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3章 東西都市国家大戦編
第10話 火口
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カゴシマCN市街地 温泉施設
「「う、う~ん。極楽すぎる・・・」」
「「ホント、これこそここの醍醐味よね~」」
マサキ、ミキ分隊が砂に埋もれている。
罰で埋められているわけではなく、自ら埋まっているのだ。
休暇に宇蘇山の地熱で温められた砂の温泉に満悦。
訓練も終わって砂風呂に入り、娯楽の一時を味わっていた。
「あれから色々あったけど、こんな日が続けば良いな。
関西一辺はほとんど味方になって、警戒網が緩くなったし」
「隊長でこう言うのもなんだけど、平和になっていく実感が湧いてくると、
気が抜けやすくなるのも無理ないわね」
「えひひ、同感っす」
あれから近隣に対する警戒心も薄まり、つい本音ももらしがち。
いくつもの丸い土手の光景がシュールなまでに観えるくらい、
自分達は平穏な日々を過ごしていたのだ。
犬兵団は内地の任務が主なので、周囲に敵性が少なくなる程
海岸沿いの者よりも危機意識が抜けやすい。
その会話を聞いていた年季ある従業員もここの事情を話した。
「最近はよく外回りの人も利用しに来るからねえ。
四国や中つ国はもちろん、近江の方からも来ていて
前より忙しくなってるくらいよ」
「物珍しさで来ているんですね。
Pが増えるのは良いといえば良いですけど」
「カゴシマ住民が少なくなったくらいさ。
一昨日はミヤザキの兵隊さんが来てたんだよ」
「ミヤザキ兵がですか?」
「そうだね、さすがに疲れが溜まったらしくて。
だけど、1人だけ入らずに外を眺めていた人がいたね。
砂風呂が嫌いなんだろうかね」
「・・・・・・」
2人の予想から、真っ先にケンジが浮かび上がってきた。
彼の砂風呂嫌いの話など聞いた事もない。
関西同盟の後、彼と接する機会も減っていて無線連絡も少ない。
たまに会おうと連絡しても拒否されている。
口調も以前よりきつくなった感じもあって、
近所話すらできない雰囲気なのは気付いていた。
「「まだ引っ張っているんだな・・・あの時を」」
「「みたいね・・・」」
あの時、それは最近起きたあの出来事以外にはない。
2人の意中にあるのは、彼にとっての影そのものだろう。
クマモトCN拠点 指令室
クマモトCNのリョウコは九州の司令官と伝達している。
同盟による技術運用、資源流通について嵩増しし始めた
近況を整理するために話し合っていた。
彼らは連携するにあたって重要なのは運搬をもっと効率よく運べるか、
道中の問題が特に多い九州大陸を考えて潤滑化したいと進める。
内の1人であるナガサキ司令官は空への展開で有利と思わしき
技術について積極的に採用したいと言う。
「「個人的見解では、九州の丘陵地形を移動するために
空中機動力を向上させるビークルが必要不可欠。
よって、中つ国CNとの連携を優先するべきかと思います」」
「フクオカで製造している型は四脚より速いとそうしてきたはずだが、
あれまだ完成してないのか?」
「あれは運搬用として大量に運びにくい仕様ですね。
迅速な展開として戦闘するライオットギアとして製造してるので、
私もホバーリングする仕様の方が相応しいかと」
「この“反重力”っていう技術は確かに良いけど、
確か、エリアルボードにも内蔵されてるのと同じよね?」
