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私を裏切った罪深き者達は、揃って海の果てへと消えました──。

1話完結

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「明日の約束は無しだ」

 それだけ告げると、婚約者はさっさと家を出て行こうとする。

「また、ご友人ですか?」

「まぁな……。あいつらと、山へ狩りに出る事になってな」

 そして、彼はもう振り返る事は無かった──。



 嘘つき……。

 確かに狩猟仲間は居るが……本当は、そんなものが目的じゃない癖に。

 私は家を出て坂道を降りて行く彼の背中を、窓からじっと見送った。

 

 すると私の周りに、青い光のようなものがいくつか現れた。

「本当ね……海の向こうの空が暗い。そう……近く激しい嵐が来るの。教えてくれて、ありがとう──」

 そうすると……もう、あの人ともお別れする事になるわ──。



「これ……お食事と飲み物を用意致しました。ご友人の方々とお食べになって下さい」

「おぉ!良い酒を用意したな。中々気が利くじゃないか」

 私から包みを受け取り中を覗いた彼は、ご機嫌な様子でこう言った。


 
「今度気が向いた時に、町にでも連れて行ってやるよ。じゃあ、またな」

 そして彼は、軽い足取りで私から去って行った──。



 また、ですって……?
 
 そんな事、叶いはしないわ。

 私はもう、あなたの顔を見る事は、二度とないでしょうから──。

「……あなたにとって、それは最後の晩餐となるのよ──」



「……それであいつ、わざわざこんな物まで用意して俺によこしたんだ」

「アハハ!本当に鈍いわね、お姉様は。あの人、昔から抜けてる所があるから……今も、しょっちゅう海を見てボケーッとしてるのよ?」

「俺は、あいつのそういうおかしな所も気に喰わなかったんだ。あいつは君と違って、全然美人でもないし……趣味だって読書で、俺とは全く合わないし……一緒に居てもつまらないんだ」

「あの人と私は、血の繋がりがないから……似てなくて当然よ。でも、あなたと私が婚約した方が、美男美女で余程お似合いなのにね……」

「父上の考えには、逆らえないからな。さぁ、そんなつまらん話は終わりにして……もっと楽しい事をしようじゃないか──」



 私を散々馬鹿にした挙句、抱き合う婚約者と義妹──。

 今日もいつもと変わらない場所で、二人は逢瀬を楽しんでいた。

「まさかあいつも、こんな舟の中で俺たちが会ってるとは思わないだろうな。」

「ここはね、釣り人も全然来ない穴場なのよ。あの人は家からほとんど出ないし……まず気付かないでしょうね」

 

 確かに……ここには、滅多に人は来ない。

 でも……あなた達がこうして会ってる事は、以前から知っていたわ。


 
 だって……私の家が、どこにあると思ってるの?

 すぐ近くの、丘の上よ?

 あなた達が舟の中で逢瀬を楽しむ様子は、家の窓から丸見えだったわ。

 そもそも、私がどうしてあの丘の上の家に住んで居るのか……あなた達は、もう忘れてしまった?

 本当に、馬鹿なんだから。

 

 暫くして、私は波止場に繋いである舟に近づいた。

 そこには……激しく抱き合って疲れた上に、お腹も一杯で、酒に酔って気持ちよさそうに眠る二人の姿があった。



 何も知らず、幸せそうに眠ってるわ……。

 私は予め、アルコール度数の強いお酒を用意しておいたのだ。


「私は……確かに滅多に出歩かないけれど、この海の事なら何でも知ってるわ。この時期は、潮の流れが変わるの。今沖に出れば、行き着く先は誰も居ない無人島よ。あなた……一度行ってみたいと言ってたでしょう?私が、その願いを叶えてあげる」

 私の言葉に、あの青い光が舟を岸に繋ぐロープの周りに集まると……ロープはブツリと消れた。


「昔……この海では、悪い事をした者を流し追放するという、流刑が行われていたの。だから……私もそれに習い、あなたたちを追放する事にしたわ。だって私は……この海を守る神に仕える、巫女だから──」

 私がこの海を見渡せる丘の上の屋敷に住む事になったのは、あそこから、この海に祈りを捧げる為だ。

 海の安全と……時には、こうして悪しき者を海に流す刑にも携わって来た。



 あの青い光は、この海を守る神の力の欠片のようなものだ。

 ああして、いつも私の近くで私を守り……時に私に害をなす者を排除してくれる。


 
 陸から離された舟は、沖へとどんどん流されて行った。

 私の周りに、青い光が集まって来た。
 
「……そうね、島へ辿り着くのは難しいかもね。ももうすぐ、嵐が来る予定だから……あんな小さな舟では、途中で沈んじゃうかもしれないわね。運よく島に辿り着いて苦労するか……一思いに海の底へ沈んでしまうか……どちらがマシかしらね──?」

 いずれにせよ……目を覚ました彼らに待って居るのは、絶望しかなさそうだ──。



「今日も海を見ているのかい?君は、本当に海が好きだね」

 丘から海を見る私に声をかけ、優しく微笑む一人の青年──。

 

 学園時代に知り合い、仲良くしていた彼は……婚約者と義妹に駆け落ちされた私を心配し、こうして毎日のように会いに来てくれている。

 そして最近になり、私に交際を申し込んできたのだ。



 彼は、学園時代から私が好きだった……今もその気持ちは変わらず、この先は自分が私を支えたいと言ってくれたのだ。
 


 私は彼の優しさに触れる内……いつしか彼を、友達以上の存在として見るようになった。

 だから、彼の気持ちに応えようと考えている──。
 


 それにしても……駆け落ち、か──。

 二人が居なくなった理由は、表向きはそういう事になっている。
 
 あの日の出来事は……私とこの海の守護神以外、誰も知らないのだ。



 私は、昔からこの海が好きだった。

 そして本の中でこの海の歴史と神についてを学び……その知識を認められ、巫女の役目を任された。



 私は自分に与えられたその役目に、誇りと感謝の気持ちを抱いていた。

 そして今は……ただ感謝の気持ちで一杯だ。



 だって……巫女としての力と立場を得たから、私を裏切った者達に、こうして自らの手で罰を下す事が出来たのだもの──。



「……風が冷たくなって来たから、もう中へ入ろうか」

「えぇ」

 私は遥か海の先を見つめ……小さく別れの言葉を告げると、愛する人の元へと駆けて行った──。
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