上 下
30 / 39
初恋を捨てられない俺は、もう恋などできないと思ってた。

4 リュウ視点

しおりを挟む
 寝た、か──。

 俺は、撫でていた彼の頭からそっと手を離し、彼の顔を見た。

 せっかく綺麗な顔してるのに、こんな隈作って……勿体ねーな。

「ヒロって呼べ、か……。本名は、あいつにしか呼ばれたくないの──?」

※※※

 俺がこの店に来たのは、ただの偶然じゃない。

 昔……突然雨に降られた俺は、この店の軒下を借り、雨宿りしていた。

 そして俺は、何気なくその店の中を覗いた。

 この店、喫茶店か。
 あんまり長居すると、嫌がられるか……?

 店の中には数人の客と、マスターらしき男と……それから、客に飲み物を運ぶ若い男が居た。

 そして客に笑顔を見せるその男に、何故か俺の目は釘付けになった。

 俺は暫く、彼をじっと見ていた。

 すると……その視線に気づいたのだろう。

 彼は俺を見ておや?と言う様な顔をし……いったん店の奥に引っ込むと、こちらに向かって歩いて来た。

 マズい、見ていた事が気に障ったか?
 店に入らないならそこをどけと、そう言われるのか?

 カランと音がして、店のドアが開き……近寄って来た彼が、俺に声をかけて来た。

「これ、よかったらどうぞ?」

「……え?」

「この傘、お店の傘だから。だからどうぞ?」

「いや、俺は客じゃ──」

「ここの軒先に入ったって事は、このお店と縁があったって事だから……だから使って?そんな君に、風邪引かせらんないよ。」

 そんな事……初めて、言われた。

 俺は愛人が産んだ子だから、風邪を引こうが、怪我をしようが……どうでもいいと思われていて……そして、そんな扱いしか受けて来なかった。

 なのにこいつは、初対面の俺の身体を気遣って──?
 
 例え客としてでも、俺は彼の心が嬉しかった。

「じゃあ、有難く。」

「返すのは、気が向いた時でいいよ。俺、よくこの店手伝ってるからさ……その時にでも声かけて?」

「分かった。」

「じゃあ、俺は店に戻るね。君、中学生……?気を付けて帰ってね。」

「あぁ。」

 彼はヒラヒラと手を振り、店の中へと戻って行った。

 中学生、か。

 確かに中三だが……彼は恐らく高校生か……そんな彼からしたら、俺は可愛い年下の子で、心配になって声をかけてくれたのだろう。

 でも、そうやって彼に年下だと思われるのが……事実だけれど、何故だかそれが……とても悔しく思えた──。

※※※

「……その時だろうな、あんたに惹かれたのは。あれが……所謂、初恋ってやつだったんだろう。」

「……んッ。」

 彼が身動ぎして……彼の首筋が、服からチラリと覗いた。

 そしてそこには……バラの花びらのような赤いキスマークが、くっきりと残っていた。

 誰に……付けられたんだ。

 この身体を、誰に許したんだ。

「お前の恋した男は、もう傍には居ないんだろう──?」

 彼の恋した男──。
 
 傘を借りた俺が、後日この店に傘を返しに来た時……店の中には、制服姿の彼が居た。
 
 そして、そんな彼と同じ制服を着た、少し年上の男が──。

 金髪、青い目、背が高い……外国人か?

 っていうか……その男を見る、あいつの目。
 あの日、俺に向けられたあの目とは全然違う──。

 そんな二人が店から出て来そうになって、俺は思わず近くの店の陰に隠れた。

「先輩、勉強教えてくれてありがとう。」

「いいよ、貴博は大事な後輩だし。」

「う、ん。」

 あの男……あいつになんて顔させてるんだ。
 あんな、悲しそうな……。

 俺はあいつの顔を見て、そんな顔をさせている男に腹を立てた。

 でも、そうか。
 あいつの名前、「たかひろ」っていうのか。

「じゃあ、明日また学校で。」

「はい!」

 たかひろは、去って行く彼の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。

 俺には……あんなふうに見送ってくれなかったじゃないか──。

 そして彼が店の中に入って行き、その姿が見えなくなったのを見て……俺は店の外にあった傘立てにその傘を突っ込むと、その場を去った。
 
 とても彼に声をかけ、直接それを渡す事など出来なかったのだ──。

「ガキだったな、俺も……。あの男に嫉妬して、お前に当たっちまいそうで、声がかけられなくて……。でも……結局は、今でも十分ガキだな。」

 俺は、そのキスマークを指でなぞった。

「ン、ァ──。」

 だって俺は……これを付けた男に、あの時と同じくらい嫉妬しているのだから──。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛を知らずに愛を乞う