「確かにコウシ先生が中つ国の物とおっしゃってました。
しかし、流用した先が当該地方なので技術面を先に対応した方が・・・」
実はそこも懸念していたところで、コウシ先生が改良して造った物が
敵性時代から用いてたなど向こうに不審がられるだろう。
製造者当人もいなくなり、仕方ないといえば仕方ない。
ただ、リソースの拡大で資源の流通がどう変化していく
のかが気掛かりなようで、彼女達の見解ではこれから
スラスターボードの増産を図るのを優先する見込みでいた。
これは歩兵にとってとても優位性をもつ備品で、九州各地から
最も増産を望まれている代物だ。
行方不明技術者も続けて探さなければならず、同盟で外側への
手掛かりを追うべきだと思っていたら通信が入ってくる。
オペレーターからヤマグチCNからと言われる。
「司令、あそこから通信が」
「通して」
ここのCNからしてどんな展開になるのかだいたい予測済み。
くだらない理由で難聴になりたくなく、片耳だけ塞いで応答する。
「こちらクマモトCNのサクライです」
「「こちらヤマグチCNの司令官です、用件は――」」
「「ワレェ、拉致った仲間サッサと返さんかい!」」
「「静かにしていろ!」」
(また面倒そうね・・・)
怒鳴り声混じりの音声にリョウコは溜息をつく。
今回の件はオオイタCNによる、ヤマグチ兵の返還。
かつての戦闘で捕虜にしていたヤマグチ兵の身柄引き渡しを
行おうとしていた。
同盟直後に返そうとしたが、本人達が言う事を聞かず、
また勝手に自決する者もいて手に追えずにヤマグチCNの了承から
少しずつ始める手にでたのだ。
「「では規定通り、兵を渡してください」」
「ええ、身柄は無事にあずかっています。
ですが、私は立ち会う事ができません」
「「そうですか、我々はどうすれば?」」
「オオイタCNの沿岸まで護送します、そこで引き渡しをお願いします」
「「分かりました、兵をそこに向かわせます」」
出迎えはなく捕虜のみ引き渡し解放。
この奇妙な事情はすぐ判明する事になる。
オオイタCN 国西エリア
大人しくなったヤマグチ兵を連行して海際まで到着。
護送も難無く終わり、オオイタ兵に見守られながら待機する。
同じくヤマグチ兵達も同じエリアまで渡ってきた。
連れてきたオオイタ兵達は相手せずにそそくさと立ち去っていく。
「んだ、あいつら逃げやがってよ!?」
「腰抜けなんぞほっとけや、それよりも第6部隊長確保ォ!」
「キトウ隊長、お疲れさんっした!
何か食いたいモンあるっすか? すぐに持って――」
「バブー」
「なんじゃこりゃあああぁぁぁ!!??」
ニップルをくわえたヤマグチ第6部隊長が純粋な目付きで
彼らを待ち受けていた。その隊長以外の数人も同じく、
幼児化したヤマグチ兵の姿がそこにある。
思考力の低い彼らにとっては、今観えている光景の想像を逸して
整理できず、どんな世界だと意味不に立ち止まり続けていた。
ミヤザキCN拠点 指令室
「投与が多いと、そんな副作用があったのね」
「「その様です、次回からは微量でやりましょう」」
リョウコはイイダ嫁と成分について話し合い、一部失敗した結果の
反省点を問い直して次への成果を期待してゆく。
ヤマグチ兵の幼児化の仕掛け人は私達。
彼らに与えた乳清の効果が強すぎて知能、精神共に退行してしまったのだ。
副作用は以前から不安材料と予測していたが、熱気盛んな中つ国兵という
存在に振れ幅ある研究材料がいて試すにはうってつけだった。
