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4章 ブレイントラスト編
第11話 ゼロ・ベクトル
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監査委員会 一室
「という事で、あなたは無罪放免となります。
猛獣飼育につきましては金輪際街中に連行してはならないように」
「「御酌量、感謝すら痛みます」」
クロノスは弁護士から大まかな説明を受けている。
先で起こしてしまった銃撃事件を処理してもらった。
本来なら実刑を下されるはずが、正当防衛が認められて
コウシ所長の手回しに救われたのだ。
確かにわざわざ手数をかけてくれたのは有り難い。
だが、こんな目に遭った因果の元が到底納得できずに、
椅子に座らされている姿勢も落ち着かない。
関係者の弁護士から事情聴取を受けながら介抱される身に対して、
国の現状、法整備もずさんな敷居でまともな効果もない様に
呆れすらも飲み込んで怒りが湧き上がる。
「ただ、書類送検は行うので後ほど連絡が来ます。
あなたは今まで通りにエリア内を行動できますが、
保護観察猶予もしばらく行われるので了承して下さい。
他にご質問などありますか?」
「・・・お聞きしたい事があります」
「何ですか?」
「あなた達はこの国の現状をどうお考えですか?
下層階の悪手は留まる術がないようですが」
「我々も様々な案を検討してはおります。
軽犯罪法違反の改善の見直し、動きもあるようで・・・」
「実際、どのような手段を講じておりますか?
効力があまり発揮されていないように思えます」
「確かに執行したいところですが強制適用は厳しいかと。
ただの揉め事などは刑事にもち込めず民事不介入の枠ですので、
あくまでも彼らは市民なので」
「奴らは市民のフリをしています!
エリアをまるごとバリケード封鎖するとか、
侵入の制限方法はあるでしょう?」
「隔離ですか、そこも難しいところです。
住民票を所有しているなら行動自由権は誰にでも適用されるので」
「資格、住民票の剥奪など犯罪者の自由行動を制御するよう、
法整備も行うべきではないですか?」
「自由行動の制御につきましては、拘留などですね。
ただし、あくまでも刑事事件に抵触した場合のみでして、
せいぜい禁固刑が適切です」
「自分は少しだけ法律に覚えがあります。
来国以来、閲覧したところでは処遇の甘さもうかがえます。
六法全書を確認したら、終身刑がありませんが?」
「この国には終身刑がありません。
命を奪う犯罪も重罪を除けば10年そこいらの範囲でして、
よって、長くて30年か死刑以外の選択肢のみです」
「ですが、そんな重罪でも数十年で出所できるなど本末転倒では・・・」
「ここはあなたの国とは刑法が異なります。
再犯加重、法律上の軽減、併合罪の加重、酌量軽減の順の4つを
量刑として扱っております」
弁護士は懲役システムの詳細を伝える。
再び行った犯罪、犯行内容による量刑、
複数の犯行、個人事情を考慮した減刑、
これらを全てまとめて1.5倍の懲役年数が科せられて決まると言う。
自国では加算式で懲役数百年と倍に延びる内容もあるが、
この国では全てをまとめた上でその数となる。
以前から気になっていたのは1.5という数値。
この数はどこから定められたのか、聞いてみた。
「懲役年数システムはすでに数百年前の戦争を終えてから
定められた人道的配慮が取り入れられました。
そのような中、とある政治家が勝手に1.5という通達で法案を通して
国会に提出したらしいです」
「根拠が不明で、どの経緯で定められたのか不可解です。
たったのアンダーハーフでは少なすぎるかと。
我々の国では1.5倍ではなく――」
「3倍は人生を終えてしまう年数になる終身刑と同等で、
2倍以下から考えられていたと思います。
私の解釈ですが、残りの0.5は酌量軽減追加として
出所前提に削られた可能性がありますね。
とはいえ、それもかなり昔から定められた法事なので、
反対意見なくして議会審議でも早々に変えられません。
私から述べられる事は以上です」
人というのは変化を嫌う傾向にある。
法律も凝り固まれば、条例を一から直すのも至難であろう。
特に資金が入り乱れた今のこの国ではなおさらだ。
彼に問い詰めたところで、何か変わるわけでもない。
これより追求しても無駄と悟り、帰ろうとする。
「今回の件、御迷惑をお掛けしました、失礼します」
事務所を後にした。
一刻も早くこんな濁る空気を味わいたくなく、場を去る。
後から来た責任者らしき人物が自分の後ろ姿を観ていた事に
気付いていないまま。
1人の男がやってきて部下に何者かとうかがう。
「さっきの者は?」
「例の問題を起こしたブレイントラストの研究員です」
「・・・・・・」
ブレイントラスト ロビー
「お疲れです・・・」
「「ああ・・・」」
アイザックに労いの言葉をもらいつつ到着。
猫背になりがちな姿勢で入口に入り、ブレイントラストへ戻る
自分を迎えてくれるいつものメンバー達。
警戒もされず、事件を起こして命をロストさせたこんな自分を
誰一人として冷たい目で見る者などいなかった。
「あんたも運が悪かったわね」
「ここの現状をこの身で味わわされるとはな。
不用心に出回ってしまい、皆に迷惑をかけてしまった」
