだったのだ。もうどうなってもいいと、そう思ってあの崖から飛び降りた。
ならば、あの時あの化物に食われてしまえばよかったのだ。あの時、森で死ねばよかった。
山道を越え、ボロボロになってまで、街なんて目指さなくてもよかったじゃないか。
このミルク粥も、口にしなくてよかったじゃないか。
「はは。……俺は、馬鹿だ」
今になって気づいた。こんな簡単なことなのに。
(俺は、生きたかったんだ――)
そんなことにも気づかないまま、自分の人生の幕を下ろそうとした。
恭一郎の胸に、一つの決意が宿る。
「謝らなくちゃ、な。あの子に」
まず自分がやることは決まっている。彼女の厚意を不審に思ってしまったことを、謝らなくてはいけない。
自分を心配してくれた、あの心優しき少女に。
「あ、もう起きていいんですか? あんまり無理しちゃダメですよ」
彼女は、階段から降りてきた恭一郎を見るや、心配そうな瞳で声をかけてきた。
可愛らしい顔だ。目もくりっとしている。柔和な表情は、彼女の優しさの表れだろう。
彼女の頭の上で動く、毛の生えた耳に恭一郎は視線を向ける。
髪の毛と同じ栗色だが、微かに髪の毛よりも色が濃い。
「ああ、もう大丈夫です。その、どうしても君に言わないといけないことがあって」
恭一郎が大丈夫だということに安心したのだろう。彼女の尻尾がふうと垂れたと思ったら、ぱたぱたと機嫌よく動き始めた。
そんな彼女を微笑みながら恭一郎は眺め、そして真っ直ぐに彼女の瞳を見つめる。
「……何ですか? お役に立てることだといいんですが」
きょとんとした顔で恭一郎を見る彼女を、恭一郎は何だか愛おしく感じた。
「本当にごめん。君には、ひどいことをした」
恭一郎は頭を下げる。先ほどの彼女の優しさに対する無礼。許されるものではない。
「え、え? いえ、私はそんな。旅人さんから、ひどいことされた覚えもないですし」
いきなり頭を下げられた彼女は、驚いたように尻尾をぴんと直立させた。
「いや、したんです。君は知らないと思うけど、君の親切を疑った。本当に申し訳ない」
なおも困惑する彼女に向かい、恭一郎は頭を下げ続ける。こんなにも心から謝ったのは、生まれて初めてかも知れない。
「ふふ。なんだか面白い人ですね、旅人さんって」
彼女の笑い声に、恭一郎は顔を上げる。
「だって、そんなの黙っておけばいいじゃないですか。私は知る由もないんですから」
彼女は可笑しそうに笑いながら、優しい瞳で恭一郎のほうを見やった。
「旅人さん。いい人なんですね」
そう言う彼女の顔が、恭一郎には眩しくて――。
ここでなら、やり直せるかもしれない。そう、思えた。
「ミルク粥、美味しかった。ありがとう」
謝罪の言葉ばかりを口にして、大切なことを言っていなかったことに気がつく。
恭一郎は、精一杯の思いを込めて、感謝の言葉を口にした。
「ふふ。美味しかったならよかったです。私、あれくらいしか作れないから」
美味しかったと言われ、彼女の顔がぱあと華やぐ。にこにこと、本当に嬉しそうだ。
彼女の表情に、恭一郎の気持ちも温かくなる。
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