「興奮だけ抑えたかったけど、記憶野にまで効果が及んでしまったなんて。
哺乳類内分泌の調整も難しいわね。
まだまだ研究が必要みたい」
「「しかし、アドレナリンの減少はうまくいきましたね。
第2次成長期に打ち付けられた気概の分野にも影響をもたらせて
それによる戦意消失の効果も同時に上がってます」
「ま、脳内にある程度影響を及ぼすのは想定内だし、
問題児を減らしていけば内戦も無くなっていける。
戦意、そんなものがあるから人は奪い合ったりするんだから、
動機元となる精神から弱らせていけば良いのよ」
「「同盟CNにはどう説明しておきますか?」」
「ただの鎮静剤とだけ言っておくわ。
まだ向こうには知られてないし、ファーストエイド管理名目で
このまま研究は続投しましょ」
「「はい」」
(ある意味、九州で一番恐ろしい人だわ)
上記の会話が乳清を生み出した理由だった。
敵性戦闘員の記憶や意志をまるごと奪い取る力をもつ、
哺乳類から編み出した薬物は後先から絶大なる役割となるだろう。
そんな気持ちを込めて、口にはださずに彼女を畏敬する。
ケンジが指令室に入ってきた。
「司令」
「まだ駄目よ、頃合いが悪いわ」
イイダ嫁が話も聞かずに即答する。
ケンジの意向を知って発言される前に言い返したのだ。
彼の言いたい事はもう分かっている、先の交戦で同盟した事に納得できずに
どこかへ反撃させろと訴えにきたのだろう。
当然、手を結んだ直後の侵攻は悪手で敵性も警戒期間をもっているくらい
簡単に予想できている。この子はまだ若く、感情で動く側面もあって
時期が悪く、手先で様子を伺う事を勧めた。
「古い技術、戦法のままでは同じ戦乱を繰り返すだけ。
今、こちらが先に動けば混乱のきっかけになるの。
東へ向かいたい気持ちは分かるけど向こうもCNが結合して、
西が固まり始めた直後に動くのは至難よ」
「・・・はい」
目線はケンジに代わり、司令の言い分はその通りで差し止め。
この場では俺は素直に従う。
理由は語るまでもなく単純なもの、女司令官を前に口答えは通じない。
二重三重にも待ち構える答弁の相手などしていられないのはよく知っている。
あれから何度かここに直談判しに来たが、意向はまったく通らない。
巡回の時間のタイミングも考えて用件が通らないと分かるや、
指令室からサッサと出ていく。
ミヤザキCN 鶏戸神宮
自分は巡回がてら、部下達をよそに海岸の鶏戸神宮に向かう。
最近はスケジュールも間が空き始めて多少の寄り道も怒られない。
ここは俺にとって別に必要な所でもないが。
ただ、用事もないのに無意識にここへ来たくなった。
入口が崖間近で上から下へ降りていく。
子犬とかつての管理人が出迎えた。
「ケンちゃんか、珍しいね!?」
「来てはいけないのか? 俺だって元はここ出身だ」
「そりゃそうだよ、別に来るななんて言わんさ。
みんな、ケンちゃんだよー!」
犬兵団メンバー達が集まる側で犬を撫でる。
ミヤザキでも数の少ない養成所は相変わらずひっそりとして
子どももたまに遊びにくるぐらい穏やかな場所だ。
最初は保育園と思っていて、九州人は皆こんな事をしていると思ってた。
俺が成人になったら戦争の道具だなんて思いもよらなかったが、
動物達の役目とかここじゃ昔から強い習慣があったかららしい。
今でも犬は別に嫌いじゃない。
無言で可愛がっても、内心は組織への拒否感をもつ。
どうしても頭の中でわだかまりが取り除けられなかった。
(俺はもうこっち側には戻れない)