「急な買い物とはいえ、中層階もそこそこ連中が出回ってたらしく
レオがいなかったらマジで危なかったようですね。
これからも、下界は要注意です」
「肝に銘じる、あの子の容態は?」
「大丈夫よ、運が良い事にアンドロイドバイオニクスの件まで
気付かれていない。あいつら、元からライオンの原型なんて
観ていないし、遺体はそのまま火葬するから安心なさい。
心は新たな体に移し替えた、さらなる存在にね」
「「本当に・・・すまない」」
レオは査察が入ったものの、生まれ変わった事実に気付かれずに済む。
アンドロイドバイオニクスで最初の成功を祝いたいところだが、
気持ちがそう強く望めない。
一生命の重みを消失と誕生の二重で言い様の無い気持ちをもつ
感覚がする今を皆に支えられている待遇に目が熱くなりそうだ。
まだここに居られる。
それだけでまだ良いと肖りつつ身を戻す。
ブレイントラストという屈指の組織の一員として再起動する
気概をもつべきだと自覚し始めた。
それに、いつまでもここで止まると通行の邪魔になるので、
なんとか気を入れ直して背筋を伸ばして部署に戻ろうとした時、
入口から権力の影が現れた。
「コウシ所長はいるかね?」
「か、会長?」
ブレイントラスト監査委員会、通称“査問会”。
政府直下の理化学研究所マネージメント統括者がアポもなく来場、
さらに上の立場といえる会長がやって来た。
コウシ所長のあっけにとられた発言より国と繋がる者、
突然の訪問にメンバー達は留まる。
「会長、わざわざいらしたとは何の御用件ですかな?」
「こちらで傷害事件があったらしくてな。
それに関わった者がここにいると聞いてやって来たのだ」
先の事件で物言いに来たという。
何を伝えにきたのか想像の内でも理解できていそうな気がする。
男は鋭い視線で自分を見た後、すぐにつむりながら話す。
「君がクロノス君か・・・率直に用件を申させてもらう。
悪いが今日限りで退任していただきたい」
「「そんな・・・」」
「正当防衛で保釈できた点に関しては特に追及せんが、
実行した事についてはやはり世間への恐れを抱かれる。
ここもそれなりのイメージというものがあるのだ」
まさに体裁の露払い、組織の評判を気にかけてそう言ってきた。
反論は・・・不可能、命を奪ったなど特上の犯罪の弁論など、
私ですら案じてもなく思い付きでも訴える術をもっていない。
周囲で観ていた研究者達も無言で見回している。
上者による突然の足切りにここでもう詰みかと思ったその時、
意外な者が声をあげて待ったをかけた。
「イメージっすか?
自分を棚に上げてなんとやらですね~」
「なんだね君は? 減俸処分を受けたいのか?」
「査問会も色々とやらかしてるとこあるじゃないですか?
管理を名目に国からの支援金をたんまり着服しといて、
イメージを語るのはナンセンスでしょう?」
「な、なにを根拠に・・・証拠でもあるのかね?」
「え~っと、コレだ。観て下さい、政策金融公庫っと、あった。
上層階開発事業団とあんたらの提携、んでプレート製造協力で
あんたが国からもらっている金・・・とみせかけて、
実は下層階から受け取っていた金だったんすから、ホラ」
「ぐぬぬっ、ふんはっ!?」
査問会長の息が詰まる、アイザックの見せた裏付けに反論できずに
場の内容がそちらの方に変わる。下層階で調べていたのは知っていたが、
上層の弱みを握るためにそうしていたのか。
昔からよく懐を探る習性をもつ事がこんな時に発揮するのも、
あっけにとられる。無茶ぶりは私も彼も同類なのか、
続けてコウシ所長が説得を続けた。
「どうか事情をお聞きください。
彼は暴漢から身を護るためにやむをえず行ったのです。
緊急避難のゆえ、致し方なかったのです」
「くっ・・・もういい。失礼する!」
会長はドアを叩きつけるように出て行った。
あの査問会までもが、下層階から援助されていたのか。
知れず、アイザックの独自調査に助けられるとはつくづく
頼りがいがあるメンバー達に実感する。
「ま、こういった非常事態のために備えておくのも手っすよ。
博士は堅物すぎて多角的な視点をもってないんですから」
「さすがに言葉が見つからんな、お前の円滑行動も多少の理解が必要か」
「アイザック君、もう無謀な散策は慎むように」
「「お、俺もほどほどしときます」」
だが、映るにも忌々しい問題の収束はここで終わらなかった。
先の事件で起きた余波は今回だけに留まらなかったのだ。
翌日 所長室
所長室に多くの研究員や従事者達が押し寄せていた。
彼らに無数の封筒を提出されたコウシが驚愕する。
「な、なんだねこれは!?」
「辞表です、先の事件でここに多大な影響が及ぶ事を懸念し、
今日をもちましてブレイントラストを辞めさせてもらいます」
「申し訳ありません、風評被害の強い組織にいると後々に響いて
自分にも風当りがきてしまうので・・・」
「フシューッ、こんな野蛮なとこで仕事しちゃダメだってえ。
人不足になってる福井に転勤しろってぇ、フシュシュ」
ブレイントラストの大半を占める研究者達が辞めると言う。
先の事件が知れ渡ってしまい、関係を疑われたり取引先のトラブルなど
生じて今後に影響を及ぼされるとここから出て行くそうだ。
かなりの数で携わってきた者の大半以上に及んでいる。
コウシが所長室内と外の廊下中に囲まれる間、
1人威勢のいい10代の研究者がアメリアに啖呵を切ってきた。
「アンタは残るんだ?