藤沢ひろみ
BL
「いつものように、小鳥みたいに囀ってみよ―――」  男遊郭で、攻トップとして人気を誇ってきた那岐。 ついに身請けされ連れて行かれた先で待っていたのは――― 少し意地の悪い王子様の愛人として、抱かれる日々でした。  現代用語も気にせず使う、和洋ごちゃ混ぜファンタジー。女性の愛人も登場します(絡みなし) (この作品は、個人サイト【 zerycook 】に掲載済の作品です)

使用人の俺を坊ちゃんが構う理由

真魚
BL
【貴族令息×力を失った魔術師】  かつて類い稀な魔術の才能を持っていたセシルは、魔物との戦いに負け、魔力と片足の自由を失ってしまった。伯爵家の下働きとして置いてもらいながら雑用すらまともにできず、日々飢え、昔の面影も無いほど惨めな姿となっていたセシルの唯一の癒しは、むかし弟のように可愛がっていた伯爵家次男のジェフリーの成長していく姿を時折目にすることだった。  こんなみすぼらしい自分のことなど、完全に忘れてしまっているだろうと思っていたのに、ある夜、ジェフリーからその世話係に仕事を変えさせられ…… ※ムーンライトノベルズにも掲載しています

普通のなりそこない

おかもと
BL
普通とは何なのだろう……。 それは、俺が俺じゃないという事かもしれない。 同性愛者としての苦悩を、未熟な環境で悩み恋している男子高校生の話。 男の幼馴染、聖(ヒジリ)に恋をしている薫(カオル)の切ない未熟なヒューマンドラマ。

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

出戻り勇者の求婚

木原あざみ
BL
「ただいま、師匠。俺と結婚してください」 五年前、見事魔王を打ち倒し、ニホンに戻ったはずの勇者が、なぜか再びエリアスの前に現れた。 こちらの都合で勝手に召喚された、かわいそうな子ども。黒い髪に黒い瞳の伝説の勇者。魔王の討伐が終わったのだから、せめて元の世界で幸せになってほしい。そう願ってニホンに送り返した勇者に求婚目的で出戻られ、「??」となっている受けの話です。 太陽みたいに明るい(けど、ちょっと粘着質な)元勇者×人生休憩中の元エリート魔術師。 なにもかも討伐済みの平和になった世界なので、魔法も剣もほとんど出てきません。ファンタジー世界を舞台にした再生譚のようななにかです。

かくして王子様は彼の手を取った

亜桜黄身
BL
麗しい顔が近づく。それが挨拶の距離感ではないと気づいたのは唇同士が触れたあとだった。 「男を簡単に捨ててしまえるだなどと、ゆめゆめ思わないように」 ── 目が覚めたら異世界転生してた外見美少女中身男前の受けが、計算高い腹黒婚約者の攻めに婚約破棄を申し出てすったもんだする話。 腹黒で策士で計算高い攻めなのに受けが鈍感越えて予想外の方面に突っ走るから受けの行動だけが読み切れず頭掻きむしるやつです。 受けが同性に性的な意味で襲われる描写があります。

メランコリック・ハートビート

おしゃべりマドレーヌ
BL
【幼い頃から一途に受けを好きな騎士団団長】×【頭が良すぎて周りに嫌われてる第二王子】 ------------------------------------------------------ 『王様、それでは、褒章として、我が伴侶にエレノア様をください!』 あの男が、アベルが、そんな事を言わなければ、エレノアは生涯ひとりで過ごすつもりだったのだ。誰にも迷惑をかけずに、ちゃんとわきまえて暮らすつもりだったのに。 ------------------------------------------------------- 第二王子のエレノアは、アベルという騎士団団長と結婚する。そもそもアベルが戦で武功をあげた褒賞として、エレノアが欲しいと言ったせいなのだが、結婚してから一年。二人の間に身体の関係は無い。 幼いころからお互いを知っている二人がゆっくりと、両想いになる話。

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

処理中です...