好き嫌いの程度ではなく、立場の意思。
犬兵団への帰隊は許されないという意味で編入したくない。
別に除隊させられたわけでもなく、俺自身の過去にあった出来事で
戻れない理由があったからだ。
数年前、A.D98年に関東兵が攻めてきた時だ。
俺がまだミヤザキでたった4人しかいなかったチームの1人で、
マサキやミキ達と合同作戦に当たっていた。
18歳とCN加入直後にすぐ現場に出されて未熟だったのもある。
確か、口見岳の山で敵性侵攻された時に起きた話。
ヘリとよばれる飛行型が数機現れ、予測できなく空中戦に見舞われた。
まばらに相手する間で仲間ともはぐれてしまい、
自分と部下だけで行動しなければならなくなり、
あげくろくに対策もとれなかった。
そこから、降下してきた兵を対処しようとした時。
「ショック、ショックだ!」
「ワンッ!」
「違う、蘇生じゃない! 感電だ、奴を痺れさせろ!」
そう、あまりにも素人な立ち回りすぎでマヌケを見せただけだった。
訓練できちんとできていたのが実戦でまったくこなせずに、
地形も相まって犬の行動力まで考えていなかった。
空を飛ぶ相手には何も通用できないが、そいつらからどう回避するか
対策もまともになっていなかったのも不運の始りだった。
逃げるのは簡単だった、当時の俺はそれが恥だと思って周りの敵を
どうにか倒そうとして残ろうとしたのは覚えている。
「ケンジ、指示先が違うぞ!」
「なんでだ、俺は確かに――!」
ズダダダダダダダダ
犬が向かった先は敵ではなく味方だった。
敵味方の判別をさせるのは色、腰のポシェットが茶色じゃなければ
敵とみなしてスタンナイフを向かわせる。だが、相手はベルトの色が
ほとんど同じ色で認識を間違わせてしまう。
逆に味方の方は市民で装備を身に付けていなかったから、
俺が間違った指示をだしてしまったがために、
1人と1匹の仲間を失ってしまった。
帰還した時に待っていたのは無地の始末書と白い目。
駐屯地内でもどこに座れば良いか迷うくらいだった。
その頃からだ。
俺がブリーダーとして才能がないと気づき始めたのは。
引き留めるマサキとミキを聞かず、俺は一般兵に就いた。
20で隊長になれたのは犬兵団キャリアとかじゃなく、こっちでたまたま
5つの任務を連続で成功しただけで名誉回復できただけ。
しかし、ラボリを全部こなせる超人なんてどこにもいやしない。
プロフェッショナルエラー、誰の言葉だったか九州の者が言っていた
通りで専門家であろうと必ずどこかで隙間が出てヘマをする。
外側に回っても事が思わしく運べられない。
(しまいに、シゲさんも助けられなかった)
先の中つ国戦でも守れなかった。
いつもいつも不意から不意がやってくる。
そこに何かがいると分かっていれば対処ができる、いるといないの差は
どうやってきちんと判別すれば良いのか? 感性と技術の間に苦しむ。
“守るというそんな感情、感覚”も失いつつある。
外側に対する意識の方が上回ってしまった。
海の小波、聴こえるのはそれだけでしばらくすると足音もする。
「隊長、ここにいましたか」
「ああ」
ここでミヤザキモブ兵の目線。
部下が迎えに来ても、彼は顔向きを変えずに海を見続ける。
ミヤザキ兵達はケンジの心中をすでに理解して察しているのだ。
聞いた情報をこのタイミングで話すべきか、
よく見計らった後に思い切って今ではと近況を語りだした。
「連絡が、中部地方で妙な事件が多発しているようです」
「中部でもそんな事件があったのか・・・クソッ!