もう将来性も見込めないここで残るメリットなんてないのに」
「風評被害ごときで辞めるわけないでしょ、待遇も良いんだから。
ドロイド研究も別にアンタがいなくてもできるから。
基本技術はもう完成してるし、インテリジェンスアーキテクチャだって
演算子もほとんど構築できてるからなんとかなるわ」
「ホントかなぁ、AI設計だって完璧に終えていないのに。
ドロイドも動作不良のイオン化傾向とか問題残ってるのに、
ボク無しで完成できるのかねー?」
「やってみせるから、基礎設計さえ見直せば1つずつバグ潰しできる。
ブレイントラストにあるコードを全把握し直してリロケーションするし」
「再配置でホントに解決できるの? シリコンの量子設計だって
どこを見直したって直せなかったのにコードだけ見てできるの?」
「あんたがいなくてもできるっつってんでしょ、
イオン化傾向なんて水素電池の改良でどうにもできるわ」
「あっそ、やれるもんならやってごらんよ。
じゃあね、先行き無いオバサン!」
「軟弱者に言われたくないわよ!
嫌ならさっさと去りなさい、このガキ!」
電動車椅子に乗っていた彼が出ていった。
続いてブレイントラストの研究員達が次々と辞表を提出していく。
クロノスの件で、同じ組織に居たくないと思う者達ばかり
ここから去って行ってしまった。
様子をうかがうレイチェルやアイザックも予想外の出来事に、
ただ見ている事しかできずにいた。
「「ムカつく」」
「「辞退者がこんなに・・・」」
「「大打撃っすね・・・」」
たった1つの事件で1つの組織が崩れ始めてゆく。
影響、そんな後々に及ぶ先入観は知識をもつ者達の早計さによって
こうも容易く動かされて身の割り切りを起こして変わってしまう。
張本人は私が引き起こして、去ってゆく濁流を止められなかった。
(私の・・・せいか・・・私の)
数日後
それから数日が経つ、ここの組織はひっそりと静まり返って
ロビーを歩く人の姿がほとんど消えてしまった。
人の気も少なく、警備員も人員削減している。
まるで何もなく、誰もいない様な飾りの建築物だ。
株価操作で建てられた無人の家の様に亡霊の住処同然に。
「優れないみたいですが、体調はどうですか?」
「「ああ・・・大丈夫だ」」
自分とアイザックの歩調は変わらずに時も過ごす。
メンバー達に合わせる顔すら躊躇いがちになりそうだ。
実は脚の関節が少し痛み始めている。
命に別条なく自分は相変わらずの大脳研究を続けているが、
1人の責任者は態度が変わっている雰囲気をだしてきた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
時々、所長は自分を数分も見続けているときがある。
まるで私のせいだと言いたいのか、無言の眼差しは
内側からくる圧力に思えて仕方ない。それでも、
モニターを見ながら脳研究のレポートをまとめる自分。
仕事とはいえ、研究室に閉じこもるばかりの生活。
外では“物理的に行動”して物色する人間達ばかり。
自分は今何をしているのか分からなくなるときがある。
何のための大脳生理学をしているのか。
誰かが事件を起こす。
その心理や脳現象を研究する。
また誰かが事件を起こす。
何の解決にもなってない。
それでも自分は脳の研究を続けている。
手が動いては硬直し、また動いては硬直。
体が動きたがっているのか、脳がそれを拒否しているのか、
いずれも自分の脳状態を調べるなどできもしない。
見えない精神の壁が皮質膜を押し込んでいく。
(ぐっ、ううう・・・私の役目とは)
クロノス自室
じ~っ
「・・・・・・・・・」
ベッドを占領されかけるくらい一回り大きくなったレオと就寝。
アンドロイドになっても、レオは同じ行動をしている。
それでも、反抗的な態度はとらず、大人しい顔で寝そべっている。
猛獣ですら、これ程までに素直で従順さが垣間見えるのに。
最も地球を汚している人類こそが真の悪に思えてくる。
知識をもった頂点の生物が、暴虐の限りを尽くしているとは
本末転倒ではないのか。凄まじい憤りだが、自分に跳ね返る
感覚が逆に増し、憎悪が頭の中に湧き立ってくる言いようのない
念がいつまでもぐるぐる回り続けていた。
翌日
「「頭が・・・熱い」」
ベッドの上で目が覚める。頭が熱くなっている様な気がするが、
風邪や知恵熱などではない。病気に関わる熱とはまったく異なる
エネルギーが自分を動かそうとしている。跳ね返る負のオーラの
波動を浴びたくなく、狭い部屋の中にはいたくない。
しかし、ブレイントラストへ向かう足取りはとても重く、
今日は仕事をする気も起きず、無断欠勤してしまう。
組織のメンバー達以外に知り合う者もいない。
自身の今、存在価値も分からず自分がここにいないような感覚が
宙を漂う様に脳内を回り続けていた。
「「こちら、廃品回収。いらなくなったTV、ラジオ、オートバイ。
その他の機材を受け付けます!」」
「「警察のぉ強化をぉ実施するのでぇンハンフッ、
市民の皆様の安全だけはぁ保証ショショショ!」」
「いい加減、銃の規制を解除して下さい!