俺は何のために・・・」
部下の予想通り、ケンジの感情は表情にでているのが分かる。
しかし、そこも想定内といわんばかりに考えていたのか
もう1つの話しを始めた。
「それについて気になる情報が1つ、ヤマグチCNの兵達ですが・・・」
「ヤマグチが?」
中つ国地方の一角、ヤマグチCNの情報についてだ。
聞かれぬよう小さな声でケンジの耳に注ぐ。
「「そうかぁ・・・向こうも同じかぁ」」
部下の話は特殊な事情を関心させる効果を引き起こす。
内容は彼を大きく突き動かすものがあったようで、
ケンジの顔を見た部下はすぐさまに悟った。
「た、隊長・・・まさか!?」
「「同じというのならば、事を促す助力にもなる・・・。
奴らにも協力してもらうとするか」」
1つの決意を固まらせてゆく。
ケンジの視線は水平線の彼方に向けられている。
先にある大陸を見続ける彼は体温の高まりと共に
仁王立ちのままで、しばらくそこから動くことがなかった。
「「う、う~ん。極楽すぎる・・・」」
「「ホント、これこそここの醍醐味よね~」」
マサキ、ミキ分隊が砂に埋もれている。
罰で埋められているわけではなく、自ら埋まっているのだ。
休暇に宇蘇山の地熱で温められた砂の温泉に満悦。
訓練も終わって砂風呂に入り、娯楽の一時を味わっていた。
「あれから色々あったけど、こんな日が続けば良いな。
関西一辺はほとんど味方になって、警戒網が緩くなったし」
「隊長でこう言うのもなんだけど、平和になっていく実感が湧いてくると、
気が抜けやすくなるのも無理ないわね」
「えひひ、同感っす」
あれから近隣に対する警戒心も薄まり、つい本音ももらしがち。
いくつもの丸い土手の光景がシュールなまでに観えるくらい、
自分達は平穏な日々を過ごしていたのだ。
犬兵団は内地の任務が主なので、周囲に敵性が少なくなる程
海岸沿いの者よりも危機意識が抜けやすい。
その会話を聞いていた年季ある従業員もここの事情を話した。
「最近はよく外回りの人も利用しに来るからねえ。
四国や中つ国はもちろん、近江の方からも来ていて
前より忙しくなってるくらいよ」
「物珍しさで来ているんですね。
Pが増えるのは良いといえば良いですけど」
「カゴシマ住民が少なくなったくらいさ。
一昨日はミヤザキの兵隊さんが来てたんだよ」
「ミヤザキ兵がですか?」
「そうだね、さすがに疲れが溜まったらしくて。
だけど、1人だけ入らずに外を眺めていた人がいたね。
砂風呂が嫌いなんだろうかね」
「・・・・・・」
2人の予想から、真っ先にケンジが浮かび上がってきた。
彼の砂風呂嫌いの話など聞いた事もない。
関西同盟の後、彼と接する機会も減っていて無線連絡も少ない。
たまに会おうと連絡しても拒否されている。
口調も以前よりきつくなった感じもあって、
近所話すらできない雰囲気なのは気付いていた。
「「まだ引っ張っているんだな・・・あの時を」」
「「みたいね・・・」」
あの時、それは最近起きたあの出来事以外にはない。
2人の意中にあるのは、彼にとっての影そのものだろう。
クマモトCN拠点 指令室
クマモトCNのリョウコは九州の司令官と伝達している。
同盟による技術運用、資源流通について嵩増しし始めた
近況を整理するために話し合っていた。
彼らは連携するにあたって重要なのは運搬をもっと効率よく運べるか、
道中の問題が特に多い九州大陸を考えて潤滑化したいと進める。
内の1人であるナガサキ司令官は空への展開で有利と思わしき
技術について積極的に採用したいと言う。
「「個人的見解では、九州の丘陵地形を移動するために
空中機動力を向上させるビークルが必要不可欠。
よって、中つ国CNとの連携を優先するべきかと思います」」
「フクオカで製造している型は四脚より速いとそうしてきたはずだが、
あれまだ完成してないのか?」
「あれは運搬用として大量に運びにくい仕様ですね。
迅速な展開として戦闘するライオットギアとして製造してるので、
私もホバーリングする仕様の方が相応しいかと」
「この“反重力”っていう技術は確かに良いけど、
確か、エリアルボードにも内蔵されてるのと同じよね?」
「確かにコウシ先生が中つ国の物とおっしゃってました。
しかし、流用した先が当該地方なので技術面を先に対応した方が・・・」
実はそこも懸念していたところで、コウシ先生が改良して造った物が
敵性時代から用いてたなど向こうに不審がられるだろう。
製造者当人もいなくなり、仕方ないといえば仕方ない。
ただ、リソースの拡大で資源の流通がどう変化していく
のかが気掛かりなようで、彼女達の見解ではこれから
スラスターボードの増産を図るのを優先する見込みでいた。
これは歩兵にとってとても優位性をもつ備品で、九州各地から
最も増産を望まれている代物だ。
行方不明技術者も続けて探さなければならず、同盟で外側への
手掛かりを追うべきだと思っていたら通信が入ってくる。
オペレーターからヤマグチCNからと言われる。
「司令、あそこから通信が」
「通して」
ここのCNからしてどんな展開になるのかだいたい予測済み。
くだらない理由で難聴になりたくなく、片耳だけ塞いで応答する。
「こちらクマモトCNのサクライです」
「「こちらヤマグチCNの司令官です、用件は――」」
「「ワレェ、拉致った仲間サッサと返さんかい!」」
「「静かにしていろ!」」
(また面倒そうね・・・)
怒鳴り声混じりの音声にリョウコは溜息をつく。
今回の件はオオイタCNによる、ヤマグチ兵の返還。
かつての戦闘で捕虜にしていたヤマグチ兵の身柄引き渡しを
行おうとしていた。
同盟直後に返そうとしたが、本人達が言う事を聞かず、
また勝手に自決する者もいて手に追えずにヤマグチCNの了承から
少しずつ始める手にでたのだ。
「「では規定通り、兵を渡してください」」
「ええ、身柄は無事にあずかっています。
ですが、私は立ち会う事ができません」
「「そうですか、我々はどうすれば?」」
「オオイタCNの沿岸まで護送します、そこで引き渡しをお願いします」
「「分かりました、兵をそこに向かわせます」」
出迎えはなく捕虜のみ引き渡し解放。
この奇妙な事情はすぐ判明する事になる。
オオイタCN 国西エリア
大人しくなったヤマグチ兵を連行して海際まで到着。
護送も難無く終わり、オオイタ兵に見守られながら待機する。
同じくヤマグチ兵達も同じエリアまで渡ってきた。
連れてきたオオイタ兵達は相手せずにそそくさと立ち去っていく。
「んだ、あいつら逃げやがってよ!?」
「腰抜けなんぞほっとけや、それよりも第6部隊長確保ォ!」
「キトウ隊長、お疲れさんっした!
何か食いたいモンあるっすか? すぐに持って――」
「バブー」
「なんじゃこりゃあああぁぁぁ!!??」
ニップルをくわえたヤマグチ第6部隊長が純粋な目付きで
彼らを待ち受けていた。その隊長以外の数人も同じく、
幼児化したヤマグチ兵の姿がそこにある。
思考力の低い彼らにとっては、今観えている光景の想像を逸して
整理できず、どんな世界だと意味不に立ち止まり続けていた。
ミヤザキCN拠点 指令室
「投与が多いと、そんな副作用があったのね」
「「その様です、次回からは微量でやりましょう」」
リョウコはイイダ嫁と成分について話し合い、一部失敗した結果の
反省点を問い直して次への成果を期待してゆく。
ヤマグチ兵の幼児化の仕掛け人は私達。
彼らに与えた乳清の効果が強すぎて知能、精神共に退行してしまったのだ。
副作用は以前から不安材料と予測していたが、熱気盛んな中つ国兵という
存在に振れ幅ある研究材料がいて試すにはうってつけだった。
「興奮だけ抑えたかったけど、記憶野にまで効果が及んでしまったなんて。
哺乳類内分泌の調整も難しいわね。
まだまだ研究が必要みたい」
「「しかし、アドレナリンの減少はうまくいきましたね。