明日は我が身、自分が狙われるかもしれないんですよ!」
「規則は規則だから仕方ないでしょう」
街内の音が耳に入ってくる。
嫌でも耳を塞いで歩けない。
音だけをを拾うも、何をしているのか理解できずに無防備のまま
ふらふらと異国の街を彷徨い、当てもない道を歩き続けた。
中層階 生物科管理所
「ヴボボッホー!」
キィィン
「「ああ」」
「グミャオオオ!」
キィィン
「「そうか」」
気がついたらここに来ていた。
理由は自分でも分からない。ただ、無意識にここへ来た。
ホエザル達の遠吠えは相変わらずこちらに吠えている。
けたたましい声群でもただの音波。
波長が変性して揃い、蝸牛内部へ滑らかに浸透する。
彼らの意志へと同調されていく感覚。
動物の言葉など分かるはずがないのに、そう感じている。
群れの叫び声は1つにまとまって自分の耳に収束されていく。
その力強い肉声が後押しして提言するかに聞こえる豪声が
1つの意志を明確に決定づけた。
「彼らが・・・答えを示してくれた」
人の倫理も技術の進歩と共に進んでいくべきではないのか。
だが、まったくもって何も変わっていない。
ニンゲンの脳も本能を優先した火種の動物そのものだ。
集まれば火薬となり、大脳の根幹の海馬にまで法は届かない。
だが、歪に知識だけは狡猾に奮い、本能を満たす術をとる。
もはや大脳生理学なんて無意味に等しいもの。
よって、残すところは形として外圧的な塊を行使すべき手段を構築。
[物理的に]奴らを止めなければ意味を成さない。
職務放棄も辞さない覚悟をもち始めていた。
(私の進むべき道標・・・もうこれしかない)
バチンッ キイィ
飼育員は今いなかった。間に鎖を切断して檻の扉を開き、
ホエザル達を外に逃がしてやろうとする。
せめてものお礼に、小さな自由を与えてやろうと解放させた。
それからブレイントラストに戻る。
支度をすましてゆっくりとした足取りで所長室へと向かう。
所長室
「「クロノス君か・・・・・・どうしたんだねェ?」」
無断欠勤、通常クビ同然のはずになるこの組織の代表者と
顔を向かい合わせる。
自分のとった意味不明な行動に、さぞ怒りは尋常ではないだろう、
そんな所長の目の前で、深く頭を下げながら決意の一言を述べた。
「あなたの計画に賛同致します」
これが不釣り合いの場を超える言葉だった。
今まで回答保留としていた返事をここで明らかにさせる。
私は、コウシ所長が求めていた地上隔離政策への参加を希望し、
藁をもつかむ様に今後の活動をそこに委ねる決心をした。
部下達の退職の償いもそうだといえば嘘ではない。
こうする事で、ブレイントラストに尽くす示しを見せるのみ。
少しやつれた所長は優しい笑みを浮かべている。
そして賛同の言葉をだす。
「「・・・そうか、ようやく君も計画に加わってくれるか」」
始めからこうすれば良かった。余計な雑念に惑わされず、
強固な金属の如く突き進めば新たな境地に行き着く。
「人は間、その隙間こそが不完全の根源なのです。
先の事件を通じて、ようやく理解ができました。
あなたの御言葉こそ正しかったと」
これは1つの分岐点、今の解釈はそれだけ考えておく。
どこかに道があるのなら、他になければそこを辿るのみ。
ブレイントラストを超えた企画にすがり、どこまでも追従する。
そして、改めて所長は迎え入れる返答をする。
「私ももう後がなかった・・・来る日も来る日も査問会からの追及が
続いて足切りも検討されてきた。
君の答えを聞いた今、ようやく決心がついたよ」
「「遅れて本当に申し訳ありません」」
「いや、良いのだ。君のYesというワードだけ耳に入れれば
私にとって大きな・・・大いなる財産そのもの」
相当待ち続けていたのだろう、私以外の代役などいくらでも代わりがいると
思っていたが、様子が違う事に気付く。
“ようやく”、あたかも始めからずっと私を期待していた何かという意味。
ただの大脳生理学者にどんな理由を求めていたのか理解できずにいた。
所長も踏ん切りが着いたといった顔に変わる。
「おっと、つい感慨深くなるところだった、こうしてはおれん。
そうだ、また改めて例の所へ案内しなくてはな。
では、屋上まで来てくれるか?」
「はい」
「という事で、あなたは無罪放免となります。
猛獣飼育につきましては金輪際街中に連行してはならないように」
「「御酌量、感謝すら痛みます」」
クロノスは弁護士から大まかな説明を受けている。
先で起こしてしまった銃撃事件を処理してもらった。
本来なら実刑を下されるはずが、正当防衛が認められて
コウシ所長の手回しに救われたのだ。
確かにわざわざ手数をかけてくれたのは有り難い。
だが、こんな目に遭った因果の元が到底納得できずに、
椅子に座らされている姿勢も落ち着かない。
関係者の弁護士から事情聴取を受けながら介抱される身に対して、
国の現状、法整備もずさんな敷居でまともな効果もない様に
呆れすらも飲み込んで怒りが湧き上がる。
「ただ、書類送検は行うので後ほど連絡が来ます。
あなたは今まで通りにエリア内を行動できますが、
保護観察猶予もしばらく行われるので了承して下さい。
他にご質問などありますか?」
「・・・お聞きしたい事があります」
「何ですか?」
「あなた達はこの国の現状をどうお考えですか?