第2次成長期に打ち付けられた気概の分野にも影響をもたらせて
それによる戦意消失の効果も同時に上がってます」
「ま、脳内にある程度影響を及ぼすのは想定内だし、
問題児を減らしていけば内戦も無くなっていける。
戦意、そんなものがあるから人は奪い合ったりするんだから、
動機元となる精神から弱らせていけば良いのよ」
「「同盟CNにはどう説明しておきますか?」」
「ただの鎮静剤とだけ言っておくわ。
まだ向こうには知られてないし、ファーストエイド管理名目で
このまま研究は続投しましょ」
「「はい」」
(ある意味、九州で一番恐ろしい人だわ)
上記の会話が乳清を生み出した理由だった。
敵性戦闘員の記憶や意志をまるごと奪い取る力をもつ、
哺乳類から編み出した薬物は後先から絶大なる役割となるだろう。
そんな気持ちを込めて、口にはださずに彼女を畏敬する。
ケンジが指令室に入ってきた。
「司令」
「まだ駄目よ、頃合いが悪いわ」
イイダ嫁が話も聞かずに即答する。
ケンジの意向を知って発言される前に言い返したのだ。
彼の言いたい事はもう分かっている、先の交戦で同盟した事に納得できずに
どこかへ反撃させろと訴えにきたのだろう。
当然、手を結んだ直後の侵攻は悪手で敵性も警戒期間をもっているくらい
簡単に予想できている。この子はまだ若く、感情で動く側面もあって
時期が悪く、手先で様子を伺う事を勧めた。
「古い技術、戦法のままでは同じ戦乱を繰り返すだけ。
今、こちらが先に動けば混乱のきっかけになるの。
東へ向かいたい気持ちは分かるけど向こうもCNが結合して、
西が固まり始めた直後に動くのは至難よ」
「・・・はい」
目線はケンジに代わり、司令の言い分はその通りで差し止め。
この場では俺は素直に従う。
理由は語るまでもなく単純なもの、女司令官を前に口答えは通じない。
二重三重にも待ち構える答弁の相手などしていられないのはよく知っている。
あれから何度かここに直談判しに来たが、意向はまったく通らない。
巡回の時間のタイミングも考えて用件が通らないと分かるや、
指令室からサッサと出ていく。
ミヤザキCN 鶏戸神宮
自分は巡回がてら、部下達をよそに海岸の鶏戸神宮に向かう。
最近はスケジュールも間が空き始めて多少の寄り道も怒られない。
ここは俺にとって別に必要な所でもないが。
ただ、用事もないのに無意識にここへ来たくなった。
入口が崖間近で上から下へ降りていく。
子犬とかつての管理人が出迎えた。
「ケンちゃんか、珍しいね!?」
「来てはいけないのか? 俺だって元はここ出身だ」
「そりゃそうだよ、別に来るななんて言わんさ。
みんな、ケンちゃんだよー!」
犬兵団メンバー達が集まる側で犬を撫でる。
ミヤザキでも数の少ない養成所は相変わらずひっそりとして
子どももたまに遊びにくるぐらい穏やかな場所だ。
最初は保育園と思っていて、九州人は皆こんな事をしていると思ってた。
俺が成人になったら戦争の道具だなんて思いもよらなかったが、
動物達の役目とかここじゃ昔から強い習慣があったかららしい。
今でも犬は別に嫌いじゃない。
無言で可愛がっても、内心は組織への拒否感をもつ。
どうしても頭の中でわだかまりが取り除けられなかった。
(俺はもうこっち側には戻れない)
好き嫌いの程度ではなく、立場の意思。
犬兵団への帰隊は許されないという意味で編入したくない。
別に除隊させられたわけでもなく、俺自身の過去にあった出来事で
戻れない理由があったからだ。
数年前、A.D98年に関東兵が攻めてきた時だ。
俺がまだミヤザキでたった4人しかいなかったチームの1人で、
マサキやミキ達と合同作戦に当たっていた。
18歳とCN加入直後にすぐ現場に出されて未熟だったのもある。
確か、口見岳の山で敵性侵攻された時に起きた話。
ヘリとよばれる飛行型が数機現れ、予測できなく空中戦に見舞われた。
まばらに相手する間で仲間ともはぐれてしまい、
自分と部下だけで行動しなければならなくなり、
あげくろくに対策もとれなかった。
そこから、降下してきた兵を対処しようとした時。
「ショック、ショックだ!」
「ワンッ!」
「違う、蘇生じゃない! 感電だ、奴を痺れさせろ!」
そう、あまりにも素人な立ち回りすぎでマヌケを見せただけだった。
訓練できちんとできていたのが実戦でまったくこなせずに、
地形も相まって犬の行動力まで考えていなかった。
空を飛ぶ相手には何も通用できないが、そいつらからどう回避するか
対策もまともになっていなかったのも不運の始りだった。
逃げるのは簡単だった、当時の俺はそれが恥だと思って周りの敵を
どうにか倒そうとして残ろうとしたのは覚えている。
「ケンジ、指示先が違うぞ!」
「なんでだ、俺は確かに――!」
ズダダダダダダダダ
犬が向かった先は敵ではなく味方だった。
敵味方の判別をさせるのは色、腰のポシェットが茶色じゃなければ
敵とみなしてスタンナイフを向かわせる。だが、相手はベルトの色が
ほとんど同じ色で認識を間違わせてしまう。
逆に味方の方は市民で装備を身に付けていなかったから、
俺が間違った指示をだしてしまったがために、
1人と1匹の仲間を失ってしまった。
帰還した時に待っていたのは無地の始末書と白い目。
駐屯地内でもどこに座れば良いか迷うくらいだった。
その頃からだ。
俺がブリーダーとして才能がないと気づき始めたのは。
引き留めるマサキとミキを聞かず、俺は一般兵に就いた。
20で隊長になれたのは犬兵団キャリアとかじゃなく、こっちでたまたま
5つの任務を連続で成功しただけで名誉回復できただけ。
しかし、ラボリを全部こなせる超人なんてどこにもいやしない。
プロフェッショナルエラー、誰の言葉だったか九州の者が言っていた
通りで専門家であろうと必ずどこかで隙間が出てヘマをする。
外側に回っても事が思わしく運べられない。
(しまいに、シゲさんも助けられなかった)
先の中つ国戦でも守れなかった。
いつもいつも不意から不意がやってくる。
そこに何かがいると分かっていれば対処ができる、いるといないの差は
どうやってきちんと判別すれば良いのか? 感性と技術の間に苦しむ。
“守るというそんな感情、感覚”も失いつつある。
外側に対する意識の方が上回ってしまった。
海の小波、聴こえるのはそれだけでしばらくすると足音もする。
「隊長、ここにいましたか」
「ああ」
ここでミヤザキモブ兵の目線。
部下が迎えに来ても、彼は顔向きを変えずに海を見続ける。
ミヤザキ兵達はケンジの心中をすでに理解して察しているのだ。
聞いた情報をこのタイミングで話すべきか、
よく見計らった後に思い切って今ではと近況を語りだした。
「連絡が、中部地方で妙な事件が多発しているようです」
「中部でもそんな事件があったのか・・・クソッ!
俺は何のために・・・」
部下の予想通り、ケンジの感情は表情にでているのが分かる。
しかし、そこも想定内といわんばかりに考えていたのか
もう1つの話しを始めた。
「それについて気になる情報が1つ、ヤマグチCNの兵達ですが・・・」
「ヤマグチが?」
中つ国地方の一角、ヤマグチCNの情報についてだ。
聞かれぬよう小さな声でケンジの耳に注ぐ。
「「そうかぁ・・・向こうも同じかぁ」」
部下の話は特殊な事情を関心させる効果を引き起こす。
内容は彼を大きく突き動かすものがあったようで、
ケンジの顔を見た部下はすぐさまに悟った。
「た、隊長・・・まさか!?」
「「同じというのならば、事を促す助力にもなる・・・。
奴らにも協力してもらうとするか」」
1つの決意を固まらせてゆく。
ケンジの視線は水平線の彼方に向けられている。
先にある大陸を見続ける彼は体温の高まりと共に
仁王立ちのままで、しばらくそこから動くことがなかった。
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