下層階の悪手は留まる術がないようですが」
「我々も様々な案を検討してはおります。
軽犯罪法違反の改善の見直し、動きもあるようで・・・」
「実際、どのような手段を講じておりますか?
効力があまり発揮されていないように思えます」
「確かに執行したいところですが強制適用は厳しいかと。
ただの揉め事などは刑事にもち込めず民事不介入の枠ですので、
あくまでも彼らは市民なので」
「奴らは市民のフリをしています!
エリアをまるごとバリケード封鎖するとか、
侵入の制限方法はあるでしょう?」
「隔離ですか、そこも難しいところです。
住民票を所有しているなら行動自由権は誰にでも適用されるので」
「資格、住民票の剥奪など犯罪者の自由行動を制御するよう、
法整備も行うべきではないですか?」
「自由行動の制御につきましては、拘留などですね。
ただし、あくまでも刑事事件に抵触した場合のみでして、
せいぜい禁固刑が適切です」
「自分は少しだけ法律に覚えがあります。
来国以来、閲覧したところでは処遇の甘さもうかがえます。
六法全書を確認したら、終身刑がありませんが?」
「この国には終身刑がありません。
命を奪う犯罪も重罪を除けば10年そこいらの範囲でして、
よって、長くて30年か死刑以外の選択肢のみです」
「ですが、そんな重罪でも数十年で出所できるなど本末転倒では・・・」
「ここはあなたの国とは刑法が異なります。
再犯加重、法律上の軽減、併合罪の加重、酌量軽減の順の4つを
量刑として扱っております」
弁護士は懲役システムの詳細を伝える。
再び行った犯罪、犯行内容による量刑、
複数の犯行、個人事情を考慮した減刑、
これらを全てまとめて1.5倍の懲役年数が科せられて決まると言う。
自国では加算式で懲役数百年と倍に延びる内容もあるが、
この国では全てをまとめた上でその数となる。
以前から気になっていたのは1.5という数値。
この数はどこから定められたのか、聞いてみた。
「懲役年数システムはすでに数百年前の戦争を終えてから
定められた人道的配慮が取り入れられました。
そのような中、とある政治家が勝手に1.5という通達で法案を通して
国会に提出したらしいです」
「根拠が不明で、どの経緯で定められたのか不可解です。
たったのアンダーハーフでは少なすぎるかと。
我々の国では1.5倍ではなく――」
「3倍は人生を終えてしまう年数になる終身刑と同等で、
2倍以下から考えられていたと思います。
私の解釈ですが、残りの0.5は酌量軽減追加として
出所前提に削られた可能性がありますね。
とはいえ、それもかなり昔から定められた法事なので、
反対意見なくして議会審議でも早々に変えられません。
私から述べられる事は以上です」
人というのは変化を嫌う傾向にある。
法律も凝り固まれば、条例を一から直すのも至難であろう。
特に資金が入り乱れた今のこの国ではなおさらだ。
彼に問い詰めたところで、何か変わるわけでもない。
これより追求しても無駄と悟り、帰ろうとする。
「今回の件、御迷惑をお掛けしました、失礼します」
事務所を後にした。
一刻も早くこんな濁る空気を味わいたくなく、場を去る。
後から来た責任者らしき人物が自分の後ろ姿を観ていた事に
気付いていないまま。
1人の男がやってきて部下に何者かとうかがう。
「さっきの者は?」
「例の問題を起こしたブレイントラストの研究員です」
「・・・・・・」
ブレイントラスト ロビー
「お疲れです・・・」
「「ああ・・・」」
アイザックに労いの言葉をもらいつつ到着。
猫背になりがちな姿勢で入口に入り、ブレイントラストへ戻る
自分を迎えてくれるいつものメンバー達。
警戒もされず、事件を起こして命をロストさせたこんな自分を
誰一人として冷たい目で見る者などいなかった。
「あんたも運が悪かったわね」
「ここの現状をこの身で味わわされるとはな。
不用心に出回ってしまい、皆に迷惑をかけてしまった」
「急な買い物とはいえ、中層階もそこそこ連中が出回ってたらしく
レオがいなかったらマジで危なかったようですね。
これからも、下界は要注意です」
「肝に銘じる、あの子の容態は?」
「大丈夫よ、運が良い事にアンドロイドバイオニクスの件まで
気付かれていない。あいつら、元からライオンの原型なんて
観ていないし、遺体はそのまま火葬するから安心なさい。
心は新たな体に移し替えた、さらなる存在にね」
「「本当に・・・すまない」」
レオは査察が入ったものの、生まれ変わった事実に気付かれずに済む。
アンドロイドバイオニクスで最初の成功を祝いたいところだが、
気持ちがそう強く望めない。
一生命の重みを消失と誕生の二重で言い様の無い気持ちをもつ
感覚がする今を皆に支えられている待遇に目が熱くなりそうだ。
まだここに居られる。
それだけでまだ良いと肖りつつ身を戻す。
ブレイントラストという屈指の組織の一員として再起動する
気概をもつべきだと自覚し始めた。
それに、いつまでもここで止まると通行の邪魔になるので、
なんとか気を入れ直して背筋を伸ばして部署に戻ろうとした時、
入口から権力の影が現れた。
「コウシ所長はいるかね?」
「か、会長?」
ブレイントラスト監査委員会、通称“査問会”。
政府直下の理化学研究所マネージメント統括者がアポもなく来場、
さらに上の立場といえる会長がやって来た。
コウシ所長のあっけにとられた発言より国と繋がる者、
突然の訪問にメンバー達は留まる。
「会長、わざわざいらしたとは何の御用件ですかな?」
「こちらで傷害事件があったらしくてな。
それに関わった者がここにいると聞いてやって来たのだ」
先の事件で物言いに来たという。
何を伝えにきたのか想像の内でも理解できていそうな気がする。
男は鋭い視線で自分を見た後、すぐにつむりながら話す。
「君がクロノス君か・・・率直に用件を申させてもらう。
悪いが今日限りで退任していただきたい」
「「そんな・・・」」
「正当防衛で保釈できた点に関しては特に追及せんが、
実行した事についてはやはり世間への恐れを抱かれる。
ここもそれなりのイメージというものがあるのだ」
まさに体裁の露払い、組織の評判を気にかけてそう言ってきた。
反論は・・・不可能、命を奪ったなど特上の犯罪の弁論など、
私ですら案じてもなく思い付きでも訴える術をもっていない。
周囲で観ていた研究者達も無言で見回している。
上者による突然の足切りにここでもう詰みかと思ったその時、
意外な者が声をあげて待ったをかけた。
「イメージっすか?
自分を棚に上げてなんとやらですね~」
「なんだね君は? 減俸処分を受けたいのか?」
「査問会も色々とやらかしてるとこあるじゃないですか?
管理を名目に国からの支援金をたんまり着服しといて、
イメージを語るのはナンセンスでしょう?」
「な、なにを根拠に・・・証拠でもあるのかね?」
「え~っと、コレだ。観て下さい、政策金融公庫っと、あった。
上層階開発事業団とあんたらの提携、んでプレート製造協力で
あんたが国からもらっている金・・・とみせかけて、
実は下層階から受け取っていた金だったんすから、ホラ」
「ぐぬぬっ、ふんはっ!?」
査問会長の息が詰まる、アイザックの見せた裏付けに反論できずに
場の内容がそちらの方に変わる。下層階で調べていたのは知っていたが、
上層の弱みを握るためにそうしていたのか。
昔からよく懐を探る習性をもつ事がこんな時に発揮するのも、
あっけにとられる。無茶ぶりは私も彼も同類なのか、
続けてコウシ所長が説得を続けた。
「どうか事情をお聞きください。
彼は暴漢から身を護るためにやむをえず行ったのです。
緊急避難のゆえ、致し方なかったのです」
「くっ・・・もういい。失礼する!」
会長はドアを叩きつけるように出て行った。
あの査問会までもが、下層階から援助されていたのか。
知れず、アイザックの独自調査に助けられるとはつくづく
頼りがいがあるメンバー達に実感する。
「ま、こういった非常事態のために備えておくのも手っすよ。
博士は堅物すぎて多角的な視点をもってないんですから」
「さすがに言葉が見つからんな、お前の円滑行動も多少の理解が必要か」
「アイザック君、もう無謀な散策は慎むように」
「「お、俺もほどほどしときます」」
だが、映るにも忌々しい問題の収束はここで終わらなかった。
先の事件で起きた余波は今回だけに留まらなかったのだ。
翌日 所長室
所長室に多くの研究員や従事者達が押し寄せていた。
彼らに無数の封筒を提出されたコウシが驚愕する。
「な、なんだねこれは!?」
「辞表です、先の事件でここに多大な影響が及ぶ事を懸念し、
今日をもちましてブレイントラストを辞めさせてもらいます」
「申し訳ありません、風評被害の強い組織にいると後々に響いて
自分にも風当りがきてしまうので・・・」
「フシューッ、こんな野蛮なとこで仕事しちゃダメだってえ。
人不足になってる福井に転勤しろってぇ、フシュシュ」
ブレイントラストの大半を占める研究者達が辞めると言う。
先の事件が知れ渡ってしまい、関係を疑われたり取引先のトラブルなど
生じて今後に影響を及ぼされるとここから出て行くそうだ。
かなりの数で携わってきた者の大半以上に及んでいる。
コウシが所長室内と外の廊下中に囲まれる間、
1人威勢のいい10代の研究者がアメリアに啖呵を切ってきた。
「アンタは残るんだ?
もう将来性も見込めないここで残るメリットなんてないのに」
「風評被害ごときで辞めるわけないでしょ、待遇も良いんだから。
ドロイド研究も別にアンタがいなくてもできるから。
基本技術はもう完成してるし、インテリジェンスアーキテクチャだって
演算子もほとんど構築できてるからなんとかなるわ」
「ホントかなぁ、AI設計だって完璧に終えていないのに。
ドロイドも動作不良のイオン化傾向とか問題残ってるのに、
ボク無しで完成できるのかねー?」
「やってみせるから、基礎設計さえ見直せば1つずつバグ潰しできる。
ブレイントラストにあるコードを全把握し直してリロケーションするし」
「再配置でホントに解決できるの? シリコンの量子設計だって
どこを見直したって直せなかったのにコードだけ見てできるの?」
「あんたがいなくてもできるっつってんでしょ、
イオン化傾向なんて水素電池の改良でどうにもできるわ」
「あっそ、やれるもんならやってごらんよ。
じゃあね、先行き無いオバサン!」
「軟弱者に言われたくないわよ!
嫌ならさっさと去りなさい、このガキ!」
電動車椅子に乗っていた彼が出ていった。
続いてブレイントラストの研究員達が次々と辞表を提出していく。
クロノスの件で、同じ組織に居たくないと思う者達ばかり
ここから去って行ってしまった。
様子をうかがうレイチェルやアイザックも予想外の出来事に、
ただ見ている事しかできずにいた。
「「ムカつく」」
「「辞退者がこんなに・・・」」
「「大打撃っすね・・・」」
たった1つの事件で1つの組織が崩れ始めてゆく。
影響、そんな後々に及ぶ先入観は知識をもつ者達の早計さによって
こうも容易く動かされて身の割り切りを起こして変わってしまう。
張本人は私が引き起こして、去ってゆく濁流を止められなかった。
(私の・・・せいか・・・私の)
数日後
それから数日が経つ、ここの組織はひっそりと静まり返って
ロビーを歩く人の姿がほとんど消えてしまった。
人の気も少なく、警備員も人員削減している。
まるで何もなく、誰もいない様な飾りの建築物だ。
株価操作で建てられた無人の家の様に亡霊の住処同然に。
「優れないみたいですが、体調はどうですか?」
「「ああ・・・大丈夫だ」」
自分とアイザックの歩調は変わらずに時も過ごす。
メンバー達に合わせる顔すら躊躇いがちになりそうだ。
実は脚の関節が少し痛み始めている。
命に別条なく自分は相変わらずの大脳研究を続けているが、
1人の責任者は態度が変わっている雰囲気をだしてきた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
時々、所長は自分を数分も見続けているときがある。
まるで私のせいだと言いたいのか、無言の眼差しは
内側からくる圧力に思えて仕方ない。それでも、
モニターを見ながら脳研究のレポートをまとめる自分。
仕事とはいえ、研究室に閉じこもるばかりの生活。
外では“物理的に行動”して物色する人間達ばかり。
自分は今何をしているのか分からなくなるときがある。
何のための大脳生理学をしているのか。
誰かが事件を起こす。
その心理や脳現象を研究する。
また誰かが事件を起こす。
何の解決にもなってない。
それでも自分は脳の研究を続けている。
手が動いては硬直し、また動いては硬直。
体が動きたがっているのか、脳がそれを拒否しているのか、
いずれも自分の脳状態を調べるなどできもしない。
見えない精神の壁が皮質膜を押し込んでいく。
(ぐっ、ううう・・・私の役目とは)
クロノス自室
じ~っ
「・・・・・・・・・」
ベッドを占領されかけるくらい一回り大きくなったレオと就寝。
アンドロイドになっても、レオは同じ行動をしている。
それでも、反抗的な態度はとらず、大人しい顔で寝そべっている。
猛獣ですら、これ程までに素直で従順さが垣間見えるのに。
最も地球を汚している人類こそが真の悪に思えてくる。
知識をもった頂点の生物が、暴虐の限りを尽くしているとは
本末転倒ではないのか。凄まじい憤りだが、自分に跳ね返る
感覚が逆に増し、憎悪が頭の中に湧き立ってくる言いようのない
念がいつまでもぐるぐる回り続けていた。
翌日
「「頭が・・・熱い」」
ベッドの上で目が覚める。頭が熱くなっている様な気がするが、
風邪や知恵熱などではない。病気に関わる熱とはまったく異なる
エネルギーが自分を動かそうとしている。跳ね返る負のオーラの
波動を浴びたくなく、狭い部屋の中にはいたくない。
しかし、ブレイントラストへ向かう足取りはとても重く、
今日は仕事をする気も起きず、無断欠勤してしまう。
組織のメンバー達以外に知り合う者もいない。
自身の今、存在価値も分からず自分がここにいないような感覚が
宙を漂う様に脳内を回り続けていた。
「「こちら、廃品回収。いらなくなったTV、ラジオ、オートバイ。
その他の機材を受け付けます!」」
「「警察のぉ強化をぉ実施するのでぇンハンフッ、
市民の皆様の安全だけはぁ保証ショショショ!」」
「いい加減、銃の規制を解除して下さい!
明日は我が身、自分が狙われるかもしれないんですよ!」
「規則は規則だから仕方ないでしょう」
街内の音が耳に入ってくる。
嫌でも耳を塞いで歩けない。
音だけをを拾うも、何をしているのか理解できずに無防備のまま
ふらふらと異国の街を彷徨い、当てもない道を歩き続けた。
中層階 生物科管理所
「ヴボボッホー!」
キィィン
「「ああ」」
「グミャオオオ!」
キィィン
「「そうか」」
気がついたらここに来ていた。
理由は自分でも分からない。ただ、無意識にここへ来た。
ホエザル達の遠吠えは相変わらずこちらに吠えている。
けたたましい声群でもただの音波。
波長が変性して揃い、蝸牛内部へ滑らかに浸透する。
彼らの意志へと同調されていく感覚。
動物の言葉など分かるはずがないのに、そう感じている。
群れの叫び声は1つにまとまって自分の耳に収束されていく。
その力強い肉声が後押しして提言するかに聞こえる豪声が
1つの意志を明確に決定づけた。
「彼らが・・・答えを示してくれた」
人の倫理も技術の進歩と共に進んでいくべきではないのか。
だが、まったくもって何も変わっていない。
ニンゲンの脳も本能を優先した火種の動物そのものだ。
集まれば火薬となり、大脳の根幹の海馬にまで法は届かない。
だが、歪に知識だけは狡猾に奮い、本能を満たす術をとる。
もはや大脳生理学なんて無意味に等しいもの。
よって、残すところは形として外圧的な塊を行使すべき手段を構築。
[物理的に]奴らを止めなければ意味を成さない。
職務放棄も辞さない覚悟をもち始めていた。
(私の進むべき道標・・・もうこれしかない)
バチンッ キイィ
飼育員は今いなかった。間に鎖を切断して檻の扉を開き、
ホエザル達を外に逃がしてやろうとする。
せめてものお礼に、小さな自由を与えてやろうと解放させた。
それからブレイントラストに戻る。
支度をすましてゆっくりとした足取りで所長室へと向かう。
所長室
「「クロノス君か・・・・・・どうしたんだねェ?」」
無断欠勤、通常クビ同然のはずになるこの組織の代表者と
顔を向かい合わせる。
自分のとった意味不明な行動に、さぞ怒りは尋常ではないだろう、
そんな所長の目の前で、深く頭を下げながら決意の一言を述べた。
「あなたの計画に賛同致します」
これが不釣り合いの場を超える言葉だった。
今まで回答保留としていた返事をここで明らかにさせる。
私は、コウシ所長が求めていた地上隔離政策への参加を希望し、
藁をもつかむ様に今後の活動をそこに委ねる決心をした。
部下達の退職の償いもそうだといえば嘘ではない。
こうする事で、ブレイントラストに尽くす示しを見せるのみ。
少しやつれた所長は優しい笑みを浮かべている。
そして賛同の言葉をだす。
「「・・・そうか、ようやく君も計画に加わってくれるか」」
始めからこうすれば良かった。余計な雑念に惑わされず、
強固な金属の如く突き進めば新たな境地に行き着く。
「人は間、その隙間こそが不完全の根源なのです。
先の事件を通じて、ようやく理解ができました。
あなたの御言葉こそ正しかったと」
これは1つの分岐点、今の解釈はそれだけ考えておく。
どこかに道があるのなら、他になければそこを辿るのみ。
ブレイントラストを超えた企画にすがり、どこまでも追従する。
そして、改めて所長は迎え入れる返答をする。
「私ももう後がなかった・・・来る日も来る日も査問会からの追及が
続いて足切りも検討されてきた。
君の答えを聞いた今、ようやく決心がついたよ」
「「遅れて本当に申し訳ありません」」
「いや、良いのだ。君のYesというワードだけ耳に入れれば
私にとって大きな・・・大いなる財産そのもの」
相当待ち続けていたのだろう、私以外の代役などいくらでも代わりがいると
思っていたが、様子が違う事に気付く。
“ようやく”、あたかも始めからずっと私を期待していた何かという意味。
ただの大脳生理学者にどんな理由を求めていたのか理解できずにいた。
所長も踏ん切りが着いたといった顔に変わる。
「おっと、つい感慨深くなるところだった、こうしてはおれん。
そうだ、また改めて例の所へ案内しなくてはな。
では、屋上まで来てくれるか?」
「はい」
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